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ロリコン剣士は魔剣の精を成長させたくない  作者: イプシロン807
第五幕 後編 暗黒組織の怪しい影
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29 精霊、旅立ちの日を思い出す

 ドクターが倒れた後、私は急いで他の四人を起こしたり探してきたりして、皆で力を合わせてドクターをベッドまで運んだ。

 私たちが干渉できるのはお互いと自分の魔剣ほんたい、それにドクター本人だけ。

 だからドクターを運んであげるのが精一杯で、水の一杯も持ってきてあげることができなかった。

 無力な自分を、あのときほど口惜しく思ったことはない。

 それに、ドクターの病状に気づけなかったことも許せなかった。


「ありがとう……五人とも。楽になったよ……」


 しばらくしてからドクターが目を覚ました。

 ほっとしながら彼女の顔色を窺う私たちを流し見て、ドクターは優しく微笑んだ。


「……前々から薄々気づいていたんだ。この体はきっと長くは持たないってね。だけど言い出せなかった。君たちに心配をかけると思ってさ。……いや、違うな」


 そして目を閉じて、痛みに耐えるようにぽつりと呟いた。


「私自身が認めたくなかったんだ。この楽しい時間が、もっと長く続くと信じたかった。口に出さなければ長続きさせられると思っていた。馬鹿だね。そんな不思議な力が言葉に宿っているわけはないのにさ」


●――――●


 ドクターは日に日に衰弱していった。

 私たちは何かドクターのためにやってあげたいと思ったけど、できることは何もなかった。

 そして倒れてから半月後のある日、事態は一気に変化した。


「ずっと……心残りがあったんだ」


 ろくに食事もできず、やつれきったドクターの顔色は、この時点で既に死人のような土気色だった。


「君たち精霊は、本来実体を得て普通の人間のように物に触れたり、自分の足で歩いたり、剣として誰かに役立てられてしかるべき存在だ。だけど私のわがままで、君たちを縛り続けてしまった」


