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マリナの話  作者: 白州
3/9

お見舞い2

明るい広いスペース。壁の一面がモザイクというのか色々な種類を使った窓ガラスで、他の壁は白い。床は他と似たままの濃い斑らのグリーン。リハビリとかいうのはそこでしていた。そこを覗けば動く手すりで歩いていたニィは、ガラス壁寄りに置かれたベンチに向かう。

「歩くの不便?」

「あぁ、少し」

「とりあえず」

座ろうとして、はたりと思う。三人座れる。リオンは左端、ニィは右端……、真ん中に座らねばならないのかと。十分に合間はある。そんなものかと座る。

「どれぐらいで退院出来るの」

「明日、明後日には」

「早」

「治りは良いと」

「そう、良かったね。記憶の方はどうなりそう?」

「……分からない」

「そっか、良いけど。気長に待とうか。なんか……君は別人格?それとも記憶を無くした事に戸惑う本人?」

「……よく分からない」

「まぁ、いいけど」

うん。なにであるのか。ニィがニィでない?見てみる、見返される。確かにこういう事はなかった。見てもどこか見ていない。

「マリナ?どうかしたか」

こんな風になにか聞かれもせずに、ただ復讐はなにも解決しない。悲しいだけだ。切々と。人を殺してはいけない。人を殺したら駄目だと。苦しそうに、悲しそうに。

「記憶の積み重ねが無い分、別人といえば別人」

けれど、確かにこの目の前の人は。

「でも、ニィはニィ……な、気がする」

「そうか」

ゆるく笑まれて、頭を優しく撫でられる。

「そういえば、髪、どうしてるの?」

「ん?」

「今下ろしてるけど、最初に会った時は結ってなかった?イオがしてたの」

それにそれはまぁ、そうだったかと頷いておく。

「ブラッシングくらいした方が良いと思うけど」

リオンの手が伸びて来て、髪を撫で付けるように、撫でられる。

「結ってみる?やってたなら感覚は残ってるんじゃない?日常系でしょ?」

「……」

「そうか」

「マリナ、いや?」

それには首を横に振るが、何であろうか。

「リオン、気長にと言うてなかった?」

「言ったね。でも髪といたり結ったりで戻るなら、安いものだよね」

「……ん」

やすいのか。良いけれど。

「で、櫛かブラシは?」

その質問には首を傾げる。

「えぇっと、イオの方の荷物?」

頷く。

「……マリナはマリナで覚えた方が良いのか、まぁいいけど」

リオンは大したサイズのない自身の鞄から櫛とブラシを取り出す。

「イオ、どっち派?」

「どっちと言われても」

「そういや、寝てた割に寝癖ないね。使わないで済むの?」

「……手で事足りないか?」

「まぁ、そうかも」

リオンはニィにブラシの方を差し出し、ニィが受け取る。そんな訳で両側から髪をすかれる。リオンが髪の少ない束を作り握って、先から櫛を通す。髪が引っ張られないので、頭が揺れなければ、痛くもない。ニィはそれを真似して、髪をとく。元のニィから遠去けているのはリオンな気がする。気がするが、揺られもしないのが悪く無くて、どうするも言えない。掴んでとくという発想もなかった。ある程度の所で全体をといていく。

「半分に分けて、イオはそっち担当ね」

「手本は見せてくれるのか」

「んー、いいけど、僕も上手く出来るかどうだか」

リオンは櫛で両側に髪の束を作り、櫛を通しなおして、前髪を整えて、その後ろ辺りから、弄り出す。なにをしているのか、妙な引っ張られる感触と共に、なにか行われていて、リオンの指が頭に沿わない長さの髪の所で編んでいるのが分かった。三つ編みというヤツ……。ニィがした事あっただろうか。それ。

「あぁ、紐」

「……どこだろ」

どこにやったか。いつの間にかなかった様な、髪留め……どうしよう。

「どうしよ」

「……んー、今は代理でリボンか紐か。見つけたいなら、探そうか。二度目会った時には髪下ろしてたかなぁ。どうだっけ」

リオンはニィに紐を渡しながら尋ねる。リオンは編んだ先で紐を結ぶと取り出したリボンを結んで、くるくると髪を巻き、蝶々結び。お団子というやつであろう。ニィはそのリオン真似しようと髪を編み出すが手付きがおぼつかない。

