5 ロリコン、娼婦と無駄話に興じる
「お願いします。お金は払いますので解放してください」
「えー……」
結局個室に連れて行かれるまで僕はされるがままで、部屋の中に閉じ込められてからようやく真っ当に意思表示をすることができた。
悪意を持って近づいてきているわけではないと分かっていただけに、必要以上に強い抵抗ができなかったというのは僕の失態だ。
「そ、そんなにアタシと寝るの嫌だった?」
「いえ、貴方とが嫌とかではなく、誰とも関係を持つつもりがないんです。僕はロリコンなので」
「だったらなんで娼館街に来たの!?」
「迷い込んでしまったんですよ、騙されて!」
「そ、そうなんだ……」
僕から少し離れたところに座った娼婦の女性(名前はキャシーらしい)は、溜息をつきながら壁にもたれかかった。
「ごめんね。てっきり素直になれない系チェリーボーイだと思ってたから、強引に無理やり連れてきちゃって……そっかあ、迷い込んだだけの人だったんだ」
そう言ってくれるあたり、悪い人ではないのだろう。
娼館街には確かにそういう風俗初心者の童貞も数多く訪れるだろうから、そういう強引なやり口が必要だというのも分かる。
ただ、今回だけはそのムーブは的外れだったというだけだ。
「でも、アタシって結構ロリ系の顔じゃない?」
「ロリ系じゃなくて、僕が求めているのはロリそのものなんです。貴方があと十歳くらい若返ったら、ちょうど僕の好みな感じでしたよ」
「十歳若返らせたアタシに手を出したら、もうそれはまごう事なき犯罪だよ?」
「だから僕は純潔の誓いを立ててるんですよ。僕が自分の嗜好に従う限り、先にあるのは犯罪だけですからね」
魔剣の精霊であるアインは、そんな僕が合法的にロリと関係を結べるかもしれない唯一の存在とも言える。
「……へえ。なんだか分からないけど、気持ち悪いねお客さん」
キャシーはそう言ってにっこり笑った。
気持ち悪いと言われることには慣れているが、不思議と彼女の顔には今まで言われてきた『気持ち悪い』のような真に迫る嫌悪感は感じられなかった。
「そう言われるのは慣れっこですよ。それでも自分を曲げるつもりはありませんけどね」
「まーいいや。アタシも楽できるからたまにはそーいうお客さんがいるのも悪くないし。お金は払ってくれるんでしょ?」
「僕がはっきり抵抗しなかった責任もありますからね」
「よろしい。だったら貴方も、アタシの大切なお客さんだ。それじゃ約束してた六十分、一緒におしゃべりしようよ!」
「おしゃべり……?」
何をしてもらうわけでもなくお金を払うと言っているのに、その上おしゃべりにまで付き合わされる?
なんでそこまで慈善事業しなければならないのか。僕が嫌そうな顔をすると、キャシーは困り顔で微笑んだ。
「まあまあ、アタシこれでも十五歳だし、そこまでお客さんに嫌な思いさせることはないと思うよ? そりゃあ五歳とは似ても似つかないかもしれないけど……」
ん?
「十五歳……?」
おかしい。どう見ても十五歳には見えないんだが。正直二十五歳くらいだと思ってた。
というかそれ以前に十五歳で娼婦って法的に大丈夫なのか!?
