第9話 帰らぬ修学旅行 1日目 ~21:03 旅館『庵治美亭』ー別館
申し訳ありません。ミステリーと言っても全然本格的でも、すごいトリックがあるわけでもありません。
そういうのをご期待されている方は他の作家さんをお勧めしますので、どうぞブラウザバックしてくださいませ。
誰でも解ける、みすてりー、を目指してます。
マリちゃんを追って辿り着いた先は……お風呂場の前だった。
……。
追って、なんて言ったけど、実際はお風呂場の前でうろうろするマリちゃんの後ろを追いかけていただけだけどね。
その間にミキティと会長が飛び出して行ったのを見送ったりして、さらに2分ほどウロウロしていると、
「あ、来た……」
とマリちゃんが呟いた。
視線の先に、ちょこんと立っていたのは、先程フロントの前でもじもじしていた女の人だった。
そっか。あのお姉さんを探していたんだね。
「自分でも探そうと思ってお風呂場にやってくると思ってね。メガネや靴下は部屋の中で脱いだりすることもあるけど、下着なら、部屋以外だとお風呂場以外にそうは持ち歩かないだろうし」
確かに、他の物だったら探す場所も色々あるだろうけどね。
と、さっそくマリちゃんが話しかける……。
とばかり思っていたが、マリちゃんは微動だにしない。
改まって話しかけるとなると、マリちゃんが少し緊張するのはいつものことだから、私が代わりに声をかけた。
「――え? あ、さっきの子たち……」
お姉さんはびくっと体を少し弾ませたけど、マリちゃんの顔を見て、すぐに思い出してくれたようだ。
「さっきはありがとね」
と穏やかな微笑みをこちらに向けた。
お姉さん、下着を探しに来たの?
「へぇ!? え、ええ、そうよ」
やっぱりここで失くしたのかな?
「う、うん。そうだと思うけど……」
「お部屋の中は調べたんですか?」
私とお姉さんの会話の流れに、マリちゃんがようやく飛び乗った。
「も、もちろん調べたわ。でも、見当たらないし……今日この旅館に着いたばかりだから、他の場所に置いてきた可能性もないと思うけど……お家に忘れたのかも」
「お姉さんのお部屋は本館と別館、どっちです?」
「本館の方よ。別館の方が安かったからそっちでもよかったけど、問い合わせたら基本的に別館は団体客用らしくて」
「お部屋からエレベータまでの廊下にも落ちてなかったんですか?」
「う、うん……」
本館はエレベータで上下階を行き来する方法が基本になってるみたい。ちなみに私たちの別館はエレベータも階段もあるけど、時乃瀬小の生徒は階段を使うように言われている。
本館は1~3階までが、レストランだとか、宴会場とかだったりで、お客さんが泊まるお部屋がないの。だから階段とかも、非常用としてあるにはあるけど、基本的にはエレベータを利用するみたい。
って、マリちゃんがさっきの探検中に、フロアマップを見て教えてくれたの。私は今まですっかり忘れていたけど。
「お姉さんの他に一緒に泊まってる人はいますか?」
「え、ええ。彼が一緒に……ていうか、随分質問してくるけど……あなたたちは一体……」
今更ながらお姉さんがその質問をしてくるけど、マリちゃんは構わず、
「お風呂に向かう時、鍵はどうしてました?」
「一緒に部屋を出たけど、鍵はフロントに預けていたわ。彼の方がお風呂は早く終えるし、元々、入浴の際はフロントに鍵を預けてくださいって、受付の時に言われたから」
脱衣場に鍵付きのロッカーがないしね。貴重品ボックスも数が少ないから当然と言えば当然か。
「そう……」マリちゃんが耳へ髪をかき上げた。「だとしたら……やっぱりその下着は盗まれたのかもしれないですね」
「えぇ!? そうなの?」
「さっきお風呂場を一通り眺めてみたけど、それらしいものは落ちてなかったから。もっとも、お姉さんが変な所に置いていなかったらの話だけど」
「へ、変な所には置いてないと思う……。脱衣カゴの中に浴衣と一緒に置いたから」
色とかはどんなブラなの?