「下手だね」

「すまない」

「記憶云々の問題じゃない」

「やった事ないかぁ」

「……」

「……」

ニィは少しばかり憂鬱そうにそれでも真剣に髪を編み、くるくる紐を結び、リオンからリボンを受け取り、結んでくるくると回して蝶々結び。

「手先のリハビリは必要なさそうかな」

「……」

「記憶無くすぐらいだし、指先に痺れとか残っているかもでしょ」

「上手く出来なかったが」

「初めてなら十分じゃない?」

「直してくれ」

ニィの手がリボンに伸びるので、掴む。

「マリナはまだ見てないね」

リオンが鏡を鞄から出して見せてくれる。確かにニィの方は何か浮いていると言うのか、こう雑にされた訳でもないのに雑に見えて気分は落ちる。落ちるが、どうしたものか。んー。

「気に入らないだろう?」

「……」

確かにすこぶる気に入らないが、勿体ない気もする。

「まぁ、夜には解くんだし、このままでいいんじゃない?」

「……そうする」

そう、今晩までの存命期間、少しのハネは気にするまい。

「でもどうしよ。明日退院が確実なら一緒に探しに行けば良いけど、先に探してからお見舞い来る?後にする?」

「今からでも行けばどうだ」

「んー、どうしよっか」

「……」

「ん。まぁ行っちゃおっか」

「……ん」

そんな訳でリハビリに戻るニィを残して髪留めを探しに行く。

「どこだっけ、も、無く、機構の教会だっけ、夜を明かしたのは」

「……ん」

そんな訳で、……病院から出て、教会の方へ。

「なかったら、道でも辿ろうかって、マリナは屋根の上を走るんだっけ」

「……大丈夫、リオンは走らなくていい」

「ん、だったらいいんだけど」

走りたくないのか、やっぱり。

「僕、体力ないんだよね」

「……そう」

「霊力抑えるのに、全てをもってかれている様な」

「……」

「思考は、そこに当て続けないと駄目な所もあって」

リオンは息をそっと吐く。

「それにも体力を奪われる」

「食べて無くて平気?」

「口に飴がいたりする」

「……そう」

気付かなかった。

「そういえば、教会に行ってリオンは大丈夫?」

「……んー、大丈夫だけど、マリナは一人で平気?」

「……」

「先に市場に行って宿に帰ってもいいんだけど」

「……」

「宿分かる?」

「宿」

そこで思う。どこだここは。ここじゃ無くて、宿?どこ?そこ。上から見ても建物は似たり寄ったり、病院ぐらいは見分けが付きそうではあるけれど。

「宿?」

「うん、一緒に行動しようか」

手を差し出されて、繋ぐ。ほっと息をついた。行き着いた教会で、あれっと思う。正面から入った事があっただろうか。

「ん?」

「上に」

「あぁ、時計塔?上から見つけて来たんだし、そっか」

「……ん」

リオンは上に登る階段を探す様に見回す。

「あれは上の中二階?行きだよね。裏かな?というか許可いる?」

「……ごめんなさい」

「勝手に入っちゃいたい気分だけど」

「……」

「一応困った者を受け入れる自由の教会だし」

「探し物を見つけたいは叶えてくれる?」

「ねぇ」

それは承認であろうか。

「あの扉の向こうかな」

「ん」

扉に近いて行って開ければ開く。そこには廊下。

「あっち」

「ん」

付いて歩いて行って、また扉。扉はいくつも並んでいたけど、リオンはそこで止まって、開ければ階段。そこを登って行く。登る登る。螺旋というのか、角ばったそれ。綺麗に磨かれたそれを登る。リオンは少し息をつく。

「しんどい?」

「あー、大丈夫」

歩くペースとか、考えるべきであろうか。……一緒に歩いて行く気になっている。どうして。

「マリナは酔った?」

「え?」

「ぐるぐる回るから、そういう事もあるかと」

「……大丈夫」

「そっ、見つかると良いんだけど」

「……ん」

髪留めは大したものではない様にも思う。それでもどうしてか気になって。

「気分がこびりついてる」

「ん?」

「ムカつく?」

「なにが」

「なにがだろ」

無くしたからか。大事なものだった?どうであろうか。

「大事じゃどうか分からない物でリオンを振り回してる」

「あぁ、まぁ良いんじゃない?これぐらいは」

「……どれぐらいは、駄目?」

「えー、具体的には思いつかないかも」

「……」

「あぁ、上、着いたね」

着いたそこで扉を開ける。狭い室内、ごとごとと音がする。

「外だったね」

「ん」

下で待ってもらっていても、とも思うけど、棒を持って天井のと留め具を外して、梯子よりはマシな階段が降りてくる。中からって面倒。その階段を登ってぐるぐる動く歯車、釣り下がった重り。

