15 ロリコン、魔剣の真実を知る
魔剣を壊すと煽ってみても、魔剣の精霊は不気味なほどに反応を見せない。
代わりに声を上げたのは、縛られてベッドに転がったままのベロニカだった。
「あ、貴方達がそれを壊したら……あの人は、あの人はどうなるのよ……?」
彼女は怯えた表情を浮かべていた。
剣を壊したらどうなるのか、想像がつかない分なおのこと恐ろしいのだろう。
恐ろしくなるということは、それだけ魔剣の精霊が彼女にとって大切な存在であるということでもある。
はっきりと現実を伝えてあげるのが優しさというものか。
「魔剣というものは死んだりしません。壊してもどこか別の場所に飛ばされて、力を失った上で再び次の契約者を探すだけです。ですが、まあ……」
きっと今後も、魔剣がなくなった後も、領主が生きている限り彼女の身に自由は与えられないだろう。だったら。
「……貴方が精霊と会うことはもう二度とできないでしょうね」
「~~~!!! ふざけるな!」
真実を告げると、ベロニカは憤怒の形相を顔一杯に浮かべてじたばたともがき始めた。
「ずっと自由を奪われてきた私にとって、あの人は心の支えだったのよ! あの人がいたから、私は今まで生きてこられた! それを奪おうとするなんて――――」
「何故自由を奪われてきたんです?」
「そ、それは……私が、人に狙われやすい体質だから……私が、美少女過ぎて……御父様が、私のことを外に出さないように……」
「まさかとは思いますけど、魔剣を拾ったタイミングと襲われるようになったタイミングが一致したりしてません?」
「……えっ」
図星のようだ。
となると、誰よりも辛い思いをしてきたのは他ならぬ彼女だったりするのかもしれない。
「そ、それがどうしたっていうのかしら!? あの人は言ってくれたわ、貴方の呪われた体質を救うために、私は目の前に現れたって!」
なるほど、ものは言い様だな。
「貴方が他人から狙われる、その状況を作り出したのこそが魔剣の精霊です」
「え?」
「貴方を襲った人達は、貴方個人ではなく魔剣の方を狙っていたんです。魔剣の精霊がその力で貴方の周りに敵を引きつけていたのを、貴方には貴方の体質だと騙くらかしていたのですよ」
「……う、嘘よ、そんなの……」
ベロニカの表情が凍り付いた。
「……あの人が、そんなことするはずがないわ。あの人のおかげで、私は今まで生きてこられたのに……」
きっと彼女も、全く分かっていなかったわけではないんだろう。
薄々、その可能性もあるんじゃないかと気付いていた。
だが気付いた頃には後戻りできなくなるほどに、彼女の心は魔剣の精霊に依存していた。
いやはや、人の心をこんなにも簡単に虜にしてしまうなんて、魔剣の精霊って奴は本当に恐ろしいものだなあ。
「ご主人様にも素直に虜になってほしいんだけどね」
「初めてアインを目にしたときから、僕は貴方の虜ですよ」
「魔剣の意図と違う形で魅了されても虜になったとは言えないよ……」
「では、取り出しましょう。精霊は未だに出てくるつもりがないようですが、アイン。貴女が見れば、姉妹の誰かは分かりますよね?」
「うん。姉妹剣のデザインはみんな頭に入ってるし、見れば一目で分かる。魔剣にどんな能力が備わっているのかもね」
そんなことを言いながら、僕は箱から魔剣を取り出した。
ふむ。
どこかで見覚えがあるようなデザインだが、それはアインのディアボリバーを長く目にしてきたからだろうか。
しかしあんまりディアボリバーとは似てないような気が……
「アイン。これはどの姉妹の剣ですか? ツヴァイ? それともヒュンフ?」
「……違う」
「え?」
アインの顔色が、少し青ざめていた。
