7 ロリコン、久々に巡り会う
「ところでアイン、一つ気になったことがあるのですが」
「何?」
「アインの姉妹のうち……ヒュンフはまだ出てきていませんが、ツヴァイが石化で、ドライがレーザー、フィーアが性転換でしたよね?」
「うん」
「……あなた方を作った刀匠は、一体どんな性癖を拗らせていたんですか?」
「それ今聞かなきゃいけないことかな!?」
今である必要は確かにないかもしれないが、今であってはならない理由も特にない。
とりあえず目の前の四人にベロニカ嬢は含まれていなかったのだから、ひとまずの窮地は脱したと言える。
まあもっとも、じゃあどこにいるんだよという問題は未だ残り続けているわけなのだが。
「だっておかしいでしょう。性転換に、石化、れ、レーザー……? 何、何なんです? 光に……光になりたい性癖?」
「別に魔剣の精霊の能力が全部性癖に由来しているわけじゃないよ!?」
「しかもこの三つの変態性癖に、さらに二つ何らかの変態性癖が乗っかるんです。端的に言ってこれはどうしようもない変態ですよ」
「だから性癖由来じゃないって言ってるでしょ!? っていうか何!? ご主人様が変態性癖について何かとやかく言えたギリかな!? ロリコンのマゾヒストのくせに!」
「はて。僕は変態性癖なんて一つも煩っていませんが」
「どの口が言うの!?」
「まずマゾヒストについては、アインが勝手に言っているだけです」
「いや、でもどう見ても……」
「そしてロリコンは、変態性癖ではありません。審美眼です。このこともう三回くらい言ってますけど、どうして分かってもらえないんでしょうか」
「誤答を何回繰り返しても花丸をもらえるわけないでしょ!? 間違ってるんだよ、根本的に!」
「だからアイン、それについては何度も言ってるじゃないですか。僕がおかしいんじゃない世界がおかしいんです」
「変態性癖の持ち主ってのはみんなそう言うんだよ」
「貴方を作った刀匠もそう言っていたんですか?」
「さりげなく私の作り手を変態扱いするのはやめて!」
「いや、そう言われても。たとえ三百万歩譲って僕が変態だということを認めたとしても、アインの作り手が変態であることを否定はできないでしょう……」
レーザーが変態と関係なかったとしても、石化と性転換だけで既に証拠十分立件完了そのまま処刑台に直行だ。
「変態なだけで処刑されるの……?」
「無害な変態なら問題なくても、日頃一日中人のことを石にしたいと考えている文句なしの危険人物なら、石にされてたたき割られるくらいの刑罰を受けてもおかしくありません」
「待って、それ処刑道具に自分で作った魔剣が使われてない……?」
アインは困ったように息を吐くと、それから指を小刻みに振った。
「あのね。まず勘違いを訂正しておきたいんだけど、『ハルペトラス』の能力は人のことを石にすることじゃないからね?」
「え、でもさっきアイン言ってたじゃないですか」
「私は確かに『ツヴァイ』と『ハルペトラス』がこの件に関わっているとは言ったよ。だけど私は一言も、『ハルペトラスによってこの人が石にされた』なんて言ってないよ?」
「……? どういうことです、アイン」
「私の第一の妹こと『ツヴァイ』が取り憑く魔剣、『ハルペトラス』の能力は『支配』……斬った相手を自分の思いのままに操作できるっていう能力。この四人からは、『ハルペトラス』で支配され使役された痕跡が残っている。石になったせいか、今はそのつながりは断ち切られているみたいだけどね」
「ええと、つまりこういうことですか。何らかの理由でこの四人は魔剣使いの争いに巻き込まれ、ハルペトラスとやらで支配され手駒に使われた後に石にされ、今こうして転がっていると」
「うん、そういうこと」
とんだ災難な話だ。いや災難で済ませていい問題でもないが。
というかそもそも、そんな争いがこの数時間で近場で起こったということは、つまり……
「石化の魔剣使いと支配の魔剣使い、その二人が宿場町の近くに未だ潜んでいる可能性が高い……?」
「まあ、普通に考えるとそうなるね」
