6 ロリコン、おびき寄せ計画を練る
「オリーヴ……事情をちゃんと説明しておいてくださいよ」
「ああ、悪い悪い。ちょっと面倒くさくてさ」
「面倒くさいで流されたらたまったものじゃありませんよ。ちゃんと伝えてくださいね? でないと僕が変態みたいじゃないですか」
「いや、変態だろ?」
「ご主人様は変態でしょ?」
オリーヴのみならずアインまで僕を攻撃してくる。
ああ嫌だ。どうして世界は僕に対してこんなにも冷たいのだろう。
「ご主人様が世間の常識に寄り添おうとしないからだよ」
また魔剣に常識を説かれてしまった。
日頃常識なんてどこ吹く風で、今まで倒してきた変態達も真っ青な危険思想を垂れ流しているというのに。
「今の私は社会から隔絶された存在だからね。だから何を言ってもさほど問題ないんだ。それと、どんな行動をしてもね~?」
そう言いながらアインはふわふわ宙を舞い、オリーヴにミーナ、ボリスにマリアの体を次々にすり抜けていった。
これだけのことをしても、彼らはアインの存在に気づかない。
改めて、僕はアインが僕(とサリアさんと精霊たち)くらいにしか見えず感じ取れないことを思い知った。
「もしご主人様が魔剣に血を吸わせて私を表に出してくれれば、そのときは私も周りと相容れない存在になる。いわばご主人様のお仲間になるわけだよ」
「そうですか。アインがそんな扱いを受けるのはかわいそうですね。やはり貴方のことは僕の手でしっかりきっちり管理しておいてあげないといけないようです」
「なんでそうなるの! おそろいだよ!? ペアルックだよ!?」
「それをペアルックって言い方はしないでしょう普通?」
と、またここで妙な視線を感じたので一時会話中断。
しかし、オリーヴに説明を頼んでおいたからもう妙な誤解は受けないはず……
「また一人で喋ってるわね」
「脳内のお友達が、そんなに魅力的なのでしょうか」
「……ってあの、オリーヴ!? 貴方いったいどんな伝え方したんですか?」
「さーてね、どうだろうな?」
いたずらっぽくクスクス笑うオリーヴ。
お前がそんな風に笑ってもだめだぞ、アインとは違うから可愛くないぞ。
「予想してみろよ。当たったらエロ本一冊譲ってやるよ」
「いりませんよそんなゴミ!」
「なー!? ゴミとはなんだこの野郎! 物の価値が分からないロリコンが!」
「はいロリコンです」
「くそっ、罵倒が罵倒として機能してねえ……」
こいつもいい加減学習しない奴だな。
「……まあ、それはともかくとしてだ。結局、精霊ちゃん的にもこれは聖剣使いの仕業で間違いなさそうなのか?」
「ええ、そうですね。聖剣使いを倒せば、これ以上猫耳化させられる被害者もいなくなると思います」
もっとも、今猫耳化させられた人が元に戻るかは分からないけど。
オリーヴが元に戻れる算段がつくのは、あくまで彼女を斬った剣が『性別を反転させる』という裏表の能力に過ぎなかったから。
男を女にするように、女を男にすることもできるから。
猫耳をつけるという足し算の能力に対しては、少なくとも同じルールは適用されないだろう。
「でも、結局どう探すかの方針は定まらないままなんだよな?」
「憲兵隊長たる私の調査によって、聖剣使いの出没するエリアはある程度絞り込みができておりますが……」
「だけど、官憲の力を持ってしてもまだ見つけられていないのよね」
「はい。事件が事件だけに、憲兵隊を使っておおっぴらに捜索するわけにもいかないのが厄介ですね。下手に大事になってはことですから、ほぼ私一人だけの力で調査している状態でございます」
「そもそも、上手いこと犯人が悪さしようとしてるタイミングに出くわさないと意味がないものね」
「にゃー! みんなして難しい話をするのきらーいにゃー! ミーナはね、ミーナはね、遊んでくれないなら、もう布団に引きこもるのにゃー!」
「うーん……ローランド、お前はどう思う?」