「文字盤出さなくても出れる所ある筈だけど」

探す様にして、部屋の角へ。そこには申し訳程度の扉。幅が狭い。そこのフックを外して扉を開けて外に出る。

「寒っ」

風が吹き込む。それに耐えつつ外に出て、少し下りる。身長ほどの高さ、リオンは思うより勢いよく、欄干のある下に降りる。自分は一旦欄干に降りてから狭いベランダではないか……。作業スペース。鐘のあるそこ。

「んーんんー」

リオンは気兼ねない様子で歩いて行く。

「あぁ、これかな」

リオンが拾い上げる。櫛というのか、歯というのか、それが内側に向かって付いた、円柱の金属筒。赤く光る所のある、それは開いて挟む髪留め。

「合ってる」

「イオが買ったの」

頷く。

「じゃぁ、大事なのかな」

渡されて、受け取って、握る。

「マリナ髪艶々だし、量も多くないから、落ちやすいのかな。今度から工夫して付けようか」

「……ん」

鞄にしまい、街の方を見る。雪は溶けた様子。吐く息は白い。

「一つだっけ?」

「ん、探すの得意?」

「ある程度は。探知?って言うのかなぁ。結界術の範疇ので僕はしているけど。結界広げる時の違和感とか、結界内の構造物とか分かっているものを一程度認知させてそれ以外を選定にかけたり、かな?」

「……そう」

「人探しはマリナの方が得意そうだけど」

「そう?」

「僕は、僕を見つけられないしね」

「……」

それは当然の事ではないのか。

「下りよっか」

「ん」

欄干に足を掛ける。

「扉のある所で登ろうとしようよ」

「……」

「飛び降りないでね」

「楽」

「うん、こう、運動能力高いね」

手を取られる。バランスを崩されるのは微妙。

「リオン外から降りれない?」

「無理。死にやしない様には出来るけど。そう言う問題じゃない」

「高い所怖い?」

「それはないんだけど、ともかく戻って」

「ん」

仕方ないのかと。扉の方に向かい、手をかけて登る。一応申し訳程度の段差で登れる様にはしてある。そこを登って中に身を入れ、リオンに手を貸して登らせて、中に入りきる。

穴に戻って階段を下りて、階段を閉じてまた階段へ。

「面倒」

「あの高さから落下しても死なない人の方が珍しいから」

「落下したら死ぬ」

「あぁ、うん」

「リオンは大丈夫?」

「んー、多分」

つまりこの手間はなんであろうか。

「そういえば、リオン移動術出来るって」

「そうだね」

言っていたか。この手間は?

「使わない?リオン疲れてる」

自分は体力上問題ない、しかしリオンはあからさまに疲れている。

「んー、なんか、術ばっか頼っていると、普通の体力なくなりそうで怖い」

「……そう」

それは普段から気をつけているという事?それで、これか。大丈夫だろうか、リオン。しばらく下りて、下に行き着く。廊下に出て、どこだ、ここ、と、思ったけれど、リオンはなんら迷いなく、歩き出す。

「リオンは旅は歩行しない?」

「するけど、あー、汽車もバスも、飛行船も乗るし」

「うん」

乗るけれど。頻度が違うのだろうか。教会の広間に出る。

「あ」

「ん?」

「ニィ撃った人」

教会の前方の椅子に座る人。憂鬱そうな表情で、正面の天窓からの光を眺めている。

「執行人か、執行人でないにしても、犯罪者も頼りべにするんだ」

「……」

「どうにかしたい?」

「……」

どうにか。

「もう一人いた」

「待つ?待ち合わせかも」

「……」

待ってどうにかなるのだろうか。

「あの人は復讐者?金銭目的?悪い人?」

「復讐でも、金銭目的でも、人を撃ったら悪い人っぽいけど、そうだね。聞いてみる?」

「……」

「聞いても仕方ないか」

撃ったら悪い人、とは。

「ならやっぱり、賞金稼ぎは悪い人?」

「……決まり上は大丈夫」

「……」

「マリナは復讐心とかないんだねぇ」

「……薄情?」

「イオは?」

「望まない」

「じゃぁ、情深いんだよ。イオの気持ちを優先して自分の気を出さない」

「……」

「あぁ、考えもしない?自分の気を知らない?」

「……ニィは」

望んでいない筈。自分が復讐される事を望みながら。

「人を殺して悪い人にはなって欲しくないと」

そう望んでいた筈。けれどそれは。

「ニィも人を想っての事で」

だから?

