退院で出発
ニィはロビーに居た。白い吹き抜けの天窓から光の差すロビーに。
「あぁ、おはよう」
「おはよぉ」
「……おはよ」
ゆるく笑んだニィと挨拶を交わす。
「どうする?」
「……どう?」
「んー、仕事の仕方忘れたわけだし。あぁ、立ち話でする事でもないね。どっか喫茶店かなにかに行く?」
喫茶店……、リオンの料理は食べられないのか。
「マリナ残念そう?」
「……ん」
「立ち話好き?」
「…………喫茶店で」
「ん」
病院を出てリオンについて歩く。
お腹が減っているわけではない、だから、望むべきものでもない。喫茶店である。飲むだけ飲めばいいのだろう。合わせるのはケーキとかだっけ……。望むべきものでも……、リオンはお菓子が作れるのだっけか。
では、望む事の出来るもの?
辿り着いた先の店に入って、席に着き、メニューを見る。
「なにしよ。というか、イオって朝は食べた?」
「……一応、適度に?」
「そう、なら良かった。まぁ、軽食ぐらい幾らでもあるしなに頼んでも良いとは思うけど、なにがなにか分かりはするんだよね?」
「……これなんだ?」
「茶葉の種類?」
「これは?」
「お菓子の種類?」
「……」
「これは酸味があるので、これは甘い重い、これはクリームチーズ入ってる?えぇっと、ほろほろ崩れるのかな、これはふわふわ……、そもそも甘いの好き?」
「サンドイッチの方が馴染みがある」
「あぁ、なんか食べる?食べなくて良いのかな?飲み物だけでいいの?」
「ドリンク欄ではこちらの方が馴染みがある」
「コーヒー党?」
「これらとか?」
「炭酸……、まぁ、いいか、適当に目を引いたの頼めば?」
「……あぁ」
「マリナは決まった?」
「……」
「急がなくてもいいけど」
リオンは、もう決めているのか。しかしなにを頼めばいいのか。値段を見ればいいのか。そもそもここは誰が払うのか。ニィならいいとも……。
「不のループに陥りそう?」
「陥る?」
「自立して稼ぐにしても、考え様かなぁ、決めるのは今でなくてもいいし」
「……ずるずるいきそう」
「イオって使ってなさそうだもんね。マリナぐらい一生困らないか」
「育った施設に送ってる」
「そういや言ってたっけ、機構の施設じゃないの?」
「一種の独立性?園長格差?」
「寄付額で?こっわ」
まずい事を言ってしまっただろうか。
「リオンは何で稼いでいるんだ?」
「術具売って、あと情報とか?勿論、犯罪にならない程度に」
「犯罪」
「売り先は大体一般人か機構だから、大丈夫」
「その、大丈夫さがよく分からない」
そもそも、気付かないのだろうか。
「案外気付かれないものだよ」
「リオンは賞金首ではないのではないか」
「……かもねぇ、ザル過ぎだし」
リオンは少し呆れる様な調子で言う。
「で、決まった?」
「苦くないお茶どれ」
「あぁ、これか、この辺り」
「……」
「こっちは独特の風味があって、こっちはあっさりしてる」
「……あっさりで」
「イオは?」
「……これで」
「ん」
リオンが手で店員さんを呼んで注文する。この時間帯は飲み物だけの客も多そうで迷惑でもないだろう。
「その辺り考えない事にして、これからどうする?」
「……」
「行き先ね。病院の人は守秘義務あるけどイオの事知ってるし、出来ればこの区は早々に離れたいわけ」
「……あぁ、すまない」
「うん、それはいいんだけど、どうしよっか」
「……どう」
「どう?」
「リオンはいつもどうしているんだ」
「気ままに、棒倒しで決めてもいいぐらい」
「じゃあ、それで構わないのでは」
「ものの例えなんだけど。真っ直ぐな棒探すの面倒だし」
「……」
「地図上でやる?」
「地図で?」
「道でやるより目立たないし、平たい地面より平たいテーブルの方が探しやすいかも」
「あぁ」
店員さんがやってきて注文の品を確認しながら配布していく。でんと置かれたポットに砂時計が落ちたらと指示をして、店員さんは去って行く。
「ここの方が、宿よりテーブル平たいけど」
「棒?」
「独楽の方が良いかも」
リオンは、鞄を漁り出す。取り出したのは、ガラスに薄紫の液体の入った、……独楽、なのか。先っちょが二方向にあって、その合間は球でもない曲線。