「これ、私の姉妹じゃない。私達五姉妹とは全く関係のない魔剣だよ、これ」
「えっ?」
言われてみればその通りだ。
先入観で勝手に姉妹剣だと思っていたが、全ての魔剣がアイン関連なわけではないんだった。
「じゃあ、これの正体は……」
「ごめん、私には分からない」
なるほど。
まあ、正体不明のままでも問題ないと言えばないのだが……未だに出てくる気配がないのはちょっと困るな。
「精霊に出てきてくれないと、第一目的が果たせないんで困るんですけどねえ……」
僕が見たいのは老いた精霊が若返っていく変化の様態だ。
どこかで勝手に光になって消えてもらっては困る……ちゃんと前に出てきてくれないと。
「壊しちゃうよ~……壊しちゃいますよー……?」
ディアボリバーから鞘を取っ払い、切っ先でベロニカの魔剣をコツコツ叩く。
するとベロニカの表情が一層険しくなった。
「お願い、やめて。その剣に手は出さないで」
「そう言われましてもね。貴方が魔剣で重ねた悪さで、苦しんでいる人がいるわけでして」
「その剣を壊されたら、壊されたら――――」
「放置しておくわけにはいかないというか……」
「――――『ジョナサン』が、消えてなくなっちゃうじゃない!」
……ん? 『ジョナサン』?
それってどう見ても、男の名前なような……。
じょなさん、じょんなさん、じょんなんなさん、じょあんなさん?
なあんだジョアンナさんって言ったんだな。
うっかり聞き間違えそうになってしまった。全く滑舌ははっきりしてほしいものだ。
「ええと、ではそのジョアンナさんが……」
「いや、確かにジョナサンって言ってたよ」
アインから飛び出す容赦の無い現実。
耳を塞ぎたい気分だったが、塞いでも意味がないことは知っている。
「……待ってください。それだと魔剣の精霊が男ということになりません?」
アインはやれやれと溜息をついた。
「あり得ない話じゃないね。姉妹剣じゃない以上、単純に二分の一の確率でそうなるよ」
「あの、それだと困るんですが。僕は老婆が幼女になるところを見たいんであって、男がショタになるところなんて見ても面白くないんですけど」
「ご主人様を面白がらせるために世界が回ってるわけじゃないし……」
僕はベロニカ嬢に視線を移す。
その時の僕が、相当恐ろしい形相をしていたのだろうか。
僕に見られたベロニカ嬢は、びくりと肩を震わせた。
「それで、ベロニカ嬢。どうなんですか」
「……? 何が……?」
「本当にそのジョナサンとやらは男なんですか」
「ええ、そうだけど」
「畜生ッッッッ!!!」
思わずしゃがみ込み、両手で床を強く殴りつける僕。
「どうしたのご主人様、血の涙なんか流して!」
「そりゃ今回の目的の半分が魔剣破壊で幼女化ヒャッホイみたいなところありましたからね! それが立ち消えた以上、ショックも大きいですよ!」
「だからって、そんな強く床を叩いたら、人が……」
「ううっ! 土壇場でお預けを食らった感じです! メインディッシュを楽しみに待ってたら、火事が起こって食べ損なったみたいな! この気持ち分かります、アイン!?」
「いや、私はご飯食べないからちょっと良く分かんないけど……声大きい! 折角忍び込んだのに、これじゃ見つかっちゃうでしょ!」
「……おっと、そうでしたね。僕としたことが、気が緩んでいましたか……でも、あああ……!」
そういえば、先入観で勝手に魔剣の精霊は女性なんだと思っていたが……
『旅人というわけじゃありませんが、他の人には見えない精霊を連れている人なら見たことがありますよ』
……サリアさんは一言も、『女』だなんて言ってなかったな-。
サリアさん! 確かにそこは聞かなかったけど、なんとなく察して欲しかったな!!
