星輝く夜の出来事
汽車で前とは違う街に出て、平たいテーブルを探した。公園にあるベンチとテーブルのセットで地図を出して、ガラスの独楽を回す。そしてまた拡大版の地図を出して、地図を回す。それを繰り返して、街を決める。
「お前ら暇人か」
「僕は何もしない事を求められているし、イオは記憶喪失で、マリナは子供」
「誰がお前に何もしない事を求めてんだよ」
「……。そういえば、イオが記憶喪失なのは内緒だから」
「誰に?」
「世間?」
「なんだソリャ」
「イオは賞金稼ぎで有名な方だし」
「それでなんで?」
「……命を狙われるから?戦闘能力の喪失した有能な賞金稼ぎ。それが知れたら今のうちに排除しておきたくなる賞金首もいるんじゃない?」
「お前、賞金首って言ってなかったか」
「そうだよ」
「ん?」
「うん」
「どうなってんだ?」
「どうだろう。僕は捕まらないし、イオもその気をなくしている」
「……お前、目立ちたくないの賞金首だからだろ。捕まらないなら、気にしなくてよくないか?」
「世間の風当たり?今は顔も知られてないしね。宿に泊まったりしににくなるかも」
「賞金首は野宿か?」
「そんな事もないだろうけど、まぁ、宿の質は落ちたりするし」
「んなもんか?」
「とりあえず、ホテルでなくても、揉め事嫌がっていそうな宿を選らぶ」
「その選択方法が分からんぞ」
「方法は、まぁ外観と聞かれる事。あと自炊出来る所が良いみたい」
「それは……、そっちか」
ニィと2人で頷いておく。そんなものなのである。
「なんか、……そうか」
「イリスは食べられる?」
狼は人の食べ物を食べても良いものなのか。
「いや、俺そもそも食わないし」
食べない。
「それ、霊力供給源の森から離れてもそうなの?」
「……霊力補給が食事で出来るのか?」
「ほぼほぼ出来ないとは思うけど」
「……」
「霊力ある人が作ったからってそうなってたら困るでしょ」
「困んねぇよ」
「マリナやイオが霊力持ってもねぇ」
「そこじゃなくてな」
「霊樹の実とかなんとか持ち出さなかったの?」
「あー、出せるぞ」
「それ自分から?それって霊力消費がっていうか、繋がってるのか。なら、どうでもいっか」
「どうでもってな」
「随時供給されてるって事でしょ。どうでも良いよ」
「そうなんのか」
「そうなるね」
つまり、イリスは飲まず食わずで良いと。
「一緒に店に入りにくいね」
つまりいつでも宿の部屋でリオンの手作り。
「喜ばれてんな」
「そういや、4人部屋って無いよね。2人づつ別れようか。マリナとイリス、イオと僕?」
「え」
「異論が出るんだ」
「……」
なにであろうか2人と離れるのはこころもとない。しかしまぁ、イリスを1人?にも出来ないだろう。森にずっと居た狼であるし。そもそも狼とは肉食ではと。
「肉は食った事ねぇな」
そういえば、動物を見なかった。そもそも気配自体が清々し過ぎて。
「居るぞ?一体感あって分かりにくいんだろ」
そんなものか。
「んで、どうすんだ」
「部屋割りの話に戻してくれる訳だ」
「4人で一部屋でいいだろ」
「……それ、どんなだろ。二段ベッドが2つ並んでいたりしたら嫌なんだけど」
「なんで?」
「迫ってくる感?汽車の2等級じゃあるまいし」
「例えが分かんねぇよ。つか、汽車って妙に息苦しいつうか、空気が詰まるつうか、どうにかなんねぇの?」
「歩き派3人、汽車派は僕1人、居た堪れないねぇ」
「んじゃ、歩くか」
「なら僕は離れようか」
「いや、意味ねぇよ。あと2人をビビらせんな。心臓に悪そうだぞ」
「そう。うん。ごめん」
謝られた。でも、リオンと一緒にいる理由とは。
「好きで一緒にいんだろ?」
「……」
まぁ、そうなのだけれど。術が知りたい訳でもないし。
「おぉ、でもリオンの連れがお前らじゃなけりゃ、俺は付いて来なかったぜ」
「……そう」
「なんか見てて嫌な感じしねぇし」
「そう」
それは良い事なのか。……少なくともイリスにとってはそうなのだろう。
「おう」
「その言葉に出してるのはともかく、思考と会話成立させないでね」
「となると、俺はリオンと一緒の部屋の方が良いな」
「どこからとなったの」
「まぁ、マリナもイオもどっちとも居たそうだが、3人部屋で俺1人ってのが一番ありえないならそうなるだろ」
「……なんか、誤解されそう」
「誤解?」
「子供に見えてたらまぁ、いいのか」
子供。イリスがリオンの?
「リオンが右目出したら、双子に見える」
「……」
「白髪だし」
「帽子かぶってっぞ」
「可愛いし」
「……」
「哀しそうな顔だな、それ」
「……よく分かったね」
「哀しませた?」
「……そこまででも。悪い気で言ったのでないだろうし」
「……ん」
可愛いに悪い気でもあるのだろうか。
「男だから可愛いって、なよっちいイメージなんだろ」
なよ。
「リオンはしっかりしてる」
「おー、そうな」
「……まぁ、いいや。えーっと」
「つか、お前も帽子かぶってんよな。見た目バレてねんだろ」
「そういうのじゃないから」
「どういうのだよ」
「若いのにこれだけ色素の薄い髪は珍しいし」
「抜いてる奴いるだろ」
「そーだね」
「気にし過ぎだろ」
「そーだね」
リオンは溜息を吐いて、帽子をとって眼帯をずらして付け替える。綺麗な紫である。光を受ける白い睫毛がよく映えさせる。
「つか、色調だけで双子っぽいのな」
「ん」
まぁ、顔の雰囲気は違うだろう。イリスは目尻上がりで、リオンはそこまででもない。敢えていえばイリスは綺麗系でリオンは可愛い系。可愛いは駄目だったか。調子じゃないし、いっか。
「良いのか」
「んー」
「あんまり思考に突っかからないであげて」
「お前のことだぞ」
「うん、ね」
「 おぉ」
イリスは納得したのかなにか。とりあえず宿屋に向かい、2つ部屋を取って荷物を置いてリオンの部屋に。
「食事の用意はまだ出来ていないけど」
なにであろうか。テーブルセットのソファに座る。
「居着く気満々だな」
「なんで?イオと二人は慣れっこでしょ?」
「……そう」
そうでもあるけれど。なんというのか。一緒にいる理由もない。
「理由が必要か?」
「……」
「お前は居たい様に居たら良いだろ」
「……」
「そりゃ、嫌だったら……居なくなってんのが怖いのな」
好きな様にして、好きな様にする。それでいくとそうなる。
「僕は大人になるまで一緒に居るって言ったけど……。信用されてない?」
「……」
「大人って幾つだよ」
「そういやイリスは、幾つか知らないけど、大人っぽくはないね」
「お前は大人か?」
「そう問われると……年齢的には?聞き分けが良いのが大人なら、僕は違うかも」
「ほれ、お前の単位のあやふやさが不安にさせんだろ」
「そう……まぁ、そうなのかな」
リオンは考えを深める様に首を傾ける。
「つか、イオの記憶が戻るまでとかじゃないんだな。賞金首と賞金稼ぎって敵同士っぽいんだろ、記憶戻ったらヤベェんじゃねぇのか?」
「イオに僕は捕まえられないよ」
「そう言って捕まった奴が居るぞ」
「……君だねぇ」
「おう」
イリスの元気の良い返事。恥とか外聞とかはないらしい。
「外聞?」
「イリスには少しは気にして欲しいね。警戒心が欲しいよ」
「お?」
「霊獣は貴重なんだよ」
「所有?は禁じられてんだろ」
「禁忌を犯す人間がいないのなら、賞金首っていう制度は必要ないし、ある種平和だね」
「おぉ、好きにしたら他人のルールは破るか」
「そんなトコかなぁ」
イリスの納得に、リオンはそうであるのか、ないのか微妙な様子で。
「まぁ、ともかく、狙われるんだよ」
「なんで」
「霊力源だから?」
「分かってねぇじゃねぇか」
「……だって外部霊力とか必要ないし」
「目もか。返すとか言ってたな」
「まぁ、術が体と繋がってて術の外し方が分からないと言えばそうなんだけど」
「そうか」
それって良いのだろうか。
「抑える必要があっての目だろ」
しかし気軽に返すという所。
「あぁ、確かに。必要ねぇのか?」
「さぁ、僕としては消費しなくちゃいけない量が増えるのは面倒だけど」
「人間ってんな内包量少ねぇの?」
「あー、そうかもね。僕の単位でいくとやばいかな」
「生まれたてで調整ムズイってのは分からなくもねぇよ?でもお前結構超術巧みな方だろ」
「さぁ……。頑張ってるつもりではあるけど」
「おう。んな術使わなくても内包出来ねぇか?」
「なにそのコツあるよ感」
「見て覚えろ、で。どっこいどっこいじゃね?」
「その言葉選びが正しいかはともかく、気にしてたの?」
「いや、借りは作りたくねぇっつうか」
そうなると。
「自分は借りを作りぱなしなのだが」
「……」
ニィと同意というより、ニィにもである。
「そこか」
「そこ?」
「一緒に居ても良いのか躊躇う所だよ」
「……」
「借り作りっぱなしは気が引けっか。おう」
「そういう問題なの」
「違ぇのか?」
「……」
「似た様なものだろ」
「強要しないの」
「……おー」
答えを見つけた気で言っていた事を引く様で。確かにイリスの言った事に似た、近い?そのままの気もするけれど、よく分からない。
「少しは可愛いとか、大好きだとか愛してるだとか言ってやったらどうだ」
「なんの話?」
「マリナやイオに」
「……分かんないんだけど」
「おう。だからな、愛情さえ感じていれば、そんな貸し借りだとかで威圧されないだろ」
