9 ロリコン、エロ本を読みに行く
確か、今回の『デート』はオリーヴが男としての自分を取り戻すために、エロ本で意識改革をしよう的な目論見だったはずだ。
なのにどうして目の前のオリーヴは、女らしさ全開の白ワンピにわざわざ着替えて僕の前に現れたのだろう。
「……」
「どうした? ローランド。オレの顔に何かついてるか?」
「やる気あるんですか貴方はああああ!!」
身をかがめてびくり、と飛び跳ねるオリーヴ。
女っぽい仕草をするんじゃない。幼女じゃない時点で可愛くないからな。
「っ! い、いきなり怒鳴るなよ! びっくりするだろ!」
「びっくりしたのはこっちですよ! なんですかその格好! どこで買ってきたんですか!」
「そこの服屋さんで」
「それを知りたいわけじゃないです!」
というかよく見たら、靴からして昨日履いていたものとは全く別だ。
シックな趣のあるブラウンのハイヒール。白いワンピースに映える大きなストローハットだって、絶対に持ち物の中には入ってなかった。
新しく買ったのか、わざわざ。
「女っぽさを意識したくないんじゃなかったんですか。なんでそんな女性らしさに溢れたふざけた格好で現れたんです」
「問題はそこだ。昨日お前オレに言ったよな。こんな奴に欲情なんてするはずがないって」
「はい、言いましたが」
「オレにはそれが気にくわなかった。いずれ元に戻るまでの仮初めの姿とはいえ、オレの容姿を馬鹿にされたんだからな」
「……それで、僕をドギマギさせようとわざわざ服を買ってきたと」
「そうだ! で、どうだったよローランド! オレの可愛さにくらっときたか!? きただろ!?」
服のセンス自体は僕の好みでもあった。
幼女がそれを着て田舎の田園地帯を軽やかに走り回りでもしたら、僕は心臓を撃ち抜かれてその場を動けなくなってしまっただろう。
「それでいいんですか、と問いただしたい気持ちはありますが……」
「ときめいちゃっただろ?」
「……とりあえず、これっぽっちもときめかなかったとだけはお伝えしておきます」
「はあ―――――!?」
ただし、TS野郎が着るんじゃ台無しだ。
「なんでだよ! そんなはずはないだろ! こんなに可愛い生き物、世界のどこにもいないと思うぞ!」
ハッ、馬鹿馬鹿しい。お前はアインを知らないからそんなことが言えるんだ。
アインの小さい体に凝縮された美の結晶、洗練された蠱惑の輝き、天界の調べの如き声音とかぐわしい香りを知ってしまえば、オリーヴの美しさなどカスでしかない。
というかそもそもロリコンだって前から言ってる僕を靡かせようとする方が間違いだし、仮に靡いたらそれはそれで問題だろ。
また一歩男から遠ざかることになるんだぞ。
「なあ、魔剣の精霊とやらもオレの姿を見ているんだろ!? そいつはなんて言ってるんだよ! オレに教えてくれよ!」
「確かに可愛いけど、私の方が可愛いね」
「自分の方が可愛い、だそうです。僕も同意見です」
「なんでだよ畜生!」
オリーヴはストローハットを脱いで勢いよく地面に叩きつけた。その勢いが強すぎて、彼女は勢いよくその場にスッ転んでしまった。
相変わらず、体の変化に慣れていなくてたびたびバランスを崩してしまっているようだ。
僕は彼女に手を差し伸べつつ、にっこりと微笑む。
「……まあ、それくらい言われた方が男に戻る良いトリガーになるじゃないですか」
僕がそういうと、オリーヴの険しい表情が僅かに揺らいだ。
「まさかお前、オレに男としての自分を取り戻させるために、わざと……」
「いいえ? 本心ですが」
「なっ!?」
「僕をときめかせたければ、まずは若返ることから始めるべきですね」
「若返っ……できるかそんなこと!」
「性転換したんですしそれくらい余裕でしょう。貴方の外見なら十でいいですよ」
