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開き直ったら出生の秘密を聞かされたり、婚約者に借りを作ったりして、何が何だか分からなくなりました。

 シャハロを殴らせるより、マシだった。

 だいたい、愛する娘をかどわかした使用人が、殺してくれと言っているのだ。

 国王がその頭を打ち割ったところで、誰からも文句は出ないだろう。

 床の上で尻餅をついたシャハロが、僕を呆然と見つめている。

 死ぬのは怖かったけど、最後の最後くらい、いい格好をしたかった。


「じゃあな……」


 精一杯の根性を据えて、つぶやいてみせる。

 でも、王様の杖がすぐに降ってくることはなかった。

 代わりに聞こえたのは、ひと言ひと言を噛みしめるような、怒りに震える声だった。


「よい覚悟だ……しかし、これだけは教えておかねばなるまい」

「……何でございましょうか?」


 思いっきり、バカ丁寧に答えてやった。

 どうせ死んでしまうのだから、どっちだっていいことだ。

 ところが、王様の口から出たのは、意外なひと言だった。


「お前は、あの使用人の夫婦の間に生まれたのではない」


 実をいうと、ふた親のどちらも、よく覚えてはいない。

 シャハロと会ったころには、確かにいた。

 でも、なんとか馬の轡を取れるくらいに背が伸びたときには、もう……。

 それでも、聞かないではいられなかった。


「どういうことでございましょうか、それは」


 王様は、そこで苦しそうに口をつぐんだ。

 何か言いたそうに唇を震わせていたが、やがて、荒い息をつきながら答えた。


「お前は、本当なら死んでおったのだ。あのサイレアが滅んだときに……戦の炎の中で泣いておったのを、余が自ら拾い上げ、凱旋の後にお前の育ての親に託したのよ」


 そういえば、初めにそんなことを聞かされた気がする。

 わけの分からない話の正体は、これだったのだ。

 僕は、みなし児。

 死ぬ間際に、こんなことを聞かされるなんて。

 あまりのことに、そこから先は何も言えなかった。

 代わりに、シャハロが口を挟む。

 床に転がった身体をゆっくりと起こして、王様に語りかけた。


「だからこそ、私は父上を敬愛しております。滅ぼした国の民にも手を差し伸べ、ジュダイヤに受け入れてきたのが父上ではございませんか」

「お前は黙っておれ!」


 父王に一喝されても、シャハロは怯まなかった。


「黙りません。寛容こそが治世の基との教えを、私は幼き頃より父上から受けてまいりました。あれは偽りでございましたか?」


 王様は答えなかった。

 ただ、僕に向かって同じ言葉を繰り返すばかりだ。


「おのれ、このまま生かしては……生かしては……」


 だが、天井に向かってかざされた鉄の杖は、ゆっくりと沈んでいった。

 どうやら、命だけは助かったらしい。

 シャハロは、満面の笑みをたたえて立ち上がった。


「寛大なお裁き、感謝いたします。お許しくださると思っておりましたわ、父上」


 お礼の言葉は丁寧だったけど、完全に勝ち誇っていた。

 いつものシャハロだ。

 だが、王様は口元を歪めて笑い返した。


「誰が許すと言ったか……。この場でお前と、この者を打ち懲らすつもりはない、それだけのことよ」


 そう言い捨てるなり、僕を見下ろした。


「追って沙汰する。処刑の日を、地下牢で待つがよい」


 甘かった。

 世の中、そんなにうまく行くはずがない。


「父上……」 


 顔を強張らせて詰め寄るシャハロに、王様は厳しい口調で言い放った。


「ヨフアハンとの婚儀が整うまで、血を流しとうはないだけだ。それまで、お前にも罰として、別に部屋を与える」

「……承知いたしました」


 口元を固く結んだシャハロから、国王は目をそらす。

 その先に歩み出た、きれいな男がいた。


「お待ちください、陛下」


 柔らかく微笑んでみせたのは、親衛隊のマントを翻した手を胸に当てたヨファだった。

 シャハロの婚約者、ヨフアハン。

 王様は、苦虫を噛み潰したような顔でため息をついた。


「差し出がましいぞ」


 だが、ヨファは引き下がらなかった。

 その場に再びひざまずくと、王様を怖がりもしないでぺらぺらとまくしたてる。


「それを承知で申し上げております。縁を結んでいただいた姫君に、婚儀の日までの謹慎をお命じになったこと、いたたまれない思いがいたします。また、それを待っての幼馴染の処刑にも、痛切の念、耐え難いものがございます」

「……で、どうしてほしいのじゃ」


 王様は、顔をしかめたまま不機嫌に尋ねた。

 ヨファは悠然と言ってのける。


「隣国がジュダイヤの信頼を裏切って、あのような形で国境を侵しました以上、戦は免れますまい。その最前線に、この者を連れてゆくことをお許しください。この国のために命を懸けて罪を償わせ、必ず功を挙げてまいります」


 そこでようやく、王様の顔つきが緩んだ。


「よかろう。親衛隊の訓練生となってから、おぬしは常に同輩の先頭を走ってきた。先の戦でも、少数精鋭を率いて敵の最前線を突破してみせた。それに免じて、此度も親衛隊の部下を与えたのだが……次の戦でも、姫を与えるにふさわしい働きをしてまいれ」

「ありがたき幸せ」 


 ヨファは深々と頭を下げた。

 でも、その目はしっかり、不安そうな顔をしたシャハロを眺めている。

 だからといって、僕はどうすることもできなかった。

 いろんなことがいっぺんに起こり過ぎて、何が何だか分からなくなっていたのだ。

いきなり孤児にされたりシャハロに助けられたり、かと思えばヨファが口を挟んできたり……。

何だかんだで命は助かったわけですが、天下国家は風雲急を告げています。

さあ、ナレイ君はこの先、生き延びることができるか?

先が気になる方は、どうぞ応援してください。

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