4 ロリコン、娼館街に行く
山道を下った先に商業都市アカシアはある。
僕達三人は、日が暮れた頃にその町に辿り着いた。
「おお~!! 流石に大都市と言うだけあって、人の量がすっごい多いね~!」
アインが歓喜の声を上げていたが、それも無理はない。
もう夕暮れ時にもかかわらず、往来を行き交う人の数はここ一ヶ月で訪れたどの村や町よりも多かった。
市街地を歩けば、酒場の客引きが喧しく響き渡り、大道芸人の野外ショーが人々の喧騒を呼び起こしている。
「流石は近隣最大の商業都市。帝都と比べても遜色ないほどの賑わいですね」
この喧騒の中に身を置いていると、帝都にいた頃を思い出す。
そういえば帝都には沢山の幼女がいたなあ。
パン屋の看板娘のレジーナ。劇場の客引きのゾーヤ。それに、皇帝の第三皇女であるカテーナ様……
「……皆、いい幼女でした……」
「よりにもよってそういう振り返り方するのがいかにもご主人様って感じだね。っていうか過去形なんだ」
「ええ。帝都を離れてからもう何年も月日が流れていますからね。そもそも僕が憲兵を辞して帝都を離れたのも、彼女らが幼女をやめてしまったからなんです」
ああ、どうして幼女は幼女である時が一番美しいと分かっているのに、幼女であることをやめてしまうのか。
もしそれが、社会が歪に作り出した大人に対する信仰が生み出したものならば、僕はこの腐った社会に反旗を翻すことすら厭わないだろう。
ああ、安易に幼女を捨ててしまう若い女たちよ。もし間に合うのなら、僕はこう言いたい。今の自分を大切にしなさい、と。
「いや、成長するのは人間がそういう体だからで信仰とかそういうの関係ないよ?」
「その点アインは素晴らしいですね。僕の言いつけを守ってちゃんと成長しないでくれている」
「別にご主人様の言いつけを守ってるわけじゃないんだけどね!?」
「あれ、そうでしたっけ」
「当然だよ! できれば私は一刻も早くボンキュッボンのナイスバディーになりたいんだけど、ご主人様がそれを許してくれないだけだからね!」
アインは溜息をついて、それからきょろきょろ辺りを見渡した。
「ねえ、ところでオリーヴの姿が見当たらないんだけど」
「何か用事があるということで、さっさとどこかに消えましたよ。宿の場所は教えてありますから、あとでちゃんと合流できます」
僕がそう説明しても、アインの不安そうな表情は変わらないままだった。
「用事って何? まさか盗みじゃないよね?」
「……いや、流石に違うでしょう」
いくらなんでも約束してから半日も経たないうちに破る人だとは思えない。
ただ、まだ会って間もないし、生来の盗賊みたいだからなあ……一〇〇パーセント信用できるわけでもないよなあ。
「まあ、今の段階ならそこまで強い結びつきがあるわけでもありません」
今の段階なら、まあ……切り捨てることは難しくないだろう。
「万が一あの人が盗みをやって追われたり牢屋に捕まったりしてたら、速やかに見捨てましょう」
「だね。ちょっとシビアなようだけど、私もそれがいいと思う。ところでさ、ご主人様」
「なんでしょう、アイン」
アインは僕の目の前にふわふわと浮かんで、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
魔剣には今も一切血が与えられていないので、アインは今も初期状態、すっぽんぽんの裸のままだ。
これだけ人が多い往来に裸の幼女が浮かんでいるという姿は、それだけで背徳的に映える素晴らしい景色だなと、僕はしみじみ思った。
「そんなことでしみじみしないで欲しいんだけど! っていうか、人の話聞く気ある!?」
「おっと、すみませんでした。この町の都会的な雰囲気に対照的なアインの野性的な趣が、非常に美しかったもので」
「そんなことで褒められても全く嬉しくないよ……」
ただまあ、野ざらしにされた裸の幼女というものには痛々しさが宿っていることも事実。
アインを成長させる気などさらさらないが、何らかの手段で服だけは彼女に着せてやりたいところだ。
そんな手段があるのかは知らないが。
「話、進めて良いかな?」
「あ、はい。どうぞ」
僕が佇まいを正すと、アインは溜息をついてから話を始めた。
