13 ロリコン、令嬢と結託する
「あんた……本気で言ってるの?」
信じられないものを見るかのように、ベロニカは大きく目を見開いた。
「ええ。失ったからと言って、そのことをずっと悔いていても仕方ありません。人間つまずくことは誰にでもありますが、その後に必ず立ち上がらなければいけないのですよ」
「だからって……新しい魔剣を、探せと?」
「ええそうです。それが一番良い方法だと僕は考えました。普通に男を漁るのでもいいですけど、人間だって裏切ります。でも魔剣なら裏切ったりしないでしょう」
そう言って僕はアインの方を向いて、小気味よくウインクした。それだけアインのことを信じているというアピールだ。
アインはげっそりした顔になって数歩分ほど後ずさりした。
なんで。なんでそんな反応するんだ。
「……馬鹿なことを言わないで。私がどうして、この十年以上に渡って孤独に暮らしてきたと思ってるの」
さて。ベロニカ嬢はというと僕の提案をそれほど名案だとは思わなかったらしく、眉をひそめてじっと僕の目を睨んできた。
「魔剣探しなんて、そんな危険なこと……御父様が許してくれるはずがないでしょう!」
そう。彼女が何年もの間孤立してきた原因は、決してジョナサン一人にあるわけではない。
彼女の父親であるフレット卿が彼女を溺愛するあまり、彼女は長年にわたり良く言えば保護、悪く言えば監禁され続けてきたのだ。
ジョナサンを失ったことからの心理的ダメージだけでなく……執拗に保護しようとする父親の手をも振り切らなければ、彼女に本当の自由は与えられない。
「もし貴女のお父さんが外に出るのを許してくれるなら、出たいという気持ちはあるということですか?」
「当然でしょう。私が好きで引きこもっていると思ったの?」
「外からはそういう風に見られていると思いますよ」
「まさか! ジョナサンのことがあって、私はずっと命を狙われていたから、御父様は私を絶対に外に出したがらなかったの!」
まあ、フレット卿のその判断もあながち間違いじゃなかった。
ベロニカが隔離されていたおかげで、ジョナサンが必要以上に力を蓄えなかったという側面は必ず存在するのだから。
「それでずっと、私はこの鉄の檻のような屋敷の中に閉じ込められてきた。多少の危険なんてどうでもいいから、私は外の世界を見てみたかった!」
ベロニカの叫びを聞いて、僕はしみじみと思う。
似ている。
全く違う立場ではあるのだが、ベロニカとキャシーはよく似ている。
聖剣によって幼き日に苦しみを植え付けられたことも、この町に囚われていることもそっくりだ。
だったらやっぱり、キャシーにこれだけ拘る以上、ベロニカにも手を差し伸べないといけないよな。
「……だけど、どうしようもないのよ。私は籠の中の鳥。御父様は私の言うことなんて、絶対に聞いてくれないし……」
籠の中の鳥と言う割にはやけにステゴロが強かった気がするが、まあ肉体強度と精神力は必ずしも一致しないしな。
要するに彼女には、背中を蹴飛ばしてくれる存在が必要なのだ。それもおもいっきり強く蹴飛ばしてくれる誰かが。
「では、騙されて利用されていただけの、滑稽な女で終わるつもりですか?」
「!!」
かっと目を見開いて、手をわなわなと震わせるベロニカ。
怒りを覚えるのは当然だが、言うべきことははっきりと言っておかなければならない。
「ジョナサンは弱みにつけこんで、貴女のことをいいように扱ってきました。このまま貴女が引きこもり続ければ、貴女はジョナサンに利用されただけなまま一生を終えることになりますよ」
そんな人生を、誰よりもつまらないと感じるのは彼女自身のはずだ。
「悔しく、ないんですか?」
僕が煽るような声色でそう言うと、続けてベロニカの蹴り飛ばすような声。
「馬鹿にしないでくれるかしら!? 私だって、私だって……こんなところで終わるつもりはないわ!」
勢いよく立ち上がったベロニカは、握り拳をぐっと引き締めた。
「ジョナサンとのことはダメだったけど、いつか必ず、私だけの幸せを手に入れてみせるんだから!」
「そうです、その意気ですよ」
「だけど、気合いを入れたところで御父様が許してくれないことには変わりが無いんだけど……」
「意気消沈が早い!」
どうやら五年以上にわたって軟禁され続けてきたせいで、外への意欲が根本的に減衰しているようだ。
「仕方ありませんね。では、貴女の元気が出るような一言を僕が送ってあげましょう」
「貴女がここでもたもたしていたら、ジョナサンはまた復活してどこかで女を食い散らかし始めますよ」
「!」
沈んでいたベロニカの表情が、ここで一気に引き締まる。
「……それは、絶対に許しがたいわね……」
「でしょう」
「私がこんなに苦しんでいるのに、あの人がいい思いをするなんて……」
「『あの人』なんて礼儀正しい言い回しする必要ないですよ。あんな奴はあいつでいいんです」
「あの糞野郎には私が苦しんだのの十倍は苦しんでもらわないと納得できないわ!」
誰がそこまで言えと言った。
いやまあ、別に言ったっていいんだけどさ。
何にせよ、気持ちが作れたようなのはいいことだ。
「だったら、やるべきことは分かっていますね。これは良い機会です。ジョナサンとの別離を踏み台にして、守られるばかりの自分を脱却してしまいましょう」
「ええ、そうするわ。旅に出て、魔剣を手に入れて。そしてジョナサンが誰かと契約を結んでいるところを見つけたら、私自身の手で葬ってしまえばいいわけね」
「そういうことです」
彼女自身の手で、忌まわしき相手に復讐を果たす。
そのプロセスを経ることではじめて、彼女の幼女時代の闇は完全に取り払われると言っていいだろう。
「では、これからのことですが――――」
「じゃあ今から御父様に、家出するって行ってくるわ」
「今から!?」
ちょっとそこまでの早い展開は望んでいなかった……が、まあ、悪くはないな。
何事も、早くて悪いことはない。
「なら、僕も一緒に行きましょう。恐らく貴方一人では、いつも通りに撥ね除けられてしまうでしょうから」
「なにか考えはあるのかしら?」
「フレット卿に対して有効に働きそうなカードなら何枚かは用意していますよ」
「それは頼もしいわね。ジョナサンと御父様を手玉に取った貴方なら、確かに何かやってくれそうな気はするわ。良い意味でも悪い意味でも」
「楽しみにしていてください」
こうして僕達は、フレット卿を説得すべく勇んで離れを後にした。
目指すは穏便で自然なフレット卿の説得。
きっと一筋縄ではいかない相手だろうが、まあこの僕にかかればなんということはないだろう。