 今にも消え入りそうなか細い声でドクターは言う。

 そんな物言い、黙って聞いていられるはずがなかった。


「他の剣と同じように、貴方達のこともしかるべき人に渡すべきだったかもしれないね」

「お母さん。私たち、そんなことちっとも思ってないよ!」

「ちょっと、あんたが魔剣わたしたち全てを語らないでよ。でも、今に限ってはその通りよ! 私たち、お母様の近くにいられて幸せだったわ!」

「妾もじゃ! どうしてそのような悲しいことを言うのじゃ!?」


「私は、君たちを魔剣として使ってあげられなかったから。君たちを本当の意味で役立てることができなかったから」


「そんなこと誰も気にしてないよ、ママ」

「ウチらはな、オーナーと一緒にいられる、その時間が楽しかったんや! 頼むから、そんなこと言わんといて!」


 私たちはドクターを励まそうと懸命に声を上げたが、ドクターは虚ろな目で天井を眺めるばかりで、届いているような気はしなかった。


「みんな。最期に私が作ったみんなのからだが見たい……持ってきてくれないかな」


 最期なんて、そんなこと。まだまだ元気でいてもらわないと困る。

 そう言って否定したかったが、何の根拠もない励ましは、ことこの場面においてはドクターをただ傷つけるだけだ。そんな気がして、言えなかった。

 そして皆、同じ思いだったのだろう。

 私たちは黙って、おのおのの魔剣ほんたいを取りに行った。


「そうだったね……ドライはこういう形をしていた。フィーアの湾曲、作るときに苦労したのを覚えているよ……」


 ドクターは、私たちそれぞれが持ち寄った魔剣一本一本を愛おしそうに眺めてから、それらを両手で包み込むように握りしめた。

 柄や刃がつっかえてともすれば溢れてしまいそうなものなのに、

 それだけ私たちのことを観察して、正確に把握しているということだ。


「――――今日この日まで生きられて良かった。最後の心残りを果たすための力が、私の体に残っていて良かった」


 その時、五人の声が交錯した。

 次の瞬間何が起こるか、五人全員が悟ったのだ。


「……お母さん!」

「主様!」

お母様!」

「ママ!」

「オーナー!」


 多分それは私たちが自分自身のことを理解していたから。そしてドクターのことを理解していたから。

 五人は同時に動き出そうとしたが、誰一人として間に合わない。

 弱って細くなったドクターの腕が、一瞬在りし日の力を取り戻したかのように隆起して、そして。


「……多分こうすれば、君たちは私から自由になれる」


 五本の刃全てを、自分の腹部に振り下ろした。

 刹那、爆発するような血飛沫が散乱し、乳白色のベッドが深紅に染まる。

 ドクターは自らの命を、私たち五人に捧げようと図ったのだ。


 そして一呼吸ほどの間も置かないうちに、私の体に不可解な力が漲って、背丈がみるみると

 私だけじゃない。五人全員が、変化していく、戸惑いと畏怖を覚えていた。

 そしてまた一呼吸ほどを経た後には私たちの体は不思議な光に包まれて、次の瞬間にめいめいに別々の衣服が

 どうしていいのか分からなかった。


「……そうか、やっぱりこれが……正解だったんだね」


 今の私たちなら、きっと普通の人間と同じように物体に触れられる。

 美味しそうな木の実を見つけてきてドクターのために持ってくることもできるし、ドクターの代わりに家事をやってあげたり、ドクターの仕事を手伝ってあげることもできるようになった。

 ……だったとして、それが何の役に立つんだろうか? 認めて欲しい人はもう、今は……。


「少し考えれば、当たり前のことだったんだ。だって剣は、人を殺すために作るものなんだから。殺せば殺すほど成長するのは、至って単純な理屈でできている」


 血しぶきに埋もれながら、ドクターは満足そうに微笑んだ。

 魔剣五本に串刺しにされて、平気でいられるはずがない。

 それでも彼女はほほえみを絶やさなかった。


「ごめんね、みんな。その気になればいつだって、私は君たちに満足な肉体をあげられたはずだった。渋ってきたのは、私の女々しい拘りのせい」


 震える手で、ドクターは私たちの頬を順番に撫でていく。

 柔らかく細い指から、みるみる温度が失われていくのが分かった。


「……君たちの母親を演じていたかったんだ。そのくせ、誰かを殺すほどの勇気も出せなかった。人を殺すための道具を沢山作っておいて、随分と虫のいい話と思うかもしれないけど」


