16 ロリコン、令嬢の猥談にどん引きする
「え、えっち? それってつまり……セックスのことですか?」
「そうよ、セックスよ!」
僕が言葉を失っていると、涙目のベロニカがやけくそ混じりに怒鳴り声を喚きはじめた。
「私、あの人と出会うまで、性行為を汚らわしいものだと思っていたわ! 御父様にそう教わっていたもの!」
「は、はあ」
「御父様は言ったわ、男というのは狼で、女の体を貪ることしか考えていないから、絶対に気を許してはならないんだって!」
なんか領主の方にも若干の歪みを感じるが、まあそれは置いておこう。
「でも私、ジョナサンに教えてもらって分かったの! エッチは素晴らしいことなんだってこと!」
「へ、へえ……」
「私あんなに気持ちいいこと、今までに一度も体験したことがなかったわ! だから私、ジョナサンのことが一晩ですっごく大好きになったのよ!」
「そうですか。すごいなあ」
僕は一体何を聞かされているんだろう。
「今私がこうやって屋敷に幽閉されても我慢できているのは、ジョナサンとの毎晩の営みがあるからなのよ。それまで奪われたら、本当に私、死んでしまうかもしれないわ!」
男根に負けた令嬢とか、お話の世界の話だと思っていたけど……今目の前にいる女性は、間違いなくそれに当てはまる。
っていうか毎晩やってるのかよ。お盛んだなオイ。
まあ正直、ジジババが性交渉してようが僕にはどうでもいいことなんだけど……
「……ちなみに初体験は何歳の頃の話ですか?」
「出会ってすぐ、十二歳の時、だったかしら」
「気が変わりました。魔剣は徹底的に叩き割りましょう」
「どうしたの急に!?」
「だって十二歳ならまだ幼女の範疇じゃないですか! そんな慈しむべき可憐な存在に手を出すなんて、言語道断です。生かしておくわけにはいきません」
「日頃ご主人様が口走ってること、もう一度思い返してみたらいいんじゃないかなあ!?」
僕、何か言ってたかな。
幼女に対しての淀みない愛を語るくらいしかしてなかったと思うけれど。
「それについて言ってるんだよ!」
「少なくとも僕はアインを無理やり手籠めにしたりしてませんけど!?」
「できないってだけでしょうそれは!」
「違いますよ! っていうか僕のことはどうでもいいんです!」
風向きが怪しくなってきたので、僕は強引に軌道修正を試みる。
「ベロニカ嬢! 聞きたいことがあります!」
「へっ!? え、えっと、さっきから気になってたけど、なんで独り言喋ってるのかしら……?」
「そんなこたあ今はどうだっていいんですよ! 貴方とジョナサンとやらの初体験、どんな感じで進行したんですか!?」
「……え、えっと、それは……」
ベロニカは頬を染めながら、誤魔化すように小声で言った。
「森で剣を拾った日の夜、寝室に現れたジョナサンに押し倒されて……無理やり」
「ほーらやっぱりギルティじゃないですかー!」
「で、でも、嫌じゃなかったわ。だってジョナサン、格好良かったし……」
「くそっ! 結局イケメンかどうかが全てかよ!」
「ご主人様、さっきからダブスタの嵐だけど大丈夫? 明日になってから発言を後悔したりしない?」
「宵越しの発言に責任は持たないのが僕ですから」
「ただのクズ!」
僕は苦々しい思いで一杯になりながら、そんな中で一つの希望を見いだした。
「いや、待ってください。そう考えると僕がイケメンになればアインが受け入れてくれるということでは?」
「私にはルックス攻撃は効かないから」
「八方ふさがりじゃないですか!」
「っていうか、ご主人様って別に見た目は悪くないと思うけどね。そりゃさっきの執事みたいに洗練された美しさとかはないけど」
どんなに褒められたところで、アインを靡かせられないのなら意味がない。
むしろかえって惨めさを強調しているだけだということを、ちゃんと理解して欲しいものだ。
「面倒くさいご主人様だなあ……」
アインがやれやれと溜息をつく。
「しかし出会って一日で襲うとは、その精霊アグレッシブすぎやしませんか? ドライも性に奔放みたいでしたし、魔剣の精霊っていうものはみんなそうなんですか?」
「私やドライはその男ほど色情魔じゃないよ。多分、作り手の影響を受けてるんじゃないかな」
