ある雪の日の出来事
白い雪が街に降り注ぐ。地面に赤い血が広がり、雪を溶かしていく。銃声が冷たい空気に広がっていったのは、少し前。白い雪の妖精かと思うような、その人に見惚れていた。ニィもそうだったのだろう。撃たれる前に撃つ人に気付かなかった。もやもやする。冷たくなっていくニィを見下ろすのもムカムカして、その場を立ち去った。
鐘台の上から街を見下ろす。鐘台を中心に区画整理された住居に雪の積もった屋根が一定の高さで広がる。よくある街、自由特区と呼ばれるソレ。外壁の外には農地が広がっているかもしれないけれど、そこまでは見えない。
白い息が上がる。ここに居てもニィは迎えに来てくれない。ニィが仕事なんかで一人で行動する時とか大体世界調和機構が運営する講堂にいる、教会だったかもしれない。迷子になった時も街で一番高い所というのが約束である。それでも今日は来てくれない。眼下に収める街の中でニィをいくら探そうと見つからない。どこにもいないのだ。もう。あの銃弾を防げなかったから。
ニィも気付いていなかったのだろうか。それとも……離れ離れになりたかった?ずっと一緒にと思っていたのが悪かったのだろうか。ずっと一緒だと思っていた事が。
どうしようもなく、街を眺めていた。行くあてもなく、どうすればいいのか分からないまま。
「……」
見た事ある人。ニィの知り合いで知り合いと言えば限られるけれど。クリセラではなさそうで。機構軍の黒の制服でもない。
欄干から足を踏み出す。体のバランスを取りながら踵で壁をずり落ちていき、丁度いい所で勢いを付けて向こうの屋根まで飛び移る。その勢いのまま駆け出して、駆け抜けて行く。そして先程見掛けた人のいた広場に面した屋根の淵から飛び降りる。
足にかかる負担を和らげる為に、引っ掛けたワイヤーを回収して、正面の人を見る。白い髪に緑の大きな瞳。可愛い顔をした少年。目が合って。……あれ?なんで来た?
「あ、昨日の。イオの連れの子でしょ?助け呼びに行ったかと思ったらそうじゃないし。なにしてんの。ほっといたら死ぬ所だったじゃん」
「……生きて」
「そう、生きてた、じゃない、生きてるの。馬鹿なの?大人呼ぶか、病院に連絡、救急車ね。とりあえず機構の病院に運んどいたから、行って来たらいいよ」
「……どうして」
「撃たれたのは賞金稼ぎだからでしょ」
「……」
そうじゃなかったけれど、なにを聞こうとしたか忘れる衝撃。
「ごめん。仕事しているだけだね。悪い事した人が悪いし、ムカついたからって、邪魔だからって殺す方が悪いんだね」
「……それは、悪い事したからって、殺す方が悪い?」
「…………どうだろ。悪い事しないでって、止めて止まったらいいけど。そもそも……、まぁ、いいや、ともかく病院に、起きたか知らないけど」
「……運んでくれた」
「そりゃあのまま放って行って死なれても気分悪いし」
「……」
あぁ、なんてなんて繊細な、情深い。
「親切」
「自分が気分悪いだけだよ」
ニィはそこら辺に転がっていた死にそうな子供を病院に運んで行って迷惑そうな顔をされていた。お金を払ったら受け入れてくれたけど、あの子供はどうなっただろうか。機構の病院なら文無しはタダで診て貰える筈なのに。
見ていたら息を吐かれて、びくっとなる。どうしよう困らせた?向こうから近付いて来て手を差し出される。
「子供の一人歩きもあれだしね。送ってってあげるから、おいで」
「……」
頷いてその手を取る。殆ど繋いだことのない手を。
「幾つ?」
「多分、10頃」
「そう」
「……幾つ?」
「30頃」
「え?」
