23 精霊、昔話をする
最初は闇の中にいた。
生まれたときから意識とある程度の知性があった私は、きっと生まれからして人間や他の生き物とは違っているのだろう。
四方八方が真っ暗な中で、ただ一つ彼方に一条の光。
闇を這い出すようにしてこの世界へ。ばたばたと足を動かし、手で闇を掻いて懸命に光の方へと向かう。
光の穴に手がかかった。ようやくこれで、暗闇の外へ脱出できる。
じたばた手足を動かして、一気に光へ飛び込んだ。
ぱあっと視界が開けて――――私はこの世界にやってきた。
「おはよう。私の可愛い愛娘」
壁に立てかけられていた魔剣の上で、静かに目を覚ました精霊。
まだ意識がおぼろげな私の目の前で、白衣を着た女性が静かに笑っていた。
その洒脱とした刀匠らしくない格好の女性こそが、魔剣を作り出し精霊を生み出した刀匠。
ドクター・ウルスラと私の初遭遇だったんだ。
●――――●
「私にとって、君は大切な大切な子供なんだよ。愛娘」
まだ魔剣が私一人しかいない頃、ドクターは魔剣を研ぎながらよく精霊にそう語りかけてくれた。
「子供が活躍するのが、親として一番の幸せだ。だから君には、いずれ私の元を離れて活躍して欲しいと思うのだよ」
「わたしは、ずっとドクターの側にいられればそれでいいよ?」
まだ精神的にも幼かった私はまだ、自分を作ってくれたドクターの元を離れるなんてこと考えられなかった。
だからそう言ったんだけど、ドクターは私のそんな甘え癖をあまり快く思わなかったらしい。
私がこう言う度に、いつも悲しそうな目をしたのを覚えている。
「愛娘。私は人間だ。人間はいずれ死ぬ。だけど君たち魔剣は、私なんかよりずっと長く生きていられる」
そう言って、ドクターは私のことを愛おしそうに撫で回した。
「私は幸せものだよ。普通の子供はね、結局親と同じくらいの歳しか生きられないんだ。だから活躍すると言っても高がしれている。でも君たちは、私たち人間よりずっと多くの時間を与えられた存在だ」
「じかん……?」
「多くのことを成し遂げるチャンスがあるということだよ、アイン。君には多くの人間を惹きつける魅力と、多くの人生に寄り添える時間がある。是非その二つを余すことなく使って、何度も何度も幸せになって欲しい。そうなってくれれば、親としてこれ以上の幸せはないさ」
「幸せ……わたしがどうなったら、ドクターはしあわせ?」
「幸せか……そうだね。君の大切な人が、君のことを大切にしてくれるということ。例えばこれが、幸せの形の一つかな」
「……ふぅん。よく分からないけど、ドクターがそう言うなら、きっと良いことなんだろうね」
「ああ、素晴らしいことさ」
「分かった! わたし、ドクターが言ったとおりに頑張ってみるよ!」
「うん。期待しているよ。なんせ君は、私の自慢の娘なんだからね」
ドクターと私、二人だけの時間。
とても満たされた、幸せな時間だったと思う。
だけど、それも長くは続かなかった。思えば私の命名からして、最初から意図されていたことなんだろう。
私の妹たちにあたる、ツヴァイ、ドライ、フィーア、ヒュンフが生まれたことによって、私を巡る環境は大きく変更することに――――……
「すみません、話の途中ですが一人倒したみたいなんでちょっと中断してもらっていいですか?」
「え!? 今のタイミングで!?」
どうせ途中で中断されるだろうとは思っていたけど、まさか事後報告とは思わなかった!
うちのご主人様の無駄に強いのは、こういうときにテンポを崩してくるから困る。
「ご主人様の方から聞いておいて、酷い切り方をするもんだよね」
「いえ、今の短い話の中でも色々と感じ入ることがありました。例えば結局貴方の生みの親って女性だったんですねとか」
「一番最初に気にするところがそこ!?」
「あと、アインにもメンタル幼女時代があったんだなあとしみじみしたり」
「そこってしみじみするようなところなのかな!?」
ああ駄目だ。ご主人様は良くも悪くも常にマイペース。色々感想を引き出そうと思ったけど、今の段階じゃ大したものは流れてこなさそう。
「まあいいや。とりあえず倒した奴を検めようか。ハルペトラス? それともフルンゴーン?」
私がそう聞くと、ご主人様はとても困った顔で下を向いた。
「いや、そのどっちっていうより……」
「う、うごごご……」
「魔剣使いですらないというか……」
その視線に釣られて、私も下を見る。
ご主人様に踏んづけられている男の姿に、妙に見覚えがあった。
「あれ、こいつって確か……」
「ええ、あいつですよあいつ。ことあるごとに現れますね、この男」
そこに寝転がっていたのは、黒マントというより黒肌というか浅黒いというか……
「……ぐ、ぐごご……」
腕をピクピクさせながら半裸でその場に転がっていたのは、自称魔剣博士のお騒がせ屋、ムッツィオだったのだ。
なにしてるの、この人。




