8 ロリコン、果てしなく脱線に脱線を繰り返す
「じゃあこういう名前にしましょう、生幼女」
「まさかまだその話を引っ張るとは思ってなかったよ。はっきり言うけどそっちも気持ち悪いよ。普通に幼女じゃ駄目なの?」
「だってアインは普通の幼女じゃないですし。差別化は必要でしょう」
「そもそも私は本来幼女要素全くないはずなんだけどね……私を手に入れた担い手は、大抵三日以内に最初の殺人を犯して私を十四歳くらいに成長させてる」
「つまり腐敗させてると」
「できたて料理しか食べられない偏食家の話は今してない!」
「ですから僕は偏食家じゃなくて……」
「あーあーあーうるさいうるさい! もう何十回も聞いた気がするよその謎ロジック。もう改めて言わなくてもいいから!」
アインは空中で縦方向にくるくる三回転してから、未だむせび泣く幼女をちらりと見た。
「というか、呼び方よりそこの女の子を何とかする方が先でしょ? まずどうしてこうなったのか、話を聞かないと始まらないじゃん」
「そうですね、ですが困ったことに……」
「うっ、ううっ。うううっ……」
ちらり、と、目の前で泣き続ける哀れな幼女を見る。
冷たい石になってしまったかつての知り合い? にしがみつきながら、弱々しく嗚咽している少女の姿は、あまりにも、痛ましくて、儚くて……。
「どう慰めていいのか、分かりません」
「前に野菜の家の男の子を手なずけてなかったっけ? それと同じ感覚でやればいいんじゃないの?」
「何を言っているんですかアイン。同じ感覚でできるわけがないでしょう。幼女と男児はぜんっぜん別の生き物ですよ?」
「前に似たようなものって言ってなかったっけ?」
「幼女を労るのと同じ感覚で他人を労ることはたやすいです。しかし他人を労るように幼女を労るのは、僕には難しいんです」
「どういうこと……?」
「本物幼女はあまりにも儚すぎて、緊張して動けなくなってしまうんです」
「普段ヤリたいヤリたい言うけどいざ本番になると緊張して動けなくなる童貞か! いやっていうかそのものじゃん!」
「……溌剌としている元気系幼女が相手なら、ここまでガチガチにはならないんですが……」
これだけ悲嘆に暮れている幼女が相手となると、どうしても不安が頭をよぎる。
僕は最強だ。最強ということは常人より遥かに強い力を持っているということでもある。
そんな強い力を持つ僕が安易に幼女に触れてしまっては、あの気高くも儚く美しい存在は、うたかたのように砕け散ってしまうのではないか?
そう思うと、冷静に行動できなくなってしまうのだ。
とはいえ――――放置しておくのはそれはそれで心苦しいし、何より彼女から聞き取りをしないと話にならない。
「と、ともかくなんとか泣き止ませましょう。泣いてる幼女を放置しておくのは、僕としても胸が痛いですから……」
おそるおそる近づき、声をかけようとする僕。
「……えっ、えっと……」
「あああああん!! うわあああああんん!!」
「ご主人様……声、小さいよー? その子の泣き声にかき消されてるよー?」
「え、えっと……ほ、ほら! これをあげますから泣き止んでください!」
「ああああああん!! お姉ちゃん! お姉ちゃあああああんん!!」
「今物で釣るのはちょっと無理がない? まず声が届いてない気がするんだけど」
「先日野菜の家で出発前にもらったおつけものが……」
「しかも幼女を釣るものじゃない! 冷静になろ! とにかく落ち着こう、ご主人様!」
◆◆◆◆◆
その後、ありとあらゆる手で幼女を慰めようとした僕だったが、どんな手も通じず――――というか全く気を惹くことすらできなかった。
幼女は今も、僕のことなど意に介さないといった様子で、石になった女性の体にすがりついては泣き叫んでいる。
「うええええええん! お姉ちゃん、お兄ちゃああああんん!」
「……もう、駄目です。僕にはもう……どうすることもできません……」
「普段はあれだけ毅然としてるのに、幼女相手だとこうもしどろもどろになるんだね」
頭上から、アインの呆れたような声。心なしか困惑しているようにすら思える。
「僕が、こんなにも無力だったなんて……」
「私もびっくりしたよ。まさか進退窮まって、指一本で逆立ちしながら腹踊りを始めるとはね」
「強さこそ身につけていた僕でしたが、僕には、こんなことしかできなくて……」
「あんなことできるのご主人様だけだと……っていうか、普段のご主人様のスキルを見てると他にいくらでもやりようがありそうなもんだけど……」
なのかもしれない。だがとにかく、今の僕はあまり冷静とは言えないのだ。
幼女を見ていないうちはまだ落ち着かせることができるのだが、泣いている幼女というものを見たとたんに僕の中の平静は一気に失われてしまう。
ましてやそれを自分でなだめようと思うと……ぐっ、こんなところで自分の脆弱性が発揮されてしまうだなんて。
「やれやれ、そういうことならオレの出番のようだな」
「……!?」
得意げな表情で前に出てきたのは、まさかのオリーヴだった。
何の根拠によってか妙に自信満々の表情が、微妙にむかつく。
いやむかつくとか以前に、何をするつもりだ、こいつ?