「十ってお前、それじゃ幼女じゃねえか!」
「そうですね幼女ですね」
「このロリコンめ!」
「はい、ロリコンです」
そして、あくまで納得がいかない様子のオリーヴをなだめること数分、あっさり落ちついたオリーヴの先導の元で、僕達は繁華街の隅っこにあるというエロ本屋へ向かったのだった。
◆◆◆◆◆
「ローランドは、エロ本屋に行ったことはあるのか? どこにでもあるってわけじゃないからな、そういうのは」
一定以上の都市でなければ本屋自体が存在しない世の中、エロ本屋というニッチ産業が単体で成立している地域はオリーヴの言うとおりごく僅かだ。
だが、彼女は知らないことだが、僕が今まで暮らしていたのはここ以上に発展していた大陸最大の都市、帝都ブローディア。
当然そこにもエロ本屋はあった。
「都にいた頃、同僚に無理やり連れて行かれて一度だけ」
「なんだ、行ったことあるのか。ちょっとつまんないな」
「散々な目に遭ったので、それ以来行っていませんけどね」
「散々な目?」
「二十歳を超えた老婆の裸が、ずらりと並んでいるんですよ!? 汚い老婆のどす黒いものが、ああ汚らわしい!」
思い出しただけで鳥肌が立ってきた。
「そういうもんだよエロ本屋ってのは! そもそも二十代くらいで老婆って言うなよ!」
「だから嫌なんですよ! どうして同じ枠を全て幼女で埋めないんですか!」
「そんなことしたら帝都でもやってけないくらいのニッチ産業になるわ!」
「少なくとも僕が買い占めるだろうから、僕の財布が持ちこたえているうちは安泰なはずですよ」
「流石にお前の財布だけでやっていけるほど小さな市場じゃねえからな!」
まあ確かに、近衛をやっていた頃ならともかくとして、今の旅人の僕にはまとまった収入はない。
生きていくのには苦労はしないが、芸術家のパトロンとしてやっていく資力はないかもしれないな。
「まあもっとも、絵で描いただけの幼女なんて特に意味はないですからね。幼女はやはり、生で愛でてこそです」
「愛でたら犯罪だけどな」
「盗賊がそれを言いますか」
その後、何故かタイミング悪くやっていた熟女フェアのせいで部屋に入った途端僕が吐き気を催したとか、まあいくつかのごたごたはあったが、エロ本屋探訪自体はつつがなく終わった。
何冊かの春画を手に入れたオリーヴは大層嬉しそうににやにや笑っていたが、僕の方はと言えば気分が悪くなるばかりだった。
問題が起こったのは、その帰り道のことである。
◆◆◆◆◆
宿に至るまでの帰り道、僕達は人気の少ない裏通りを歩いていた。
「前に来たときも色々買えたけど、今回も一杯掘り出し物が見つかったなー! さっすがは大陸有数の文化都市だぜ」
「ああ、そういえば一旦アカシアを訪れて、娘を襲えそうにないので諦めて、帰る途中だったんでしたっけ」
まあ、あの屋敷の警備なら納得だ。あんなものに単独で挑もうなんて、誰が見たって思わない。
「帰る途中、ってわけじゃなかったけど……半ば諦めの境地だったのは確かだな。男の体のままなら、まだ色々手を尽くせたんだが、こんなのついてちゃーなあー」
そう言って、流れるように自分の胸を揉みしだくオリーヴ。
「いやだから、そういうことするから心が女性に傾くんじゃないんですか?」
「馬鹿言うな。おっぱいを揉みたいという感情はむしろオレが男だからもよおすものであって、たとえ自分の胸であっても非常に男らしい行為なんだよ」
絵面には男らしさの欠片もないけどな。
「あっ、でもなんか気持ち良くなってきた。服越しだけど乳首もいじってみようかな」
「やめてください。ここ一応人前ですからね」
「つまり、宿に戻ってから弄れと」
「どこでも弄らないでください」
性転換させられたと聞いたときは単なる被害者かと思っていたが、さてはこいつも変態だな?