「優先されているのはニィの気でない……。嫌な気持ちを抱えて欲しくないだけ」

「……」

「ニィの様に嫌な気持ちを抱えるとも限らないのに」

自分の気も知れないのに、人を殺して嫌になれるだろうか。

「聞いてみる?人を撃った気分」

リオンが指差すのは、さっきの人。

「撃つ以外にもね、復讐の方法はあるけど、正面切って文句を言うと、罵詈雑言浴びせられてこっちが嫌な気分にされるリスクがある」

「……」

「僕は物理的な攻撃からは守れるけど、そういうのから守るのは無理かな、罵詈雑言にジャミング掛けた所で、向こうからの嫌な圧は感じるだろうから」

「……そう」

なにであったか。座る人を見る。なにであろうか。そちらに向かって歩いて行き、座っている正面に立つ。美人なお姉さんである。

「お嬢さんは」

「ニィの事、イオを撃って楽しかった?」

「っそんな気でっ、アイツらとは違うっ」

「ニィは好きじゃないし、楽しくもない。そこにそういう仕事があって、その能力を付けられたからやっているだけ。お姉さんはお金は?」

「一緒にするなっ」

怒らせているなと思うけれど、存外平気である。

「誰が殺された?」

「父が」

「なにして?」

「犯罪者だからってっ」

「ニィは仕事をしただけ、撃って楽しかった?犯罪者って分かっていても、それ?人から奪って嬉しい?」

「そういう問題じゃないのっ、楽しいとか嬉しいとかじゃないっ、ただどうして父が、父が賞金稼ぎなんかにっ、悪い事したからってあんな風に」

「アナタは、アナタにとって悪い事したからって、ニィを撃ったのに?」

「……」

「どうして?」

「だって、あんな。賞金なんて」

教会の扉を開いて入って来る人がいた。この人の連れの人。

「おや、君は」

目を付けられて、見返す。それなりなお兄さんである。

「アナタは、復讐?お金?」

「おや、なんでイオの連れがその事を、調べは」

「待って、どういう意味?」

元いた人が、来た人に問う。それに眉間に皺が寄る。

「お前ね。金が無けりゃ生きれるもんでもないだろ」

「嘘なの?」

「身内は殺されてる。お陰で金が必要になった。お前だってそうだろ?困っただろ、言い表せない程、生きていく為の屈辱を味わって」

苦々しい表情で。

「孤児は」

「賞金稼ぎに狩られた者の身内が機構の孤児院でどんな扱いを受けると思っている。その窓口のこんな所忌々しい」

「……」

じゃぁ、なんでいるのだろう。まぁ、いいか。

「ニィは育ててくれた。賞金首の身内だったと思い込みながら、育ててくれた」

「……そりゃお優しいこって。なにさせようとしていたかは分かったもんじゃねぇけど。可愛いもんなお嬢ちゃんは高く売れるぞ」

「……それより、賞金稼いだ方が儲かる」

そんな気もなかっただろうけど、ある程度、人を制圧出来る能力は付けておくように言われたのかもしれないし、他に生きるのに必要な術も知らないのかも知れない。

身構えた相手のこめかみを狙って、足の指の付け根を当てる。跳んで当てるしかないので調整は必要だけれど、出来る様にしている。仰け反ったその人の、襟首を掴んで頭から倒れ込まないように着地して、息を吐く。蹴りだけでは弱かった様なので、首の二箇所頭に血流がいかない様に掴んで、3秒で意識を奪う。そうして結束バンドで手指を縛り、足首にも結束バンドを付ける。

