16 ロリコン、強請る
「客に害を為す悪党を放置しておけば、これからこの宿場町が旅人に見放されることになってしまうかもしれない。その魔剣使いの集団とやらはこちらで確実に始末しよう。だが君たちが力を貸してくれるのなら、断る理由はない。共に力を合わせ、悪を討ち滅ぼそうじゃないか」
「その一言で全部終わる話だったはずなんですけどね」
「さっきまでの無駄なやりとりは一体なんだったんだ……」
とまれこうまれ。
通ってしまえば驚くほどあっさりと話は前に進んで、無事組合の協力を取り付けることに成功した。
「ディアンタ、石にされた従業員というのが誰かはっきりしているかい?」
隣にいる秘書さんにゲルルフ組合長が尋ねると、秘書さんは黙って頷いた。
もう把握しているのか。流石商人、フットワークが軽い。
「何名だ? そして名前を聞かせてもらってもいいかい?」
「現在把握できているのは四名です。一人目が、苺橋喫茶店のピエレット」
「ピエレット……ああ、妻と結託して私が浮気したなどというでっち上げの証言を作った阿婆擦れか」
「そうですね。で、二人目が第三銭湯の番台をやっているゼルマ」
「ゼルマ? それって確か、私が覗きをやっているとか適当な噂を町中にばらまいたくそったれか」
「おそらくは。そして三人目はゴードン」
「ゴードン……! 私の過去の女性遍歴について、やいのやいのと難癖をつけてきたあの弁護士か!」
「ええ。あとは門衛のプラシドですね」
「……私を落とし穴に落として裁判の出席を妨害した噂がある男じゃないか」
「はい、そうですね」
思ったより石にされた連中が悪党だった。
っていうか好き放題されすぎだろ組合長。
仮にも集団のトップなのにどんだけ人望なかったらそこまで部下に舐められるんだ。
「なるほど、石化させられたのはいずれもに敵対的な同胞か」
「はい。いずれも例の親権裁判で、組合長の敵に回った面々ですね」
「なるほどなるほど……」
ゲルルフは深々とため息をついてから、脱力してソファーにもたれかかる。
「……そいつらがやられただけなら放置でもいいんじゃないかな?」
「いいわけないだろこの私怨まみれ組合長!」
「現在進行形で潜伏してるのよ!? 放置しておいたらなお被害者が増えるだけでしょうが!」
「大体なんでそんな周り中敵だらけなんですか!? よしんば全部濡れ衣でも、そこまで恨みを買うって尋常じゃないですよ!?」
「パピーが恨みを買ったわけじゃない! ただ元妻が……元妻がアジテーターとして異常な才能を持っているせいで、すぐに周りを味方につけてなあ!」
「……はあ」
「ああ、つくづく恐ろしい女だったよ、あいつは。君たちにも教えてあげよう。まず第一に彼女の恐ろしいところは――――」
とかなんとか言い出すと、今度は元奥さんのことについて長々と語り始めたゲルルフ。
なんだかよく分からないが、正直これ以上脱線して欲しくないので掘り下げたくない。
この組合長の奥さんがどんな扇動家だろうが魔剣使いとの戦いに一切関係ないし。
「第三に美味しくもなんともない料理を作っては平気で私に無理矢理食べさせようとすること。第四に――――」
「あのですね、組合長。今大事なことは――――」
「おい。ちょっと一つ交渉しないか?」
「……交渉?」
不意に足下から声が聞こえてきた。
誰かと思ったら、捕縛されたムッツィオだった。
逃げ出さないよう鎖でぐるぐる巻きになった奴は、芋虫のように床に横たわっている。
「今の貴方にできることは、ガタガタ言わずにおとなしく罰を受けることだけですよ。別に取り返しのつかないことをやったわけじゃないですから、一年くらいただ働きすれば許してもらえるでしょう」
「とんでもない。俺にはそんな無駄なことに時間を使ってられる余裕はないんだ。一刻も早くここを離れて、俺だけの魔剣を手に入れなくちゃならないんだ!」
「……」
正直、この貧弱なボンクラではどんな魔剣使いから所有権を奪い取ることもできないだろうし、神殿を攻略してまっさらな状態の魔剣を手に入れることすら難しいだろう。
無駄なことというなら魔剣探しをしている今のスタンスこそ無駄の極みと言えるわけだが、一体こいつが何を交渉材料にしようとしているのかには興味がある。
「まあいいでしょう。交渉の中身について聞かせて下さい」
