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月夜に幼馴染のお姫様が僕の部屋に忍び込んできました

「……起きてよ、ナレイ」


 ジュダイヤ王国の城の隅っこにある使用人小屋の壁の向こうから、僕を呼ぶ声がした。

 昼間の疲れのせいでぐっすり眠っていたから、何が起こったのかも分からない。


「……誰?」


 とりあえず返事をすると、もう耳元で声がした。


「入るからね」


 まるで壁を抜けてきたみたいだったけど、それでもう、夢じゃないって分かった。

 この小屋の壁には大きな穴が開いている。

 それを、内側に吊るされた古く分厚い毛布が隠しているのだ。

 雨風をよけるためなのだが、これはちょっといろいろあって、壁を直してもらえないからだ。

 僕は、もう少し新しくて清潔な毛布の中から慌てて跳ね起きた。

 夜中にここから忍び込んでくるなんて、この城の中はおろか、世界中にだってひとりしかいない。


「シャハロ……様?」


 つい、そう呼んでしまったけど、本当の名前はシャハローミという。

 この城の主、ということはこの国の王様の、その末娘だ。

 嫡子庶子合わせて10人は下らない。

 シャハロは、その庶子のほうに当たる。

 とはいっても、僕はこの城の使用人だ。やっぱり、そこは「様」をつけるのが当たり前だ。

 でも、いつものことながら、シャハロは身分の差なんか気にしない。


「ナレイに聞いてほしいことがあって」


 僕……ナレイバウスは暗闇の中、慌てて平伏する。


「帰ってよ……じゃない、お帰りください」


 僕の身体の下で、シャハロが囁き返す。


「どいてくれないと帰れないわ」


 身体の下……?

 そう言えば、なんだか柔らかいものが掌の下にある。

 大きくはないけど、ちゃんとある。

 僕は慌てて、狭い床を転がった。


「ごめん……じゃない、申し訳ありません!」


 いくら薄いとは言っても、胸は胸だ。

 しかも、庶子とはいえ、お姫様。

 それも結構、王様からは気に入られているらしい。

 いくら幼馴染だからといって、下手をすると命がない。


「だから離してよ……大声出そうか? それとも」


 暗いせいで、手足が余計に絡み合ったらしい。

 急いで身体を起こすと、背中が小屋の壁にぶつかった。

 このまま小屋が壊れるんじゃないかと、ヒヤヒヤする。

 僕はしどろもどろに言い訳した


「暗かったから……そう、暗うございましたので」


 幼馴染の気安さからついタメ口を利いてしまうのを、必死でごまかす。

 シャハロはというと、いつも通りだ。


「じゃあ、明かりつけてよ、ランプの」


 そんなこと言われたって、どこに何があるのか、暗くて分からない。

 ランプを探そうとしても、いろんなものをひっくり返すだけだ。

 だいたい、火をつけられなくちゃ明かりにならない。


「いや、じゃなくて……申し訳ありません、火口箱が……」


 言い訳に言い訳を重ねていると、ひと言で言い返された。


「じゃあ、これでいいでしょ」


 シャハロが壁際の毛布をはねのけると、青い月明かりが差し込んでくる。

 そのおかげで火口箱はようやく見つかった。

 でも、これはこれでまずい。


「やめて……ください。人に見られたら……どうするん……ですか」


 使用人らしい言葉を選びながら、火打ち石から火花を飛ばして、火口箱の火をふうふうやる。

 ようやくのことで、水差しのような形をしたランプの口に火が灯った。

 壁の穴を毛布で隠したシャハロは、僕の前でサンダル履きの足を揃えて座る。

 僕も膝を折って、ぺたりと座った。

 長い黒髪を束ねて男装したシャハロが、僕をじっと見つめている。

 その黒い瞳に、つい見とれてしまった。

 はっと気づいて、また平伏する。


「この度は、ご婚約おめでとうございます」


 昼間は、それで城の中はてんてこ舞いだったのだ。

 王様が末の娘……つまりシャハロを、とある貴族の若様と結婚させると宣言したのだ。

 それだけでも貴族から商人までいろんな人が出たり入ったり、上から下まで、もう大変だった。

 泥のように眠っていたのは、たぶん、僕だけじゃない。


「何よ、白々しい」

「いえ、心の底から」

「いやなのよ、こういうの。私たち、こんなんじゃなかったでしょう?」


 こちらは精一杯の礼儀を尽くしているのに、シャハロはどんどん不機嫌になっていく。

 それでも、使用人の立場で弁解するしかない。


「それは、年端も行かぬ子どもでございましたから」


 早く帰ってほしい一心で、ひたすら床に張り付く。

 だが、シャハロは冷ややかに言った。


「大声出そうか? やっぱり」


 そんなことをされたら、命がない。

 使用人の立場を捨てて、僕は姫君の前に跳ね起きる。


「やめてよ、シャハロ」


 ふたりして取っ組み合いながら転げ回っていた、あの頃の口調で答えた。


「よろしい」


 ランプの灯が、可愛らしいシャハロの笑顔をほのかに照らし出す。

 僕は足を崩すと、改めて言い訳した。


「そりゃ、僕たち同い年だし、出会ったときは子どもだったし」


 僕がシャハロに引き会わされたのは、何でも3歳くらいのときだったらしい。

 シャハロ付の使用人の子として紹介されたのだという。

 僕たちはお互い、自分の立場も相手の身分も立場がわからないまま、遊び相手になっていた。

 当時は、すぐ隣にあったサイレアという小さな国をジュダイヤが滅ぼした直後だった。

 貴族から使用人に至るまで、やれ論功行賞だ、やれ祝宴だ接待だと、総動員がかかっていたらしい。

 ましてや庶子の姫ともなれば、扱いがおざなりになっても不思議はない。

 そのせいもあってか、シャハロは気ままに育っていた。


「何言ってるの、今だって同い年になる勘定じゃない」 


 そんな、子どもでもできる足し算の話はしていない。

 僕が17歳になれば、シャハロが17歳になるのも当たり前のことだ。


「そっちじゃなくて」


 すると、それまで笑っていたシャハロの顔は、急に曇った。

 目を伏せてものを尋ねるなんて、今までなかったことだ。


「じゃあ……今は? 私、大人になりたくないの」


 確かに、17歳といえば、ジュダイヤではもうとっくに結婚していてもいい年頃だ。

 シャハロの婚約は、どちらかというと遅いくらいだった。

今まで硬い文体でやってきたので、ちょっと砕けたのを目指しています。

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