砂時計が落ちて、ポットから注いで、味をみる様に飲む。
「と、地図。とりあえず世界地図から始めようか」
リオンが一枚の紙を広げる。
「海を渡る場合があるのか」
「んー、まぁ大陸の中心辺りで回してみようか」
リオンがくりっと指先で捻って、独楽が回り出す。それを眺めながらお茶を頂く。そのうち横になってするりと止まる。
「そういや、どっちだろ」
よりとんがった方か、丸い先がとんがったある種玉葱みたいな方か。
「矢印?」
「まぁそれで行くとこの方向っと」
リオンは世界地図を仕舞ってまた紙を取り出して広げる。さっきより区域の分かりやすい地図。
「さて、じゃあ今度はマリナ回して」
「え、……ん」
拒否する理由もないかと、テーブルに置かれた独楽を手に取って回す。よく回ったそれは眺めている間に、シュルシュルと、止まる。
「ん、んー」
「森」
そこ面ともいうべき方の出っ張りの指し示したのは、森。
「迷いの森」
名前付きである。その森。
「迷い?深いのか」
まぁ、だいぶと広そうな森ではあるが、なにか煙に巻く様な書き方の地図……。
「霊獣が住んでいるから、霊力値高めで、……なんていうのかな」
「迷子になりやすい?」
「術具は霊障受けるから、その手の方位測定機器は無理。そういうのじゃないけど」
「体内時計が狂う?」
「それは知らない。ただ、通り抜けようとしても、元の所に戻るみたい」
「……それは迷い?」
「森自体に意思があるんだろうけど、多分霊獣の眷属で、木の人ってなんだっけクインシーは違うし」
「妖精?」
「その辺。ん、でさ、……まぁ霊獣守る為に森は動くんだろうけど、霊獣はなに考えてんだか……行ったら森がどんな反応するか分からないし……どうしよ」
「どんな反応?」
「僕の父親に目を渡すっていう酔狂をやったのがこの森の霊獣の筈なんだよね」
「……へぇ」
「しっかし、攻撃性のないものだし、黒がいないのかな」
「黒」
「霊獣は粗方白黒セットって話があったりなかったりってしたっけ」
「あるのかないのか分からなくないか、それ」
「霊獣は神秘だから」
「暴いたらつまらないと」
「その発想はなかったけど、確かにそうかもね。平気で目を差し出す奴だし」
「黒がいないと攻撃性が減るような言い方をしていたが」
「あぁ、定かじゃないけど、霊獣は霊樹を育てるらしいけど、それを育てるのが、白い霊獣で、黒い霊獣はそれを守る為に色々するらしい」
「結界?」
「まぁ、確かに。迷いの森はそれに近いかな。と思うといるのか」
「よく分からない、と」
「だねぇ。でも居たら、目を渡すなんて真似させて見過ごすのか。霊樹さえ育てられればいいのか、あー、でも砂の国って白い竜がいて、黒がいないっていうのに、降る星はどうなんだろう。攻撃性を含んでいる様な。あれが育てる?」
「降る星?」
「砂の国の降る星には、人工物を分解する作用があるから」
「綺麗?」
「見た事ないよ。人工物に術は含まれるから、怖いもん。結界が分解されるのも、封印術が分解されるのも」
「そう」
「国外者でも適当に入れる珍しい国ではあるんだけどねぇ」
「……行った事ない」
「かもね。あそこって法律適用微妙でさぁ。名取りって制度があって、名前を国名に変えたら、それまでと違うって……、だから賞金首の取り扱いが微妙で、そこで名前を変えたら別人って設定?だから、賞金稼ぎのイオは行かないんじゃない?」
「罪がなくなる?」
「さぁ、判断が付かないってだけで、外に連れ出したら賞金は貰えるかも」
「国内の署が受け付けない?」
「そういや、国の中に機構の施設ってあるのかなぁ」
「ない?」
「行った事ないから、分からない」
「……そう」
そんなものか。
「居るかどうかは行けば分かる?」
「行って分かるかは分からないけど、行って分かるか分からないかは分かるね」
「……そう」
「さて、ここに行くのかな」
「……」
「嫌じゃないのか?」
ニィの疑問にリオンは首をひねる。
「嫌じゃなくもなく、ないかな」
「……えっと」
「自分で言っていて、あれ、なんだろ」