自分よりニィの方が近い?瞬き見る。背は自分より高いが、ニィより自分の方に近いような。それより顔がどう考えても可愛い。それでも男の子と思っていたけれど。
「女の人?」
「男だよ。幾つでそれ?どういう思考回路?」
「……ごめんなさい」
「いいよ。よく間違われるし。イオの妹?」
「違う」
「へぇ、続柄聞いていいの?」
「ニィの殺した人の娘だった筈の、ニィの殺されたがってたのに殺さなかった、人殺しと同等の人の娘らしい、ニィの……」
結局ニィは人の殺し方を教えなかった。人を殺さず制圧する方法は教えてくれた。殺されたかった筈なのに、ニィは殺した人の娘と思って、殺されたがっていた筈なのに。死なせない為に、殺さない事を教えてくれた。
「なんか、……イオってニィの付く苗字?名前略だった?」
「お兄ちゃんだと思っていたし、周りの人もそう呼ぶから」
兄ちゃんとか若いのとか、イオと呼ぶのはクリセラとあの黒い制服の人。あとは、賞金稼ぎの人もか。
「元から正してくれていれば良かった」
前からそう、少し淋しそうな目をするなと思っていた。いたのに。
「違うって知った時に、変えられなかった」
「そう、まぁ、懐かれて悪い気もないんじゃない?」
「……どうだろ」
懐く?懐いているのか、そういえば。他にいないと思っていたけど。
「懐いてる?」
「違うの?」
「ニィ置いてった、……誰だっけ」
運んでくれた、この人の名前か、あれ?
「名前、聞いてない?」
「……リオン・リオニィ。リオンって呼んどいて」
「……マリナ。マリナで」
リオン、どこかで聞いただろうか。リオンはこちら見る。
「マリナは、死んだと思って気が動転して置いてっちゃっただけで、見捨てたかったわけじゃないんじゃない?」
「……」
「それか、イオが死にたがってたなって、放って置くのが良いと思った?」
「……」
「なににしろイオを置いて行った事は懐いてなかったとはならないんじゃない?」
「……そう」
どうなのだろう。どちらかであっただろうか。どちらでもなく、他のなにか?ただ、手袋同士の手を握ったそれに力がこもる。
「手は殆ど繋いでない」
「あぁ、ごめん、必要……なくないのかな」
「必要はない」
必要はない。ない筈。なのに。どうして繋ぎたいと思っていたのだろう。リオンの手はニィの手より随分と小さい気がする。
「殺されたいのに、殺さない事を教えるのは優しさ?」
「……殺されたいのは核心なんだ」
「……」
「捨て置いた方が、イオにとっては優しかったのかなぁ」
それは。
「それは切ない」
「そう」
「なんでだろう」
「さぁ、なんでだろうね」
なぜこうも、心臓の辺りが疼くのか。こんな事教えられていただろうか。人を殺してはいけない、復讐してもどうにもならないと教えられて、そうしたのに、ニィは喜ばなかった。
「人殺しと同等の親の子は、罪人?」
「だとしたら、僕は罪人なのかな」
「……」
「まぁ、賞金は掛けられているけど。なにかした覚えはないんだよねぇ」
「……どうして、ニィを」
「死にかけていたから、見捨てたら、後味悪いし。言わなかったっけ?」
「……」
「まぁ、イオには僕を捕まえられないしって過信もあったかな」
リオンはこちらを見る。
「どうして二度も見つかっちゃったかなぁ」
「……」
「不思議」
考えてみればリオンは目立つ、可愛い見た目に歳を取ってもいないのに白髪で、眼帯で右の目を隠して、左のグリーンの目は珍しくもないけれど、印象的。それでも誰もリオンを見ない。振り返らない。イオでも振り返られるのに。例え賞金稼ぎのAクラスと知らなくても。
自分の美意識がおかしい?
