7 ロリコン、昔の仕事について語る
次の日、朝目覚めるとオリーヴの姿は既にそこになく、書き置きだけが残されていた。
『今日の午後一時、中央広場の噴水前に集合。昼は食べてから来ること。遅れたら承知しないからな!』
女の子っぽい丸文字で書かれたその手紙は、実情と書き手を知らなければ心躍るものになるのかもしれない。
だが書いているのは中身が男のギリババで、行き先は裏路地のエロ本屋だ。ときめくものなど何もない。
「へ~え、デートのお誘い? 昨日あれだけ娼館で楽しそうに喋ってたのに、随分と気の多いご主人様だねえ」
溜息をつきながら僕が書き置きを眺めていると、先に起きていたらしきアインがちらちらとジト目でこちらを窺っていた。
昨日から妙に嫉妬深い発言が目立つのは気のせいだろうか?
「そんな夢溢れるものだったらまだ良かったんですけどね。生憎地獄への招待状ですよ」
僕は書き置きを丸めてゴミ箱にポイすると、出発の準備を始めた。
相手が盗賊なだけに、物品を盗まれる心配もしていたが……どうやらそれも問題なさそうだ。
魔剣については盗まれないようトラップも仕掛けておいたが、幸いそれに触れられた形跡がない。
ひとまずのところは信用してよさそうだ。
「なんで地獄の招待状?」
「エロ本買いに行かないかと誘われたんですよ」
「エロ本デートってこと?」
「はい」
しばしの沈黙からの。
「なんで……?」
僕もそう思う。
「僕、娼館街が苦手なように、エロ本屋も苦手なんですよね」
汚い女体がずらりと並んでいる様は、両者ともに共通のものだ。それが実物か、或いは絵かの違いはあるが。
「帝都にいた頃も同僚に同じような形でエロ本買いに付き合わされましたが、早く抜け出したい気持ちで一杯でした」
「へえ、そうなんだ? ご主人様だってエロいことそのものが嫌いなわけじゃないんでしょ?」
「あそこには僕の好きなものより僕の嫌いなものの方が一杯詰まっていますから」
そもそも、幼女の美しさとは生だからこそ味わえるという部分もある。
野郎が描いた幼女の絵を見たところで、楽しいことなんて一つもない。
幼女が描いた覚束ない絵を眺めてる方がまだ興奮できるというものだ。
「まったく、領主の娘についても調べなければならないというのに、面倒を増やしてくれましたよ……」
「そう言いながら律儀に付き合ってあげるんだね」
「機嫌を損ねられても困りますからね。まあ、約束は午後なので、午前中は調査のために動きますか。アイン、ついてきてくれます?」
「いいよ~! と言っても私はご主人様から離れられないからどのみちついていくしかないんだけどね」
そんな言い方をすると、まるで僕がアインのことを拘束しているようじゃないか。
でも、間違いではないな。
「で、どこに行くつもりなの?」
「領主の屋敷ですよ。ベロニカ嬢が一体どのくらい厳重に保護されているのか、実際にこの目で見てみないことには作戦も立てられませんからね」
「作戦、ねえ。結局のところ、力ずくで突入するしかないんじゃないの?」
「いえいえ。色んなやり方がありますよ。例えば領主と仲良くなって会わせてもらうとか」
「ご主人様にそんな社交性があるとは思えないなあ」
「はっはっは。アインは、僕のコミュニケーション能力を侮っていますね? 僕はこれでも、帝都で働いていたころは皆の人気者だったんですよ?」
「ぜーったい嘘だ。ご主人様みたいな重度のロリコンが、気持ち悪がられないわけがないよ」
アインは全く信じていなさそうな顔で僕を見る。
やれやれ、仕方ない。
昨日秘密を作るなと言われていたことだし、そろそろ彼女にも話してあげるとしよう。
嫉妬されるのは嫌だったので、ずっと黙っていたんだけどな。
「言っておきますが、僕が今の自分をオープンにさらけ出すようになったのは、仕事を辞めてからです。それまではずっと本性をひた隠しにしてきたんですよ」
「……今の様子を見てると、とてもそうは思えないんだけど」