「俺はそこの組合長がガタガタ言わず話に応じるようになる、とある情報を握っている。それと交換で、扉の弁償を立て替えてくれ」
「立て替えろと言われても、旅人がそうでかい金をポンポン出せるわけじゃないじゃないですか。貸しにならしてあげてもいいですよ」
ムッツィオはしばらく不服そうに顔をゆがめていたが、やがて観念したように首を傾けた。
それ以上僕から引き出せないと思ったんだろう。
「……っ、だったら、それでいいよ」
まあ実際には、僕のポケットマネーの範囲で十分に支払いが可能なレベルなんだけど。
折角だしもう少し取り立ててみようか。
「ああ、そうそう。それともう一つ、こちらから条件を出して良いですか?」
「条件? これ以上出せるものなんて、俺には何も……」
「いやいや、あるじゃないですか」
「何の話だ?」
「一刻も早くここを離れて、一体どこに行くつもりなんです? まるで行き先があるかのような言いぐさでしたが」
「!!」
さあっと、ムッツィオの顔から血の気が引く。
どうやら図星だったようだ。
最初ムッツィオが言っていた通りの当てのない旅であれば、向かう先もなければ急ぐ理由もない。
魔剣使いにせよ、神殿にせよ、巡り会えるかどうかは八割方が運に左右されるからだ。
だが、既に何らかの情報を把握している場合は話が別だ。
その情報が価値を失わないうちに、他の誰かに先取されないうちに。
できるだけ早く『目的地』に向かう必要が出てくるだろう。そう――――
「……知っているんでしょう? 魔剣が収められた神殿のありかを」
「っ……!」
僕がそう言うと、ムッツィオはあからさまに顔色を悪くした。やっぱり嘘をついていたんだな、こいつ。
「知らないだなんて嘘をついて、いけませんねえ。そういうことであれば初回に強請った分も取り立てが不十分だったということになってしまいます」
「……しまった、俺の馬鹿……なんでっ、口を滑らせっ……」
「実は僕たちも、神殿に興味があったんですよね。今回の騒動が終わったら、そこへ案内してもらいましょうか」
神殿を攻略すれば、波風を立てず魔剣を手に入れられる。僕自身はアイン以外の魔剣と契約を結ぶ気はないが、オリーヴやベロニカ嬢に渡すだけで戦力の大幅な向上が見込めるだろう。
今後西の国に戦争を売ることを考えるなら、「待ってご主人様。いつのまにそんな壮大な計画が展開されていたの?」層は厚ければ厚いほどいい。
僕が手招きしながらムッツィオに詰め寄ると、彼は怯えた表情で目を瞬かせた。
「……いっ、嫌だっ……! あれは俺が見つけた神殿で、俺が魔剣使いになる大きなチャンスなんだから!」
「別に貴方が神殿を攻略するのを妨害したりはしませんよ? ただ僕たちも並行して一緒に探そうというだけで」
「『僕たち』って、あの女盗賊も含んでるんだろ!? お前とあいつが結託したようなのに、俺が競り勝てるわけないじゃん! 馬鹿かお前!」
「嫌だということですか? 別に僕はそれでも構わないんですよ。どうぞこれから一年間、ゆっくりここで借金を返して下さい」
「……っ」
「黙っておけば、僕たちに神殿を先乗りされる可能性はなくなりますしね。一年後改めて魔剣を取りに行っても間に合うかもしれません。まあ十中八九、別の旅人に先んじて攻略されているでしょうけど」
「~~~~~!!」
八方ふさがりを悟ったのか、ムッツィオはこの世の終わりのように顔を真っ青に変えた。
彼はしばらく何も言えない様子で口をパクパクさせて、苦しそうに歯を食いしばって。
やがて涙混じりの嗚咽を挙げながら、一言、二言。吐き出した。
「分かっ……たっ……! 分かったよ! 神殿の場所を教える! そこのおっさんも黙らせる! それでいいんだろ?」
「はい、よくできました。では扉の代金はこちらでしっかり立て替えさせていただきます」
「……ったく、壊したのは俺じゃないのになんで……」
「そこはほら、僕が壊さなかったら二人して死んでいたかもしれないんですから、言いっこなしですよ」
そんなこんなで、ムッツィオとの交渉は無事成立。
顔を上げるとゲルルフ組合長の元妻トークはまだ続いていた。
ムッツィオが握っている『何か』は、果たしてこの我が道を行きすぎるおっさんに、ちゃんと通用するのだろうか?