「病院はあそこ。不思議は気になりもするけど、これでさよならだよ」
「……」
「一度繋いだ手を離すものじゃないと思うけどねぇ」
聞き覚えのある声は、リオンのものではなくて、よく見かけない、黒の機構軍の制服の人の声。それの声に驚いたように見たリオンは、ぎゅっと手に力が入った。
「さて、ちょっとした問題が起きたんだ。解決まで一緒にいてあげてくれないかな。世界最高額賞金首のリオン君」
「それが貴方が僕を見逃す理由になるの?」
「法務課の大将としては捕まえたいのもやまやまなのだけど、君の事捕まえられる気も殺せる気もしないんだよねぇ。困ったものだ。やる気の問題じゃないでしょ?」
「法の番人が怖気付いているって?」
「怖くはまるでない。なのに勝てる気もまるでしない。どうかな?イオの監督下にあるとなったらそこそこの大義名分になるのだけれど」
「……なに考えているの」
「大人しくしてくれていたら、君に不当にかけられた賞金を排するよう尽力しよう。どうせ、執行人ではないのだろう?」
「……友達はいるけど。人を殺さない銃をあげた。あと人を殺した事のある銃も、誰かが盗んだ物だけど、元はその子の親のものだから」
「正直だね。ご褒美にその子の罪も帳消しにしようか」
「冗談でしょ」
「問題があるって言ったよね。機構に尽くしてくれた彼をみすみす見殺しにはしたくないが、うちは人員に余暇もないし、知る人が増えるのも情報拡散の恐れがある。うちの屋敷に連れ帰っても良いが、ずっと旅をしてきたのに、出掛けられないのもなにかと思うだろう」
「……なに問題って」
「それを聞くなら中に。あとその子とイオを守るって約束してくれるかな。君の言葉なら信じていい」
「それ、賞金首に法務課の大将が言う言葉?」
「構わないだろう?」
この人は前に会った時、ニィに持ちかけた事の答えを求めた。ニィの殺した賞金首の盗賊の家で見つけた子供を、人を殺さない様に育てたら殺さなくて良いと。その子供をニィは人を殺さない様に育てた。ちゃんと。
この人は名前が覚え難くて、クロロさんと頭の中で付けた人はニィの賞金稼ぎ仲間のクリセラの父親らしい。クリセラはクロロさん以外の人、賞金首に育てられて、その人はクリセラに自分が父親の様に振る舞い母親の仇を打てとクロロさんの顔を刷り込みんだ。それでいて自分の住む家が構軍踏み込まれるとなった時、子供だったクリセラに自分が父親でなく母親を殺したのだと教えた。クリセラはその人を殺したらしい。衝動的なそれであったけれど、相手は賞金首であるから褒賞は出ても罪には問われなかった。それからクリセラは賞金稼ぎに。
気の長い復讐だとクロロさんは言っていた。自分が死して残る呪いの様な復讐。クロロさんはその賞金首の人の研究所を立件したらしい。至る所の自由特区から孤児を攫って実験道具にしたから。機構の研究所だったらしいけれど、機構の把握外だったらしい。その時の立件代表がクロロさんで、我が子と言える研究内容を取られたのが許せなかったのだと。その人は今でも北の魔人と呼ばれて、魔術霊式研究の醜悪の権化のように言われ、それでその人の息子が……北の魔物、世界最高額賞金首のリオン・リオニィ……?どうして気づかなかった?
