20 次なる目標は第二の聖剣!
一通りが終わった後、僕は吹き飛ばされたフレット卿をたたき起こし、泣き伏せていたベロニカ嬢をベッドに横たわらせた。
その後フレット卿に呼ばれた僕は、彼の寝室に呼び出された。
なんでおっさんの寝室にお呼ばれしなければならないのかとも思ったが、囚人解放の話を進める良いチャンスだと思い、言われた通りに寝室にはせ参じた。
だが――――
「いいやダメですね。囚人の解放を認めるわけにはいきません」
住み込みの侍医によって包帯でぐるぐる巻きになりながらも、フレット卿は相変わらず頑なだった。
「何故ですか領主様。貴方の命の窮地を救ったのも僕ですし、そもそも今回の聖剣の問題を特定したのも僕じゃないですか」
「……」
「領主として、その苦労に報いるくらいの度量を持つべきだと思いますよ」
「命の危機については、そもそも君が招いたことじゃないですか」
それを言われると弱い。
「まあ、例の魔剣? でしたか聖剣でしたかの存在を教えてくれたのは助かりましたよ。おかげでこれ以上、娘を食い物にされずに済みましたからね」
見方を変えれば、僕は放っておけば誰も傷つかなかった領主一家の闇をわざわざ暴いたという言い方もできるのだが。
そういう物言いをしないあたり、フレット卿はなんだかんだで人間ができているということなのか。
射精がどうとか頭のおかしいことを言っていたような気もするけど、まあ偶に周りが見えなくなるタイプの真人間なんだろう。
(それって真人間でいいのかな?)
(常に周りが見えていない狂人を、今まで何度か相手にしてきたじゃないですか)
(ま、まあ、それもそうだね)
「ただ、私としてはいくつか懸念事項が残っていますからね。それを忘れて、手放しに解放を認める……というわけにはいきません」
「懸念事項……嫁のもらい手ですか?」
「は? あんな可愛い子に嫁のもらい手がないわけないじゃないですか。殺しますよ」
だから過激だって。
「でも、適齢期を超えて久しいでしょう。早めに動かないと、そろそろ手遅れになると思いますけど」
「あの子まだ十八歳ですよ!? 貴方の中の適齢期は一体何歳に設定されているんですか!?」
「大体十二歳くらいでしょうか」
「貴方、ロリコンなんですか?」
「言いませんでしたっけ?」
深々と溜息をつくフレット卿。
「良かったですね、ベロニカがあの歳で。もし彼女が幼女だったら、牢獄に放り込んでるところでしたよ」
あっさり捕まる僕ではないが、妙な誤解は解いておいた方がいいだろう。
「ご心配なく。僕はイエスロリータノータッチの精神を貫いていますから」
「ほう?」
「ただし、向こうから求めてきた場合はその限りではありませんが」
「やっぱり貴方、牢獄に入ってた方がいいんじゃないですか?」
おかしいな。信頼を取り戻すためのトークだったはずが、かえって評価が落ちた気がする。
フレット卿は咳払いをしてから話を続行した。
「……懸念事項というのはですね。まず第一に、聖剣の力を度外視した上で、囚人達がどんな行動を取っていたかがいまいち定かではないということです」
「と、いうと」
「聖剣がなければ本当に囚人達が襲撃をやらなかった、という証拠が何もないということですよ」
確かにその点は僕も気になっていた。
キャシーの父親だけでなく、確かベロニカ嬢を襲った暴漢は三十人を下らないとか言っていたはず。
そのうち何人かはジョナサンによって殺され、また何人かは処刑されているとしても――――残っている全員が、魅力解放がなければまともだったという証拠はない。
「もし魅力解放と関係なくベロニカを襲っていたような輩が中に混じっていた場合、必然的に危険人物を野に放つことになります」
「……その時は、改めて捕らえ直す……じゃ、ダメなんでしょうか?」
「あの子の身をもう一度危険に晒せと言っているんですか!?」
「あー……」
「それに、一度解放した相手がまた問題を起こすと市民からの不満が爆発してしまうじゃないですか。そんなリスクは取れませんよ」
なんでわざわざ犯罪者を野に放ったんだ! ってことか。
「それに現在、この町にはもう一つ問題がありますからね。」
「問題? ジョナサンの件はもう解決したと思いますが、まだ何かあるんですか?」
「他の聖剣がもう一本、この町に潜んでいるらしいじゃないですか」
「!」
「最後の方は少しずつ意識が戻っていたので、貴方達の会話が聞こえていました。この町にまだ聖剣が潜んでいるだかなんだか。十分警戒に値する事案です」
しまった。聞かれていたのか。
「可愛い可愛いベロニカが負った心の傷も、できるだけ早く癒やしてあげたいですし、今は立て込んでるんですよ。そんなわけで、どのみちすぐに動くことはないと言っておきましょう」
「なら、落ちついてからでもいいですから」
「落ちついた後も、私に話を聞く理由は特にないのですけどね」
ぐぬぬ、あくまで頑なだな。
歯がみする僕を見たフレット卿は深々と息をつくと、怪我しなかった右腕でカップの中のワインを啜った。
「そこでなんですが……どうです? 交換条件としませんか?」
「はい?」
「偏見ですが、こんなことにわざわざ首を突っ込んでくるあたり、貴方結構暇でしょう?」
偏見だが間違ってはないな。
「まあ、時間はありますけど」
「そして、腕も確か」
「ええ、最強ですから」
「だったら私に力を貸してください。この都市に潜んでいるというもう一人の聖剣使いを探し出して、貴方の手で処理してくださいよ」
「……!」
「それを聞いてくれたら、囚人を解放することを約束してあげましょう」
強かだな、このおっさん。僕を利用できるだけ利用しようってことか。
だが悪い話じゃないな。
経験上、こうやってはっきりと条件を示してくれる領主は約束を裏切らない。
ビジネスというものを知っているから。
ノンアポでやってきた今回はともかく、もう一人の聖剣を見つけ出した暁には、彼は間違いなく約束を守ってくれるはずだ。
「いいでしょう。一つ確認ですが、友人に力を借りるのは問題ありませんね?」
「はい。ただし、あまり大事にはしないでくださいよ。この町の隆盛は平和あってこそ保たれているところがありますからね」
そう言ってウィンクする小太りのおっさん。
それを理解しているならあんな要塞みたいな壁作るべきじゃないと思うんだけどなあ。
あれまるで戦争まっただ中みたいな印象を与えるぞ。
「どういう条件を満たしたら、聖剣を破壊したと認めてくれますか?」
「本人を連れてくるか、聖剣を私の目の前で破壊するか……ああ、あとうちの役人を現場に連れて行って証言させてくれてもいいですよ」
「なるほど。では、聖剣破壊後どれくらいで解放してくれるか、ですが――――」
その後、いくつかの条件を煮詰めた上で、僕とフレット卿は契約を取り交わした。
色々と手間の掛かる仕事になりそうだし――――どうやらもうしばらく、この町に留まることになりそうだ。




