7 ロリコン、聖剣使いと対峙する
再び仕切り直して、次はアイン自作の煽り口上。
三度目の正直で今度こそ成功しますようにと祈りつつ、僕たちは夜の工房街を闊歩する。
「ね――――――え――――! どこかに隠れているんでしょう、聖剣の精霊さ―――――ん!」
アイン自身が考えた台詞のせいか、声の通りが前までの二回に比べてずいぶんと良くなった気がする。
「一つ聞きたいんだけどさ―――――! 人を猫耳にするくらいで、本当に人に復讐できるとでも思ってるの―――――?」
その鈴のようによく通る彼女の声は、僕と精霊にしか届いていない。
人々がこのきれいな声を知ることができないのは、世界の損失だとつくづく思う。
「猫耳が生えたくらいで、人はショックを受けないよ―――――っ! 私の担い手なんか、むしろ猫耳生えたら可愛くなるとか興奮してたくらいだから―――――!」
さて、肝心のアインの煽り口上だが……そもそもの聖剣の動機、すなわち復讐のための存在という部分を、真っ向から否定しにかかるという作戦らしい。
「あんたが猫耳いくら量産したところで、それってぜんっぜん復讐になってないからね―――――っ!」
悔しいが、上手いやり方だと思った。流石に精霊の扱いをよく分かっている。
だが、今のところ反応はないようだ。聖剣使い側も、いい加減おびき寄せようとしているのに気づいたのだろうか?
だから何を言われても我慢して、用心して動かなくなった……? ということではないと、信じたいのだが。
「っていうかそもそも、猫耳にしたくらいで何って感じっていうか――――? 普通の人間と、別に全然変わらないでしょ―――――?」
変化があったのは、この台詞が叫ばれた十数秒後だ。
「――――!」
ぞわりと背筋が寒くなる。
強い殺意を抱いた人間が放つ独特の悪臭が、周囲一帯に立ちこめたのだ。
どうやらアインの挑発作戦は期待通りの成果を上げたらしい。
「……来ますよ、身構えてください」
さあて右から来るか左から来るか、はたまた後ろから来るか上から来るか。
いずれにせよ、オリーヴみたく真っ正面から来るほど馬鹿じゃ……。
「ものの価値も分からないゴミクズどもが!! ぶっ殺してやる!!」
「アホか姐さぁぁあん―――――!! 落ち着け! 落ち着くんや! どう考えてもあれは罠やって!!」
正面からやってくる、鎧甲冑を身につけた大柄な老婆……騎士的な何かだろうか? ……が一名。
そしてそれの足にすがりついて引きずられながら砂まみれになっている、金髪の青年が一名。
「許せるものか! あいつ、猫耳を馬鹿にしやがった!」
「せやから腹を立てる前にまず冷静になろって―――――! な? ここでヌリア姐さんが姿を見せたらホンマに相手の思うつぼやでぇ――――!?」
真っ正面からやってきやがった。
どうやら同レベルの馬鹿だったようだ。
見てくれと立ち振る舞いからして、女騎士の方が担い手で引きずられている方が精霊だろう。
一応聖剣使い……なんだよな?