「あのですねオリーヴ。貴方がそうしようというのはありがたいことなんですが……」
「まあ待て。お前は知らないかもしれないがオレはこれでも……」
「泣いている幼女につけ込んで手を出そうとするのは良くないと思いますよ?」
「――――じゃねえよ! お前と一緒にするな! オレはロリコンじゃねえ!」
「幼女だろうと老婆だろうとなんでもいけるからロリコンじゃないとか、そういう詭弁なら聞く耳……」
「こんなガキ襲う趣味なんてないって言ってんだよ! お前みたいな性癖の歪んだ変態クソ野郎と一緒にするな!」
「!? じゃ、じゃあ、犯罪者の貴方が彼女に一体どんな悪さをしようとしてるんです!?」
「悪さじゃねえよ! 犯罪者を強調すんな! そりゃ確かに犯罪者と言えばそうなのかもしれないけどな……だがいいか、そもそもオレは犯罪者なのか?」
「? いきなり何を言い出したんです?」
「考えてもみろ。確かにくそったれの国家の法律に照らし合わせれば盗賊であるオレは犯罪者と言えるかもしれない……だがオレはそもそも、国家なんてものに与した覚えがないんだ」
「はい?」
「世界を作った神様が、盗賊稼業が悪だと決めたのか? 違うよな? そこら辺のどこの馬の骨とも分からない王侯貴族どもが勝手に決めただけだ」
「頭は大丈夫ですか?」
「オレは何者でもない、オレ自身としてここにいる。オレが何者か決められるのはオレだけだ。つまり、オレが自分を盗賊だと思えば盗賊だし、オレが自分を犯罪者じゃないと思えば……」
「何もつまってないです。どこに持って行っても自称大盗賊志望の無職は排除対象なので、あきらめてください」
「あきらめるって何をだよ!?」
「何をって……人生とか?」
「嫌だぞ!? なんでこの若い身空で人生についてあきらめなきゃいけないんだよ!」
「若い? 一時的に女の体になっているだけで、中身はひげ面のおっさんでしょう?」
「オレが一度でもそんなことを言ったか? お前が勝手にそう思ってるだけだろ!」
あれ? そうだったっけ?
「確かにこんな……女の体になったことで鍛えた筋肉や優れた上背は失われてしまったとは言ったが……外見年齢はさほど変わってねえよ!」
「つまり、老け顔だと」
「なんでオレが老け顔な前提なんだよ!」
「いやだって、老婆が描かれた奇っ怪なホラー劇画を見て鼻の下を伸ばしているところを見たら」
「ごく当たり前のエロ本をホラー劇画呼ばわりすんじゃねえ!」
「……鼻の下を伸ばしているところを見たら、その笑顔が妙に不気味でおっさんが中からにじみ出てましたもん。絶対中身おっさんですって」
「ことごとく失礼なヤツだな! こんなに美少女の仮面をかぶっているのに、おっさんがにじみ出るわけねえだろうが! まして中身もおっさんじゃねえし!」
「自分のことをそんなに美少女だと思ってるなら、もうそのまんまでいいんじゃないですか?」
「なっ……!?」
「気に入ってるんでしょう? その外見」
「たっ、確かに気に入ってはいるけど……」
「じゃあもう危険な西の国とか、寄るのやめておきましょうよ」
「そういうことじゃない! そういうことじゃねえんだよ! わかれ、わ~か~れ~!」
オリーヴは僕の肩をつかみ、がたがたと僕の体を揺さぶってきた。
「……そいやっ」
「がはっ!?」
鬱陶しかったので、昨日ベロニカ嬢にかけたのと同じ要領でオリーヴの足を払ってバランスを崩させ、地面にそっと叩きつけた。
「べたべた触るのは止めてください。加齢臭がこびりつきます」
「……っ、だから加齢臭がこんな体から漏れ出るわけがねえだろ」
「それは貴方が気づいていないだけで……」
「ねえねえ、ご主人様?」