「威圧してる気もないんだけど」
「いや、そりゃそうだろうけどよ」
「……」
「こう、な」
「うん……。僕にそういうの求めないで」
少し寂しそうなそれに、ぎゅっとなる。あぁ、駄目だ、迷惑を掛けたくないのに。どうしてこう、こうなのか。
「愛情表現下手ばっかか」
「嘘臭いの、白々しくて、寒くなるでしょ」
「言葉ダブってね?」
「えぇー。面倒くさ」
「ひでぇ」
「いいよ。多分霊獣の在り様なんて真似出来る気もしないけど、見ておくよ」
「……いや、無理くりな」
「君の気が済むんでしょ」
「お……おぉ」
イリスの何とも言えない感じ。そして頭をかく。
「お前さ、そう人に気を」
「霊獣って血流あるの?」
「……」
「いや、頭掻くからさ。こう、それって頭の表面に血が通うからじゃと」
「やっぱ前言撤回しとく」
「そう」
「いや、そりゃな。そんだけ違ってんだからって事なんだろうけどよ」
「人間としては認識していないけど」
「ひでぇな」
「人間になりたいの?」
「なってだろ?」
「あぁ、うん。そこまで細部のディテールをこだわったつもりが毛頭ないから。君もそこまで想像力働かせられてるの?」
「……んにゃ」
「でも、そうだね。頭を使って霊力の流れが出来て違和感を覚えたなら、そうそうおかしな事でもないのかな」
「おぉー」
「まっ、霊獣については分からない事だらけだし、いいんだけどね」
「霊獣って一括りにするから悪いんじゃねぇか」
「……なにが」
「霊獣だって色々だろ。会ったの、俺とは違う奴だったぞ。つまり、そういうこった」
「……えぇー」
「物分かり悪りぃな、だから」
「人を人として一括りな言い方するのが悪いってんでしょ」
「おー、そうな」
「でもある程度の生態とか性質ってあるし大まかに言って人は人間で霊獣は霊獣」
「じゃぁ、お前さ、俺と分かり合えなくて諦めつくって言ったの、俺がこの格好で居たら、つかなくなるって事か?」
「……そうだね。そうかも」
「それは俺が文句を言われ続けると」
「嫌なら森に帰りなよ。好きにするんでしょ」
「そりゃそうだ。帰っよ、マジで」
「ん」
「冷てぇ、そう言うとこだぞ。お前」
「どういう?」
「こう、なっ」
「好きにするし、好きにしろって言ったの君じゃ」
「そうな、そうだけどよ」
「まぁ、とりあえず霊獣って一括りにされるのが嫌っていうのは分かったよ。人間だって、人間って一括りにされたら嫌な人は幾らでもいるだろうし」
「おう」
「子供を実験台にする様な人の子供と、人殺しの子供も一緒にされたくないだろうし」
「そう言葉で割り振って括るなよ、面倒な奴だなぁ」
「まぁ……、そうかも。卑屈で不幸に酔ってる感はなくもないのかなぁ」
「不幸に酔うって」
「浸ってる?そうだから仕方ない、その割には自分って良い方じゃ、的に?」
「人の目気にし過ぎじゃね?」
「うん。ごめん。分からないよね。うん」
「おぉ、それってどの程度の諦めだ?諦め悪くなってきたか?」
「……」
イリスに対する諦め。
「言葉交わせるって言うのが難だね。話し合えば分かり合えるんじゃとか錯誤を起こす」
「お前、俺の言葉で理解し得ないって、理解してたろ」
「……そうだね。……ごめん。馬鹿みたい」
リオンが息を深く吐く。
「俺、そんなお前を追い詰めてるか?」
「……なんだろうね。自己保身が過ぎるのかもしれない。本能なのかな、こう言うのも自己保身だけど。ほんと……」
息が。
「馬鹿みたい、なんでこんななんだろ……。君の言う通り、好きに生きれたら、自己保身も何もなく……、周りの目も、お師匠様の言葉も……。思い入れなんて捨ててしまえれば、楽、なのに」
「いや、そんな、な。それがそう言う状態好きなら……って好きそうでもないけど」
「……分からないよ。自分の思い入れが好きだからか、周りに作られたものかだなんて……」
「おー……。おぅ」
イリスは躊躇いがちと言うのか、悩みがちに頷いて。
「なんか、すまん」
美少女じみたイリスが、ハスキーボイスで、男の人の様な口調で謝る。どうしよう、今更である。全く意識していなかった。笑いそ。
「いや、笑いたいなら笑えよ」
「……」
「笑える話してた覚えないし、空気よんでくれてるんでしょ」
「そうか?マリナの笑顔は和むぞ?今行き詰まってたろ?」
「……そうだけど」
リオンはなんとも言い難げで、ニィが柔らかく微笑みかけてきた。
「何か、気になったか?」
「……イリスが、髪の、結いが、女性っぽくて……。すまんが、声も男性っぽくって」
「あべこべか」
ニィはふっと笑う。
「人以外の枠もあるんだな」
「まぁ、女性だから分かり合える、男性だから分かり合えるって言うのも妄言だね」
「おぅ、皆んな分かり合えねぇってな」
「……ごめんなさい」
「いや、おーと」
「生物的分かれ目はあると思うよ。まぁでも親子で猫の尾の長さも違うし……。例えが違うか」
「錯誤と同調な。で、コイツとコイツとはココが合うけどココが合わん、こっちとはココが合うけどココが合わんとか、どこが合うかの相対性だか多数決取った所で、最終的には個人の気分で胸糞悪けりゃ、例えソイツ1人の気分でもソイツにとっては胸糞悪かろうと」
「んー、なんか、そう……」
「好きにってのが、嫌なら嫌でな」
「でも、それも好きに嫌がるわけだ」
「……嫌でも拒否れねぇってたら、それはそれで不自由だろ」
「…………嫌で動くか、好きで動くかって事?」
「そう、まとめて言われてもな。その嫌は前向きに聞こえねぇが、前向きな嫌もあるだろうから、嫌も嫌によりけりだろ」
「……好きも、好きによりけりにならない?」
「まー、だろうが、なんか、よりけろうが、なんだろうがだろ」
「よく分かんない」
「おう」
会話迷子。
「分かり合えねぇって分かってんだから、迷子にもなるわな」
「……」
「折り合い付けろって事?」
「そうしてぇならな」
「……僕ばっか折れる事にならない?」
「それが嫌なら、折れんな」
「じゃぁ、取り留めもない会話の終わらせ方って?」
「んー、おぉ、今なら料理出せば済むだろ」
「そー、……だね?君は食べないのに」
「おぅ、大丈夫だぞ」
そんな訳で料理が出されて、話が済む。どちらも折れない、取り留めもない。会話が意味があるのかないのか、それでも会話した。
「目的地ぃ、と。なにすんだ?」
汽車を降りて、広場でイリスが伸びをする。粗暴な美人を崩さない。
「変な評価だな」
「人の多いい所で、不用意な発言はしない事。あと、目的とかないから」
「……え?」
「だって、目的あったらあんな決め方しないし」
「はぁ?じゃぁ、なんで旅してんだ」
「根無し草だから」
「いや、よ」
「賞金首だって言ったでしょ。ひとところにとどまるつもりはないの」
「えー、めんどくせぇな」
「分かった、じゃぁ、旅が目的です。行き先々で、その地にあるもの、風物詩などを楽しみましょう。で良い?」
「いや、どこが違ぇの?」
見渡す街並みは、前と変わるのか変わらないのか。
「んー、画一的な社会が求められていると言えば言えるけど、やっぱりその地に根付いた地場産業とか、風習風俗、なんだろ」
「どこの奴も似た格好だけどな」
「まぁ……。昔はもっと気候に合わせた格好もその地によってあったんだろうけど。……暫く滞在はするし、滞在型の宿取るから。ここを味わって、違う所に行けば違うと思うし」
「一見人が同じに思えても、って事か」
「まぁ、そこ掘り返せば。機構が出来てから、人も街並みも企画化されがちかもね。人を人の枠に収めようとするし、街も便利さというのか、簡潔に、指示出ししやすく?」
「つまんねぇって、話か?」
「そうだね……。人と人は違うけど、同じものを好きだと嬉しくて、安堵する。それを求め過ぎて、正しさを統一して安堵して安寧に身を委ねて、いたい。とか。馴染めないと悩む事に酔いたい、とか?」
「後者はお前か?卑下し過ぎじゃね?」
「そう言われると僕なのかな」
「それすげぇ俺が悪いみたいな」
「さぁ……。悪くはないよ。けど、そうだね、君は誰に対してもそうだと、そうかも」
「ん?」
「僕が好きでぶっきらぼうなら、可愛いと思うよ」
「お、おぉ……。……甘えてはいるかもしれねぇ。考え見えねぇ分、喋りたくて、気持ちも分かんねぇから。俺の言葉で傷付けるとマジで痛てぇの……悪りぃ」
「……まぁ、そう言う事なら良いよ。ふふ、ほんと。傷付けられてはいないし、ちょっと大袈裟に言っちゃったかな。気にしないで」
リオンは可愛く笑う。可愛いと思われたくなくて笑っていなかっただけの単純な話であったら良かったのだけれど。
「マリナは可愛いと思われたくなくて、笑わんのか?」
「……」
「マリナは自覚ないんじゃない?」
「んじゃ、可愛いっつわれたどうなん?」
「……照れる」
「可愛いな、それ」
それは照れる。やめて欲しい。
「むー、難しいな」
「あんまりその辺いじるとこじれない?」
「難しいと思った辺り、こじれたか」
「そうかもね」
「どうすりゃ良いんだ」
「どうしようか」
「どうもしないのが良いという話では」
「かもだけど」
「……」
「それで、どうすんだ」
「とりあえず宿探しだね」
「よぉ、イオとお連れさん方って増えたか?あれ?」
「……」
「……」
「誰感強ぇな」
「前に爆破事件に巻き込まれた時の」
「……あぁ」
「……ご同業」