なんてことだ。危険はまだ残ったままってことじゃないか。それも一つじゃなく、二つも。
平和な場所だと思ってベロニカ嬢から目を離すべきじゃなかったな。こんなことになるなら四人で固まって行動すべきだった。
「にしても、まさかいきなり人目のある広場に石像四つが降臨したわけじゃないでしょうし、どこから運んできたんでしょうか」
「それについては、さっきからその石像にすがりついて泣いている子に聞いてみたらいいんじゃない?」
「あ、そうですね」
僕は足下にちらりと目をやる。
石化したうちの一人の女性にすがりつきながら、おいおいと泣き叫ぶ女性。
先ほどまで彼女らを必死に介抱していたが、どうしようもないことを悟ったのか、さっきから泣き崩れていた。
僕はしゃがみ込み、女性に目線を合わせてこう語りかける。
「こんにちはお嬢さん。少し聞きたいことがあるんですが……」
「ひぐっ、うぐっ、ひぐ……っ――――!」
すると彼女は、さっと涙を拭きながら僕の顔面めがけて思い切り拳をたたき込んできた。
僕は左手でそれを優しく受け止める。
彼女の細腕で打たれる拳では僕の顔を傷つけるようなことはできないだろうが、もし僕の鼻でも殴ろうものなら彼女の指が折れてしまうかもしれない。
だから手で優しく受け止めたのだ。
「……あっ、ああっ……」
「おやおや、いきなり暴力はいけませんよ。それで? この人達のことなんですが……」
「……うっ」
僕が石化した四人を指さすと、女性は再び顔をくしゃくしゃにして――――
「うわあああああああんん!! びえええええん!!」
―――――それから勢いよく泣き叫び始めた。
参ったな。これでは話ができない。
きっと彼女にとって、石にされた四人は大切な人だったんだろう。
それを一気に失えば、ショックを受けるのも理解できるが……
「だめですよ。一人前のレディーが泣いたりしたら……」
「いや、あのね? ご主人様、一人前のレディーっていうけど、その子……」
何か難しい顔をしながら、アインは僕の目の前で泣き叫ぶ女性を指さして、言う。
「今の私より幼く、見えるんだけど」
「? それがどうかしましたか?」
確かに目の前の女性はおよそ八歳前後くらいに見える。
アインより少し年下のレディーだ。
「いや、普通そういう歳の子はレディーって言わないっていうか、ガールっていうか……幼女じゃん!?」
「ええ、幼女ですね。だからレディーなんですよ!」
「何言ってるのか分からないんだけど!」
困惑するアイン。
僕からすれば何を今更という感じだ。
ここまでに、僕が脳内でも口頭でも、そこの彼女を老婆扱いしたことが一回でもあったか? ないだろう。
僕が初対面で老婆扱いしないのは、満十三歳未満の淑女だけだ。
こんなに僕の近くにいるのに、アインは一体今まで何を見てきたんだろう。
「なんで私がおかしいみたいになってるの!? おかしいのはご主人様だからね!?」
「変人はみんなそう言うんですよ」
「意趣返しのつもりかな!? できてないよ! 調子に乗るな!」
調子になんて乗ってない。
久々に生幼女に会えたから、少し浮かれているかもしれないが。
しかし本当に久々だな。さかのぼることもう何十日……ひょっとすると、アインを手に入れてから初めて出会う幼女かもしれない。
「まあ、とにかく落ち着かせないと話ができそうにありませんね。……ええと、幼女を相手にするにはどうしたらいいんでしょう」
「なんでご主人様がそれを理解してないの!?」
悲しいことにここ一ヶ月ほど幼女とふれあっていないせいで、生幼女の扱いをすっかり忘れてしまったようだ。僕としたことが、いけないな。
いくら遠きにあって愛でるもの、そして優しく慈しむものだからと言って、こういう緊急時には優しく取りなしてあげられないといけないのに。
ともあれ、今回の騒動の収束に向けては、まずこの幼女をなだめて話を聞くところからスタートということらしい。
「――――なんでもいいけどご主人様、生幼女って言い方は果てしなく気持ち悪いから何かしら別の言い方に改めた方がいいと思うよ」
アインの言い分は、確かにちょっともっともだと思った。