側のリオンが溜息の様に息を吐いた。
「僕はいいけど。マリナやイオはそれで良いの?」
窺われて瞬く。なにを言われただろうか。
「そうか、そうだね。なら問題を教えに案内するよ」
「あぁ、そう」
リオンはこちらを見るので見返す。ただそれにリオンは首を傾げる。
「行く?」
僅かにでも頷けていただろうか。クロロさんの案内で病院の中に入っていった。
緑の石ような物の床にした、廊下でマホガニー色の木彫のドアの前にいた。
「記憶喪失なんだそうだよ」
「記憶喪失?」
「日常的に必要な事は覚えているけどけれど、自分の過去、人の名前や顔、経歴なんかは全然覚えていない」
「ねぇ、その日常記憶に人殺しは含まれているの?」
「さぁ、まぁただ彼は元々殺しがしたくてなった訳でも、争いを好んでなった訳でもないだろうし、大丈夫じゃないかい?」
「なんか、そういうのがよくいる的な言い方をするけど」
「ある種、受け皿であるかな。そういうのが好きでも殺す相手を適切に選んでくれれば、日常を生きたい者からすれば構いやしないって事じゃない?」
「そういう事言うんだ」
「それはそれとして、イオの事見舞ってあげたらどうだい」
「……」
「僕、関係あるのかなぁ」
「運んで来たのだろう。礼を言われて終わらせたらいい。そうじゃないと親切の押し売りだよ」
「……礼言わせる方が押し売りっぽいけど」
「まぁ、面倒だね、君ら」
クロロさんはドアをノックして開けてしまう。押し込まれて、クロロさんは入って来ずに閉じられた。そこは個室でベッドのカーテンは開いていて、白い柵の付いた窓から寒風が吹き込む。
「わぁ、寒くないの?」
病院着のニィはベッドの背の当たる部分を起こし、座る様にして窓の外を眺めていた所から、こちらに視線を寄越す。病院着で、肩から毛布は被っているが、普通に寒そうに顔色が悪い。
「閉めていい?」
「病院の人かい?」
「そう見えているのだとしたら、日常系の記憶回路も疑いたいね」
「ニィ病院のお世話にならない」
「あぁそう。白衣か白衣じゃないかもないのかな。健康的でなにより」
リオンは窓の方に歩いて行くのに、手を離して行ってしまう。窓を下ろして一息。
「閉めたら駄目だった?」
「いいや、何か思い出さないかと思って。外から運ばれたと言うし。全然だ」
「へぇ、思い出したいんだ」
「……知り合い、だったのかな」
「僕は違う、そっちの子がそう」
ニィはリオンから視線をこちらに移して薄く笑む。笑顔なんて初めて見たかも知れない。
「すまない」
「……」
首を横に振る。
「その子はマリナで、僕はリオンね」
「あぁ、そう……」
少し寂しげであるのか。
「あー、マリナ、俺はどんなだったのか」
「……どんな」
「それ聞く?」
ニィの疑問に悩もうとすれば、リオンの疑問が入る。
「……」
「マリナに聞いたところで、それはマリナから見たイオであって、イオのイオじゃないんじゃないの?」
「それは……」
謎掛けでもない、ただリオンはニィに情を掛けている。
「あぁ、ごめん。イオはイオの好きにしたら良いし、マリナはマリナの好きにしたら良いよ」
リオンは窓辺の椅子に腰掛けている。どうしたものだろうと所在無く立っていれば、ベッドに腰を掛けるようにニィに勧められた。……あまり覚えのない感覚。勧められるままに腰掛けた。
「忘れてしまって……、マリナはどうしたい?」
どう、どうとは。ニィを見る。居なくなったと思った人、明日も明後日も居ると思っていたのに、居なくなったと思って、今はここに居る。
「居てくれて良かった」
「……そう」
これは返事になっていないな。どうしたい?どう?リオンも言っていた。
「ニィは?」
当たり前と思っていた事。ニィは居るものだと。
「マリナは?」
「その問答繰り返されるなら。もうずっとしてきた事したら良いんじゃない?」
「……」
「……それで撃たれたのなら、自分のしてきた事は間違っていたんじゃないのか」