「鈍い。つか爆破?爆破?」
「お、やっぱ増えたよな」
「アフチさんは元気?」
「や、知らんけど。情報屋の紹介で俺関係ねぇし」
「……そう」
「あからさまに、なんでお前感出されたけども。こんな目立つとこいとくなよ」
「えー、またなんかいるの?」
「えーってそれで来たんじゃねぇの?」
「そんななんだ」
「いくつかの組織の会合があるっつってな」
「なんか嘘くさい」
「またかよ。爆発したろ」
「したけど、地元マフィヤじゃなかったし」
「それはそれだろ。まぁ、ともかく、向こうさんは徒党組んでるわけだし、どうにかしねぇ?」
「……」
「……」
「やる気ないのな。イオほんと単独行動好きは良いけどよ。今回は色んな奴等が狙ってっし、共同戦線でいかんと恨み買うぞ」
「……する気がない」
「つか」
口を開こうとしたイリスの口をリオンが閉じさせる。
「……すまないが」
「あぁ、おぉ。分かった」
相手が頷いてそれで済む。その場で別れて、宿を探して入る。一週間の予定。
「短かね?」
「なんか面倒ごと起きそうだし、もう次行こ次」
「おー」
「はい、はい、はいっと」
テーブルに独楽と地図が置かれた。
「一週間もいない方が良いかもね」
「払ったろ」
「イオが居るのは嗅ぎつけられているから、あんまり逃げ腰なのもね」
「そういや、記憶喪失は知られて駄目なのか?」
「そうかと思ってる」
「……ん?」
「前に言った気がして……、イリスにはどうだったろう」
「分かんねぇのな」
「イリスは?」
「覚えてねぇ」
「そう、まぁ、ともかく、……、優秀な賞金稼ぎだったから、狙われるかなって、話」
「そうか。狙われる狙われるって面倒くせぇな」
「……自意識過剰って事?」
「いやぁ……」
「まぁ、ともかく此処には危ない人認定されている人が集まってるって言うんだから、気を付けるにこした事はないでしょ」
「そうな」
「そんな訳で、単独行動禁止って事でよろしく」
「おー」
「ん」
「分かった」
そんな訳で、次の日はイリスを誘って出掛けた。
「多分この組み合わせじゃないだろうな」
「ん?」
「いや、リオンの言いたかったのは保護者同伴で出掛けろって事だろ。寝ちまったけど」
リオンの言葉を察しようとしだしたのか。それでも出掛ける辺り、分かってい様と好きにしているのだろうけれど。リオンの気か。
「暫く起きない」
「んな、寂しそうに」
「食事が用意は買い出し」
「あいつ、お前らの食事係なの」
下手だったら価値が下がるだろうか……。上がっただけで、印象が元から高い気がする。
「買い出しは、誰かが行く。イリス以外リオンを放っておけないのをリオンは知っていて、どちらか残るのも」
分かっていたかは微妙であるし、違うか。
「狙われる、者の分散?」
ニィとリオンとイリス。
「あぁ、そっちな」
それの方が良かったか。
「まぁ、買い物出ねぇとで、俺も出掛けてぇってので良いけどな」
「ニィは面が割れているけど、イリスは割れてない」
「おぉ」
納得された。そうか、……じゃないけど。ん。ともかくとして、買い出しである。市場が見つけられずスーパーである。サンドイッチを作る為の食材。パンと、肉と野菜、チーズ。あとは、スープの素は、何であるか。野菜、野菜と、肉っ気?骨?骨が売っているけれど。
「……」
「買って帰ったらどうだ?」
スープを。
「缶詰あるだろ」
缶詰。ひょいひょい探しに行くのについて行く。缶詰の棚の中、野菜、魚、肉。スープ……。も色々?何であるのか。……。
「お前にとって、どれが美味いか分かんねぇけど」
「……」
まぁ、確かに。
「周りのからしたら、その辺り」
イリスに指をさされた辺り。なんでもいいか。どうせリオンは起きない。不味くとも仕方なかろうと。
「元々どうしてたんだ。豆か、貝か、ほれんそう?こーん?」
「……」
リオンのスープは色々あったけれど。基礎が謎。
「粉もあんな」
「粉」
「キューブ」
「キューブ」
「ペースト」
「ペースト」
「香辛料は別か」
「さぁ」
なにであろうか。なにもない気もする。
「味なしでも煮込めばどうにかなるか」
「……」
そう、なるか。
「こいつ等も、なんかのなんかだしな」
「なんかの、なんか」
「最悪、塩コショウでどうにかなんじゃね?」
食べないイリスが言う。
「言う事間違えたか」
「そういえば……」
大丈夫な訳だ、人が多くとも。人の考えが見えるのを、もっと何か何かなかったろうか。
「気分がアレでもお前が居れば大丈夫だ」
「……どう?」
「気ぃは落ち込みやすかろうと、悪意っていうのか、いや、一概に悪意って言うものでも無いんだろうけど、そう言うのが、こう微妙だよな」
「微妙」
微妙とはどう言う事なのか。
「まぁ、ともかくだ、大丈夫だよ」
「……ん」
塩コショウはキッチンにリオンが並べていたので、まぁ、大丈夫な事にして、レジで会計を済ませる。イリスと荷物を分担して持つ。
「術具使わねぇのか」
「……目立つ?」
「んじゃ、どっか目立たない所……」
「……」
高い塔がある。機構の教会だろうか。署か。見張り櫓?それがなにであるのか。街で待ち合わせる、いつもの所。
「行くか?」
「……」
待ち合わせの予定はない。迷子でも……。多分帰れる。
「そこは大丈夫だぞ」
「……」
「マジで」
「……」
犬……でなく、狼の帰巣?ん?狼は群れなのに、イリスは単独で。
「木が居ただろ」
「……うん」
そうか。
「じゃぁ、森に帰る?」
「いや、宿でも行けるぞ。風足使えば、汽車より早く帰れるけどな」
「……そう」
そんなものか。
「つか、歩いてりゃ、大体把握出来ねぇ?」
「……どこも似たり寄ったりでは」
「まぁ、だけどよ」
「ん」
言わんとする事は分からなくもないのだけれど。上から見ないと。
「上から見たら分かんのか?」
「……見つけられただけ」
ニィを、リオンを。見つけ、られただけ。
「それ……部屋……まぁ、いいか」
気を使われた。
「俺だって使うぞ」
「……ニィも、そうだった気がする。……リオンも」
気を使って側に居てくれる。
「気を使いたい奴に気を使ってるだけだろ。好きなだけ、使わせてやれ」
「……そう」
気を、使いたい相手、か。使いたい相手。
「家族でもなんでもない」
「家族だって気を使わない相手もいりゃ、気を使わないとにっちもさっちもいかん事もあるだろ。まぁ、つまり、……旅仲間ではある」
「……」
「言葉や形を欲しがるよな。家族、親子、兄弟、兄妹、姉弟、師弟、友達、仲間……」
イリスは息を、そっと吐く。
「なんにもなきゃ、駄目なのか?」
「……分からない」
必要と、されたい、だけ、かも……。
「必要か」
「誰かの1番?」
「子供何人もいたら、1番ってものな、兄弟間でも嫉妬とかあるだろうけどよ」
「……」
「記憶を無くす前のイオにとって、お前は1番じゃなかったのか?」
「分からない」
分からない。1番に、殺されたい相手ではあったかもしれない。息を吐く。
「自分を殺す為に育てたかったのに、……人を殺さない様に育てた」
「なんでって、聞いてもアレか」
「人を殺すのが嫌だったから。なのに人を殺してしか生きられなかったから」
「賞金稼ぎか」
「お金がないと……」
生きていけないものであろうか。
「俺はそれねぇし」
「……」
「なんでマリナなんだ」
「……両親を殺したと思っていたから」
「から?」
「居た所に居た人。片親殺して親から攫った人だったらしい」
「そぉ、か。あー、なんだった、賞金稼ぎなら幾らでも殺しててソイツらから狙われねぇのか?」
「……人を犯罪者にしたい訳じゃない。あと、賞金稼ぎ狙いの執行人に所属していたら、犯罪者だし、捕まえるか、どうにかしないと」
「あぁ」
「……果たしべき事は、果たす」
そうしてきた事を、そうしていく。クリセラの方はそれを雁字搦めで、やっていたけれど。
「クリセラ?」
「……ニィの、友達」
「で」
「大事な育ての親が、母親を殺した人と知って殺した」
「また、名義に縛られてんのか」
「そう、育てられたって……。母親を殺した相手を憎む様に、殺す様に。その写真は実の父親。でも、本当は自分が殺したって知らせて、殺させた」
それはクリセラが生きている限り続く様な呪いの様な。それは、フーリィさんにかける為のもので、それの為にクリセラの一生を費やさせる。
「その人は、賞金首だったから、クリセラは罪に問われなかった。……その為に、賞金稼ぎになって整合性を取る。賞金首だから殺した訳じゃない、ただの復讐、それの罪を問われなかった。自分が……、慕っていた人が、慕う価値がないと社会は言っていて……」
だから、というのか。
「ソイツが面倒クセェのは分かった」
「……」
「イオも面倒そうだよな。今は別に、違いそうだけどな」
「ニィを殺しても罪に問われないって」
「話戻したか?」
「そう。ただ人を殺した事のあるだけ」
「また微妙な」
「……分からない。人を殺してニィやクリセラの様に、悩めるか」
「まぁ……。いいんじゃないか、好きにすりゃ」
「……そう」
悩もうが、悩ままいが……。ただ、ニィに教えられた様にしただけだった。
「んじゃ、殺さねぇの?」
「……」
ニィが教えたのだ、人を殺してはいけないと、苦しくなるだけで、誰も救われないと。
「イオは?」
「ニィは」
殺される事が救いであったはずで……?