反論を言いかけた僕の口は、頬をつつく滑らかな感触に気づいて止まる。
振り向くと、アインが僕の頬を指でつっついていた。
えっ、何。何そのいちゃいちゃみたいな絡み方。
どうしようときめきが止まらない。
そんな僕を前に、アインはあきれたようにため息をつく。
「一体どこに向かってくっだらない言い争いをしてるの? 本分、忘れすぎじゃない?」
「! アイン。そういえば、会話の発端ってなんでしたっけ?」
「目の前の女の子を慰めること、でしょ?」
「そうでした!」
「本当に忘れてたの!? 本当に大丈夫ご主人様!?」
アインが心配そうな目で僕の顔を見る。
その心配ももっともだ。
目の前にいるすすり泣く幼女をほっぽって、この変態TS女とくだらない言い争いにふけっていたのは、ロリコンとして失格だ。
「ロリコンって別に資格とかないと思うんだけど」
「まずいですね。こんなのでは恥ずかしくてロリコンを名乗れません」
「ロリコンを名乗ることが恥ずかしいとご主人様が気づくのは一体いつになるだろうね」
「どうもここのところ幼女に触れられなさ過ぎて、幼女を慈しむ心が失われつつあるのかもしれませんね。アインはつれないし」
「だから成長させてくれたら心置きなく触らせてあげられるんだけど……」
「僕はこんなんじゃ駄目なのに……もっと幼女を、愛さなければならないのに」
「なんでそんな明後日の方向に意識高いの?」
「幼女を慰めることができなかったことから目を背けるために現実逃避するなんて、人として最低です」
「ご主人様が人として最低なのは確かだけどそこが理由じゃないからね?」
「今回の一件が片付いたら、久しぶりに修行に入りましょうか。なまった感性を取り戻すいい機会です。足りない強さも補っておきましょう」
「ちょっと待てよ! お前何始めようとしてんの!?」
「何って修行ですけど。ちょっと寄り道するからザハールの件は後回しになりますけど。あ、あとついてくるならオリーヴやベロニカ嬢にも修行に付き合っていただきましょう」
「やだよ! お前基準の修行って絶対死ぬヤツじゃん! 第一強さは足りてるだろお前!?」
「足りなくなってからでは遅いんですよ。オリーヴ、貴方はどうも楽観的すぎるふしがある。そんなんだから女にされたんですよ」
「それはまた関係なくねえかなあ!? っつーか、何かにつけて西の国に行きたがらないのなんなの!?」
「いや、だって、近づいただけでこの治安の荒れようですし……別に誰に殺されるつもりもありませんけど、正直関わりたくないなって」
「魔剣使いに関しては西の国関係ねえよ! 今回はたまたま流浪の魔剣使いが二人……いやお前含めて三人、ここに集っていたってだけのことだろ!」
「っていうかご主人様、また脱線してる! 先のことより目の前のことをなんとかしようよ!」
「おっと、そうでした。では、何ができるかわかりませんがとりあえずやれることを……」
「まあ待て。勝手が分からないなら、今回はお前は下がってな。オレがやるからよ」
「なんですオリーヴ? 僕の肩を掴んで。もしかして、また技をかけられたいというアプローチのつもりですか?」
「どんなアプローチだ、どんなどマゾだ。じゃなくって、そういうことはオレに任せておけって言ってんだよ」
「そういうこと?」
「女児を泣き止ませればいいんだろ? だったら俺に任せておけって言ってんだ」
「息の根を止めることは泣き止ませるに入りませんよ?」
「違えよ! 物騒だなお前!」
「あと、恐怖による支配とかも……」
「だからしねえって! 普通に、普通にあやすって言ってんの!」
あやす? 誰を? この幼女を……この盗賊が?