「え? 色?」
だって見つけた時に、色とか形とか、デザインとかわからないとお姉さんの物ってわかんないし。
「そ、そうかもしれないけど……」
お姉さんはまたもじもじし始めた。
「い、一応ぴ、ピンクのだけど……」
形は? っていうかサイズ?
「えぇ!? そ、それは……い、一応Dだけど……」
「へぇ~」
すごいね!
「も、もういいかしら? 私自分で探してみます!」
お姉さんはそういうと真っ赤になった顔を隠すようにして脱衣場への暖簾をくぐった。
一般のお客さんも、私たちが入っている時は入っちゃダメとまでは旅館の方も言ってないらしいよ。修学旅行の説明会の時に、「一般のお客様もいらっしゃるから暴れたりするなよ!」と先生が言ってた。
ただ、事前に説明はされてるからか、私たちが入ってる時間は遠慮してくれてたみたいで、実際私たちが入っていた間に、一般の方が入りにくることはなかったし。
他に物を失くした人がいたけど、その人たちの話を聞きに行くの?
「本当はそうしたいところだけど、さすがにその人たちを探し回ったりしていると、それだけで夜が明けちゃうからね。それに、多分だけどお姉さんの話で必要な情報は手に入ったと思う」
お姉さんから手に入る情報の限界もあるけどね、とマリちゃんが付け足した。
私たちは一度自分たちのお部屋に帰ることにした。
別館に辿り着き、階段を見上げてため息が出た自分が、おばさんみたいで少し嫌になった。
でも今日一日歩き回って足がもう疲れたんだもん。
せっかくの修学旅行の夜なのに、なんだかすぐに寝ちゃいそう……。
いや、ダメダメ! これからが楽しい夜なんだから!
よし! 気合を入れるぞー!
私たちの学校の子たちが楽しそうに階段を降りてくる様子が、私に元気を思い出させた。
続けて知らない人が降りてくる。
そっか、最上階は一般の方が泊まってるんだっけ。
こんばんはー! と私は元気に挨拶した。この旅館の浴衣を着た、優しそうなおばあちゃんだったけど、予想通り、優しい微笑みを見せてくれた。「こんばんは」と穏やかな挨拶を返してくれた。
続けて降りてきた男の人にも挨拶をしてみた。
「こんばんは」
と声は小さくて表情は薄いけど、優しく返事をしてくれた。
そしてその次に来たこれまた宿泊客の男の人2人組は、聞こえるか聞こえないかくらいの小さい声で何かを言っていた。
まぁそれは仕方ないかもね。いきなりあいさつされて戸惑う人もいるし。
実際私の隣にいるマリちゃんも、私に続けて挨拶してるけど、すっごく小さい声だもん。ごめんね、マリちゃん。付き合わせちゃって。
……。
……あれ?
…………気のせいかな? 今の人たちの誰かと、どこかで会ったような……。
部屋の前までやってくると、浅野さんたちがドアの前で待っていた。お風呂上りとはいえ、廊下は寒くて、少し震えている。
カギがないのかなと思ったけど、そうではなくて、ドアは開いていた。
どうしたの?
「あ、お帰り。今布団を敷いてくれてるの」
旅館の仲居さんたちがお風呂に入っている間にお布団を持ってくるから、部屋は散らかさないように!
これもまた、説明会の時にさんざん言われたことだ。
でも、やっぱり修学旅行ってなると、一度にたくさんのお部屋にお布団を持っていかないとダメだから、大変なんだろうね。
なんて、みんなとお話していたら、
「申し訳ございませんでした。お待たせいたしました」
と案内をしてくれた沢田さんたちがお部屋から出てきた。そして相変わらず丁寧なお辞儀だ。私たち小学生相手にも決して雑にならないその姿勢はプロって感じだね。
私たちも負けじとお礼をきちんと言って、仲居さんたちを見送るとお部屋の中に入った。
あぁ! これだよこれ!
白いシーツが綺麗に広げられたお布団、が敷き詰められたお部屋……私はやっぱりホテルより旅館派だね!