「あぁ、でも、自分の苦しみを引き継がせたくなかった訳か」
「……」
「大事にされてんだな」
「……好きにしてる?」
「あぁ、だろ」
なら、良かったのか。多分。多分。
「風でも当たりに行くか?」
「……ん」
風か。そう言えば普段から上はよく吹いているか。イリスも楽しげで、まぁ、今が落ち着かないので、上は落ち着くかもしれないと、向かった。
寝ている。塔の欄干に背を預けて、男の人が寝ている。
「知り合いか?」
「全く」
待ち合わせた覚えはない。イリスは男の人に近付いて、相手の組まれた手の辺り、すんすんと鼻を効かせる。秋の麦色のふわりとした、短髪。睫毛が若干多く感じる。
「リオンの術の匂いぽいんだけどなぁ。アイツの匂い分かりずれぇし」
「……そう」
目立つ指輪をしている。黒っぽさと銀。長そうな指にしっかりと見える関節。耳は可愛い。と、まぁ、いいか。寝ているからと、がん見して良いのは知り合いであろう。欄干に登って上の屋根に上がる。
「器用だなぁ、つか、危なくねぇのか、か」
「平気」
「んー」
イリスは欄干に腕を置いた状態で立っていて、目を細める。
「風はここで十分っちゃ十分だけどなぁ」
風に吹かれて、結いもれた髪が揺れる。リオンが起きないとどんどん崩れていきそうだな、と。
「お前の髪も、リオンか」
「1つくくりや、2つくくりには出来なくもないけど、髪留めが落ちやすくて残念」
「それ、髪留めか?」
確かに紐で留めてから、装着する。
「髪飾り?」
「ん」
そんなものか。風を受けながら、屋根の上に立つ。マスの目の様でマスの目でない様な、一定の区画を、大きさも不揃いとも。緑の公園や広場。青い空の下、穏やかであるのかないのか。なにであったか。イリス以外の、ちょっと動く気配。
「……ぉ、はよ」
「おぉー、おはようさん」
下で早くもない挨拶を交わしている。
「誰……?」
「イリスっつうんだがな。待ち合わせだったか?」
「……ぅん、多分、そのうち来ると思う」
欠伸の入る様子。
「友達と、ちょっと似てるかも」
「お前、リオンの知り合いか?」
それは聞いたらリオンの怒りそうな。
「……俺の知ってるリオンと同じなら、知り合い」
「おー、リオンって名前なら幾らでもいるか。……なんだ、しょ」
「凄い、結界術士」
上から欄干に降りつつ言う。目が合った。朝日の白みのある黄色。
「なら、友達」
「……そう」
言っていたか。えぇっと。欄干から降りて側に立つ。
「アイツ友達いたんな」
「お互い旅してるから、殆ど会わないけど」
「おぉ、あー、でも暫く起きんのだっけか」
「……いるの?」
「おー、一緒に旅しててな」
「一緒に?リオンが?」
凄く以外そうに目が開く。
「リオンが?」
二度目。その寂しげな様子。
「んな」
「一緒に居たいって言ったのに、居てくれなかったのに」
「おぉ、あぁ」
「なんで、俺、駄目?」
「駄目ってかな。あー、……うん。うん。そんななんかよ……」
イリスが話す事を迷っている。
「俺……」
なにかアレで、とりあえずその頭を撫でる。その表情は途端に明るくなって目を輝かせる。可愛い。犬みたいというのか。
「そいつ、人好きが過ぎるだろ」
「……そう」
寂しくって、一緒に居たかったのか。というか。
「誰でも良い?」
「ん?良いっちゃ、良いけど、リオン以外すぐ死ぬし、優しくなくなるから、困る」
「……」
「やべぇぞ、ソイツ」
「ん?」
「……」
やばい、とな。リオンが友達と言う相手であるが。優しくないのか。毛は割と優しい感じ。地肌は温ったい。
「いや、なんつうか、人の側にいるのに手段を選ばねぇ感じつうか」
好きにしているのなら、良いのではないか。
「いや、良いけどよ。痴話喧嘩に巻き込まれて殺されたくもねぇだろ?」
まぁ、つまり?
「顔が良いのを利用しまくってるっつうか」
好きにして良いのなら。
「良いが、巻き込まれたくねぇの」
「……逃げて、ここ?」
「ぅんん。ユッカが今回は、一緒に居てくれるって、だから人と関わっちゃ駄目って……」
そこでびっくとして、手を持たれて頭から離された。
「駄目だった、どうしよ」
「いや、それは揉め事するなって、事だろ。大丈夫じゃね?」
「そっか、そっか」
指で指を握られる。
「いいの?」
何がであろうか。
「なにもしなくても、構ってくれる?」
「……」
あぁ……、何かないと側に居てくれる人がいないのか。ずっと、そうだと。
「誰かを求める同士良いとは思うけど……」
ずっと、誰でも良いでは寂しくて、と、思えなくもなくて。
「特別な好きが作れると、思う?」
「……」
聞けば、きょとんと、したようで、瞬き、それで口を開く。
「1番が良いって事?」
「……似た感じ」
「そうか、そっか……、親父がユッカの言う事聞けって、最後の言葉だったから、守らないとなんだ」
それは死んだ人が。
「お父さんが1番?」
「親父は父さんじゃない。両親の顔は覚えてなくて、父さんの手は多分優しくて、笑うのは多分爺ちゃんに似てて、爺ちゃんが俺の事育ててくれてて、死ぬ時、父さんも母さんも、機構を裏切ってない、機構が裏切ったんだって。信じろって。言う事聞かない事も多かったけど、最後の言葉ぐらい聞かないと」
指から離れていった手で自分の頰に触れて寂しげに笑む。
「親父はそれを信じてくれた父さんと母さんの友達?真実が知れた時、戦える様にって、銃の使い方を叩き込んでくれた」
指輪に触れて。寂しげ、……恋しげ?あぁ、死んだ人達が1番なのか。……違う、この人が1番だった人達。そういえば。
「マリナ。あなたは?」
「え?あぁ、ロウ」
「ロウ、ロウ……確かに聞いた気がする。リオンの友達は、1人だから、1番?」
「へぇ、ふはっ、そっか」
こちらは、旅仲間。
「枠的言葉求めすぎ?」
聞けばイリスは首をすくめた。
「いんじゃね。というか、ヤバイつって、すまん」
そのイリスの表情は、寂しげ以上に苦しげで、ロウの思考になにを見たのか。
「思った事言っただけだろ?大丈夫」
ロウはへらりと笑う。
「なんか、うん。……うん」
イリスは、少し寂しげなままで頷いた。
「それで、ここ待ち合わせ場所?」
「うん。筈」
「筈って大丈夫か?って、おう、大丈夫な」
不安を感じ取った様で、イリスが慌てる。しかし、イリスが好きを貫き通せていないのでは。ロウを不安にさせまいとしている。あぁ、でも不安な人の思考を見たくなければそうなるのか。
「まぁ、なぁ。お前の不安は見えにくいしな」
「……」
それは良いのか。イリスにとって良くとも。まぁ、良いか。
「それで、機構に復讐を?」
「……よく分かんないなぁ、と、思う。恨みっていうか、誤魔化された事の本当が、知りたい。かもしれない。父さんは母さんの名誉回復を望んでいて、それを暴かれたくない機構に、知らない罪を着せられて、賞金稼ぎに殺されたから」
賞金稼ぎ……。
「爺ちゃんは俺を育てるのに一生懸命で、暴く為に何かするでもなかったけど、ただ本当を俺に知って欲しがってて、父さんが調べ続けたのは、母さんだけの為じゃなくて、俺の為でもあったからって……。なんだっけ」
「機構を調べてる?」
「ぅんん。俺頭良くないし。爺ちゃんが信じてくれてれば良いって。俺がただ父さんや母さんの事信じて疑ってないなら危ない事はしなくて良いって」
「……そう」
「でも親父って奴は、銃の使い方お前に教えたんだろ」
「そぉ、でも人を殺すのに撃った事はない。親父が目的に行き着く前に死んじゃったから、ユッカに頼むって。俺は、側に居てくれたら良いし、あぁ、うん。誰でも良いけど。側に居てくれる人は特別になる」
「ん」
まぁ、そうかもと。ニィはずっと居てくれて特別と言えるのかもしれない。ずっと居るものだから、よく分からないけれど。この人は……失って来たのか。そして、求め続ける。
「……」
ユッカという人は付かず離れずなのか……。それでロウは物理的に人と居る事の手段を選ばない。心の距離など曖昧なもので、それは知れたものでもない。あぁでも、リオンとは幾ら会わなかろうと友達か。では。
「ユッカという人は、手を繋いでくれない?」
「手、手かぁ。どうだっただろう」
ロウは手を眺める。
「リオンは繋いでくれた事あるけど」
ロウは手を眺める。2つの指輪。片方ずつ。左手は中指と人差し指、右手は小指と薬指。
「リオンが、作ったのか、それ」
「そう、右のはそのもの、左のは母さんが使ってたって銃を改良してくれた」
「銃……武器は作らないんじゃ」
「うん。俺が銃しか使えないから。人を殺さない事も殺す事も出来る銃。母さんのも指輪化とその手の改造」
「銃ってそんなじゃねぇの?」
「んー、望むままの弾が出る」
「ん?」
「血を流さなず致命傷を与えなくても、相手の足に撃てば足を止められる。全身と思えば全身も止められる。距離を見てそこに結界が欲しければ構築出来る。強度はリオンのには劣るけど、んー、自動小銃が同じ所に当たらなければ、そこそこ保つと思う」
「手榴弾は?」
「直撃は厳しいけど、撃ちまくれば良い」
「成る程」
「なんか、変な銃だな」
「うん。リオンが、作ってくれた」
「うん、よく分かんねぇけど。リオンは銃で人を殺して欲しくねぇのな」
「殺そうと思えば殺せるけど……。リオンは人殺しが嫌いだし、俺を人殺しにしない様に作ってくれたし、俺が殺したら俺が殺しただけなのに、リオンは作った自分も人殺しにしそうだから、殺すなら、銃以外でする」
「おぉ」
「銃以外使えないのでは」
「うん。でも人を殺す程が分からないし」
うん、と、目を細めのて。
「リオン以上に大切なら仕方ない」
「……そう」
それは寂しい。リオンの為に銃を使わず、怪我をするか死ねば、リオンは自分の考えを責めるかもしれないけれど、ロウにとってその時、リオンが特別でない。少なくとも1番でない。
「寂しい」
「……ん?」
側にいないってそういう事か。側に……。ん?リオンは誰にでも離れていても結界を張り得るのだっただろうか。……。よく、分からない。ロウは案外自分で結界張ろうとしなくとも大丈夫なのではないのか。
「撲殺は好みでない?」
「かもしれない。けど、そもそも銃でも殺した事ないし。分からないかな」
「そう」
まぁ、余談であろう。
「子供らしかない話の展開だろうな」
「ニィは素手だった」
「あぁ……。つか、素手で?銃とかナイフとか、え?」