「今は旅人、周りにどう思われてもさほど影響がないので自分をさらけ出していますが、あの頃は帝都で憲兵……」
咳払いをしてから、僕はアインの目をまっすぐに見て真実を語った。
「……いいえ、近衛兵をやっていましたからね。信用が採用に極端に影響する世界ですから、警戒されるような性癖を他人に見せないように細心の注意を払っていました」
「この……えへい?」
信じられないものを見るような目で、アインは僕のことをぱちくり眺めた。
「それって、アレだよね? 王様とかお姫様みたいな、人間の中でもとびっきり偉い方の人達を守る、格式の高い護衛っていうか……」
「はい、そうですよ」
あんぐり口を開けながら、僕を指さすアイン。
「こんなのをつけたの? 近くに?」
「自分の担い手をこんなのとは随分な物言いですね」
折角正直に教えてあげたのに酷いいいざまだ。
少なくとも強さには何の不足もないし、礼節だって知っている。
常識だって備わっているし、変態性癖も持っていない。
近衛兵としてはこの上ない優良人材だと思うんだけどな。
「前三つはともかくとして、最後のはないよ! 自分で性癖隠してたくせに何言ってるの!?」
「それは、無駄な誤解を受けるから隠していただけです。僕は変態だと思っていませんが、周りから変態の誹りを受けることは知っていますからね」
「偉そうに……それで、どこの国で近衛兵やってたの? どうせ小国なんだろうけど」
「北の帝国、クレオメですよ」
「北の帝国!? 超でっかいところじゃん!」
「まあ、今の大陸では一番強い力を持っている国ですね」
周辺の属国も含めると、大陸の三分の一を支配域に収めている現在の覇権国家だ。
そして、僕が生まれた国でもある。
「帝国ともなれば人材に事欠かなさそうなのに。よりにもよってどうして、こんな人を選んじゃったかな」
「それだけ僕の実力が認められていたということですね」
「採用担当の目は節穴だよ」
相変わらず、厳しい意見だ。
「そうは言いますが、僕ほど無害な男もそうそういませんからね」
「無害~……?」
「僕にとって、興味あるのは幼女だけ。ロリ以外には高僧並みの無関心ぶりを発揮すること、アインもよく知っているでしょう?」
「ああ、うん……で、ちなみにだけど、誰の護衛を?」
「当時八歳だった第三皇女、カテーナ様です」
「興味津々じゃんか!」
そりゃあそうだろう。
逆に考えて、何故わざわざおっさんや老婆の部下にならなければならないのか。
まつろうならば幼女に限る。
「もしかして、そもそも近衛兵になろうとした理由自体……」
「ええ。カテーナ様とお近づきになるためです! ある年の春の参賀の時、初めて見た七歳のカテーナ様は、それはそれはもう美しげふっ!?」
「この変態ロリコ……痛っ……!」
アインの右ストレートが、僕の腹部に激突した。
勢いに圧されて僕は数歩よろめく。アインはというと、力一杯殴りすぎて自分の方がダメージを負ってしまったらしく、ふらふら地面に落ちて床の上で蹲っていた。
「大丈夫ですか? 痛むなら僕がなでなでしてあげましょうか?」
「それで何が解決するの!? 近づかないでよ!」
まずい。正直に話したせいで思わぬ角度から引かれている。
「……ま、待ってください、アイン。いつもの僕の行動を考えれば、僕がそういう邪な感情を抱いてるわけじゃないということくらいわかると思うんですが」
「いつもを知ってるからこそ、下心しか見えてこないんだけど」
「アイン。落ちついて僕のポリシーを思い出してください」
「イエスロリータヘイタッチだっけ?」
「なんでそんなアグレッシブなチャラ男みたいになってるんですか?! ノータッチです、ノータッチ!」
なんだかんだ、アインにだって酷いことをしたことは一度もないというのに、どうして僕の評価はいつまでたってもこんななのか。
「僕はですね、決してカテーナ様に手を出そうとしたんじゃありません」
「じゃあ、何をしようとしたの?」