「どうして?君は賞金稼ぎっていう、この日常に成立した職業をこなしていただけで、それをしていて、恨まれても逆恨みじゃない?」
「……」
「賞金首のリオンがそれを言う」
「まぁ、一応、賞金掛けられたら審議所に審議願い出せば審議して貰える筈だけど、信用していないのか誰も願い出ないよね。出頭?しなくちゃだし、捕まって地獄送りか、極刑だよね」
極刑。
「どうせ誰かが殺す人間だよ」
「それに、……相応しくなかったのでは」
「A級の君がそれじゃ誰もいなくなる」
「A級?」
「賞金稼ぎの上等な方って事。平たく言えば周りに被害を出さずに、狙った賞金首だけを狩れる有能な人?」
「周りに?」
「結構居るんだよ?気にしない人。君は昔から狙った相手だけを殺すか、捕まえていたから。執行人という賞金稼ぎを専門に狙う犯罪組織には周り被害の家族関係者もいるみたいだけど君に対するのは逆恨みか、賞金首が君を怖がっているだけだよ。知ってる?執行人も報償金を貰うんだよ?やってる事一緒じゃん?純然たる復讐者も居るみたいだけど、やっぱり逆恨みじゃない?」
「……君はそれで良いのか」
「良いも悪いも、僕の事は誰も捕まえられないし、殺せないからどうでも良い」
その絶対的な揺るぎない自信は何であるのだろうか。
「まぁいいや。賞金稼ぎは無理って事で。えぇっと、撃たれたなら痛いよね。リハビリがする事で、そのうちなんか決めたら良いよ」
「リオンはそれで良いと?」
「何が?」
息を吐いた。
「うん、なんか邪魔だろうし、2人で話せば良いよ」
リオンが立ち上がり、部屋から出て行こうとするものだから、ぱっと立って服を掴む。
「……何?」
「捕まってる、けど」
「捕まってるな」
「……」
捕まったリオンが深く息を吐く。
「そういう意味じゃ……それで見つかるのかなぁ」
「それ?」
「まぁ、いいや。何?」
何?なにとは。何であろうか。
「待ち合わせは、街の一番高い所」
「あぁ、うん。部屋の外に居るけど」
「……」
離せという事か。離せと?どうして、何故。何故離せないのだろう。
「マリナ?」
「うん」
離さないと駄目なのか。
「出て欲しくないなら、出ないけど」
手を弛めて良いのだろう。か。
「なんか、……まぁいいけど。……なんかこればっかり言ってる……。なんだろ」
リオンは考える様子で、ベッドに向かって行って、座る。その隣、ニィに近い方をぽんぽんと示されて、座り直す。
「うん、しかし、昨日死にかけていた人の所に長居するのも、悪いのかな」
「……俺は、構わないけれど」
「ふぅん、痛み止の術でもあるのかな、治癒術で大体の治した?あんまりし過ぎると、本来の細胞が混乱するとか言うけど」
「それは知らない。リオンは術師か」
「術師だけど、基本結界術師」
「分け隔てがあるのか」
「んー、他の人は知らないけど、僕は結界術と封印術、結界術からの移動しか出来ない、かな」
「……、よく、分からない」
「だろうね。術師は基本秘密主義だから」
「秘密主義?」
「秘密主義。なんて言うのかな。こう、一子相伝って事もないんだけど、弟子にしか術の事は教えないし、術具は術が使えなくても使えるっていう利点だし……」
「リオンの出来る事は?」
「結界術の系統と、封印術の系統、って言っても派生は違うのがあって、ごちゃ混ぜにしちゃってるんだけど」
「意味が分からない」
「古典から新派に変わってきてるんだけど、古典には流派?って言うのかな、幾つかあって、それも明確に分けたり確立しているわけでもないけど、まぁ、大まかな流れはあるんだよね」
「……そう」
「分かってないね、いいけど別に」
「攻撃性を感じないのだが」
ニィが口を開いて首を傾げる。
「そうだね。僕は生きていくのに必要な事しかしていないし」
「どうして賞金首なんだ?」
至極不思議そうにニィの聞く事は、もっともな質問な気がする。