「そういや、執行人に属する者は例外なく、賞金首だったねぇ」

リオンののんびりとした声。

「……生死問わず、殺す必要はない」

どうせあれだけど。ニィは殺す方法しか教わらなかった。だから考えてくれたのだ殺さずに制圧する方法を。

「暴力的……、言葉で勝てる気がしない。リオンは?」

「霊力乗せれば幾らでも黙らされると思うけど、それも暴力的っちゃ的。言葉が暴力でない事もないしね。難しいや」

「……そう」

しかしなにであろうか。

「ムカついて倒しちゃった、どうしよ」

「賞金云々言って倒したのに?」

「……放置してって大丈夫?」

「メモでも残しとく?執行人ですよって」

「……放置は他の人に迷惑かかる?」

「ここだと、ある程度は大丈夫だと思うけど」

一応機構の施設か。その割に。

「人が来ない」

「ばたばた音立ててもいないし」

「ねぇ、なんで私は無視されてるの?」

「無視をしているわけでは」

なかった様な。

「突然出て来てなんなの貴方は」

「僕の事は気にしないでくれるとありがたい」

聞かれてリオンはなんでもなさそうに応える。お姉さんはこちらを見る。

「私の事は捕まえないの?」

「……ムカついてない」

「賞金首だけど」

「……」

自分がお兄さんを倒したのは、ムカついたからで、それはクリセラが賞金目的でなかったのと一緒であるけれど、なにか違う。

「 お姉さんはニィに似てる」

「怒らせたいの」

「……お姉さんみたいに人を殺したと思って苦しめるか分からない」

殺さない様に育てられたから、人を殺して苦しむものだろうか。

「……生きてたの」

「半分くらい?」

「……よく、分からないけど、そう」

「また、狙う?」

見つめてくるお姉さんを見返す。

「割に合わない気がしてきたけど」

苦しげに握られる拳。

「復讐を果たさず執行人を抜ければ、機構的悪い人にはならないのでは」

「……それはそれでイラつくけど……」

ため息が吐かれる。

「ごめんなさい」

「……なんで?」

「機構の仕組みの中で生きてる。良いか悪いかよく分からないまま」

「……」

その表情は複雑そうで。

「機構はどうでも良いけど、貴方に恨まれるのは割に合わない」

「……恨むなって教えられて育てられた」

「……」

「本当に割に合わないと思って、人を殺したと思って苦しかったなら……、お姉さんが死者に囚われているなら、そこのお兄さんみたいに自分勝手にすれば、と、思う」

「……で、ムカつかせて、倒される?」

「……」

「自分勝手なだけでもないだろうけど」

息が吐かれた。

「でも、イオを殺して一生苦しまされ続けるのは嫌だし、苦しまない人間も嫌」

複雑そうな笑みをこちらに向ける。

「じゃぁね、お嬢さん、またがない事を祈ってる」

「……分かった」

諦めてくれたらしいお姉さんを見送って、リオンのメモの貼られたお兄さんを見下ろす。

「この人殺される?」

「さぁ、地獄送りかも」

「地獄ってどんな所?」

「さぁ、行った事ないから分からない」

「……そう」

それはそうか。しかし。

「よく分からない所に送って意味ある?」

「さぁ、鬼が住むとかは言うけど、明確化されない方が恐怖を煽るとか?」

「そう」

「地獄の話って何度目だろ」

「……ごめんなさい」

「まぁ、分からないって結論しか出せずに、納得して貰えてないからだろうけど」

「……」

成る程。

「地獄に送られて帰って来た人がいないのは確かな筈。だから情報がないかな」

「……そう」

捕まえた人を見下ろす。息はしている。

「子供だから、聞いてくれた?」

「それを理由に聴いてくれる人は存外気が優しいのかもよ」

「……悪い事した」

「その人は大して聴いてもいないでしょ、子供だからって油断はしていたけど。まぁ、か弱そうにも見えるし、得っちゃ得かも」

「リオンもか弱そう」

「身体的にはね。でも勘の良い人からしたら、気味が悪いらしい。話戻すけど、子供に気を緩めるのは、怪我した人を放置しなかったらマリナ親切って言ったでしょ、それと類似した事だと思うよ。この人はなんだろ酷い事も言ったでしょ」