「コナラの村を出る前にサリアさんに聞いたんだけど、この町にちょっと面白い場所があるらしいんだ。それで私、ご主人様をそこに案内したいんだけど……いいかな?」
「面白い場所……ですか」
なにやらきな臭い雰囲気を感じる。
しかしこれは、ある意味アインからのデートのお誘いだ。
だったら無下に断る理由などない。
「アインが案内してくれる場所なら、僕はどこにでも行きますよ」
「決まりだね。じゃあ、私の後についてきて」
アインがふわふわとどこかへ飛んでいくのを、僕は徒歩で追う。
一体彼女がどんな場所に連れて行ってくれるのか、楽しみだ。
◆◆◆◆◆
「……アイン、僕を嵌めましたね」
「え~? 何のことかな~? 私、分かんないや~?」
アインに連れられること十数分、人通りの少ない路地裏を抜けて辿り着いた場所は、僕がこの世で最も忌避する場所――――いわゆる娼館街だった。
街路はピンク色の照明に照らされ、けばけばしい衣装に身を包んだふしだらな老婆たちが下劣きわまりない言葉で道行く男達を誘う。
薄汚い化粧と不気味な香水の匂いが混濁して鼻はねじ曲がりそうだし、飛び交う汚い声は耳を破壊しに掛かる。
下品でよぼよぼの老婆たちもそれに鼻の下を伸ばす気色悪い趣味の男達も、この空間には視界に入れたくないものが多すぎだ。
「この世の地獄じゃないですか。よくもまあ、こんなところに僕を連れてきてくれましたね」
「一応サリアさんにお勧めされたこの町一番の娼館街で、実際客引きしてるのすら美人さんばっかりなんだけど、ここで駄目となるとご主人様のロリコンは相当根深いね」
僕のロリコンを矯正しようとしてここに連れてきたというなら、それは全くの逆効果だと言わざるを得ない。
「っていうかサリアさんは何故そんなことを知ってたんですか?」
普通の女性は、娼館について詳しくないはずだ。
「あの人がこんなところに通うような人だとは思いたくはないのですが……はっ、まさかここで働いてたりしたんですか!?」
「そういうわけじゃないらしいんだけど、将来いい人が出来たときのために、話を合わせたいと思って調べてたんだって」
「無駄な努力!」
そんな分野に手を広げるより、身内と手を切った方がよっぽど結婚への道が広がると思うのに!
「というか娼館通いの男なんて敢えて選ばないでもいいでしょうに……そんなに焦ってるんですか、あの人」
「まあ、正直そこまで焦らなきゃいけないほどだとは思わないけどさ。それでご主人様! 好きな店を選んで気に入った女の子で童貞捨ててきなよ!」
「捨てませんよ。何が悲しくてこんなところで純潔の誓いを破らねばならないんですか」
「純潔の誓いっていうか、ご主人様のそれは呪いみたいなものだけどね」
「大体、アイン自身はそれでいいんですか?」
「何が?」
「百万歩譲ってもあり得ない話ですが、仮に僕がこれを切っ掛けにロリコンを直したとすると、ロリが好きでなくなった僕にアインは捨てられてしまうかもしれないんですよ?」
「私だって少し気がひけるけど、ご主人様のロリコンを直すにはこれくらいの荒療治しかないと思ってね。それに、私には自信があるんだ」
「まずロリコンを直す、という言い回しからして気にくわないのですが……自信?」
「仮にご主人様がロリコンを直したら! 必ずご主人様は成長した私のことを好きになるに違いないって!」
そう言って、アインはない胸を張るように背を伸ばした。
胸に二つくっついたさくらんぼが、街灯の光に妖しく照らされてエッチだと思った。
「美貌については、美人揃いの魔剣五姉妹の中でも私がダントツだって自負してるからね!」
「まあ、確かにアインは可愛いですよ。世界一可愛いと言っても過言ではありません。むしろ足りないくらいです。世界中の美を全て集めても、貴方を超えることは難しいでしょう!」
僕がそういうとアインはげんなりしていた。おかしい、アインを手放しに褒めたはずなのに。
「……流石に私はそこまで自分のことを高く評価してないかな……」
「ですがそれは、今の貴方であればこそ! 一糸まとわぬ姿ながら、まるで王侯貴族のような気品を兼ね備えた幼女の姿だからこそ美しいと言えるのです!」