「嫌ならやり直したらよくないか」
「えー、それやっていたら決まらないというか」
「そんなに行きたくない所があるのか」
「えー、別に……、でもこの地図でいくと、この辺りは空の国の隣接区で国外者、他区民は嫌煙されるから目立つし、こっち側も花の国の領区だったりするし、行きたくないであったり、行けなかったりするかな?」
「領区」
「国に属した区?かな。島の国は近くの島々を領区にしていたり、大陸の港のある区も」
「領区」
「んー、国ではないし、国の人は見下しているだろうけど、領区の区民は他区民を見下していたり、だけどそのあり用の明瞭性っていうのはないかも。国境の区は国の間であって緩衝材扱いされていたり、武の国にとっては実験場で売り物の宣伝場?これ言い出すと違うか。んー喋り出しから間違えたかな。国を後ろ盾にしている区って言えば簡単なんだけど、そうしていても領区でない所もあるし、あー、機構の管轄とは違うかも。署はあったり分室という形はあると思うけど、少なくとも税の徴収も公費設備配分?それは国の管轄。後ろ盾だけとの違いね」
「……そう」
分かった様な分からない様な。
「教会ない」
「さぁ、国の方針によりけり?」
「街で一番高い建物は?」
「地域性」
「……」
「それ、見張り台とかだったら入れない所ない?」
「外からは大抵入れる」
「うん、無許可だね」
「……指名手配?」
「されないと思うけど、今度からやめてほしい……って、うん。子供のうちは許されても、大人は駄目だし」
「危なくないのか?」
ニィの疑問に首を傾げる。
「危ない?」
「その危機意識がないのはどうかと思うよ」
「……落ちない」
「落ちない様にしているからでしょ。落ちない様にしているのはどうして?」
「……落ちたら怪我するから」
「じゃぁ、どういう事?」
「危ない?」
「だろうね」
確かに気をつけている。そうなると確かに危ないからか。
「イオはそこを待ち合わせ場所にして何も言わなかったの?」
「……仕事に連れて行くより良い、迷子になるより良い、そっちが危ない」
「まぁ……確かに。でも比べて危険度が低かろうと、危なくない訳じゃないよ」
「……ん」
危ない事ばかり溢れているのだろう。ずっと。
「そんなに危険まみれか?」
「それって日常記憶じゃないの?」
「……」
「うん。まぁいいや、健忘なんて人それぞれだよね。えーっと。仕事は危ない人捕まえに行くんだし危ないし、危ない人がいる街で迷子は危ないんじゃない?」
そこに集約していいものだろうか。
「ずっと一緒に居れたらいいんだろうけど、宿に残しておいて、攫われても困るしね」
「……碌でもないな」
「まぁ、否定はしないよ。ここは落ち着いている区だし」
「どうして来たんだ?」
「イオがどうしてと聞かれてもね」
「……だな」
なんとも言えない様子。
「それで、良いのかそこで」
迷いの森。
「まっ、迷子になったって、戻るみたいだしね。出て来なきゃ良いよ」
「ん」
「じゃぁ、汽車でどの辺りまで、と」
リオンは違う地図を出して来て、行き方を考え出す。なにか関われもしないので、飲み物を飲みながら、地図を見るリオンを眺めた。
「これで山越えて、乗り換え駅に着いたら乗り換えね」
「ん」
「汽車か」
「あぁ、イオは歩きたかった?」
「たかったというのか、あまり動かさないのもな」
「あぁ、ずっと病院だったもんね。まっ、とりあえず乗ろうか」
そんな訳で、汽車に乗り込む。4人掛けの個室。借りきる様に切符を買ったらしい。雪の平原を走っていた。それが木々が多くなり、山と森となっていく。
「雪山を登れるのか」
「レールが術で熱持たせてあるから、積もらないし、凍らないから」
「あぁ……術って便利だな」
「もっと急な坂だと、吸引とか上昇動力にしてあったり」
「吸引?」
「滑ったり、浮いたりしない様に」
「浮く?」
「汽車が重いから。まぁ、それだけでもないんだろうけど。レールに術掛けしとくと、その土地の霊力使えるし、そうなると長持ちするし、点検減らせる術もあるから」
「大丈夫か、それ」
