3 ロリコン、司法取引をする
「……そろそろ許してやってあげてくれませんか。そいつ一応、僕の仲間なんで」
「仲間? この薄汚い盗賊がですか?」
「ローランドお前……そういうことはあと十五分ほど早く言ってくれ……」
追いかけっこが始まってからおよそ二十分後。
鎖分銅で亀甲縛りにされたオリーヴがボリスさんに連れられて戻ってきてから、僕はボリスをなだめようとした。
というか鎖で亀甲縛りって、怖いくらいに器用だな。
「というか一体何しでかしたんですか? 下着泥棒? 性的嫌がらせ? それともわいせつ行為でも働きましたか?」
「人をなんだと思ってるんだ!? もしかしてお前、俺が性欲だけで行動してる猿だと思ってんのか!?」
「少なくとも性欲を最優先しそうな輩だとは思っていますよ。たとえば人間の三大欲求に性欲・睡眠欲・食欲がありますが、一番強いのはこの中だとどれです?」
「俺は食べるのも寝るのもエロいことするのも好きだ!」
「エロいことの話しかしてないじゃないですか」
「そういう意味じゃねえよ!」
全く、もう少し人に伝わる言い方ができないものか。
学のない馬鹿はこれだから困る。
(そういうご主人様は学はあるの?)
(ふふ、聞いて驚かないでください。これでも僕は帝都一の士官学校で上位成績を収めていたことがあるんです!)
(うっわー宝の持ち腐れぇ……)
(息をするように罵倒してきますね。そういうところも好きですよ)
(私、成長する以外なにやってもご主人様の好感度あげちゃう気がしてきた)
(ふふふ……ようやく気づいたんですか? 遅れていますよ、アイン)
(なんで得意げなのかちょっと理解が及ばないんだけど)
さて、アインとの脳内雑談も楽しいが、今はオリーヴを解放してもらう方が先か。
僕はボリスに向き合い、説得を試みる。
「結局、かれ……彼女はいったい何をやったんですか?」
「食い逃げです。定食屋で持ち合わせがないと言って逃げようとしたところに、たまたま巡回していた私が出くわしましてね」
「そ、そんなことで?」
「あ、後でお金は払っただろ!? あのときはたまたま、持ち合わせがなかっただけなんだ!」
オリーヴのことだから碌でもないことをしでかしてるのかと思ったら、案外ちょっとした過失だった。
出来心とか言ってたあたり、食い逃げ自体は過失ではなく故意なのかもしれないけど、結局払ったというならそこまでのことでもない。
「それぐらいのことなら、許してあげてもいいんじゃないですか? 少なくともそうまでして追い回さなくても」
「アカシアの法に、寛容は存在しません。悪いことをした者は悪いことをしただけ裁かれなければならないのです」
手厳しいな。
憲兵隊長と言うだけのことはあって、ルールに対しては厳格ってか。
でもなんでフレット卿はそんな融通の利かない人をわざわざ僕のところに送りつけてきたんだろう。嫌がらせかな?
「ええと、ボリスさん。僕たちが今からやろうとしてること、分かってます? 仮にそこの盗賊を見捨てるとしてもですね……」
「オイ! ちょっと待て!」
「……見捨てるとしても、場合によっては今のところ何も悪いことをやっていない相手を私的にとっちめることになるかもしれません。それって、法的にどうなんですか」
そこでまで善意を要求されるなら、悪いんだが帰ってくれと言わざるを得なくなる。
ボリスは軽く咳払いをしてから、長く伸びた自分のひげをいじりつつ僕の質問に答えた。
「問題ありません。それでいいと、フレット様がおっしゃってくださいましたから」
「え? あの、アカシアの法に寛容はないんじゃないんですか?」
「まず法ありき、と考えておられるのかもしれませんが、それは適切ではありません。まず優れた為政者があって、その後に法がついてくるのです」
「……はい?」
「今のアカシアの秩序を作り上げたのはすべてフレット卿であり、法は彼がもたらした秩序構造の一部をなすに過ぎません」
法治主義ではなく人治主義を推しているってことか。少なくともボリス当人は。
「ですから法が事象Aを非としても、フレット卿が是とするならばそれは是なのですよ」
どうやらこの初老の紳士は、自らの主君に相当入れあげているらしい。
あんな親ばかな小太りのおっさんにそこまでの魅力があるのかははなはだ疑問だが、まあ個々人のポリシーについては特にああだこうだと口出しするべきじゃないな。
それに、それだけフレット卿を信奉しているのなら、変なところで義心を働かせてこちらの不利益となるような行動を取る……ということもないだろうし。
「あー、何かまじめな話が始まる感じかな? じゃあアタシはそろそろ退散しよっかな。じゃあねっ!」
「そうですか。では息災で」
「うん、ばいばーい」
雰囲気の変化に気まずいものを感じたのか、それとも単にボリスが苦手なのか。
キャシーはすっと潮が引くように、その場を忍び足で離れていった。
これからの話題はあまりキャシーに聞かせたいものではなかったし、僕としても都合がいい。
さて……と。
いつまでも目の前の哀れなTS盗賊娘を亀甲縛りのままにさせておくわけにもいくまい。
「……えーと、ボリスさんのスタンスは分かりました。その上でボリスさんには、一つ理解して欲しいことがあります」
「なんでしょうか、ローランドさん」
「フレット卿は、僕の力あって始めてアカシアに迫る脅威を排除できると思って、本来外様であるこの僕に本件を依頼しました。そして僕が十全な力を発揮するには、そこにいる彼女の力が必要です」
僕はちらりとオリーヴに視線を送った。
身に覚えのない評価を受けたからか、彼女は目をぱちくりさせて顔を背けていた。
ついでに若干頬を染めている気もする。おいだから何だその反応は。気持ち悪いからやめろって。
まあ、いい。流石にあいつも、この場で言う台詞が方便だということくらい理解しているだろう。まさか本気でとらえたりはしない……はずだ。
「……彼女の力を借りられずに僕が任務に失敗すれば、それはフレット卿の期待とも違うとは思いませんか?」
「! 私の今の行動が、フレット卿の意にそぐわないものだと言いたいのですか?」
「そうは言っていませんよ。ですが、一通りの結果を見てからでも遅くはないのでは、とだけ忠告しているんです」
せっかくだし、オリーヴの方にも頑張る理由を作ってやろう。
プレッシャーはあって足りないことはない。
ボリスはおもしろくなさそうに唇をねじって、それから根負けしたようにため息をついた。
「……いいでしょう。彼女の働きを見てから、最終的な判断を下すことにしてあげましょう。それがフレット様のためならば」
「うわっ!」
ボリスがオリーヴの背中をポンと一叩きすると、彼女を縛めていた鎖は一気にほどけて、解放されたオリーヴは机に突っ伏すように倒れ込んだ。
それ本当どうなってるの? 後でやり方教えて欲しい。
ボリスは悠然と一席に腰掛け、なめらかに足を組んだ。
「では、気を取り直して仕事の話をいたしましょうか。部外者もいなくなったことですし」
「そうですね。たかだか聖剣使いなんかに、長い時間をかけるのもばかばかしい。手短に終わらせられるよう、協力しましょう」
「ええ。アカシアの未来に繁栄のあらんことを」
相当この都市が好きなんだな。いや、好きなのはこの都市を支配しているフレット卿のことか?
まあ、僕にとってはどうでもいいことだが。
「ちなみに、もしこのままオリーヴが連れて行かれていたら、彼女はどんな罰を受けていたんです?」
「禁固十年です」
止めておいて本当によかった。