どうして僕の周りにはこんなのばかり集まってくるんだろう。
僕とアインは至ってまともなのに。
「私をちゃんとまとも枠に入れたことに免じて、今のは不問にしてあげるよ」
「不問もなにも、変なことは言ってないと思うんですけど」
「もう今更言い飽きたことだからどのみち言わないけどさ」
ちなみにアインは、当たり前のようにエロ本屋に入って描かれた老婆たちの品評をしていた。
ちなみに最高得点は四十八点。彼女自身を百点とした上での相対評価らしい。
ちょっと評価が高すぎるんじゃないかと思う。
「そっちなんだ……」
アインが何か呆れたような声で言った気がしたが、まあいつものことだろう。
僕は会話を戻すために、オリーヴの方に視線を向ける。
突然独り言を始めた僕にふくれっ面だったオリーヴは、僕の目線が戻ってきたのを確認すると、少しむかっとしたまま会話を再開した。
「まあともかく、今のオレは弱っちくて、しかも可愛くて狙われやすい体だ。リスクを取るのはできれば避けたい」
「可愛い以外は同意します」
「下手に屋敷に突入して捕まったら、間違いなく陵辱の限りを尽くされるだろうしな」
「貴方領主をなんだと思ってるんですか?」
「貴族の領主って奴は基本的には全部性欲魔人なんだよ! 落ち度がある女を見つけたらレ○プするに決まってるだろ!」
「何言ってるんですか?」
私怨と偏見が多大に混じっているように聞こえる。
「僕はそこそこの権力を持つ王族に仕えていたことがありましたが、少なくとも僕の当時の主には、性的倒錯は一切ありませんでしたよ」
「それはお前に見えないところでやってるんだよ。お前が気付いていないだけだ」
いやそれはない。だってそもそも幼女だし。
まあこれは詭弁だが、カテーナ様の父にあたる現皇帝陛下についても、そんな醜聞は聞いたことがない。
「盗賊ですらやってるんだ。王侯貴族とか絶対エロい悪いことやってるから」
「犯罪者中の犯罪者と秩序のトップを一緒にしないでくださいよ!? そりゃ中には悪い領主もいるでしょうけど、みんながみんなそうというわけじゃ……」
「愛娘をあんな檻に入れて囲うような変態だぞ?」
別にそれだけで変態とは言い切れないと思うが。
ところでいつまで胸を揉んでるんだ。
「ともかく、正直なこと言うと、オレは領主の娘の件についてはあーんまり深くは関わりたくない。少なくとも、突入して暴れるとかそういうのは御免だ」
「心配しなくても、そんなことはさせませんよ」
「その代わり、貴方を女に変えたとかいう魔剣使い……ザハールを相手にするときは、貴方にも前線で戦ってもらいますからね」
「そっちはもちろんだ。オレをこんな姿に変えて苦しめたあのクソ行商人は、オレの手でボッコボコにしてやらないとなあ!」
啖呵を切るならその胸を揉んでる手を止めろ。
「……まったく、やる気があるんだかないんだか……」
呆れてオリーヴから目を逸らすように顔を上げると、向こうの路地裏の角に見覚えのある赤い髪が目に映った。
まだ瑞々しさを失いきっていない比較的若いあの髪は、間違いなくキャシーのそれだ。
どうも昨日から、彼女によく会うな。
「……ん? おっと」
僕は一瞬声を掛けようかとも思ったが、彼女の様子を見てそっと声のトーンを落とした。
すると、僕の視線を見てオリーヴも彼女の存在に気付く。
「どうした、あれお前の知り合いか?」
「ええ。さっき喫茶店でお会いして、この町のことについて色々教えてもらったんです」
ファーストコンタクトが娼館だったことは内緒にしておこう。
「ああ、なるほどね。確かにお前が好きそうなロリ系の……」
「いえ、あれは僕の対象外ですが」
「オマエ本当筋金入りなんだな……」
「とはいえ、見なかったことにしておきましょう」
借金を返している姿なんて、知り合いに見られたくはないものだろうから。
僕は少し早足で、キャシーが隠れるように立っていた路地裏を通り過ぎる。
「しかし、それだと妙だな」
「え?」
「だってよ、あの金を渡していた相手、この町の憲兵だぞ? オレも前に追い回されたことがあるから、顔はしっかり覚えている」
しかし、オリーヴが聞き捨てならない言葉をぽとりと落としたので、それに釣られて思わず立ち止まった。
「……はい?」
「金貸しに金を渡すって言うなら分かる。でもよ、公人に金を渡すってどういうことだ?」
「憲兵に……金?」
僕の脳裏に、嫌な予感がふわりと立ち上がった瞬間だった。
不安になって路地裏に再び目をやると、既に彼女はそこにはいなかった。