「術に不備が出たら分かるって奴の筈だから、大丈夫じゃない?」
「その反応が出ない不備は?」
「まぁ、あるかもね。言い出したらきりないし、妥協しちゃうよね」
「そういうものか」
「これで不備が出ると人災だからね。それなりに気をつけているとは思うけど、これをここまでって程明確化出来るものでもないし」
「……難しいのか」
「扱いがね。だからというか……んー、術が厄災の元だったりはよくあるかもだし、よく分からないのが、多いけど。一般利用されている術具は安定しているのが多い筈」
「……」
「ここにレールが敷かれてから、事故はない筈」
「そうか」
「賊は出るけどね」
「賊?」
「この寒いのによくやるよねぇ。冬場はやらないかなぁ」
「……」
「汽車って人気のない所走るし、よくあるよ?」
「……そんなものか?」
「出た事ない」
「歩き多いいんでしょ。と言っても歩き避けるなら、次まで遠いとかだろうし、こういう山越え思うと、出てもいいと思うけど」
「本当に、そんなに出るのか?」
「んー、汽車には大体護衛役の雇われ賞金稼ぎか、機構の防衛職員?が乗ってるかな?まぁ、賞金稼ぎって事もなく雇われ護衛役かもしれないけど」
「出る前提だな」
「知ってるか知らないか知らないけど、区界というか、区じゃない所には区に属していない部族っていうのか、地元の人?が居てね。ここにレールを敷くのに山を荒らされた報復、汽車が走る事による弊害に対する不満も踏まえて、生き金欲しさに襲ったりするから」
「……」
「報復が正しいとは言わないし、山に出た影響も自然の方がそのうち慣れてくれているかもしれない。ただ区に属さない者は機構にとって人にあらず、それを押し付けた。禍根がある。襲うのは正しくないけど、機構にも正しさはないよ。ずっと住んできた所をいきなり君らの土地じゃないよ、住みたきゃ金払えって、今じゃそれを当たり前にしている人口人数が多いいからそれが正しくも思えるけど、住んでいた人にとって寝耳に水で、ただそこにあった誰のモノでもないモノ、先祖代々受け継ぎ生きてきたそれを否定された。汽車が走る音は自分達を否定し続けているみたいに感じるのかもね」
「……」
「賊して、お金とって上納金払ってる?」
「うん、確かに山で取れるモノで生きてきた訳だから、汽車襲うのはやっぱり余暇っぽいよね」
「余暇」
「生きるのに必死で、というよりは復讐?」
「……難しい」
「かもね」
分かり難い。襲っても仕方ない、必要性もなさそう、それでもよくやると。それは解決法のないそんな所にいるからか。
「機構も本気で殲滅する気はないし」
「なぜ?」
「不穏分子がいた方が、自分達の正しさを示せるから」
「……よく分からない。土地を土地としたのが正しくなかったのでは」
「それを野蛮な方法で示してるってんで、野蛮な者の言う事に耳を傾ける必要はないとなる」
「野蛮な方法で土地を奪ったのではなかったのか?」
「でも、汽車って便利でしょ。そういうの気にしてイオが汽車乗ってなかったっていうなら、今乗せて悪いけど」
「……」
「今の状態が良いでしょって、機構は言いたいのかな。不平等性とかたっくるしさ、そんなんがある中で、不満を持とうが、賊の様になるよりはマシじゃない?みたいな」
「……」
「文化的である事に優越感を覚えるのはよくあるし、自然の中にある事を野蛮とも野生とも言いようするし、言葉的支配でもあるけど、そういう点、環境課って名称してそういううのにも気を配ってますよって、環境保護って形が正しいのかも疑問になる」
「ん?」
「自然的である事と、環境に良いが則すとは限らない」
「……ん?」
「自然的であれば多少は不可あっても、自然はそれなりだけど、環境保護とか言うのは生き方でないし、出来る出来ないの問題になってくるというか……言い方難しいかも」
「言い方」
「人の生き方って言葉に収め難いものなんじゃっていうか」
キィーキィキキィーーっと、音が響く。
「あぁ、来たみたいだね」
お気軽であろうと。
「この辺りは、足止めして乗り込んでも来ずに、外から回ってくるだけだから」
「……」
「あぁ来たね」