 そして。


「私にとってこの時間は、かけがえのないものだったよ。ありがとう、私の可愛い娘達」


 優しい笑顔を最期まで保ったまま。

 そう言い残して、ドクターは血だまりの中で息を引き取った。


●――――●


 ドクターの遺体を鍛冶場ごと荼毘に付した後、私たちは彼女の遺骨を地面に埋めた。

 死んだ後になって見つけた遺書にそうして欲しいと書かれていたから、最後の遺志に従ったのだ。


 ドクターが遺した遺言はもう一つあった。

『私が死んだ後は山を下りて、人里で新しいパートナーを見つけること。山に残ってはいけないよ』

 葬儀の後その願いに従って、妹たちは自分の魔剣ほんたいを担いで、次々に山を下りていった。

 担い手がいない状態で私たちが自立して動けていたのは、今思えば少し特殊な状態だったのかな。

 最初の担い手(ドクター・ウルスラ)が自分で自分を殺すという特殊な経緯を経たことによって、魔剣の挙動がイレギュラーを起こしたのかもしれない。


 別にばらけろとは言われていなかったが、誰一人として五人一緒に山を下りようとする者はいなかった。

 一緒にいても、得られるものがないと思っていたのだろう。

 最後まで山の上に残って妹たちが消えていくのを見守りながら、私は一人静かに誓った。

 ドクターが最後に私に頼んで、私が突っぱねてしまったことを、これから取り返しに行こう。

 今更遅いかもしれないけれど、あの頼みくらいは私がいるうちは成し遂げて見せようと。


 多少の苦難なら、魔剣の精霊(わたしたち)にとっては問題にならない。そのことは成長したときにある程度理解できていた。

 魔剣は壊されても遠くに飛ばされ自動修復するし、並レベルの刀匠には改造されることもない。それくらいのことなら、あいつらを心配してあげる必要はない。

 だけどもし、何らかの形で魔剣としての存在に関わるような危機が訪れたとき……――――そのとき、妹たちを助けるのは私の役目だ。

 ちゃんとした約束はできなかったけど……いや、できなかったからこそ、私にはドクターに代わって妹たちを助ける役目がある。


「……どれだけのことができるかは分からないけど……」


 だからって、お母さんの最初の願いを無視するのも違うよね。

 役に立てる私になって、どっちも成し遂げないといけない。


「両方やってみせるよ、できる限り」


 五分ほど鍛冶場に向かって黙祷を捧げた後、鍛冶場を離れて山を下りた。

 あれ以来数百年、一度も鍛冶場を訪れたことはなかった。


●――――●


 ああ、そういえばそんな昔話があった気がする。

 遠い遠い昔のこと。

 長い年月を生きるにつれて、おぼろげになっていた始まりの物語。

 今思えば、どうして今まで気にしないでいたんだろうと思うほど

 長い時間が、私の記憶に蓋をしていたんだろうか。

 だとしても、忘れていたことについて今更振り返ることは何もない。

 今からでも、できることはきっとあるはずだ。


 目を開いて、辺りを見渡す。

 真っ先に視界に飛び込んできたのは、不安そうに私の顔を覗き込むご主人様の姿だった。


「……! アイン……」

「ご主人様? 何見てるの、近いんだけど……」


 ちなみに何故ご主人様が最初に目に入ってきたかというと、私の顔とあと数センチくらいの距離まで近づいてきていたからだ。

 近い、近いよ顔が。もうご主人様しか見えない。物理的に。

 ついでに半裸だから見苦しい。


「おっと、すみません。アインの様子がおかしかったのでつい。実はアインにいくつか聞きたかったことがあったんですが、アインの様子がおかしかったので……」

「そうだったんだ。いつでも声をかけてくれて良かったのに」

「アインのペースで話をして欲しかったので、様子を窺おうと待っていた次第です」

「このレベルで接近してたらそれはもはやそれは窺うとは言わないよ。気づいてなかったからいいけど万が一気づいてたら軽く圧だよ」


 まあでも、それなりにご主人様も心配してくれていたんだろう。

 なんだかんだで今のご主人様(ローランド)との付き合いも長くなってきたから、彼が考えていることも察せるようになってきた。


「まあ、でも心配してくれてたんだね。ありがとう」

「いえいえ、どういたしまして。それはそうと、答えは出ましたか?」

「え?」


 唐突に聞かれて、思わず首をひねった。


「答え? 何のこと?」

「いえ。思慮深いアインのことですから、きっと何かしら考えているんだろうと思いましてね。何を考えていたのかは、残念ながら僕には想像できませんが」

「考え……考えかあ」


 考えていた、というよりただ思い出していただけのような気もする。

 そして思い出した後には、自然と答えが浮かび上がっていた。

 だとしたら、考えというようなものは特になかったかもね。

 だから何って言うわけじゃないけど。


「あるような、ないような……」

「まあ、いずれにしたって構いません!」


 そう言ってご主人様は自分の分厚い胸を力強く叩いた。


「今回の件に関しては、どうやら一番の当事者はアインのようです! 普段は僕の無理を聞いてくれていますからね、今回くらいはアインのしたいようにことを進めてくれていいですよ」


 ったく、普段はただの変態なのに、こういうとき頼りになるから困ったもんだ。

 きっと彼なら本当に、私が頼めば何でもしてくれる。幼女に関わることでさえなかったら。

 複雑だけどご主人様は、今までの担い手の中で一番頼りになるし信頼できる存在かもしれない。

 だったら――――伝えなくちゃいけないことははっきりしているよね。


「そうだね。だったらご主人様に伝えておきたいことがある」

「伝えておきたいこと?」

「うん」


 一呼吸置いてから、私はずっと秘密にしてきたことを打ち明けることにした。

 それはかつて私が生まれたばかりの頃に、ドクターから聞かされていた魔剣わたしたちの秘密。


「今からご主人様に、魔剣のころし方を教えるよ」

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