6 ロリコン、酒場で愚痴を聞く
「それで、オレはナイスバディーな女の子が来るのを個室でずっと待っていたんだが、やってきたのはデブのおっさんだった」
「は、はあ……」
場面変わって、繁華街の一角にある酒場で、僕達は夕食を取っていた。
こんがり焼けた焼き鳥と麦酒を手に、オリーヴはいかにもおっさんくさく管を巻く。
「いやいや出るとこでるって、胸の話であって腹の話じゃないっつーの! ってオレは思わず突っ込みそうになったが、それ以上に自分がヤベエ状況に追い込まれていたのは理解できた」
「そうですか」
「だからオレはそのおっさんに言ってやったんだ。オレを抱きたきゃ、魔剣に斬られて出直してきなってな。そしたらオッサンなんて言ったと思う?」
「それで僕はいつまで貴方の愚痴を聞かなきゃならないんです?」
「なんだよもうちょっと真面目に取り合ってくれてもいいじゃねえかよ!」
「経緯が不真面目すぎて同情の気持ちがわき上がってこないんです!」
同情されたいなら同情されたいなりの格好しろ。なんだその破廉恥な服装は。
汚い脇を見せるな。隠せ隠せ。
「大体初対面からして僕に貞操をぶん投げようとしていた奴の貞操なんて、そこまで価値を感じませんよ!」
「なっ……お前、女の子に言って良いことと悪いことがあるだろ!」
「いつもと言ってること違うじゃないですか!? 女扱いされたくないのかされたいのかどっちなんですか!」
「都合の良い時だけ女を引き合いに出して効率的に生きたい!」
「正直すぎるのは嫌いじゃないですけど、貴方が幼女じゃないのでやっぱり嫌いです!」
なんでこう僕の周りには、あと数歳若返ってくれたらいけそうな相手が無駄に集まってくるのだろう。
というかいちいち胸がでかいのが腹立たしい。
アインのちっぱいみたいな慎みをもっと覚えるべきだ。
「まあ、真面目な話をするとあんまりこういう言い回しは好きじゃないんだ。使ってみて再確認できたけどな」
「こういう言い回し?」
「自分を女の子扱いするような言い回しだよ! 頭の中では分かってるんだ。オレが本当は男で、クソみたいな行商人のせいで女に変えられてるだけなんだってことはな」
「そのクソみたいな行商人に喧嘩売って返り討ちに遭った真のクソは貴方ですけどね」
「黙ってろ。ともかく頭の中では確かに男だって分かってるんだが、体は違う。完全に女のものになってる。この間も……」
「食事時なんで生々しい話は控えてくださいね?」
嫌な予感がしたので、一応釘を刺しておく。オリーヴは慌てて口を閉じた。
「……悪かったよ。まあともかく、おっぱいは出てるし体は柔らかいし、股間についてるべきものはついてないし、普通に生きてたらただの女だ。しかも絶世の美少女ときた」
オリーヴを絶世の美女とは思わないが、それはそれとして。
そういえばアインに生理はあるのだろうか。考えたこともなかったけど。
魔剣の精霊ともなると、やっぱりそういう面倒からも解放されているのかな。
「頭の中は男、体は女ともなると、じゃあ口から発する言葉はどうだと言う話になる。オレは普段男言葉で喋ってるよな?」
「ええ、そうですね」
「だから辛うじて肉体と精神のバランスを取れているんだが、たまにこうやってふざけて女言葉で話すと、魂がぐっと女のほうに引きずられるようなそんな感覚を覚えるんだ」
「はあ……」
「オレが今女であることの証明は簡単だ。体を見ればすぐに分かる。でも男であることの証明はどうだ? 頭の中にしかないじゃないか。だから、オレは必死に男であるという暗示を自分に与えないといけないわけなんだが、これがさっきみたいな冗談を言うと一気に悪い方に傾くというか……」
「そうですか。はっきり言ってどうでもいいです」
「今オレは結構大事な話をしてるんだけど!?」
「……そういう話題が好きな人はいるかもしれませんが、僕は違います。貴方が女になろうが男になろうが微塵も興味はないんですよ」
「まあ、そう言うなよ。今のオレとお前の関係は、あくまでオレが男に戻りたいと思ってるから成立してるんだ。オレが女であることに妥協し始めたら、お前だって困るだろ?」