え、である。
「術とか、なんとか」
「よく怪我してた」
「いや、な」
「マリナのニィは、危ない人か?」
「優しい人。ただ賞金稼ぎしか生き方を知らない」
「そうか。一緒に旅してるって事は、リオンと出逢って変わったって事か?」
「かも……。記憶なくさなかろうと、一緒にいたかも」
「へぇ」
「リオンがあんま言うなって言ってた事、口に出てんぞ」
「……大丈夫?」
「別に賞金稼ぎに恨みはないし」
「無実の親父、じゃねぇ、父親が殺されたんだろ」
「んー、機構が殺したかっただけだし、そう捉えると機構は賞金稼ぎに対しても賞金首に対しても不誠実か」
「……犯罪の被害者に対してもな」
「ユッカはそれが許せないらしい」
「お、あぁ」
「ユッカは俺が1人ぼっちなのは機構の所為だって、調べてる、と」
ロウが言葉を止めれば人がいた。どこか儚げで、細身の。中性的。
「ユッカ」
ロウは嬉しそうに立ち上がる。
「その2人は」
冷たい響き。
「リオンの友達」
「いや、旅仲間」
「連れ」
「リオンの……そうか」
少し剣呑さの減ったそれ。
「リオンがこの区に居るのか?」
「おぉ」
「リオンの側は安全だろうが暫く夜は出歩かない事だ。もう日が沈む、宿に帰るといい」
「おぉ、そんなもんか」
「……ん」
イリスは空を振り返る。青さの向こうに、赤い紫が見えて来ている。
「んじゃ、またなぁ」
「また」
「うん、また」
きらきらした目のロウに見送られて、塔の降り口に向かう。ユッカという人は、どこか静かだった。なにか、あるのだろうか。不誠実が許せないそこに。
「気になる」
「ん?ロウの事な」
言われた通り、夕方迄に買い物済ませる事数日。
「寝ている間にロウに何かあったら、リオン悲しまない?」
「お前が気になるんじゃねぇのかよ」
「……気になる」
「友達だからって皆んなを皆んな守ってもいられないだろ」
「……」
「いや、気にしてんの、マリナだろ」
「ロウって、リオンの友達と言っていた」
「そうそ、ちょっとヤバイ奴」
「それ、謝ってなかった?」
「……知ってっか?」
「ん?」
「アイツの思考は怖い」
「……分からない」
「だろうけどよ」
「……」
「マリナは見えないから、イリスの見えようは分からないだろう。イリスも具体的なものではないのだろう」
「おう、まったく」
それで、ヤバイ、なのか。
「ヤベェんだぞ。アレはすっからかんだ」
「ん」
イリスが言うのは分からない。そんなものだろう。
「いや、そこは諦めんな。ちゃんと聞いてくれ」
「……」
「なにも考えてないんだ」
「ニィにも」
「それと違う。こう、ほわってのと、ざくっての」
「……」
「いや、ざっ?がっ?」
「分からない」
「いや、こうな」
「ユッカさんは?」
「え?あぁ、アイツは人じゃないだろ?」
人に見えたが。
「なんつうの?守り神か、守護霊的な?」
そうなると、ロウは大丈夫か。
「おぅ、一回は保つだろう」
「え?」
「一回災い受けたら壊れると思うぞ。いやぁ、あの弱り具合で形保ってんのは根性だな。いつ壊れてもおかしかねぇよ」
行かねば。
「は?」
「ロウには、あの人、人でないかもしれないけど、ユッカさんが必要。いないと無理、壊れちゃうっ」
「大丈夫だろ、次を用意すれば。だから、ロウはマリナともイオとも違うからな。放って」
「いい、探してくる」
「は?」
「大丈夫、まだ夜に何かあったって聞かない。夜に活動しているなら今から探す」
「いや、なんで、お前が」
「置いてった」
「あ?」
「リオンが拾ってくれなかったら、危なかった」
そう。同じだ。同じで。
「リオンの友達だ」
「いや」
「1人じゃ危ないから、俺が付いていく」
「は?」
「イリスはリオンを頼む」
「頼むって、寝て」
「じゃ」
「いってくる」
リオンの元にイリスを置いて、部屋を出た。
とりあえず、1番高い塔に登りに軽い調子で走る。夜の街は驚くほど静かで、誰もいない。そこまで夜が深かっただろうか。そこまで人が暮らしていなかったか。ここらが繁華街から外れているだけか。
「静かなものだな」
「ん」
確かにそうで、とても静かとは思ってもいて。早歩きの様でもあるニィはこちらを見る。
「抱えようか?」
「……」
人目がなければ確かに目立たない。目立つ目立たないを気にするあたり、リオンに染まってもいるけれど。それはそれとして。抱える……。確かに足の長さはあからさまに違う。さくさく足を動かすけれど、ニィの方がさくさく動く。
「……」
「そこまで急いでもいないか」
「……よく分からないから」
「確かに。何があった訳でもない」
ユッカさんが忠告してきていただけ。そしてそのユッカさんがいつ消えてもおかしくない様な存在であると知っただけ。その存在を失ってロウが大丈夫じゃないと思うのは勝手な判断。お爺さんから親父さん、親父さんからユッカさん。移って行って平気であるのだろうから、大丈夫であるのだろうけれど。大丈夫だとは、足の運びがゆるくなっていく。
「マリナ?」
「心配するのは迷惑な話?」
「……よく、分からないが」
「ユッカさんが儚い存在だとして」
だとして、どうだと言うのだろうか。どうだと言うのだ。
「その話をする前から、ロウという人の事は心配していただろう」
「……」
それは、それで違う気もする。
「リオンが心配するかもで」
それもかもでしかなく。
「ロウは、ロウに構ってくれる人が必要なのでは、と」
「……リオンか?」
「……」
どういう関係かいまいち分からない。友達ではあるのだろうけれど、一緒に旅をするのをロウは望んでいたみたいで、リオンがそうしなかったのだろうと。でもリオンは少しばかり危うい術式具をロウに渡している。それは信用なのか、信用……。
「起こして来れば良かったか?」
「……起きる?」
「寝付いてから、だいぶ経っただろう。起きないか?」
「……ん」
そうかもしれないが。
「とりあえず、塔に着いてから考えるか?」
「……そうする」
歩いて、向かう。さくさくと。さくさくと。
「ところでマリナ、夜の街というのはこれぐらいの静かなものか?」
「……時と場合、場所による」
ニィが撃たれた夜も静かだった。とても、とても。
「場合、とは?」
「雪が降っていた」
「雪」
ニィは上を軽く見上げる。満天の星空。建物から外にもれる光も少なく、ガス燈はそれなりに照らすだけ。
「綺麗だ」
確か、に。と、思うのと似た感覚。あぁ。ニィの体、上体を下げる様に腕を引く。
「マ」
名前を呼ぼうと途切れる声。銃声が静かな夜を壊す。走り出す足。
「マリナ、何が」
「うん」
何が以上に。
「逃げないと」
「あぁ」
どこから撃って来たかは予想がつくが、路地に身を隠せば安全なのか、疑わしくって、照準が定まらない様に走る。
「よくある事か」
「街では別行動が多かったから知らない。ただ、記憶を無くした原因」
「あぁ……」
なにであろうか。この逃走劇が必要かどうかも分からない。だって避けられるだろう、ニィなら。違うのだろうか。逃げる様に走る。体力の無駄使いだろうか。
「マリナ」
「うん」
何がうんか。
「大丈夫では」
「かも」
そもそも狙撃手ならば、一発外れれば諦めるなどざらである。2、3発撃たれた気はするが上部から狙っていたので、追撃は難しくなる筈。屋根を走ればいいと言えば良いのだけれど。
「どうするっ」
聞こうとしたニィの足が止まるので、足を止める。ひょろりと路地から出て来た人がいる。通せんぼされる様な道でもないが、嫌な感じしかしない。
「あー、本当の本当に居たんだな」
その人が、気持ちを押し込める様に言う。
「賞金稼ぎエースのイオっ、命貰うぞっ」
見事な宣言、しかし両手に長めのナイフ。ニィ相手に近接戦闘とは、……。記憶……。向かって来た相手の刃の脇を蹴って。バランスの崩した相手のこめかみを蹴る。踵の方でない、指の付け根に方であるから大丈夫だろう。ぐらりと崩れた人。
「逃げよう」
さっさとである。嫌な気配がこう、漂っている。ニィは付いて来ているものの、少し戸惑いを見せる。
「俺と一緒に居たらマリナまで危ない目に」
「ニィを置いて行くのはもうしない」
「マリナ、俺は君のニィじゃない」
「ニィはニィ」
ニィはニィである。
「確かにこの体を損なったら、君のニィが返って来なくなるかもしれない。けれど、戻って来るかも分からないんだ。もう二度と」
「ニィはっ」
足を止めて、回れ右。
「……側に居るの嫌?疲れた?」
下からニィを見上げる。
「消えたい?死にたい程?」
「いや、俺は」
ドスッと、鈍い音。ポタと。ばきっ、ぶっち。ガシャンっと落ちる音。ニィの体に引き寄せられて、見えるのはニィの纏う服。落ちた音は、長い斧の様な武器で、そういえばニィは自分を抱えて踏み込んだだろうかと。呼吸で上下するニィの体。自分を抱えるのは、左手で、右手には赤いというのか、赤くももうないのか。筋肉の塊であろう、心臓らしきもの。
「ニィ」
誰か、なにかの反応に、呼応するだけで、ぐ、ばき、と鈍く響く。どさと倒れるのは首の折れた人。まだいる人に、心臓を投げつけて、投げつけられていない方の耳の辺りから骨を砕く様に蹴り飛ばし、投げつけられていた人の首の肉を削る様に指を滑らせた。
息が、深くなっているというのか。荒い。
「なんで」
呟いたニィは画面蒼白で。撃ち込まれて来る銃弾も足や、手でもって弾き落としていく。人1人、子供といえど抱えているにも関わらず、いに返さずに。そして、記憶もない筈で。自然と動くままに人を殺す。
抱えてくれるニィの服をぎゅっと握っていた。
「このっ化け物が」
賞金稼ぎでエースと呼ばれる人間は大抵そうであろう。どうして侮ったのかそちらの方が疑問。光の線が走る。それは視覚しても大丈夫なので、光線銃の類ではなく、術式武器なのだろう。線に思えたそれがぐにゃりと、鞭打つ様にしなって、ニィのコートを掠める。術式武器は高級品で、持つ人は少ない。機構の軍人でも限られる筈。ざっと動くそれを避ける。それの当たった地面は焼け焦げる様に黒くもあり、スパンと切れてもいる。
「やばいなぁ、避けるのか」