「え? 僕ですか?」
がやがやと騒がしいな……と思って眺めていると、不意に僕の方に矛先が向いた。
「聖剣使いを見つけるための、何かいいアイデアはないか?」
「そうですね……ああ、一ついい方法を思いついたんですよ」
「いい方法?」
「ええ。これを使えば周りに見つからず、かつ相手の聖剣使いをあぶり出すことができるでしょう」
「へえ、そんなやり方が。どうやるんだ?」
「それは本番でのお楽しみとして。今回の作戦ではまたアインに一役買ってもらうことになると思います」
「へ? 私?」
きょとんとして、自分を指さすアイン。
そう、今回僕が思いついた作戦は――――先ほどのアインの挙動から着想を得たもので、そして今のアインにしかできないことだ。
「はい。アインの力がなければ、きっと不可能なミッションでしょう。貴女の力が必要なんですよ、アイン」
「そ、そうなんだ……えへへ。また私、役に立てるんだね……!」
アインは嬉しそうににやにやした。
ちょろくて可愛い。
「……言っておくけど、その思考私にも聞こえてるんだからね?」
おっと、頭がまた滑った。
◆◆◆◆◆
聖剣使い(仮)が主に活動していると思しき夜になって、僕たちはそいつがよく出没するという工房街の一角を訪れた。
同伴者はオリーヴとボリス。ドクターマリアとミーナは当たり前だがお留守番だ。
日中は人で賑わっているというこの工房街だが、今の時間帯は主な活動を終えているらしく、人家には点々とか細い明かりが確認できる程度である。
とはいえ、人がいることに違いはないので、おおっぴらな捜索ができないことに変わりはないのだが。
「さて、では始めますか。アイン、準備はいいですか?」
「準備って言われても、何をすればいいのかまだ聞かされてないんだけど」
「ああ、そうでした」
僕はポケットから、あらかじめ書いておいた一枚のメモを取り出した。
アインに手渡せれば楽だったのだが、あいにくアインには干渉能力がないので僕が持つしかない。
「じゃあ、僕はこれ持ってるんで、アインはできるだけ大きな声でこれを読みながら歩いてください」
「……へ?」
きょとんとしながら、アインはそのメモをのぞき込んだ。
◆◆◆◆◆
そして五分後。
闇夜をランプ片手に闊歩しながら、僕たちは聖剣使いを捜索する。
そしてその横で、アインは声を張り上げていた。
「お―――――い! 猫耳なんて、ばかばかしいよお―――――!!!」
「ほら、もっと声を張って。この一帯にアインのきれいな声が届くように。頑張ってください、アイン」
「でてこお――――――い!! こわがりさんめえ―――――!! びくびくしてないででてきなさあ――――――い!!」
「もっとです! もーっと声を張り上げて!」
「聖剣使いのぉ―――――、ばーかばーか間抜けやろ――――――!!」
途中、用水沿いにさしかかったところで、疲れたアインはいったん叫ぶのをやめた。
それに合わせて僕もいったん立ち止まり、他の二人も首をかしげながら足を止めた。
「……はぁ、はぁ」
そしてアイン、僕の胸ぐらをつかんで一言。
「ねえ、私は何を叫ばされてるの!?」
「何って挑発ですよ。聖剣使いのことを馬鹿にすれば、腹を立てて出てくるかもしれないじゃないですか」
「安っぽいにもほどがある! 何を思いついたかと思ったら、こんなくだらないこと……」
「くだらないとは言いますがね、アイン。他の誰でもない貴女の口から罵倒が放たれることによって、聖剣の精霊の耳だけにその声を届けることができるんです」
「ま、まあその点については発見かもしれないけど……」
アインは納得いかない様子で、僕の胸元をぐりぐり押した。
「でも何あの低レベルな煽り。もうちょっとこだわりを持とうよ?」
「いや、そこはほら……アインのかわいらしさが失われたらことだなって」
「ことじゃないよ、目的を見失わないで!」