「……」
確かにそれはその通りだ。
開始一日目からこの素行不良っぷりに、関係を解消してもいいんじゃないかと思いつつあるのも事実だが。
「だったとして、貴方の愚痴に付き合ったからと言って問題が解消されるとも思えないんですが」
「まあ待て。この話には続きがある。要するにだな、オレが男であるという認識を、外的刺激によって呼び覚ましたいんだ。ちょうどオレ、娼館からは追い出されるばっかりでムラムラしててよぉ……すっきりするための何かも欲してるんだ」
「つまり何が言いたいんですか?」
「エロ本探しに行こうぜ!」
「……は?」
何言ってんだこいつ。
「このアカシアは商業都市であると同時に、ここら一帯の文化の発信地でもある! 町一番の本屋の裏には、大量のエロ本を収めるエロ本屋があるんだぜ? そこで二人で色々買いあさってエロ談義したら、男としてのメンタルをかなり補強できると思うんだ!」
「先に言っておきますけど、絶対趣味合いませんよ」
「いいんだよそのくらいで。むしろその方が、色々刺激されそうでいいじゃねえか!」
「……一人で行ってくるんじゃ駄目なんですか?」
……どうして僕の周りの人は、僕をやたらとそういう方向に導こうとするのだろうか。
結局押し切られる形で、僕は明日の午後にオリーヴとエロ本を買いあさる約束を取り付けられてしまった。
ところで、さっきからアインが一切反応しないのは、疲れたせいか彼女が眠りについていたからだ。
ちなみに眠ったままでも彼女の体は自然と僕についてくるようになっている。
◆◆◆◆◆
適当な段階で居酒屋を出た僕達は、あらかじめとっておいたホテルへと向かった。
金銭的には余裕があるとはいえ、長丁場になることを考えたら安いところの方がいい。
そう思って、僕が選んだのは中心から離れた簡素な宿の、ベッドが三つある広い部屋。
一ヶ月泊まっても懐が傷まない親切設計だ。
だが、それがお気に召さなかった奴がここに一人。
「……お、おい。ローランドよ……」
「はい、なんでしょうか」
二人して同じ部屋に通された後、ガチガチに固まったオリーヴが信じられないものを見るような目で僕を見た。
「なあ、ひょっとしてオレとお前、相部屋なのか?」
「そうですが、何か問題でも? ベッドは三つありますし、広さ的にも十分だと思いますが」
「一応言っておくが、今のオレの体は女なんだぞ?」
「でも中身は男なんでしょう?」
「そうだけど、でも……」
ちらりと自分の胸元に視線を送るオリーヴ。
それからオリーヴは、恥ずかしそうに体をくねらせた。
「……オレと同じ部屋で一晩過ごしたりしたら、色気に惑わされて襲っちゃうだろ?」
は? 今まで僕の何を見てきたんだ、このTS野郎は。
「するわけないじゃないですか。なんでこんなギリババ相手に。胸を削ってから出直してきてください」
「そんなこと言って、信じられるもんか! どうせ酔った勢いとかで襲われるんだ!」
「男の精神保ちたいって言ってる割に、随分と女性的な発想をしますね。自分を男だと思うならでーんと構えて、胸をはだけさせて眠るくらいの」
「! そんなこと言って、オレのおっぱい見るつもりなんだろ! いやらしい!」
もうこいつ男に戻る気ないんじゃないかとすら思えてくる。
「いやむしろそんな汚えもん見せるなって思いますけどね」
「汚えものとはなんだ! こんなに綺麗な形してるおっぱい、世の中にそうそう転がってねえだろ!
「膨らんでる時点で僕にとっては不細工なんですよ。っていうか転がってるおっぱいとか怖すぎますが」
「くっ……このロリコンめ!」
「はいロリコンです」
結局駄々をこねるオリーヴをなだめすかすのに無駄な時間と労力を使うことになって、その日は寝るのが随分と遅くなってしまった。
途中で体力が尽きたのか寝落ちしたオリーヴに布団をかけ、空中で裸のまま眠っているアインも(あまり意味はないが)ベッドの上に配置して、僕もやんわりと眠りについた。