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袋叩きにされた四角い馬丁がイケメン貴族の若様が仕掛けた罠の謎を解いてくれました

 僕が使用人小屋に帰されたときには、もう日が暮れかかっていた。 

 確か、馬を牽いて城に帰ってきたのが昼頃だ。

 つまり、地下牢と、城の中のどこかにある部屋で過ごした時間は、思いのほか長かったのだ。

 小屋の扉を閉めた途端、気が遠くなったのも仕方がない。

 どうやらそのまま眠ってしまったらしいんだけど、それも長くは続かなかった。

 誰かが、小屋の戸をけたたましく叩いたのだ。

 こんな真似をする使用人は、ひとりしかいない。

 起き上がると、足がふらふらした。

 面倒臭かったから、相手を確かめもせずに声をかけた。


「ハマさん……」


 扉を開けたところで、僕は絶句した。

 夕暮れのぼんやりした光の中で、裸同然の姿を見たからじゃない。

 僕はつい、毛布のかかった反対側の壁まで跳びすさっていた。

 ハマさんの顔は、無残に形を変えていたのだ。


「無罪とはいかねえが……放免されたぞ、なんとか」


 それは、僕が止めるも聞かずに、ハマさんが暴れ回ったことを意味していた。

 でも、どうしてそんな無茶を?


「何で……何で?」


 効かないではいられなかったけど、ハマさんは見当違いの話をした。


「城へ入ろうとしてひと暴れしたんだが、衛兵に捕まっちまってな。あんな連中、昔なら何でもなかったんだが……」

「まず、座ってください」


 足下が暗い。

 僕は話を皆まで聞かずに、ランプに火を灯した。

 部屋が明るくなったところで、呻き声が漏らしたハマさんは、自分を笑うようにつぶやいた。


「こんな身体になっちまってはな」


 その身体には、胸から腹から手足から、醜い無数の傷跡が走っていた。


「いったい、何が……」 


 ようやくのことで言葉を絞り出した。

 膨れ上がった顔で、ハマさんは苦笑いする。


「今日のことか? 昔のことか?」


 どっちも、聞きたくない。

 黙っていると、ハマさんは前みたいに、扉を背にして座り込んだ。


「昔のことは聞かねえでくれ。今日はと言えば、衛兵どもの詰め所に閉じ込められて、このザマよ。分かんねえのは、よく無事でいられたなってことぐれえだ」

「……すみません」


 確かに目で止めはしたけど、僕を命がけで救いだそうとしてくれたのだ。

 僕は膝をついて、頭を下げた。

 でも、返ってきたのは不機嫌な怒鳴り声だった。


「謝るんじゃねえ! お前は間違っちゃいねえんだ!」


 殴られたせいで瞼が膨れ上がってはいたけど、その目は真剣だった。

 それでも、僕は首を横に振った。


「やっぱり、無理だったんです……僕には」


 軟弱なひと言だったかもしれない。

 ハマさんは、再び身体を強張らせた。

 また怒鳴られるかと思ったけど、四角い顔と身体は、僕の前で妙に畏まって這いつくばった。


「謝るのは俺の方だ」

「ハマさんが悪いんじゃありません」


 僕は慌てて、その前に這い寄った。

 すると、ハマさんはむっくらと身体を起こした。


「それがいけねえんだ」


 元の通りの不機嫌さだった。

 そうなると、やっぱり身体がすくみ上がる。 


「僕が、あんなことをしなければ」


 シャハロを城から連れ出さなければ、ハマさんだってこんな目に遭わずに済んだのだ。

 でも、僕はそこで、更に問い詰められた。


「それをどう思ってんだ、姫様は」

「シャハロにしか……それは」


 分からない、と言おうとしたところで、更に強い口調で責め立てられた。


「じゃあ、お前はどう思ってんだ」


 身体が縮こまって、何も言えなくなる。


「僕は……使用人だから」


 すっかり怖気づいてしまった僕に、ハマさんはため息交じりに尋ねた。


「それを何て言うか知ってるか」

「知りません」


 そこだけは、きっぱりと答えた。

 何故だか分からないけど、そういう諦めきった言い方はしてほしくなかった。

 でも、ハマさんは怒りを溜めに溜めていたらしい。

 それがいっぺんに噴き出した。


「奴隷根性ってんだ! そういうのを!」


 僕も、黙ってはいられなかった。


「僕は……」


 その後は、言葉にならない。

 だが、身体は小刻みに震えていた。

 ハマさんも声を荒らげる。


「だったら、すなおに悔しがれ! 怒れ! 俺を殴れ!」


 それは、できなかった。

 うなだれるしかない。

 さっきまで熱くなっていた身体も、いつの間にか落ち着いていた。


「できません」


 そこで、ハマさんはまた苦笑いした。

 腫れのせいで歪んだ顔をほころばせると、暗い天井を仰いでつぶやいた。


「しくじったんだよ、俺は。あのヨファってヤツのほうが一枚上手だったんだ」


 何を言っているのか、ちょっと分からなかった。

 僕とシャハロを騙したとでもいうんだろうか。


「でも、ヨファは僕たちを」


 隣国の軍隊から助け出してくれたはずだ。

 そこまで言わないうちに、ハマさんは鼻で笑って話を遮った。


「全部、計算ずくだったのよ」

「計算……」


 ヨファがいったい何を考えていたのかなんて、見当もつかない。

 そこでハマさんは、順を追ってヨファの策略を語りはじめた。


「まず、俺はお前たちに馬で街道を走らせた。何故だかわかるか?」


 馬の轡を取ってきた僕には、すぐに答えられる。


「そうでないと、逃げきれません」 


 ハマさんは頷いた。


「だから、あの若様は、部下を国境まで走らせておいたんだ……予め」

「僕たちを探すためですね?」


 単純な話だった。

 でも、ハマさんは、やっぱり苦笑いした。


「お前らがどこかに隠れることなんざ、とっくにお見通しだったろうよ」

「でも、馬が国境のほうから戻ってきた後、角笛の音が聞こえました」


 僕は夜明け前の出来事を、ありのままに話した。

 でも、ハマは吐き捨てるように言う。


「お前らをいぶり出すためだ。諦めるか、国境へ走るしかねえだろう」

「あ……」


 言われてみれば、その通りだった。

 さらに、ハマは床を叩いてみせる。


「ところが、だ。戻ってきた部下が、若様の思いもしなかったことを報告した」

「それが、隣の国の……」


 だんだん、話が見えてきた。

 口を挟んだハマさんは、延々と語りはじめる。


「ところが、若様は困らねえ。そうなったら、お前たちは先には進めねえからだ。姫様の身分が明かされねえ限り、追いつくだけの時は充分にある。敵にたいした人数はいねえと分かってるから、その間にお城へ使いを出して援軍を頼めば、充分に蹴散らせるって寸法だ」


 すべて、ヨファの思惑通りに進んだわけだ。

 やり過ごそうと思えば、やり過ごせたのに。

 僕は、正直に話した。


「やっぱり、僕がいけないんです……」

 猿芝居とはいえ、シャハロは身分を明かしたし、そのおかげで、国境までは脱出できたのだ。

 そう伝えると、ハマさんは、愉快そうに大声を立てて笑った。

シャハロの婚約者ヨファ。

なかなかの策略家です。

ひょっとすると、ナレイの身柄を預かったのも……。

そこにどんな策略があるか興味のある方は、どうぞ応援してください。

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