光速程早くもない筈。術式武器は持ち主によって出力制限がかかるのが一般的で、これを扱える能力がこの相手にあるのか甚だ疑問。己の能力に見合ったものを常使いし、危機時は少しばかり上げる事も辞さない。それが常であろう。相手は息を正した。上がるのは切れ味かスピードか両方か形態が変わるのか。ざっと伸びた光に切られて、それを見ていた。スピードが上がったのか?疑問に思っていたが。呻き声。あぁ、そうか。相手はぐらりと倒れて死んでいた。出力を上げようとした意識の隙に、倒してしまったらしい。
ニィは息を整える様に呼吸していた。銃声も止んでいた。誰がなにした訳でもなく逃げたのか。
「こんばんは、お怪我はありませんか」
静かに響く、ユッカさんの声。
「大丈夫ですか?」
「……ごめんなさい。夜、出掛けるなって」
言ってくれていた。確かに言っていた。立ち姿存在感全て儚げであるのに、さっき倒れた人よりも、どこか怖い。
「良いんですよ、それは。撒き餌に食いついた人達を一網打尽にしたかったのですが、軽々にはいかない様で、残念です」
「撒き餌……」
「賞金首の誤情報を流して、そこに賞金稼ぎがよって来た所に執行人に情報を流して、総力戦をけしかける。エースがいれば人数増大も見込めますから」
「……」
「こちらで片付ける気でしたのに、仕事をさせてしまって、すみませんでした」
「……俺は」
ニィはなにか、嗚咽にも似た。嘆きか。ただ、敵ではなく他にもういないと確認出来たのか、地面に降ろされて。その身は震えていて。
「ニィ」
呼べば首を横に振られた。ニィはニィであるが。
「なんで、俺は、人が殺せる」
血の付いた手。膝から崩れ落ちて、つく。
「なぜ、人を殺す」
襲って来たからでは、と、返すは早いが。
「……ニィが好き」
「……」
「人殺しでも」
あぁ、これは言ってはいけない事だったか。
「苦しんでいるのを、知っていても、そういう所も好きで……、嫌いじゃないのに苦しんでいるのが好きとか……駄目で」
それでも。
「それでも、ニィが好きで好きで好きで、……ごめんなさい。生き苦しそうなのに、ずっと一緒にいたくて、ごめんなさい。生きてて欲しくて」
あぁ、なにを言えば良かったのか。
「ごめんなさい」
辛いのはニィなのに、喉が詰まる。自分の事ばかりだ。自分の事ばかり優先して考えている。どうやったら、人は人を思いやれるのだろう。どうやったら、優しく出来るのだろう。息が苦しくて、涙が止まらなくなっていた。
「自分の事ばかりで」
「マリナ」
ニィの声で呼ばれていた。血に濡れた右手はコートを握って、左手で頰を柔らかく包まれる。
「あぁ、でも、大丈夫だ」
なにが、ともなく笑まれた表情でそれでいいかと思えた。
「巻き込んでしまって、すまなかった」
ユッカさんの静かな声。
「忠告してくれてた、言いつけ守らなかった所為。ユッカさん悪くない」
「そう、気に止めておいて、どうして守らなかった?」
「……ユッカさんが壊れたら、ロウが壊れるから……多分、かと」
「あぁ……。気付かれていたか。ロウの前で気にされる振る舞いはしたつもりはないが、あの時のお連れさんは、迷いの森の白き霊獣?」
「……それ」
言ったら怒られるやつな気が。
「目立つの嫌いで」
「言いふらす気はない。ロウを心配してくれたのか」
「……リオンが、悲しむかと。……ロウにはロウをかまってくれる人が、人でなくても、必要かと思うから、いらないそれかと……」
「そうか……。引き継ぎ相手は用意してもらったが……。上手くもいかないか」
「……」
引き継ぎ。
「あの子にとって特別になろうと、相手の気はしれないか……。ただそうでないと、生かしてやれんから……間に合わせの相手であろうと仕方ない」
「……よく、分からないけど」
「罪悪感というのか、そういうものは持ち合わせていないから、あの子は引き継ぎ相手が殺せと言えば、幾らでも殺す」
ユッカは、困った様な笑み。
「君とは大違いだよ」
ニィに言うが。
「殺した事ないのなら分からないのでは?」
ニィの様に自分を責められるか分からない。
「分かる分からないでもなく……。まぁ、人を殺して良い職も、土壌も多いいから、なにを言うものでもないかもしれない。人を殺した事を責める心が正しいともならない事もある。ただ立場によって良い気がしたり、悪い気がしたり、賞金稼ぎでそうであるのは珍しいとは思うが、ずるずるとそうなってしまった職を変えがたいのも、そうかもしれないが」
「……つまり、ロウは」
「ロウに人を殺させまいとするのはこちらのエゴ、という所かな。ロウの母親は機構の軍人で汚れ仕事も厭わなかった。それが禍根を生み、嵌められて死んだ。事故とされたが、殺人であっただろう。それを暴こうとして父親も死んだ。まぁ……つまり人を殺すと遺恨が生まれ、碌でもない事が、代々伝わる様だから、断ち切ってしまいたい。ロウには継がせたくないだけだ」
「……大切、なんだ」
「まぁ……。人ではないから、あの子は私が死なぬと思って好いてくれているが、残して逝く事、責められもしたいが、なにも思う事もなく、引き継いだ相手に懐くだろう」
「……」
イリスは、ロウをすっからかんだと言った。それは懐く懐かないも本当はなにもないのかもしれない、表面上の懐っこさで、好いて、居なくなればそれまでと割り切るのを、割り切るとか何も考えずに出来ると。
「それで、……何をどうして、どう?」
「今の無認可で犯罪団体たる執行人を潰して、賞金稼ぎを取り締まるよう執行人を機構が引き継いで、賞金稼ぎと世間の遺恨を潰していく」
「……取り締まる」
「賞金首を狙う時、巻き込まれ死ぬ者がいる。そういう被害が多いい賞金稼ぎは、取り締まるべきであると」
「機構の選定は?」
「あぁ……。そもそも、そこが問題か」
ユッカさんは苦笑した。
「リオンの賞金が解消される、それで少しは考え直してくれれば良いが」
「……」
決まったのか。
「それは、……」
「良い事か悪い事かはともかく、少しは正しくなればいい」
「正しく……」
正しくか。良い悪いではなく。
「正しくは、正しくはないか」
「正しいは、難しいと」
「まぁ、先に言った正しくは機構にとってだろうか」
「……それを機構が裏切っていた?」
それが。
「なぜ?」
「……御都合主義だからかと」
少し困った様に笑った。
「機構にとって都合の悪い事は、法に則っていても生まれる。それの為の波及というところ」
「リオンの霊力が高すぎる?」
「……そこではなかったかと」
「リオンは、そう」
思っていたと思うが。
「自分達がそれを利用出来なかった事にはあると思う」
「……」
「機構の推奨で研究成立していた事の証拠を所持していると思っている。リオンの師匠がそれによって、機構を自分達から遠ざけていたらしく、リオンがその証拠を引き継いだと思われていてもおかしくはないでしょう」
「……リオンは」
気にしないというのか。
「表に出さない時点で違うのではと疑問も挟めますが、その機を狙って何か企んでいるのでは、と、自らの罪悪感に似たものをえぐられるのでしょう」
「……」
こう、どうにかならないのだろうか、それ。
「それだけで、か?」
ニィの疑問符にユッカさんは首を竦める。
「機構に所属していた研究職員が子供を使った人体実験をしていたので、責任をもって是正した、というのと、機構が子供を使った人体研究を推奨援助し、研究目的と成果を手に入れる為に研究所に立ち入り調査ついでに壊した、では、聞こえがだいぶ違うでしょう。世間体というのを気にされたものと思います」
「……」
「取り逃がした研究所長が何を言い出すか怖かったであろうし、師匠が生きている間リオンの事は世間の誰も気に止めなかった筈です」
「今は、どう扱われているんだ」
「……それを知らない君らだから側に居るんじゃないんですか」
「……」
「……ロウだって気にしないと思うけど」
「あぁ、ロウは自分の事に巻き込みたくなかったのでしょう。君らとは側に居たら賞金が外れるかもしれないだけで、自分の事で君らに迷惑はかからない」
「迷惑」
「賞金首の連れだからと賞金が掛けられる事はない。そうでしょう?」
そういえば、賞金首の仲間庇い立てする者も、もれなく賞金が付与されるのだったか。
「そういえば、賞金付与制度の駄目な所分かりますか」
「ん?」
「賞金稼ぎが巻き込んで死なせてしまった罪人足らずの人達を、賞金首の身内か庇ったとして申告してしまう事ですよ。死人に口無しですから。それの弊害は残された家族が罪人の家族扱いを急にされる事。そんな筈ないと言っての隠していたのだろうと、罪を犯して得た金で生きて来たのだろうと責め立てられるか、つまはじきにされるか……。そんな事で、執行人の中にはそういう方々がいる」
「え」
「あぁ、その方々は違いますよ。執行人の組織の金で動く人達ですから。今回集まるよう仕向けたのは、そういう人達ですから、元はどうあれ」
「似た様なものか」
倒れた、人達をニィは見つめる。
「お金がないから、欲しいから、ですか?」
「……」
「貧乏は人を殺すとも言いますが」
「……特定の悪いと害を被った相手しか狙わないんだろう。自分も……機構にとっての都合の悪い害で定められた人なだけだった。変わらない、機構の勢力圏が広く強いだけで」
どこの組織であろうと変わらないのだろうと。自分達の御都合というもの。
「自分の都合で殺した事を、そうと割り切れない。馬鹿みたいな自己嫌悪は、自己陶酔でしかないのに……。死んだ相手に対する、弔いでもない」
それは、今のニィの感覚でそうなのかと。ニィの下がった手の指を握っておく。少しびくつかれた。嫌われただろうか。何か、馬鹿みたいな事を言った気がする。一応、逃げて行きはしない手。不安が伝わって、遠慮されただろうか。
「……それで、その計画か何か、どうにかなるのか」
思わしくない方向に言っていたけれど。
「ならない事もないかと」
「……そうか……、邪魔、しない様にするが……。ロウは」
「あぁ、本当に」
どこか感慨深げな声だった。
「あの子にまた会う事があれば優しくしてくれると嬉しい」
その哀愁というのか、それを纏った笑み。
「頼むよ」
「……」
「ん」
そういえば、ニィは会ってもいなかった。返事のしようもないのに、気を回して……。リオンは大事で、そうなるとロウも。……で、いいのか。
「じゃぁ、私とは、さよならだ」
ひらりと手をあげて、ユッカさんは脇を通り過ぎて行く。その細い手首。儚く壊れていくなら望みのままに……?