その割にはどうにも主従関係が良好に見えるが、ベロニカとジョナサンの関係のように担い手側が上手く騙されているだけなのかもしれない。
いや、でもしかしあれは……
「ええい離せ! 離すんだペーター! 私はなんとしてもあの無知蒙昧の輩を始末しなければならない!」
「後生や、後生やから! 怒りを収めるんやヌリア姐さん!」
「世界の道理を愚かな大衆に伝え広める、そう指示したのはお前ではないか、ペーター」
「せやけどな、あいつらどう見ても魔剣使いや! そういう奴らがあおってくるってことは、十中八九僕たちを返り討ちにする作戦があるいうことや!」
「何っ!?」
「やったら無闇に突っ込んだらアカン! ここは我慢の時やで!」
……どう見ても精霊の方が振り回されているように見える。
しかしううむ……重厚な鎧の上からでも分かる不必要に発達した筋肉に、いたずらにでかい図体。
女性を最悪な方向で醜く進化させたら多分こんな感じになるんだろうな。
ずっと見ていると目が筋肉に侵されておかしくなりそうなので、定期的にアインを見て修正しよう。
筋肉。
アイン。
筋肉。
アイン。
筋肉。
アイン――――
(くだらないことやってないで、さっさと話を前に進めようよ)
「――――!」
おっと。あまりにも不気味なものを見てしまったせいで、精神に変調を来してしまっていたらしい。
「えーと……」
僕がおそるおそる声をかけると、ヌリアと呼ばれた女騎士の方の視線がぎゅんっとこちらをねめつけた。
「ヒッ……!」
その鋭い眼光におびえたのか、背後でオリーヴがうわずるような悲鳴をあげる。
また話の腰を折るようなことはしてくれるなよ。
「おや、どうやら見つかってしまったようだな」
「そりゃそうやろ……こんだけおおっぴらに襲いかかれば、そういうことにもなるて」
「ではもう逃げても仕方のないということ。真っ向から立ち向かうしかあるまい」
「姐さん、それは酷い開き直りやで……」
どや顔の女騎士。あきれ果てる精霊。
彼女らの様子を見て、アインはやれやれとため息をついた。
(ああ、なんかあの関係。私見覚えがある気がするよ。あの横暴な主人に精霊が振り回される感じ……)
(それはいつの時代の話ですか?)
(今だよ! 現在進行形だよ!)
はて。と言っても今までに出会った魔剣聖剣は全て破壊してきたはずだが。
(鏡、持ってきてあげようか!?)
(持てませんよね?)
(そういう話をしてるんじゃないんだってば!)
なんだか要領を得ないが、とりあえず目の前の二人の仲がそう悪くないというのは理解できた。
そこらへん問いただすところからまず始めようかな。
「ええと、とりあえず自己紹介から入りましょうか。僕は魔剣使いのローランドです。貴女は?」
「ほう、奇遇だな。実は私も魔剣使いなのだ」
そう言ってどや顔で胸を張るヌリア。微妙にずれた回答にペースを狂わされる。
「姐さん! それはもうあっちは周知の事実で話しかけてるからな! っていうか姐さんにも先に言うたはずやろ! ほら、困った顔してるやん!」
「周知ではない事実か。私のスリーサイズは上から……」
「ちゃうわ! 誰もそんな情報求めてへんわ!」
なんだか分からないが、今度の剣士は変態とは別の方向で変な人だ。
いや、猫耳キチっぽいから変態でもあるんだろうけど。
「……まあ、自己紹介はいいです。さっき名前聞いたんで。それよりも、貴女は……」
「そうだ! やいお前……が引き連れてる精霊! 見えないけどな! さっきの発言、撤回してもらおうか!」
手元の聖剣を僕たちに突きつけ、声高に叫ぶヌリア。
「発言?」
「猫耳と普通の人間が、大して変わらないなどという問題発言だ! 撤回しなければ、お前の命をもらう!」
「姐さん? 前に話したけど、精霊は姐さんが何をやっても殺せへんからな?」
「殺せなかろうと殺すのだ! 気合いがあればなんでもできる!」
「できへんわ! 姐さんはちょっとそのへんわきまえーや!」
「へぶしっ」
どこからともなく取り出したハリセンで、ペーターが勢いよくヌリアの頭を叩く。