「……ライナス少年の扱いを見る限り、そんなことが貴方にできるとは思えないんですが」
「まあ、そういう気持ちは分かる。だが、男児と女児はやっぱ違うだろ? お前だって、一緒にされたくはないはずだ」
「そりゃあまあ、そうですね」
「オレは、女児の扱いには慣れているんだ。だから大船に乗ったつもりでオレに任せて……」
「女児の扱いに『慣れている』?」
しばしの熟考。
色々可能性を模索したが、一つくらいしか思い当たる節がない。
なので僕は、ひとまずディアボリバーを鞘から抜いた。
「分かりませんが、とりあえず僕はこの男を斬っておいた方がいい気がするんです」
「待て!?」
「ロリコンとして、こういう巨悪は滅さねばならないと言いますか……」
「お前の頭の中でオレはどんな邪悪に設定されたんだ? 違うって、お前が考えているようなことじゃねえからな!」
「幼子を誘拐して人身売買とかしてたんじゃないんですか? それで、幼女の面倒を見るのに慣れているとか……」
「……えっ、あっ……」
? 妙な反応だ。
だがここで言葉を詰まらせたあたり、当たらずといえども遠からず……似たようなことをしていたのは間違いなさそうだな。
「西の国ではそんな犯罪まで横行しているんですか……」
「ま、まあ、西の国にそういう輩がいるのは事実だが……」
「俄然、行く意味が出てきました。だったら僕は、西の国を滅ぼさなければなりません」
「いきなりやけに大きく出たな。いくらお前でも流石にそれは無理だと……」
「それはそうと、まずは目の前の邪悪、巨悪。この世の何よりもどす黒い何かを惨たらしく殺しておかなければ……」
「待て! だからお前は何か勘違いしている! 確かにオレは、奴隷商人の下で女児の面倒を見ていたことはあって、その経験を今使えると言ってるのは確かなんだが……」
「それが辞世の句ですか?」
「句要素どこだよ! じゃなくってだ! オレは別に奴隷商人の仲間になってたわけじゃなくて、オレ自身も捕まってて、無理矢理面倒見させられていたんだよ!」
「……はい?」
さらっと出てくる重たい過去。
オリーヴは前からこんなのばかりだが、もうちょっと前もって受け止める準備をさせて欲しい。
「オレが突っ込まれた牢屋の性質上、そこには幼い女の子がとっても多くてな。そこで積んだ経験で、ああいう小さいガキをなだめるのには慣れているんだよ」
オリーヴは胸を張って、それから少し悲しそうな顔で笑った。
「孤児にせよ、拉致されたにせよ……そういう子供って、大体泣き叫んでいたからな。でも放っておくと、奴隷商が泣き声に切れて殴られる。小さい女の子が殴られるところなんて、お前じゃなくたって見たくないからな。必死になって泣き止ませたもんさ」
「オリーヴ……」
「オレはその後、隙を見つけてなんとかその環境から抜け出したけど……あいつらは駄目だっただろうなあ。足に怪我をしていた奴もいたくらいだからなあ」
遠い目をしながら空を眺める彼女の脳裏には、一体何が浮かんでいるのだろうか。
間近でこの世の地獄を見てきた彼女の苦しみは、僕のような恵まれた存在が察するにあまりあるものなのかもしれない。
「だから、任せとけ。この先絶望しかないような哀れな少女も、ちゃんと泣き止ませてきたんだ。まだまだどうにでもなるそこのガキなんて、たやすくなだめてみせるからさ」
「……分かりました。では貴方に任せます」
自信満々に胸を張るオリーヴの姿が、なんだか妙に痛ましくて。僕は小さく頷いて、彼女に全てを任せることにした。
オリーヴは近づいて、幼女にいくつかのことを囁き……そして本当に、彼女を泣き止ませてしまったのだ。
なるほど、言うだけのことはある。
何もできない自称盗賊だと思っていたけど、ちょっと認識を改めなければいけないかもな。
◆◆◆◆◆
幼女を落ち着かせることに成功した僕たちは、彼女から話を聞き出すため、広場の一角にあるベンチに腰を下ろした。
向かい合う二つのベンチに、僕とアイン、幼女とオリーヴに別れて座る形だ。
しかし……なんだか幼女の様子がおかしい。
「……」
「あの?」
「……ひっ!」
「……?」
僕の方をちらちら見ては、肩をびくりとふるわせて、目を背けてを繰り返している。
明らかに平常ではない。
「オリーヴ、貴方その子に何をしたんです?」
「ん? この子にお前のあることないこと吹き込んで、滅茶苦茶怖いおじさんなんだよって教えておいた」
「……は?」
「奴隷商人の時も、あそこに怖いおっさんがいるから怒られないために静かにしとけってのが一番聞いたからな。泣くに泣けない状況を作ってやることが、泣き止ませるための一番のやり方なんだぞ」
「オリーヴ貴様―――――!?」
つまり僕を、幼女をなだめるための道具に使ったというわけか!
この野郎! よくも、よくもよりにもよって幼女に対して、この僕に……!
「まあまあ、そんなに怒るなよ。ほら、怒れば怒るほどこの子はより一層お前のことを恐れるぜ?」
「……ぐっ、ぐぬぬ……」
幼女を無闇に怯えさせるのは好きではないので、拳はそっと下ろすしかない。
幼女はオリーヴにすがりつくように身を寄せていて、僕とは楽しくおしゃべりしてくれそうになかった。
折角久々に、アイン以外の幼女と触れ合えると思ったのに……!