「さよならでなくなる事はない?」
振り返り、その細っこい背を見て口に出していた。
「限界というものはある」
「……」
「ロウは大丈夫であるから」
「ユッカさんが大丈夫でない話をしている」
「あぁ……、そうか」
目を細めて、笑んでいる様で。
「長話をして悪かった」
ユッカさんは止めていた歩みを再開して、それはもう止められないと思うもので。あの手を取りたい。取りたいが壊れたりしまいか。ユッカさんの望みは……。
「マリナ、どうしたい?」
「……」
どう?どうしたい?どう……。
「ニィは」
質問に質問で返すなんて酷い返しだ。
「俺は、殺ししか出来そうにない」
「……」
切なげな響きで。
「記憶がなくても、体は覚えていて、出来るのは壊す事だけらしい……」
「……ニィは」
ニィは何であったか。
「側に居てくれる。壊してない」
「……壊して奪った結果だろ」
「……奪った人達を、だけど」
「だとしてもだ。俺が関わると悪い方だろうが良い方だろうが、人が死んでしか終わらないらしい……」
「……そう」
そうか。
「ユッカさん助けられたら、何か変わる?」
「……自己の慰めの為に、人を巻き込むのは……。ユッカのしたい方向、都合もあるようであるし、その望みが叶わなくなっては、あまりにあまりで……。意思にあだなすのも、殺しの様なものだろう」
「……そう」
それは。
「これじゃ、関わりたくないと言っている様だな。ただ、理由としては……。ただなにをしたいかと……。これが難しいか」
「……難しい」
理由になにを上げれば良いのか分からない。しかし静か。
「どう、したい?」
「……」
ニィに見られて見返す。自分が救われる為に助けるのは間違っているのではと、けれど、親切が人の為ならずと言うなら、大概似たもの。自分の為に助ける。いつか返ってくるかもしれないから、と。ニィは助けたいのだろう、方法が分からないだけで。リオンを叩き起こせばどうにかなるだろうか。人頼りの人任せだけれど。
ロウには、側に居てくれる相手を用意してあると言っていたけれど、間に合わせで本当に大丈夫なのか。ロウは、ユッカさんを待って……、イリスのいい様では大丈夫なのか。
「ニィが……」
居るので良いなら誰でも……。リオンの賞金がなくなるなら、それで。これ、ユッカさんが居なくなる前提で。
「マリナ?」
「とりあえず……、様子が伺える所探す……?」
「分かった」
ユッカさんは高い塔の方へ向かっていたし。
「じゃぁ、どっか登ろう」
「……分かった」
手頃な建物の外壁を登り、屋上に出る。大体似た高さをしているが、水桶?というのか、タンクの具合で邪魔になるものもあって見通せる訳でもないが。
「あの出っ張りの脇なら、様子伺えそう」
塔に割と近いがガラスとコンクリートかなにかで出来た、出っ張りが屋上にあり、それを示して目指す。大通りは跨がないし、路地ぐらいなら飛び越えられる。
「感覚の錯誤というのか、酷いんだが」
「え?」
走りながら、声に耳を傾ける。
「これ、跳べて良いのか、と、疑問を思い出したら足がすくんで本当に落ちてしまいそうで」
「……」
「考えたくもないんだが。……ここは跳べて良いものなのか」
「……まぁ、跳べてるから、大丈夫」
どこでそんな感覚を身につけたのだろうか。殺す感覚は思い出したのか。いや、あれはただ身を、というより、庇っただけで……。ぼさっとしていたからニィに殺させてしまった。前撃たれた時も、ぼさっとしていて。着いた屋上で、物陰に隠れる。なにが起きているのか。様子を伺うけれど、なにか。
「あれは」
クリセラ、だろうか。噂に信憑性を持たせる為に、本当に呼んだのか。賞金稼ぎのエースは機構からの依頼も多くて。ただ。思う。フーリィさんだと、そしてユッカさんはロウをクリセラに任せてしまうつもりだと。それは駄目ではないか。フーリィさんはどこかおかしい。ニィに私を任せる、リオンにニィを……。どうにかなっている気もすれど……。ニィとは居たいし、リオンとも居たい。なら、良いのか。どうにでもなってしまうものか。
「あの、美しい少年」
少年というのか16ぐらい?しかし人に興味を。
「見覚えある?」
「……いや、あの病室に来ていた……」
「……フーリィさん?」
「……少し雰囲気が」
「……子供、だから」
かと。似ているのだろうか。こう。髪の色も、目の色も違う様な。顔、顔、フーリィさんの顔はどんなものだっただろうか。綺麗だった。
「それで、なにを」
なにを。引き継ぎ式?……そういえば、ロウには禍根を引き継ぎたくないと言っていた。引き継ぐ事を教え込まれて、育ての親とも言うべき人を殺させられたクリセラ。そこに残された呪いの様な苦しみは垣間見る機会もあって……。そのクリセラに殺しても気になさそうなロウを任せる?それは悪趣味なのか、善たる事なのか。フーリィさんは良い方向に行くと思ってる?ユッカさんも?なら、見過ごす……。なにか。腰のケースから手に持つワイヤー付きのフック。
カァンと金属を弾く音がした。
駆け出して、撃った相手のいる屋上まで跳ぶ。大通りを挟むがワイヤーを塔に飛ばして引っ掛けておいて、遠心力というのか、使って飛んで、そこまで飛びついでに、足で銃を引っ掛けて取り上げる。ワイヤーを回収、巻き上げ式ので巻きつつ、腰から短銃を取り出した相手と見合う。
「嬢ちゃんどっから飛んで来た」
「……間違ってる」
「は?」
この人は何も知らないのかもしれない。ただユッカさんが裏切り者だと教えられて狙っただけの、そんな人。相手が撃つよりも早く懐に踏み込んで、股の下か蹴り上げて、膝から崩れた人を放って塔の方に跳んだ。
「間違ってるっ」
「マリナ?」
クリセラの疑問符。ユッカさんは呆然としていてロウは笑んだ。
「マリナだぁ、どうした?」
「大事な人を守れないのは嫌っ」
ロウにもクリセラにも悪いけれど、ユッカさんに言わないといけない。
「守るなとでも言い聞かせたかしらないけど、駄目。酷い……」
「……」
「マリナ、俺はちゃんと言う事聞けば良いから、ユッカがそう望むならなんでも」
「……人は自分の思考しか持ってない。ロウの気は知れないから、私が嫌なものは嫌」
「マリナ?」
クリセラは分かっていない様子で、ユッカさんが溜息を吐く。
「マリナ、ロウには害意がないと証明しないといけない。例え……、誰が壊されようと、指示者の指示にのみ従い、その指示者を絶対に裏切らない、と」
それは何の証明。
「復讐で動くこともない、他者にとって、機構にとって都合の良い存在だと」
それを、クリセラに持たせようという辺り。
「とても、不快な都合で事が起こっていないか」
クリセラの捉えがたいままの物言い。
「どうして」
どうしてクリセラなのか。ユッカさんは。
「マリナ、なにがどうなっている」
「よく分からないけど、ユッカさんがもたないから、ロウの事クリセラに任せようとしている」
クリセラは不快そうに眉間に皺を寄せて、ユッカさんを見る。
「それがどうして機構が関わる」
色々と放って気になったのはそこらしい。
「ロウは機構の懸念材料だから、安心材料がなければ即座に処分されかねない。それが嫌で、どうにかならないか色々と話を作っていって、こうする事にした。私が誰かに壊されようと、私が任せた相手の言う事をただ聞いて、殺そうともせず、捕らえろと言われればただそうする。絶対的な他者への服従を示す。その任された相手が機構に準じていればそれで安全は担保される」
「……それは、俺が裏切らない為の担保をつけるという事か」
「……そうなるのならそれで。君の特別にロウをしてくれたら幸いだ」
「……っ」
クリセラもなんだかんだで人が良いからこそ、今が嫌いなのだろう。
「ロウっ、お前はそれでいいのか」
「え……?ごめん、聞いてなかった。なんだっけ?」
「……っ。この馬鹿どうしろっていうんだ」
「銃の腕は確かであるし、弾も好きに選べる。結界、捕縛も転移もお手の物だ。便利にしてくれたら良いと思う」
「……便利に……」
「大まかな指示でも、明確なものでも、好きにしたら良い」
「……おかしいだろう」
「そう思う感覚は希少に思うし、好ましくも」
「や、ロウお前、思う所は」
「ロウ、あれの捕縛を」
「んー」
返事が早いか遅いか。ロウの指輪が銃になったかと思えば、さっさと撃たれ、向こうの屋上の人が倒れる。
「……ごめんなさい」
さっきの人、どうやらユッカさんではなく、私を狙ったらしい。そうなるとユッカさんも止めるに入ると……。拘束をし忘れていた。そもそもというのか。なにか。
「ごめんなさい」
「謝ってほしいわけでもない。君は君のするべきを探したのだろうし」
探してはいたが動いたのは突発的で。先の事は、考えていなかった。クリセラを見る。
「クリセラと一緒にいるだけじゃ駄目という事?」
「マリナ」
「どうだろう」
クリセラからは疑義のニュアンスで呼ばれ、ユッカさんには首を傾げられた。
「そもそも罪を犯した事もないんだろ、この男は。それを、放っておけば良いだろ。囲いたいなら軍人にでもすれば良い」
「ロウの母親は機構の軍人だった。銃の腕に長けていて、機構のいうまま仕事を忠実にこなし続け、機構の手筈で賞金稼ぎの仕事に巻き込まれて死んだ。忠実な相手でさえその忠実さを疑い殺す。機構はロウに懐疑的であるし、保証が必要とされる。その保証として指示者の絶対性の証明、その指示者は機構の敵でない事」
ユッカさんは息を吐く。
「それから機構がおいそれと手を出せない安全圏の人間をと聞いて紹介された」
「フリティラリアか」
「……あぁ」
クリセラの問いに戸惑いながらユッカさんは頷くので、多分関係性は知らないのだろう。人の登って来る気配にロウが視線だけ扉の方にやる。
「ニィだから」
「連れ?お兄ちゃん?」
「兄ではないけど、連れ……」
クリセラの方を見る。
「先に言った方がいい?」
「……何を?」
あぁ、どうしよう。
「大通り跳び越えなかった理由?」