なるほど。そのとき僕は、アインが一体彼らと誰が似ていると言っていたのかを理解した。
僕たちの関係とそっくりだと言いたかったんだな。
「精霊と主人が逆な点を除けばそっくりですね」
「いや、逆じゃないけどね?」
おかしい。僕だってさっきハリセン使ったのに。
「むしろご主人様がハリセン使うの、さっきオリーヴにやった一回しか見てないんだけど……っていうか私に対しては使わないよね?」
そりゃまあ、すり抜けるし。
「それはそうと、アイン。さっきの発言、撤回するつもりはありますか?」
「ん? いや、全然」
「撤回する気は全くないそうです」
「なんだと貴様!? よほど死にたいらしいな!」
「だから死なへんって、姐さん!」
いきり立つヌリアと、それを押しとどめようとするペーター。
聖剣が人間を害するための存在であるということを念頭に置くと、実に奇妙な関係だ。
離間工作とかじゃなく純粋に気になったので、ストレートに聞いてみることにした。
「精霊さん、あなたの目的は、人間を害することのはずですよね?」
「なんやて?」
「人に捨てられることにより、人を憎むことしかできなくなった存在、『聖剣』。あなたもその一人と聞きましたが」
僕がそう言うと、ペーターは心底嫌そうに眉をひそめた。
「はっ、せやな。よう調べてるやんけ。いかにも僕はそういう奴や。それがなんや、悪いってか」
あっさりぼろを出したので、ここぞとばかりに糾弾することにする。
「聞きましたかそこのゴリラのおばあさん。こいつ、人を害する気満々ですよ」
「ゴリラのおばあさん?」
「説得しようとしてるのに喧嘩売ってどうする!」
「ぐへっ!」
アインに脇腹をすごい勢いで蹴られて、僕は思わずよろめいた。
なんでだ、なんで蹴られるんだ。僕は事実を言っただけだ!
だってあんなの、あんなのゴリラのおばあさんじゃないか!
「多分あいつな、姐さんのことを指してゴリラのおばあさんって言うてるんや」
「ああ、なるほど……ゴリラはいいとして、おばあさんというのはよくわからんな」
「いいんだ……寛大な人だね」
「それはそうと、ペーターが人に対して良からぬ気持ちを抱いているのは、私は最初から承知している!」
「……なんですって?」
僕が目を瞬かせると、ペーターは得意げにケラケラ笑った。
「せや! そういうことや! 僕は人間が大っ嫌いやから、確かに普通の人間とは上手くやっていけん……」
「だが、同じく人間を憎む者同士であれば、手を取り合い協力し合うことができるのだ!」
そう言うと、ヌリアは勢いよく手元の大剣を振り回した。
きらびやかな刀身が風を切ってうなり声を上げる。
「……つまり、貴女も人を憎んでいると?」
「ああ、憎くて憎くて仕方ないね。私はいつも、町中で間抜け面をして出歩いている奴らを見るたびに腹が立つんだ……」
なるほど。何か周囲から迫害されたとか、そういう辛い過去を持っているのだろうか。
確かに同じように人を恨む者同士なら、本性を明らかにした上で上手くつきあっていくことも可能……
「……なぜ彼ら彼女らの頭には、猫耳が生えていないのかと!」
あ、そうですか。
そこなんですね。
はい。
「猫耳を生やせば、誰しもが最高に可愛くなれるというのに、なぜ生やさないのか! これは人類の構造的欠陥であり、職務の怠慢だ!」
「いや、生やせと言われても普通の人は生やせな」
「だから私が生やしてやる! そう決めたのだ!」
「何言ってるのかちょっと分からないんですけど」
「猫耳が足りないこの世の中を変えるのが私の使命! 現在の無耳人類を否定して、私は猫耳人類の世界を作り出してみせる!」
「……はあ」
話を聞く限りはばかばかしいことこの上ないが、実際にやられたらとんでもないことだ。
猫耳に知能低下の呪いがついてくる以上、全人類を猫耳にされたら当然世界は崩壊する。
だが、そういうことより前に一つ――――
「精霊さんはこういう路線でいいんですか?」
「……なんか違う気はするけど、もう今更どうにもならんし……」
やっぱりそういう認識だったんだ。