「作り手の影響?」
「刀鍛冶と魔剣の精霊が親子関係にあるようなものだって話は前に言ったよね? それは、魔剣の精霊の性格が少なからず刀鍛冶のそれに影響を受けてるって意味もあるんだよ」
「つまりジョナサンとかいう精霊の魔剣を鍛えた刀鍛冶が、性に奔放だったと?」
「そういうこと」
「つまりド変態ってことですか」
「その着地点はちょっとどうかと思うけどね!?」
「ところで、性別も関係あるんですか?」
「んー、どうだろうね。あるかもしれないね?」
ド変態の……刀鍛冶……。
そういえば森の中で拾ったとも言ってたよな。
そして、男の精霊を作るような精神性……。
何か嫌な予感がする。
「一つ聞いてもいいですか? ベロニカさん、貴方ジョナサンをどこで拾ったんですか?」
「え? どうしてそんな質問を?」
「単なる好奇心ですよ。他意はありません」
「……ええと、どこかの村の近くを通った時だったと思うけど……ああ、そうよ! 思い出したわ!」
ベロニカはポンと手を打って言った。
「あれは確かコナラの森よ! コナラの村の近くの森で落ちていたジョナサンを、私が拾ったんだったわ!」
「コナラの、森……?」
コナラの森で拾った。セックスが上手。僕が見たことあるデザインの剣。
「……ご主人様、これって……」
「……ええ、間違いないと思います」
アインが不安そうな顔で僕の表情を窺う。
きっと僕とアインは今同じ人物の姿を頭に思い浮かべていることだろう。
この魔剣作ったの、絶対あの『変態陰茎妄想女刀鍛冶』だ!!
「あの人……魔剣、作ってたんですね」
「いつかは作るだろうと思っていたけど、まさかもう作った後だとは思っていなかったよ。あの女の性分からして、そんなの手に入れたら絶対手放さないと思ってたんだけどね」
「作り手本人が気付かないうちに、魔剣として覚醒していたってことなんでしょうか? そんなことってあるんですか?」
「ないとは言えないけど、結構なレアケースだね」
サリアさんがベロニカ嬢とジョナサンが一緒に居るところを見かけたというのも、ちょうど村の近くを通った時に拾ったというなら自然な流れだ。
恐らく、何らかの理由で廃棄されていたその魔剣を、たまたまベロニカ嬢が見つけたのだろう。
「で、何の話でしたっけ? 幼女を襲った魔剣の精霊許すまじってところまでは話を進めたと思いますが」
「できればもうちょっと巻き戻した方が話の通りがいいと思うんだ」
人には時として譲れないものがある。僕にとってはこれがそれだ。
「何かっこつけてるのかしらないけどロリコンの醜い嫉妬でしかないからね?」
「たとえ醜い嫉妬だったとしても、道義的に間違っていることに変わりはありません! というか、いずれにせよそれ以外にも悪事ばっかり働いてるんですから、放置するわけにはいきませんしね!」
「悪事って、そんな……ジョナサンがそんなこと、するはずないわ……」
「いいえ、したんです。というか、魔剣というものの性質を考えれば悪事しないはずがありません」
「ひっどい言い草。ま、否定はしないけどね」
「というわけでベロニカ嬢、魔剣について御父様にちゃんと話を通してきてください。これは他の人の為だけではなく、貴女の為でもあるんですよ」
「……嫌」
「どうしてですか」
「私、『貴女の為』なんて言葉を使う人の言うことは信じないことにしているの!」
「……参ったなあ」
僕は繰り返し提案したが、なおもベロニカは拒絶した。
「さっきから散々説明してるじゃないですか。その男は、義理を通すには値しないって」
「何よ! 貴方にジョナサンの何が分かるって言うのよ!」
「まず貴方のピンチだってのにさっきから一向に姿を現さない時点でそのジョナサンって奴信用なりませんよ。そんな奴を庇ってやる必要、ないと思いますけど?」
「嘘! ジョナサンはいつも私を助けてくれたわ! 今までに何度も、襲われた私をジョナサンがぎりぎりのところで助けてくれた!」
「じゃあどうして、今は姿を現さないんです?」
「たまたま席を外してるだけよ! さっきジョナサン、下の様子を見に行くって言ってここを離れたから、この場を見てないだけなのよ!」
「……ん?」
ついさっき、下の様子を見に行った?