今が最も美しいということは、逆にこれ以上手を加えれば必ず美しさが失われるということでもある。
「これで胸にでっかいコブを二つつけでもしたら、こぶとり爺さ、いえ、こぶとり婆さんじゃないですか!」
「おっぱいのことをコブって言うな!」
「ふ、ふごご」
ぐにい、と僕の両ほほをアインの両手が圧迫する。
ああ、すべすべお肌が僕の頬に触れて気持ちいい……ずっとこうしていて欲しい……。
とか考えていたら、アインは素早く僕の頬から手を離してしまった。
「! ああ、終わってしまった。もっと続けていてくれて良かったのに」
「ほんと隙あらば私に興奮するよねご主人様。お仕置きのつもりなのにご褒美になってることが多すぎて困るよ」
「まあ、アインからのアプローチは大体全部ご褒美ですからね」
「この変態!」
「変態ではありません、ロリコンです」
「それを変態って言うんだよ!」
別に僕はロリコンだというだけで他人に迷惑をかけてもいないのに、どうして変態呼ばわりされなければならないのだろう。
「いや、でも魔剣を破壊しに行くのは割と迷惑行為だと思うよ? 少なくとも魔剣使いの側からしたら……」
「確かにまあ、そういう見方もできるでしょう。しかし考えてみてください。僕が魔剣を壊すのは、魔剣の精霊がある程度成長している場合に限ってです」
魔剣の精霊がロリのままなら、元に戻っていく姿を楽しむことはできないからね。
それに魔剣の精霊を幼女のまま保っている人がいるとすれば、それは同好の士な可能性が非常に高い。
是非ともお近づきになりたいわけで、その場合は敵対関係になることすら避けたいくらいだ。
「そして魔剣の精霊が成長しているということは、その担い手はそれだけ人を殺しているということ」
「まあ、そうなるね」
「つまり社会の敵なわけで、それを倒そうとする僕は正義の味方と言えるのではないでしょうか?」
「敵の敵は味方、みたいな理屈だね。通ってないとも言えないあたりがムカつく」
アインはふて腐れて、そのまま空高くに少しずつ浮かび上がっていった。
「ともかく、僕はこんな娼館街に用はありません。オリーヴさんとの約束の時間のこともありますし、適当に切り上げて――――」
「ね~え~そこのお兄さん! な~に独り言喋ってるの~?」
不意に耳に届く甘ったるい声と、腕に押しつけられる不気味に柔らかい感触。
いつの間にか、僕の腕に娼婦の一人が抱きついていた。
「!!」
ぶわっとサブイボが全身を覆う。心臓が止まりそうなほどの寒気が走った。
逃れようと思った僕だったが、がっちりホールドされていて引きはがせない。
あまり乱暴にやると吹き飛ばしてしまいそうなので、下手に力を出せないのだ。
「ね~え、そんなところに突っ立ってないで、アタシといいことしよ~よ? お兄さんカッコいいから、サービスしちゃうよ?」
いいことってなんだ。お前がここから消えてくれることか。
「お世辞は不要です。僕は格好良くなんてありませんよ。大体ロリコンですし」
こう言ったら離れてくれると思ったのだが、娼婦はなお一層目を輝かせて僕に身を寄せた。
やめろ。その汚い乳を僕に押しつけるな。
そんなものに触れるくらいなら牧場で牛の乳でも搾ってた方がマシだ。
「あー! じゃあアタシにピッタリじゃん! アタシもさ、お客さんから結構ロリコン受けがいいって言われるんだ~? 見てみて、結構童顔でしょ~?」
はああああああああ!?
てめえが!? てめえがロリコン受けがいいだあ!?
鏡何百回か見て出直してこい! そんなでかい乳とけばけばしい化粧しておいて何がロリだ!
身長も高すぎるし、その不自然に甘えた感じも気持ち悪い!
大体童顔ってなあ、てめえの言う童顔は周りの老婆と比較しての童顔だろうが!
オランウータンもチンパンジーも人から見れば等しく同じ猿なように、娼婦の中で多少若かったからと言っても僕からすれば等しくババアなんだよ!
「あはっ、気に入ってくれたみたいで良かった。じゃあ、私の店に行こー!」
娼婦はそのまま、僕の腕をがっちり掴んで自分の店へと引きずって行った。
や、やめろ! 離せ!
こんなところで僕は、今まで二十数年貫いてきた純潔を捨てるつもりは――――