「どうしてか、僕が掛けた訳じゃないからあれだけど、僕が稀代の極悪研究者の子供で、世界の均衡を揺るがしかねない霊力を保有しているからかな」
「……霊力」
「そもそもが父親が非人道的な実験を始めたのは、母親に腹に宿った僕の霊力値が異常値になり得て、母親の腹に術式を施術しなければ、母親さえ殺しかねなかった。それで生まれて来たとして、人としての形を保てる可能性もなかった。霊力って術の中に押し込めないとただの力なんだよね。生まれただけで、この大陸の半分抉りかねなかった訳」
大陸は幾つあっただろうか。その広さもままならない。リオンの言っている事はもっと訳が分からなかった。
「それで人体に霊石を埋め込んで、霊力を封じる術を成立させたかった。それは確立された手法でもなくて、人体実験、子供相手のね、それを繰り返した」
リオンはどこか物憂げというのか。
「お師匠様にはよく、犠牲になった子の分まで生きなさいって言われたよ。道理に適っているんだかいないんだか知らないけど。生きなくちゃいけないらしい」
なくちゃ。
「まぁ、そんな訳で賞金首ね」
「……どこにそれに至る要素があった?」
「世界を混乱に陥れられる霊力を持った、イカれた科学者の子供だから?」
「……そんなことで?なにかしたりは?」
「覚えはないけど、感に触るんじゃない?そういう事はした……のかな?よく分からない」
「……それで、そんなのだから、……そんなのだから、賞金稼ぎが恨まれるのでは」
「そもそも、調和機構がおかしそうだけど、人が人を殺すなんてよくあるんじゃない?」
「……なら、どうして罪に問われる側といない側がいる」
「さぁ、殺されていい人間を殺す人間と、殺したら駄目な人間を殺す人間がいるから?」
「……殺されて、殺されていい人間がいるのか?……俺でなく……?」
「いるんじゃない?まぁ、だけど、人を殺していい人間がいるかは分からない」
「……罪人は、君じゃなく、……俺じゃないのか」
「でも、殺されるゆわれはないんだよ」
「……」
「人を殺していい人間がいるとは思わない。そう、思えば、殺そうなんて発想浮かぶ方が不思議だよね」
リオンは足をぶらぶらさせながら、軽い調子で語っていく。
「イオ、君の賞金稼ぎを否定するなら、殺そうとする方がおかしいんだよ。だからそんな連中取り合わなくていい。……僕は、そう思う」
「……君は賞金稼ぎを否定するか」
「この世に必要悪があるというなら、悪は悪同士削り合って、損耗していけばいい。とか?」
「……あぁ」
「君が悪とも思えないけど」
リオンはニィを見て、それを言う。
「悪というには損耗し過ぎだよ。馬鹿みたいに」
あぁ……そうだった。ニィとクリセラが友達なのは、そう、他の賞金稼ぎの人達と馴染めないから。クリセラは人を殺すのを好んでいない、大事な人を殺して賞金を手に入れたから、人を殺し続けている。そんなクリセラと友達になる賞金稼ぎはニィ以外いなかった。クリセラが孤独を好むのもあるけれど。ずっと。そうでありたがったクリセラに会う事があれば、ニィは優しくしていた。クリセラもニィの孤独に近い何かに、拒絶も出来ないようであった。
「ごめんね。マリナに注意しておいて、僕が思う君を押し付けている」
「……」
「いいんだよ。傷付かなくて。人を殺しても、恨まれても、殺されそうになっても、気にしなくていい。気になるなら、気にならない位の信念を持つか。ただ社会秩序に従っているだけなんだから、全然問題ないよ」
「……怖いんだ。多分。怖い、人を殺す事を好んでいたらと思うと。怖いんだ」
「うん、良いんじゃない。それが君の考えならなそれで良いよ」
「……あぁ」
「で、マリナは?」
で、とは。
「ニィは人を殺すの好きじゃないと思っていた」
「だって」
「……あぁ……」
それは理想の押し付けであろうか。ただ伸びて来た手に優しく撫でられた。