「い、いやいや。どう見ても十五歳って雰囲気じゃないでしょう。どうみても成人っていうか、そもそも……」
「それはちょっと年上に見られるようにメイクしてるからだよ。ちょっと待っててね……サービスで、今から化粧落としてあげるから」
「え? ちょっと貴方、何言ってるんですか?」
机の横に備えられていた布巾で、ごしごしと顔をこすり始めるキャシー。
しばらくして表に現れたのは、先ほどまでのどこかけばけばしい娼婦の顔から一転した、素朴で愛らしい顔立ちが表に出てきた。
こうなってみると、胸以外は幼女のそれとほぼ変わらない。
胸さえもう少し小さくて声が少し幼ければ、ギリギリ手を出せそうな気がしてくるくらいだ。……いや、しないけど。
「じゃーん。チェリーボーイなお客さんには、このくらいの方が話しやすいでしょ?」
「……な、なんで普段からその顔でいないんですか!? 化粧がぜんっぜんプラスに働いてないと思うんですけど!?」
「いやあ、そりゃお客さんみたいなロリコンだとそうなのかもしれないけど、一般には化粧後の顔の方が受けがいいんだよ」
世の男の趣味が分からない……のはいつものことだが。
「それにアタシ、一応年齢的にはまだ娼館で働いちゃいけないから、あんまりロリっぽく振る舞ってると気付かれちゃうんだよね~」
「ですよね!? 駄目ですよねその歳だと!」
「お客さん、旅人みたいだから黙っててくれるよね?」
「そりゃあまあ、貴方自身がそれで良いと言うのなら僕の方からバラしたりはしませんが……」
娼館に来ておきながら娼婦に説教するようなオヤジほどウザいものはないと昔どこかで聞いたことがある。
僕は娼館に来たと言うより迷い込んでしまったようなタイプだが、それでも余計なお節介はしない方がいいだろう。
「……こういう仕事、好きなんですか?」
「うん、好きだよ? お金も一杯もらえるし、色んなお客さんとおしゃべりできるしねー?」
キャシーはそう言いながら、寝転がって布団の上で足をぱたぱた動かした。
「特に旅人さんの話は好き。アタシが知らない世界のこと、いっぱい教えてくれるから」
「自分で回ってみようとは思わないんですか?」
「うーん、外には危険が沢山あるからねー。アタシみたいな弱っちいのだと、すぐに酷い目に遭いそうだから、自分で旅するのは今はいいや」
オリーヴがそこら中に転がってるわけだしその警戒は正しい。
でもそう語る彼女の顔に、どことなく陰りが見えたような気がしたのは気のせいだろうか。
まあ、本人が気にするなと言ってるんだから余計なことは考えるべきじゃないか。
「あ、あと一つだけ訂正させてください」
「何?」
「貴方が十五歳だと言うなら、流石に十歳は若返らせすぎでした。五歳は流石にちょっと守備範囲外です……」
「……ロリコンさんなりにも一応拘りがあるんだね、そこは」
八歳くらいから十二歳くらいが女性の華だと僕は思っている。
プラスマイナス二歳くらいなら容姿次第で妥協できないことはないが、五歳まで行くと流石にちょっと……僕としても未成熟と言わざるを得なくなってくるのだ。
「ま、そういうお客さんってこれまでも結構いたからねー。拘りを持つのはいいことだと思うよ」
それから一時間、僕はキャシーに今までの旅のことについて、色々なことを話して聞かせた。
魔剣を手に入れる前と手に入れた後のことも、色々と。流石にこれから領主の娘に接近しようとしていることまでは話さなかったが。
キャシーは僕の一見するとホラ話のような武勇伝にも、ちゃんとリアクションを取って信じてくれた。
「……それで僕の剣が、襲い来る盗賊をばったばったと倒していってですね……」
「へえー! 凄いね旅人さん! そんなに強いなら、何も怖がらずに旅行できるよ」
「ええ。向かうところ敵無しです。未だに旅の途中で命の危険に見舞われたことはありませんよ」
「いいなー! アタシも男の子に生まれてたら、そんな風に旅ができたのかもなー」
「男の子に……生まれてたら?」
「? どうかした?」
「……いえ、なんでも」
もしかしたら娼婦故の客をおだてる会話テクニックだったのかもしれないが、僕がそれなりに楽しい時間を過ごせたのは間違いなかった。