「つかぬことをお聞きしますがお嬢さん、そのジョナサンってもしかして燕尾服着てたりします?」
「ええそうよ! あの人は私の傍で、ずっとこっそり執事風に話相手をしてくれていたんだから!」
「……ああ」
「なるほどね」
ってことは多分、さっき倒した執事がジョナサンだな。
並みの人間より骨のある強さだったことに合点がいった。
「ふふふ、貴方は上手く目をくぐり抜けてここまで辿り着いたかもしれないけどね、ジョナサンがもし戻ってきたら、その時が貴方の命日よ!」
「申し訳ないんですが、ベロニカ嬢」
「きっとあの人が、こてんぱんにしてくれるに違いないわ! ジョナサンはとっても強いのよ! なんせ一人で――――」
「そのジョナサン、ここに来る前に倒してきました」
「……へ?」
すとん、と腰を抜かすベロニカ嬢。
「いやあ、いきなり執事が殺す勢いで殴りかかってきたものですから、つい反撃をしてしまったんです」
「な、なな……」
「確かに強いんだとは思いますけど、僕の相手じゃありませんね。この剣の錆びにしてやりましたよ」
「殺したの!? あ、あなた、まさかジョナサンを……」
「いえ、鞘付きのままぶん殴っただけですが」
「それじゃ錆びにならないんじゃないかしら!?」
面倒くさい言葉狩りをしてくるお嬢様だな。
「いいんですよ雰囲気で。どのみち戦闘不能にしたことに変わりはありませんから」
「……ふ、ふふ! それはどうかしらね? ただ鞘付きの鉄棒で殴っただけだというなら、貴方の詰めは甘かったと言わざるを得ないわ!」
どこか得意げに、ベロニカはくすくすと微笑んだ。
「ジョナサンは、すっごいタフなのよ! 貴方は彼を昏倒させたと思っているかもしれないけど、それはきっと早合点だわ! きっとすぐに、ジョナサンは私のことを助けにやってくるわ!」
ちょうどその時、階段を駆け上がる何者かの足音。
ベロニカ嬢は至極楽しそうに高笑いを上げた。
「ほら! 足音が聞こえるでしょう? ジョナサンが復帰して、私のことを助けに来てくれるの!」
別に再度やってきたとして一人だけなら苦戦する気もしないが、他の衛兵とかを引き連れられてたらちと面倒だな。
でも話を聞いている限り、ジョナサンとやらの存在は他の人間にはひた隠しにされているみたいだから、仲間を呼ぶことはできないかな。
聞こえてくる足音も一つだけだし、これは警戒する必要もなさそうだ。
「ああ、早く来てジョナサン! 私、貴方のことを信じているから! 貴方が決して、私を騙したり裏切ったりしていないってことを!」
ベロニカ嬢はベッドの上に立ち、謳うように、自己暗示を掛けるように声を張り上げた。
「そして、邪魔者を倒したらまた二人でエッチしましょう! 私、すっごく怖い思いをしたの! 貴方に慰めて欲し――――」
「大丈夫かいベロニカああああああっっっっ!!」
「!?」
飛び込んできたのは、洒脱な執事ではなくでっぷり太った中年の男。
今の一瞬で変化するにしては、余りにも
というか服装がまず違う。つまり別人ということだな。
「……お、御父様?」
「妙な物音がしたと思って、来てみたんだけど……その男は? というか、ベロニカ……エッチってなに? どういうこと?」
「えっ、えっと……そ、それは……」
真っ青な顔をするベロニカ嬢。それ以上に顔色を悪くして、汗をダラダラ流しながら今にも気を失いそうな中年男性。
……御父様、ってことはアカシア領主フレット卿か。
うわー、よりにもよってこんなこと言ってるタイミングに溺愛お父さんの登場かよ。
これ、絶対場が拗れるぞ。