「最強であるところのこの僕の力によって彼女が健全に幼女時代を終えられるよう、全力でお守りしようと考えたんです!」
「……ふぅん?」
「言わば、悪い虫を払う仕事です。大国の姫君たるカテーナ様の命を狙う者は、数え切れないほどでしたからね!」
「で、本音は?」
「そのついでに彼女を間近で愛でて、頭とか撫でてあげたかったです」
「結局下心!」
次はビンタが飛んできた。僕は巧みにバックステップを踏んで、アインの一撃を躱す。
「まあ、結局仕事辞めるまで一度たりともなでなでしてあげることはできなかったんですけどね」
「当然の待遇だよ。っていうか、そんなこと考えてたから仕事辞めさせられたんじゃないかなー……」
「なでなでしたいとか直接言ったことはありませんよ?」
「言葉に出さずとも、行動に変態性が滲み出ていたんじゃないのかな?」
「変態じゃないのに変態性が滲み出ることってあるんですか?」
「ご主人様は変態だけどね」
どうやら水掛け論になりそうな流れを感じ取ったので、僕は会話を切り上げることにした。
「ここで話を続けても仕方ありませんし、ともかく一旦屋敷の方へ向かいましょう。道中で、何か美味しいものでも買って朝ご飯にできたらいいですね」
「美味しいもの!? ってことは、誰か殺すってこと?」
「ああ、魔剣の精にとっての美味しいものってそれになるんですね……」
こうして僕達は、町の中心から少し外れた領主邸宅へと向かうことになった、のだが……。
◆◆◆◆◆
「な、なんですかこれは……!?」
「こんなの、屋敷じゃないじゃん!」
屋敷の前に辿り着いた僕達は、同時に困惑の声をあげた。
何故なら、地図に従って向かった先で僕達を待っていたのは、想像していた一般的な貴族の屋敷とはほど遠い、堅牢強固の要塞だったからだ。
その周囲は、大人の背丈の三、四倍に匹敵する分厚い金属の壁で覆われ、唯一の出入り口である西側の門は無数の閂によって閉じられた上で常に五、六人の兵士が徘徊している。
壁から距離を取って中の景色を見ようとしても、視界に捉えられるのは数本突き出た尖塔くらいだ。
そしてその尖塔の一つ一つには、侵入者を迎撃するための固定弓が剥き出しで備え付けられており、そこにも見張りがいて屋敷の周囲を睥睨している。
「過保護とは聞いていましたが、ここまでとは思いませんでした! 帝国の王宮に匹敵するほどの強固さじゃないですか!?」
もしこれが、一人娘を守るための防壁だとするならば、ここの領主は相当な親馬鹿ということになる。
「どうするの、ご主人様? この壁を突破して、ベロニカの魔剣を破壊することはできそう?」
「う、ううん……どうでしょうか」
忍び込むだけなら、絶対に不可能というほどでもない。
だがこの調子だと、内側はより一層強力な布陣で監視の目が敷かれている可能性が高い。
手を尽くして必死に壁を乗り越えたとして、その後に訓練を受けた大量の兵士に囲まれたとなると、如何に僕でも……
「……手を汚さずに突破できるかというと難しい気がします」
「あ、それでも殺しさえすればなんとかなるんだ」
アインのことを抜きにしても、殺しはリスクが多すぎるから絶対にするわけにはいかないけどね。
おおっぴらに領主の屋敷で殺しなんてしようものなら、指名手配を受けて大陸中に安住の地がなくなってしまう。
「流石だね、ご主人様。自分の強さを信用してるんだ」
「僕を誰だと思っているんですか、アイン。貴方の担い手ですよ?」
「うん、まあ、そうだね」
「最強の魔剣である貴方を手にした最強の僕が、そこらの衛兵如きに敗れるわけがないじゃないですか!」
「前にも言ったけどその強さに私は何ら関与してないからね!? 宝の持ち腐れ!」
「宝石をグローブに着けて殴る馬鹿はいないでしょう? それと同じです」
「微妙にいないとも言い切れないラインを出してきたせいで頷けない……」
何にせよ、強行突破はリスクが高い。もっと別のアプローチを考えなければいけなさそうだ。