お金はそれなりに取られちゃったけど、元々公人時代の貯金が腐るほどあったから、この程度は痛くも痒くもない。
◆◆◆◆◆
「むぅ~~~!! 随分とお楽しみでしたね、ご主人様ー……!」
娼館を出ると、アインがふくれっ面で僕を待っていた。
「ただいま、アイン。なんでそんなに怒ってるんですか」
「だって、私はご主人様にここで童貞と一緒に余計な趣味を捨ててきて欲しかったのに、何も捨てないどころか別の女の子と楽しく会話してるとか!」
元はと言えば彼女が蒔いた種なのに、勝手なことを言うもんだ。
「まあ、それはアインの策略敗れたりというか、自業自得って奴ですよ。別に実害なんてなかったんだから、いいじゃないですか」
「実害ならあったよ! 私、すっごいショックだったんだから!」
気が付くと、アインは少し涙目になっていた。
あれ? 僕、何か彼女にそんな酷いことしたっけか。
「私、ご主人様の昔の話なんてそんなに聞いたことなかったんだけど! ご主人様、普段そういうのぜんっぜん話してくれないじゃん!」
「それはアインが僕のことに興味ないかなと思って、あえて語らなかったんですが……」
「ご主人様は変態でロリコンで気持ち悪くて自分勝手だけど……でも私のご主人様であることに変わりはないんだよ。聞きたいに決まってるじゃん、そんなこと」
「アイン……」
「ご主人様のこと、私はご主人様から直接教えて欲しかった。それを違う女の子に教えてるのを又聞きすることになったのは……私にとって、ショックだったよ」
そうだったのか……普段のつっけんどんな対応で思い違いをしていたが、彼女は彼女なりに僕に情を抱いていてくれたのか。
そうだな、前々から彼女は寂しがり屋というか、捨てられることに恐がりな性格だった。
自分は拒絶するのに人には愛して欲しいなんて、随分と我が儘な話だけど……でも僕は、そんなアインのことが大好きだ。
「ご心配なく、アイン。まだまだ僕の武勇伝は沢山あります。彼女に語らなかった分も、おいおい貴方に教えてあげますよ」
「……約束だよ」
「ええ。勿論」
思わぬ形で、アインとの心の距離も近づいた気がする。
そんな意味では今回の娼館訪問も、決して悪い経験ではなかったのかも――――
「こんんのクソアマアアアア!! 二度とうちの店に近づくんじゃねえ!」
「ハッ! こっちから願い下げだ! 誰がこんな店相手にするかっ! ブスばっかり抱え込んで潰れちまえ!」
何か聞き覚えのある甲高い声が、娼館街に響き渡った。
嫌な予感がして……というか確信が生まれて、僕は急いでその場を離れようとした。だが……
「……おっ、ローランドじゃないか!」
見つかってしまった。
今し方娼館から蹴飛ばされて叩き出された、軽装の女盗賊に。
「お前もこっちに来てたのか。なんだかんだ言って、やっぱりお前も好きなんだなあ~」
「お、オリーヴさん? 気のせいでなければ今娼館から叩き出されたように見えたんですが……」
「そうそれ! 聞いてくれよ! オレは娼館を利用しようと思ってあそこの店に行ったんだ!」
「はあ?」
その体で?
「なのにあそこの店主、何を勘違いしたかオレのことを娼婦希望だと勘違いして、客を取らせようとしやがったんだ!」
「そりゃあ勘違いするでしょうよ! 娼館に女性客なんて基本的に来ないでしょうし!」
「何が女性客だ! オレは男だぞ!」
「今の自分の体を客観的に見直してくださいよ!?」
そもそも仮に客として招かれたとして、それでこいつは何をしようとしてたんだ!
「見ろよ。独り言ブツブツ言ってる奴と、娼館で暴れた奴が合流したぞ」
「なんだよあの二人。やべえ奴のカップルかな?」
「……!」
周りの市民がこちらを見ながらひそひそ与太話に興じているのが嫌でも分かったので、僕はオリーヴの手を引いてその場を離れることにした。
「おっ、おい! 離せよ! まだ約束の時間まで三十分くらいあるだろ! 別の店に行けば、オレを受け入れてくれるところもあるはずなんだ!」
「馬鹿なこと言ってないで、一刻も早くここを離れますよ! 噂になりたくないでしょう! 大体、三十分で何をするつもりなんですか!」
トータルで見るとこの娼館での一幕は……プラスマイナス相殺して若干マイナス、くらいの時間だったかな。