縦列駐車
(変わってねえなあ。この駅前。
さて、さっさと車を止めっか。
…って、縦列駐車のとこしか空いてねえ。
縦列駐車は好きじゃねえが…まあ仕方ねえわな。)
駅前にやってきた男が一人。
男は車を停めて目的地へ向かった。
さて、しばらくして男が戻ってくる。
(ん…?
ちょっと、狭くねえか?)
男の車の前後の車が、かなり距離を詰めてしまっている。
これでは、車を出せない。
(ったく…)
男は仕方なく、前か後ろの持ち主が現れるのを車内で待つことにした。
スマホをいじりながら待っていたが、なかなか持ち主は現れない。
待ちくたびれた男はいつの間にか寝てしまっていた。
時間が経ち、男が起きると、外は少し薄暗かった。
(そんなに寝てたのか?)
時計をみると、確かに4時間も経っている。
しかし、前後の車は依然としてある。
それどころか…?
(近づいてる?)
どう考えても、さっきより距離が詰まっている。
周りの様子をよく確認するために外に出ようと右を向いて、
男は気づいた。
(…はあ?)
右側にも車が止まっている。
それも、かなり距離を詰めている。
左から出ようと考えたが、
(どういうことだよ!)
歩道のはずの左側にも車があった。
ドアを開ける余裕はない。
わけが分からなかった。
とりあえず、男はスマホで警察を呼んだ。
わけは分からなかったが、とにかく警察だ、と考えたのだった。
まもなくサイレンの音が聞こえた。
(あれ… 周りが車で埋まっているんじゃ…?)
しかし、音の大きさからパトカーはすぐ近くまで来ている。
男は、それを確信していた。
自分の認識と、起きている事象が矛盾していても、
男にとっては、なぜかあまり気にならなかった。
音が止まりパトカーのドアが開いた『気がした』のとほぼ同時に、
「どういうことだよ!?」
男はほとんど怒号のように『そこにいるはずの』警官に尋ねた。
「見たままですよ。あなたは閉じ込められたんです。」
拡声器を通して警察が答えた。
どこにいるかは分からないが、こちらの声は聞こえているようだった。
男の返答は
「はあ!?」
当然の怒り。
(閉じ込められた?)
当然の疑問。
けれどもこの世に疑問という概念など存在しないかのような勢いで、警察は続けた。
「今までのあなたの罪を償うんですよ。
それに見合う時間まで待ちなさい。」
疑問は解消されない。
意味が分からない。
「罪って・・・俺は何もしてねえぞ!」
警官は不敵な笑みを浮かべた。
どこにいるかも見えないのに、絶対にそんな表情をしている。
男はそう思っていた。
そして警官はこう言った。
「本当に?」
それだけ言って消えるように去ってしまった。
パトカーが発車した音もしないが、とにかく消えるように去ったような気がしていた。
(え・・・?)
男は、自分の身に起きていることが全く理解できなかった。
かくなる上はと、無理やりドアを開けた。
隣の車にへこみができる。
しかし人が出られるほどの隙間はできない。
さっきは気付かなかったが、前後にも左右にも、
車は一台だけではなかった。
何台も連なっていた。
(…ちがう。 )
そう。
(十の字じゃ、ない。)
完全に車で道が埋め尽くされていた。
周りの車にはほとんど人が乗っていない。
(ここに居るのは自分だけ…?)
いや、男の車以外にも、人の乗っている車はあったのだが、
ただ、あたりが暗くて男には見えなかっただけだった。
それに気づくこともできず、その異常な光景に、男はただただ途方に暮れていた。
…外から見れば、異常でも何でもない。
違反ではあるかもしれないが。
縦列駐車場の時間制限を超えて、
夕暮れの中ぽつんと停まっている車で男が寝ている。
それだけの光景だったのだ。
ちなみに、男がうなされていることには誰も気づいていない。
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駐禁をとられた車は、どこかへ搬送されるのは分かってると思うけど、
その行き先って、実はこんなところなんだよね。
本当は乗ったまま持ってかれるなんて、無いんだけど
今回はたまたま、ちょっとしたミスさ。
昔書いた小説を改稿したものです。