「ご主人様、元気出そうよ。大丈夫、きっと良いことあるって」
「良いこと……アインがおっぱい触らせてくれるとかですか?」
「私が成長したらいくらでも。DカップだろうとFカップだろうとHカップだろうとKカップだろうと思いのままだよ?」
「僕はAがつかないカップには興味がありません」
「頑なだね!」
「大体冷静に考えてみてください。普通、序列を付けるときはAが一番良くてその後にB,C,D,E……ってするじゃないですか?」
「そうだね」
「つまりおっぱいも同様なんですよ。AAAが一番素晴らしくて下るほど質が落ちていくんです」
「とんでもない新解釈を打ち出してきた。多分この基準を決めた人にはそういう意図はないと思うんだけど」
「おっぱいは小さい方が素晴らしいというこの世の摂理を無意識に理解していたんですよ。だから意図がなくても出ちゃったんです」
「だからいちいち主語が大きいんだよ!」
「あでででで!」
アインの拳でぐりぐりが、僕のこめかみを激しく圧迫した。
――――さて、アインがおっぱいを触らせてくれるとかでもないなら、話を元に戻そう。
僕はベロニカ嬢の方に視線を移す。
「……ヒッ」
僕の目線に気付いたベロニカ嬢はまた小さく震えた。
おかしいな。僕はただの侵入者なのに、何をそんなに怖がられているんだろう。
(いやあまあ侵入者の時点で普通に怖いし、その上独り言ブツブツ喚きながらギャーギャー騒いでたら怖くもなるよ……)
「まあ、男なら男で仕方ありません。いずれにせよ、貴方の魔剣が貴方を含めた多くの人々を苦しめたことは間違いないんです」
「……っ」
「貴方を襲った人々は皆、ジョナサンの力によって貴方を襲撃するよう仕向けられていました。ですが本来彼らはそんなことをする人間ではありませんでした」
まあ、本当に皆が皆魔剣に狂わされたかどうかは分からない。
中には本気でベロニカ嬢を襲いたいとか思う奇特な奴が――――
(奇特じゃないよ?)
奇特な奴がいたのかもしれないが。
「私に、どうしろって言うの……?」
「貴方が御父様にこのことを話していただければ、彼らは無実の罪を許され、牢獄から解放されるでしょう。僕の望みは、ただそれだけなんです」
現実に、そこまで単純に行くかというとそうでもないだろう。
魔剣の力で狂ったからと言って、愛娘の命を狙った危険人物たちを領主が当然に許すとは思えない。
だが、愛娘自身の口からそれが語られれば、刑期の削減や態度の軟化くらいには繋がるはずだ。
芳しい回答を期待して待っていた僕だったが、やがて口を開いたベロニカが語ったのは、期待とは違うものだった。
「……ダメ。本当のことを言うわけにはいかないわ」
……参ったな。すんなり話が終わるかと思ったのに。
「だってそれを伝えたら、御父様は絶対にジョナサンを私から取り上げるわ。この閉じられた世界で唯一の味方を失うなんて、そんなの、絶対に嫌」
確かにその通り。娘を危険に晒しうる魔剣を、領主がこのまま握らせておくはずがない。
だが、裏切られていたと知ってなお手放そうとしないとは……精霊はそれだけベロニカの心の闇に深く取り入っていたということか。
さて、こうなってくると説得が面倒くさいぞ。
「貴方の味方がそこの執事しかいなくなったのも、そこの精霊のせいなんですよ?」
「どうせ元々、私に味方なんていなかったわ。世間の人は私のことを穀潰しの令嬢って馬鹿にするし、御父様は魔剣がなくても過保護に私を閉じ込めようとするし」
「魔剣の秘密が明らかになれば、少なくとも今よりは自由な生活ができるようになると思いますよ」
「それに。それにジョナサンは……」
「大体その精霊、さっきから一向に姿を現そうとしないじゃないですか。お嬢さんのことを大切に思っているのなら――――……」
「……すっごくエッチが上手なんだもの!!」
「――――はあ?」
んー、おかしいな。
僕、何か会話を飛ばしたかな。