「……そう」

そんなものかと。

「人が来るね。行こうか」

「……ん」

まぁ、そうか。大丈夫になるのか。そんなわけで、外に出る。寒いかもしれない。振り返り見た建物の存在とは。

「市場に寄って帰ろうか」

「神様が居た建物?」

「んー、昔もそうでは無かった気もするけど」

「神様はもういない?」

「……、神様ねぇ」

「この世の救い?」

「神は神の世界でしかないから、他に迷惑を掛けるなと言う神がいても、助けを差し伸べる者とは思わないけど」

「……救いを求めて通っていたのでは」

「さぁ、明日は今日より善良であります様にって祈りに来てたんじゃないの?」

「……祈って叶う?」

「祈り続けていれば身につく、とか?」

「……よく分からない」

分からないけれど、ニィが教え続けた事の様なものなのかと。

「神は助けてはくれない。人は人に優しくもないけど、人に手を差し伸べるのも人しかいないのじゃない?」

「……」

差し出された手を繋いで歩く。

「人は善良でないと駄目?」

「さぁ、悪い事して何が悪いって言うと、本当は悪い事したら駄目みたいに聞こえるよね」

「……」

「良くあろうとしてないと駄目になるのかな。そうだとしたら、雁字搦めに生きないとままならない様で、いつまでも息苦しそう」

「……」

「つまらないね、生きるのって」

「……」

ならなぜ生きるのか。リオンに問うものでもないけれど、生まれて来てしまったからで、ならなんで生まれて来させるのか、こんな世界に。愛するべきものとのモノを。それ以外でも。

「教えないと優しくもないのに、それを求める、持ち合わせているのが良いみたいな、常識的に出来ている辺りに、凄いなって思うものはあるけど」

「……リオンは親切って言われると、複雑?」

「……師の教えを守れている事に安堵するかも。馬鹿っぽいけど、生きてて良いんだよって言われているみたい」

それは、……なにか悲しく思えるのが何故か分からない。自分の在り方を他者に決められて、そこに在る事に安堵する。けれど、それは皆大差なく、さっき言っていた雁字搦めだとしても。なにか違う方向に悲しみがあるような。

「自由に生きたら、生きられない?世界は壊れる?」

「そう思うとつまらない世界だねぇ。けど、無理が、頑張っていたり、乱さない様にとか、心掛けている人が報われないのも、虚しい世界に思えるし」

「多少の無理が世界を回して人を生かす?」

「……つまんないねぇ」

リオンはぼそりと、言葉を落とす。ニィは、苦しみながら、人を、賞金を狙って生きてきた。ずっとずっと、そうやって生きてきて、殺さない事だけを望まれた筈が、苦しみさえ避けようとしている。生きる事が苦行なら、どうして人を蔑ろにしてまで生きるのか。どうしてそう執着出来てしまうのか。よく分からない。……そういえば。

「よく、分からなかったのだけれど、あの人、リオンの事気にしなかったの、リオンが言葉に霊力を込めた?」

「ん?そうかな」

「あの人、リオンの事覚えてない?」

「そうかも」

「……消さないで欲しい」

「え?あぁ、これだけ長く一緒にいて、消すのは難儀ではあるし……」

それはつまり消せるという事。

「もし、霊力コントロールが効かなくなって、大陸壊して死ぬとなったら、忘れて欲しいかも。皆んなから、恨まれたくないって、死んだ後の事、馬鹿っぽいかな」

「リオンが壊したくないって知ってるから、忘れなくていい」

「うん……マリナが生きていたら良いけど」

「……」

「まぁ死ぬ実感なんてないだろうし、僕の言うのも大袈裟だろうし、だけど、さっきまで話していたみたいに、つまらない世界なんって壊れれば良いと思って死ぬかも」

「その時は記憶消すのに霊力回さないだろうから、大丈夫」

「……凄い、なんか、そう……結構術とかについて分かってきた?」

「……リオンがそう思うなら、そう」

力の回し用の分散は分かる気もしたけれど、問題はそこでもない気もして来た。

「世界はつまらない?」

「……そこは乗っかってなかった?」

乗っかっていただろうか。

「つまらないかは、よく分からない。でも……死にたいとも、死んで欲しいとも思わない」

「……っそ、まぁ、そうかもね」

リオンも差し迫って殺したい相手も居ないらしい。なら……良い様な。

市場に寄って食材を買う。出来合いの物も美味しそうではあるけれど、リオンが作った物の方が美味しい気がするので、食材を買って宿に帰る。食材探しの見る目があるのかも知れないけれど、市場の人の方がそれは持っていて然るべきかと。