「イオは君ほど身軽でもないし、道具も使わない、勢いをつけても難しい」
「……」
息を吸って吐く。
「その」
キィと扉が開く。
「あぁ、こんばんは。遅くなって、すまない。と、約束もないが」
緩やかな言葉運びで。
「マリナ怪我は」
「……ない」
「それは良かった」
ゆるい笑み。
「イオ?」
ニィの違和感にクリセラが首を傾げる。呼ばれて見たニィは首を傾げる。
「クリセラ、と言うのだったかな?」
「……」
首を傾げて、聞かれて、クリセラが泣きそうな表情になるのが分かる。なにかに絶望する様に。クリセラにとってニィは唯一の友で、この世で気の許せる人で、信じて。
「すまない、記憶喪失で」
困った様にというよりも、少し悲しげでもあるニィの笑み。
「なにも?」
クリセラの声が震えて。
「すまない。人の殺し方は体が覚えていた様だが」
「……」
クリセラはなにか言おうとした様子で、俯く。
「記憶、ロウなら戻せるかも知れないが」
ユッカさんが、口に出す。
「原因が物理的なものであるか、術であれば術者の意思をロウが上回る、もしくは心因性のものであればイオの真意を上回れば戻るものと」
なにであろうかその万能性……。
「頼むか?」
「それは」
「いらない」
誰かが何か言う前に、口をついて出て、びっくっと怖くなってニィを見たら驚いた目をしていた。あぁ、なにを口にした。
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、……」
どうしよ。なんで。なんで。知りたくない、心因性のものだったら、ロウの銃弾をものともしない程、思い出したくなかったら。
「マリナ」
ニィが側に来て、膝を付いて両肩に手を置かれた。温い、手。
「大丈夫だ」
片方の手で頰を撫でる様に置かれて、優しく笑まれた。
「大丈夫」
頭を優しく撫でられた。
「記憶が無くても、マリナが居てくれたらそれで良い」
「……」
「リオンもイリスも居るからな」
それで良いのかと問い返す事も、自分の都合の良い言葉に出来ない。
「すみません、煩わせる様な事を言って」
ユッカさんに申し訳なさそうに言われた。それはクリセラに言ったのか私に言ったのか。クリセラはこちらを見て何か言い掛けてやめて俯く。
「……っ」
口を開こうとして、ニィに止められた。謝るのは違うのか。なにと言えば良かったのか。
「それで話を逸らしてしまったと思うが、君らの方で話は済んでいるのか」
「……」
「……」
「……どうでしょう、どうにもなっていない所とも」
ゆるく困った様に言って。
「言わせて貰うが、ソイツがお前を殺す仇を殺さなかった所で、機構の猜疑心は晴れないだろ。忠義な軍人を殺したぐらいだろ」
「そこは……。原因と呼べるものと言うのか、機構のやり方に疑問を呈した事と……。ロウは、言われれば、自害も厭わない」
「やった事もない事の証明が」
「ロウは、本当にそうであるから」
ユッカさんは悲しさか憂鬱さをにじませる。
「そう、育てられたからか」
それにははっきりと滲む嫌悪。クリセラの嫌いな部類の話となるらしい。
「銃の撃ち方を教え、人の言う事だけ訊く様に」
「撃ち方を教える頃にはそうだった、壊れていたと聞いている。死者の言う事だけを信じて、側に居てくれる者の都合の良い様になる。……人形の様だと……。死者の言葉を信じるだけでそこから何をしようと言う事もない。考えて行動する事はないのは元々だ。誰が、そうした訳でもなく、気ままにそうなだけだ」
「だったら、死ぬ気だったなら、死に際に言う事は俺に任せる事じゃないだろっ。自由に生きろ、自分で考えて行動しろ、それでいいだろ」
「それで一人きりに残せというのか?」
「……」
「死者の言葉を信じるのは、相手が自分を思って大事にして、その心残りだからだ。自分を思う人間の死に際の言葉だからだ。もう、この世に存在しなくなるかもしれない、自分を思ってくれる人。1人にしてしまうしか出来ない残気。1人にしてなどいけない」
「……勝手な事を言うな。死者なぞ勝手だっ。死に際の思いが美しいものだとでも思っているのかっ。呪いを残していく者も居るだろうがっ。人の都合でっ、人の都合で動かされた苦しみも分からないのか?そんな者に」
「分からない。ロウに1人は嫌だという以外の気はない」
2人が揉めていようと、ロウは気にする様子もなく、ただ眺めている。それはユッカさんを嬉しそうに、愛しむ様に。
「俺は1人で良い」
クリセラが苦しげとも、忌々しげとも取れる様子で言った。
「死者の呪いに囚われて生きると」
「お前に分かるか。こんな状態で人を放っておける奴に」
「じゃぁ、貴方がどうにかして下さい、お任せします」
「そういう事じゃ」
ユッカさんはクリセラを気にせず、座っていたロウに視線を合わせる様にしゃがみ、両頬を包み込む様に両手で添える。
「ロウ、すまない。私はもう側に居てやれそうにもないから、後の事はクリセラに任せる事にした。言う事をきちんと聞いて側に居たら良い」
その手を首の後ろに回してぎゅっと抱きしめる。
「だから……」
ぽわっと光がたつ、光の雫が上に引っ張る様に、ユッカさんの姿が消えていってコンと、猫の人形の様な物が地面というのか、床に落ちる。あぁ、本当に限界だったのだと知った。焦っていたのだろう、残していく子の存在が心配で、心配で何振り構わなかった。
ロウは落ちたそれに手を伸ばして拾う。傷の付いたそれ。ぼうっとした様子でロウはそれを見つめている。
「何が」
「ユッカさん壊れ掛けて、もう実体を保っているのもやっとだったらしいから」
「それは」
口に出したクリセラに一応言えば、クリセラは瞬いて首を傾げる。
「よく分からないけど、お守り、みたいな?」
死期は人でもある程度把握するものと思うけれど。どうすればいいか分からない現状。押し付けられたクリセラに、残されたロウ。クリセラはそれを棒に振っても?いいのだろうけれど。多分出来ない。
ぼうっとした様子でロウは猫の人形を握りこんで、クリセラを見る。
「クリセラ」
それは極々愛しげで、嬉しそうに笑む。それがクリセラに嬉しそうに抱きついた。
「宜しく」
自分をすっぽり包み込む相手を抱きしめ返すでも無く、ぼうっとしているのだろう。イリスはロウは異常だと言った。この切り替えの良さは羨ましくも思うが、こうも初対面の相手に愛しげに抱きつけたものだろうかと。
「……ちょっと、待て」
その疑問に乗せてか、クリセラがロウをひっぺがす。
「おかしいだろう。なにか、色々と」
「なにが?」
クリセラに極々不思議そうにロウは返した。
「なにが側に居たら良いだ。そんなの自分で選べ」
「クリセラが良い」
「おかしいだろ。初対面で会話もなしに」
「死人の言う事を聞くと選んだのでは」
「それがっ」
口を挟めば焦燥の募った様子で、クリセラは声をあげる。あげた相手が私で、クリセラはビクッとなって息を吐く。
「すまない、ちょっと」
「落ち着きたいなら宿戻る?」
ここで立ち話をしていても何である。
「他に用事あった?」
「……なにと言うか、ここに来て執行人という組織の討伐指示をと……。指示と言うのは指示を受けろだと思っていたが……、出せ、という事なのか」
「……多分」
クリセラがロウを見て言えばロウは首を傾げる。代わりに言ったが、多分と言うのか。
「確か、ロウを人に引き継いで、執行人を壊滅させ、機構に自浄作用、賞金稼ぎを取り締まる方法に利用をするのでは?」
ニィの、ユッカさんに対する憶測の話。
「違ったか?」
確かめられても困るが。
「まぁ、多分」
「聞いてない、そんな話」
「ん」
ロウが差し出すのは、銀に黒をはめ込んだ腕輪の様なもの。途中で切れているから腕輪と言うのか謎であるけれど。
「通信機」
「……」
ロウに差し出されたそれをクリセラは渋々という様子で、受け取れば軽く光って落ち着き、どこか点滅。
『コレが君に渡ったという事はつつがなく委譲されたのかな』
「全くつつがなくないっ、なに考えてんだアンタはっ」
『とりあえず、ロウに指示を出して執行人を所定の移送先まで転移させてくれるかな。移送先はf25と言えばそうしてくれる』
「待て、つつがなくなる様話を進めるな。全然つつがなくないと言っただろう」
「私が邪魔した」
口を挟んでおく。
「クリセラの納得に関わらず、仇を殺さない演出は失敗」
『おやマリナか』
「リオンの賞金とれた?」
『あぁ、イオが記憶喪失でもか弱くないと知れる前で良かったよ』
「待て、話が」
『あぁ、すまないね。クリセラ、とりあえず殺しはしないから、ロウに送らせるだけ送らせて、落ち着いてから話そうか』
「……そう……一回足を踏み込んで抜け出せなくなることを知ってる……」
『執行人はすべからく賞金首だ。まだ違う一歩ではないよ。安心していい』
「このよく分からないのとの縁が」
『君1人で相手するには量が多いい。また散りじりになられたら始末が悪い。頼むよ、クリセラ』
「……」
「そうやってやらせるのは酷いと」
『そうだね、マリナ……。今からでもカメリアとウーを送ろうか』
「もう、いい。やらせればいいんだろ。話は済んでないからな」
『あぁ、すぐにでも話合いに行くよ』
フーリィさんは静かに言って通信は切れた。そしてクリセラの盛大な溜息。ロウを見る。ロウは首を傾げた。指示待ちの犬の様に。
「f25にこの区にいる執行人を全員捕縛転移させろ。分かったな」
「分かった」
ロウは嬉しそうに返答して、塔の上から飛び出して行った。
「なんなんだ、本当に」
あの人は嫌がらせの気もないのだろうけれど、嫌がらせにしかなっていなかった。
「とりあえず、宿戻る?」
「……」
クリセラに泣きそうな目で見られたけれど、なにと言うのか。
「あれ、放っておいても宿見つけて来るか」
「多分」
「……」
こちらを悲しそうに眺めて、ニィを見る。
「お邪魔しても良いですか」
「あぁ、もちろん、構わないよ」
ニィの緩い笑みに、クリセラは少し悲しそうな笑みを返した。