外から窓がコンコンと小さめの手袋の手に叩かれるので、窓を上げる。
「ども」
「こんにちわ」
毛皮で顔の埋もれた少年である。自分と同じくらいで、目が合えば見開かれて戸惑う様に逸らされる。白い息が上がる。
「金目のもんくれ」
なんともぶっきらぼうに言われてリオンを見る。
「僕は術師だから術具は持っているけど、術具売るルートは持っているの?評価価値に見合った取り引きしてくれる所でないと損するよ」
「術師って……まじかよ」
少し嫌そうにリオンを見て目を逸らす。
「そっちの兄さんは?」
「金で買ったのは、これ?」
ニィは新聞を見せる。これにも凄く嫌そうな顔。
「ここ一等だろ?」
「特別室じゃないし、多くは持たないの」
「じゃぁ、有り金寄越せ」
手を出して来る。合ったと思えば目を逸らされる。
「あー、その髪飾り、金か」
「へ?」
「真鍮の金メッキ。駄目だよ、大切な人が無くす前にくれたものだし」
「えっ、あ、悪い」
慌てた様に、身をすくめる。申し訳なさそうにされるが……確かに記憶は無くしていて、その記憶のある頃のニィに貰ったもので……。
「おいっ、なにグズグズしてんだっ」
「あぁ、いや、ないって」
「あぁ?一等客室だろ」
「術師で術具しかって」
「アホかっ、そんなヤバイのからはさっさと離れろっ」
「えっ、うぃっす」
やばい?よく分からないが、こちらを少し見た少年は離れて行くので窓を閉じる。
「冷えたねぇ」
「ん」
室内の温度はだいぶ下がっている。
「熱逃げない結界はるべきだったなぁ……。そのタイプの結界で音聞こえる様にするの面倒でサボっちゃった」
「音と熱は同じ?」
「全然違うけど、局所的にするの面倒で」
「そう」
そういうものなのか。
「術師というだけで、あの反応なのか?」
「関わりたくないんでしょ。術具売るルートないなら、術具の持ち合わせも危ういだろうし。あの子の持っていたのは只の木製ボーガンだし。カーボンでもない、グラスファイバーの方がいいのかな?」
「その辺は分からないが」
「術師とは関わりたくないんだよ」
「……よく分からないのは記憶がないからか?」
「さぁ、マリナもこうだし」
コンコンっと、手袋の手が窓を叩くので上げる。さっき少年を呼んだ人とも違う。
「雇われ者か」
「違うけど」
「しばらく停車したままにするが気にせんでくれ」
「理由聞いてもいいかな?」
「……向こうの山の開発責任者が乗っている」
「向こうに住んでるの」
「あいつらは分かっちゃいない。その地が、人を育む地だと」
「その辺は分からないけど、責任者捕まえた所で、開発は止まらないと思うけど」
「……家族を人質にとってでも、開発中止に尽力させる」
「長引くと、家族への思いは薄れて、反抗してくると思うよ」
「…………開発は止める」
「なにの?」
「鉱物採掘だ。もう駅もそこまでの道の開発も進んじゃいるが止める」
「鉱物って、なに?」
「…………なんで答えてるんだ、俺は」
「今更?」
自問に対するリオンの疑問にため息。
「鉱物は緑陽石かなんか言ってたな。霊石のうちか」
「えー何年動いてないの?」
「は?」
「石虫がついてないか確かめた?」
「石に虫?」
「石虫が羽化すると、石が弾けて粉になるから。羽化した石虫はまた宿る石を探して羽ばたき空を舞って行く」
「……よく分からん」
「重機かダイナマイト使うと、石虫が驚いて山が崩れる」
「はぁあ?」
「普通、霊石は落ちているのを拾ったり、出て見えている所を削いだり、それぐらいにしとくものだけど。採掘には細心の注意が必要。羽化したら丸損」
「……では、なぜ」
「常識がないんじゃない?」
「……環境課は」
「君でさえ機構がキチンと機能してると思ってるんだ。意外」
「…………」
「環境課は、一枚岩じゃないから、きちんと調べる人も、お金で見逃す人もいるよ」
「山が……崩れるのか」
「まぁでも土を引っ掻き回すわけでもないし、放っておいたら森になると思うけど」
「……そうそう単純なものでも」
「そうなんだ。その辺りはよく分からないけど、……拾ったら使い魔にしたりも出来るけど。霊石見つけてくれるし便利なんだけど、なに考えてるんだろ」