料理の並んだテーブルに向かい合わせに座る。

「リオンは料理はなんで出来る?」

「なんでって……イオは?」

「食堂か市場の食べる所?」

「あぁ、僕は人の居る所に長居する趣味無いから、サクッと買い物、自分で作る。って言っても普段はこんな気を使わないかも」

「あじ?」

「えーよー」

「えーよ?」

「普段こんなに野菜買わない。肉も。なんだろ。甘いだけの物よく作ってる」

「……作らないのに、作れる?」

「感覚は持ち合わせていて、在る程度の知識はあるから?」

「感覚?」

「温度とか湿度変化に対する火加減とか、発酵具合?」

「……意味が分からない」

「そういや、料理と魔術は似ているかもね」

「……」

ますます分からないと思うのだけれど。

「レシピって著作権掛けられなくてさ、術式もそんな感じ、直伝とか一子相伝?見て学べとか?職人っぽいっちゃそうだけど、料理とは一味違わなくもない」

「……」

理解出来ていないまま話が進んでいる様な。

「直接的に、生き死にに関わる」

「……」

「料理も関わるっちゃ関わるんだけど、……治癒術があるとして、それがいくら良いものでも広めないとしようか。それってなんか酷く感じられるみたい」

レシピよりはそうか。

「でも、半端に伝わると歪んで、失敗する時もある。それを立案者の所為にされても困るし」

「……毒料理」

「うん、そう来られると困るけど、毒含むものの調理方は確立されている様な。それはだいぶ徹底的に教えている筈」

「弟子?」

「んー、かもね。となると、やっぱり似たものか」

「話違った?」

「あぁ、うん。かも」

リオンは考える様子、自分は食事を頬張りつつ話を聞いていたわけであるけれど、あまり話すと、口に入れるタイミングが分からなくなるなと、思わなくもない。

「レトルト食品?缶詰とかが術具かなぁ、料理本が魔術書だとして……素養がなければ失敗する。もっと美味しくと改良して失敗をする事もあれば成功する事もある」

「無理に例えなくても良いと思うけど」

「うん……でも在る程度の環境対応力は必要なのかとか」

「温度や湿度で?」

「その地の霊力流?空気中とか地面とか、そういうの」

「……そう」

それは分からなくても良いことか。

「オーブンの火入れとか失敗する時は失敗するし」

「無理に例えなくて良いけど」

「同じ事言わせてるねぇ」

「……」

「ごめんね。なにか、分かって欲しがりたがっているのかも」

「……そう。……分からなくても良いのなら聞くけど」

「あぁ、うん。まぁ平たく言えば根性論だよ」

「根性」

「これは言ったっけ」

言われていても覚えてはいない。首を傾げてしまっていた。

「根性でどうにかなるんだよ、術は」

「……」

「覚えようと思えば幾らでも覚えられて、その保持に幾ら霊力も体力も集中力も奪われようと、根性があればどうにかなるんじゃない?」

「……多分無理」

「なるよ?そうしてきたし」

根性とは無縁そうな、さらりとした表情で言われた。

「霊力は術を明確に知っていなくても本当はどうにでもなるんだけど、霊力の持って行き用の方向性を示す形としてある方がやりやすいんだよ。こう言うと地図かな?使用の方向性によっている地図は変わってくるし、簡略化していても使える時は使えて、緻密な方が良い事もある」

「地図」

「地図、旅の必需品」

「……」

そうなのか。

「そういや、今回なんでこの区に来たの?」

「……」

「賞金首が居る情報でもあったのか。執行人が流した嘘情報?執行人がいる時点で嘘でもないけど。次の予定とかあった?」

「……知らない」

「連れ回されているだけ?」

「……」

「そういや、マリナの親って、イオがマリナ見つけた時に殺した賞金首が殺したとかなの?」

「……聞いてない」

「えぇーっと」

「……ごめんなさい」

「興味ないんだ」

「……ニィ以外、知らない」

「そーだね、僕も顔も知らない人の事言われても困るし、いいんだけど。フーリィ大将は知ってるのかな」

「……」

「まぁ、いいや。次の行き先どうしよ」

「ニィに迷惑?」

「それはないと思うけど、少なくとも今は」

「……そう」

そうか。

「行き先は?」

「リオンは?」

「ないけど、適当にぶらぶらしてるし」

「……」

「まぁ、明日イオとも相談して決めよっか」

「……ん」

しかしなにであろう。なにの話をしていたか分からなくなった。

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