見失ってない。むしろどんな状況であってもアインのことを第一に考えるという僕のポリシーにはこの上なく合致しているはずだ。
だが、進展のない状況は他二人にとっても退屈だったようで、冷ややかな目線が僕に向かって飛んでくる。
「今のところ音沙汰がないようだが?」
オリーヴが僕に歩み寄って文句を言ってきた。僕は肩をすくめて静かに答えた。
「大丈夫ですよ。あと一週間くらい続ければいつか捕まりますって」
「待ってられるかそんなに! しかも捕まる根拠もねえ!」
やれやれ、こらえ性のないことだ。
「……ところで、どんな煽りを読ませてるんだ?」
「ええと、こんな感じです」
僕はオリーヴにメモを渡した。
ざっと目を通して、鼻をふかして笑うオリーヴ。
「あーあーあーあー、だめだこれ。こんな煽りじゃ引きずり出せねえって」
「ほらね? オリーヴもそう言ってるでしょ?」
「ぐぬぬ……」
納得はいかないが、実際に成果が出ていないんだから受け入れざるを得ない。
「そうだ。オリーヴに煽りを書いてもらったら?」
「はい?」
「元々盗賊やってたんでしょ? だったら、人をけなすの得意なんじゃない?」
盗賊が貶すの得意って理屈はよく分からないが、まあ確かにオリーヴはそういうの得意そうだな。
「じゃあ、オリーヴ。貴女が台本を用意してみてくださいよ」
僕がそう言うと、オリーヴの眉毛がぴょこんとはねた。どうやら僕の言葉を待ち構えていたようだ。
「おう、任せろ。オレが最高によく効く煽りを考えてやるからよ」
そして、数分ののち、オリーヴが提出してきたメモを片手に、僕たちは再び夜の工房街を歩き始めた。
◆◆◆◆◆
新月の夜に、アインの声がこだまする。
だけど今回はいつもと少し様子が違う。
あのさわやかで涼やかな声はなりを潜めて、どこか荒々しく、不作法ささえ感じさせる棘のある声だ。
声色が普段と違って感じられるのは、叫ばれている内容が影響しているのは間違いないだろう。
「ワレェ――――! とっととでてこんかいこのクソボケカスがぁ――――!」
それはまるで――――
「とっとと出てこねえとぶち殺すぞこのヘナチン腰抜け野郎――――!!」
チンピラが喧嘩の前にやるけなし合いのごとき罵詈雑言だった。
「猫耳とかふざけたこと言ってんじゃねえぞこのド変態クソ野郎―――――!!」
「どうだ? 何か動きはあったか?」
「いえ……」
「おっかしいなあ……まだ音沙汰ないなんて。聖剣使いってのは臆病者なのか?」
「そりゃ音沙汰あるわけないでしょこんなので!」
「あいたっ!」
今度は僕が最初に足を止め、即席のハリセンでオリーヴの頭をひっぱたいた。
「なっ、お前! こんなのって!」
「ただ下品になって恫喝してるだけで、煽りにもなってないじゃないですか!」
「な、なんだと!?」
この煽りで来るような間抜けなら、僕の煽りでも十分に通用していたはずだ。
「まずそもそも、アインに変なもの読ませないでください! アインの可愛いイメージが崩れるじゃないですか!」
「イメージとか気にしてる場合か!?」
「仮にイメージを気にしなくても、この煽り方は下の下ですけどね?」
とにもかくにも、これを読ませるのは無駄しかない。
渡されたメモを破り捨て、僕はそっとアインにメモを見せる。
アインが僕の指を蹴飛ばして、衝撃で僕のメモも用水深くに落ちていった。
「ああっ! せっかく書いた台本が!」
「何が台本かな、ゴミだよあんなもの」
そしてアインは、やれやれと侮るように肩をすくめた。
「……まったく、二人ともだめだなあ。こんなんじゃ、いつまで経っても聖剣使いを引きずり出すことなんてできないよ」
「ほう? アインなら、奴らを上手く煽れる文句を作れると?」
「私を誰だと思ってるの。数百年を生きてきた魔剣の精霊だよ? 同じ精霊のことくらい、あなたたちよりずーっとよく理解しているんだから!」
そう言ってアインは、自信ありげににやりと笑った。