「居るとは限らんのだろ」
「でもよく拾うって話あるし、全体に居るんじゃない?」
「……」
なにの話であるのか。石虫。
「お前は持ってるのか石虫」
「僕は必要ないし、契約術師でもないし」
「……それでも分かるのか」
「術師の常識」
「……」
「あるっちゃある事だし、気にしなくても良いとは思うけど」
「崩れるんだろ」
「……ほぼほぼ自然現象だよ。また宿る石を求めて飛び立つから、また使えなくなる鉱山が増えるかな?石目的じゃなく石を潰す目的かなぁ。霊石は機構も利用しているのにね」
「機構が壊れるのか」
「まさか、それぐらいで壊れたりしないよ。石虫は昔からいるしね」
「……たいした問題じゃないか」
「ないけど、そういやなんで汽車襲うの?困ってるの?」
「…………」
なんとも言えない表情で見られた。
「言葉を話す」
「そういや共通語だね」
「そうじゃなけりゃ、獣……害獣扱いだ。お前らとは違っても人は人だ。人がいると、主張しとかにゃ、いつの間にか根絶やしにされるんだ。……交流のあった部族は関わろうとはしてなかった。山で生きて、静かにな。それが機構転覆の談合したかなんか、根絶やしにされた女子供関係なく、みんなな」
「つまり、そこそこの反発心を見せて、やり過ごしてるの?」
「お前らにゃ分からん」
「術師で区無しだけどねぇ」
「……はっ化け物って恐れられるだけマシだぞ」
「まっかもね」
相手の人は息を吐く。
「なにもする気がねぇならいい。黙って乗ってってくれ」
「んー、早くしてね」
「……あぁ」
なにか疲れも含む様子で離れて行くのを見送り、窓を下ろす。先程より長く開けていたのに、そこまで冷えていない。
「結界?」
「そうだね」
「石虫って?」
「集団で飛んでいる様は綺麗だって聞くけど」
「虫が?気持ち悪いじゃなくて?」
「まぁ、そりゃ人によるだろうけど。光を受けて翠の体が透けて輝く」
「なにそれ怖い」
「……聞いた話だし、上手く表現出来ないけど」
「飛ぶのは珍しいのか?」
「まぁ、そうだね。三百年に一回ぐらい?」
「待て、それは忠告する程の事だったか?」
「聞いてなかった?掘ると早めちゃう事もあるって」
「……交渉の手立てをやったのか」
「んー、どうだろ。交渉の話に上げたって、術者は嘘つきだで、済まされると思うよ」
「嘘じゃないだろ」
「伝承の間に話変わってる事はあるかもね。こー、伝言ゲーム的に。口伝伝承が多いいから。術式を正確に伝えるのは大切でも、石虫の事はそれ程でも。特に僕は契約術師、召喚術師の方が分かりやすいか。石虫は召喚って感じじゃないけど。まっ、石虫と縁深い術師の系統なら正確な伝承を知っていると思うよ」
「召喚でない?」
「んー、持ち歩く感じ。基本石の中にいるし、用があったら出て来て貰って、手伝って貰う?」
「霊石探し」
「そっ。見つけた霊石の一部で報酬ね。出来高の割の良い相手だよ」
「賞金稼ぎと同じ?」
「まぁ、出来高制っていう点は。他の召喚相手は召喚する時に常時契約でないと、命を取られたりする」
「頼みが実行されなくても?」
「されなくとも。かな。選定センスの悪さなんじゃない?」
「……ん、……。リオンは、出来高も契約しない?」
「契約術師は約束を破れないんだよ。それってちょっと面倒でしょ」
「……そう」
約束はなにもしていない。なにも。
「さっき、家族を人質に取ろうと、中止される事はないと言っていたが」
「まぁ、それで叶っていたら皆んな誘拐しない?」
「……」
「それだけでもないけど」
「どうにもならないのか」
「世の中そんなもんじゃない?解決せずに誰かの都合で進んでいく。どんな都合かも見失いながら。なにもならずにぐずぐずと」
「……都合も見失うのか」
「かもね。まぁ、見失わなかろうが、周りの都合も考えないのは煩わしいよ」
「……」
「……うん、皆んなそうかもだけど。権力?持ってると巻き込まれる人間多くなるかも」
「…………」
「なるようにしかならないし、なるようになるんじゃない?」
そのうち汽車は走り出して、何事もない様に、止まる駅に止まって行った。