さっそく誰がどのお布団で寝るかというお話になった。
私はマリちゃんの隣だったらどこでもいいかなと思い、みんなの様子を伺っていた。
意外とマリちゃんが素早くて、出入口に一番近お布団に自分の旅行バッグを置いて確保したので、その隣を私も確保。
まぁ元々仲のいい子たちがくっついてるわけだから、バスの席決めの時みたいに揉めたりはしない。
今は不在のミキティと会長も二人くっつけておけば、問題ないよね? という空気になって、無事お布団決めは終わった。
浅野さんたちのグループは、飲み物を買いに行くとか、その中の一人が男子に呼び出されたとかで、キャーキャー言いながら、またも出て行った。
私も興味はあったけど、それよりも重要なことがあるので、4人を見送った。
さて、重要なこととは何か……。
私はさっそくさらっさらの純白のシーツの上にさっそく寝転がり、両手両足を思いっっっきり伸ばした。
旅館でお布団を敷いてもらって、これ以外にすることなんてないよね! もはや作法というかマナーだよ。
はぁ~……あーヤバい。このままもう、何もしたくない……。
もう目を閉じて3秒数えたらすぐ眠ることができるね。
って、それじゃダメだダメだ! せっかくの修学旅行だからね!
えいっ!
と弾みをつけて起き上った。そのせいで、少しシーツがずれてしまった。
あわわ。綺麗にしないと! 私はそこまで神経質ではないけど、これから寝るってのに、一人だけしわができたシーツなのは恥ずかしいもんね。
ずれてしまったであろう、頭の方へと視線を向けると、案の定、シーツはずれていて、下の敷布団がはみ出てるみたいになっていた。
ただ、そんなことよりも、純白のシーツのごくわずかな一か所が気になった。
それは、ずれたことによって、文字通り表舞台に引っ張り出されたシーツの部分。
んん……? なんだろこれ……。
近寄って見ると、それは十円玉くらいの大きさのシミだった。
いや、大きさはこの際どうでもいい。
そのシミは、赤い色をしていたのだ!
え? なにこれ……まさか、血!?
私はまず、自分の頭頂部を触ってから、指先を確認した。
ほっ……良かった。私の頭から血が出ていたわけではないみたい。
一応体の他の部分も確認してみるけど、やっぱり血は出ていない。まぁ思い返せば、こけたりだとか、打ったりだとか、別に血が出るようなことはしていないから当然だけどね。
え? じゃあこれ……誰の血なの!?
マリちゃんへと助けを求めるように目を向けるのはお約束だけど、そのマリちゃんは気付いていなかったようだ。
私に背を向けて、壁に向かって正座をしている。
その妙な光景に、私はシミのことなどすっかり忘れてしまった。
マリちゃん、どうしたの?
「え?」
珍しくマリちゃんが動揺している。妙に大きな声で返事をしてくれたことがその証明だった。
もしかして、宗教とかで、何かの作法をしているところだったとかかな?
「……ふぅ」
マリちゃんは鋭いため息を吐いた。「大丈夫、ありがとう」
くしゃり。
マリちゃんの方から、何か……紙でも丸めたような音が聞こえてきた。
それと同時に、マリちゃんは立ち上がり、「ごめん、私もちょっと出てくる」
と、言うと、私の返事は待たずして、マリちゃんは部屋を出て行った。
突然、私は一人になっちゃった……。
私も起き上ったばかりとはいえ、少しぼーっとしたような頭だったから、つい追いかけるタイミングを失った。
ありゃ……。どうしよう?
お部屋を空っぽにするのもなあ。鍵がどこにあるのかわかんないし。浅野さんたちが持って出て行ったのなら、どうしようもないしね。
でもこの血が付いたシーツのままってのも……誰の血か分からないのは気持ち悪いよね。
お部屋の中の襖を開いてみたけど、シーツの替えは置いてなかった。
どうしよう……あ、でも待って?
この部屋のお布団を敷いたばかりなら、まだ他の部屋の作業をしているかも。ドアを開けて、廊下を覗くくらいならできるし。
私は、ドアを開けて廊下を覗いた。流石に寒いから人影は少ししか見当たらない……あ!
3つほど先に仲居さんの服が見えた。
あのー! すいませ――ん!?
隔週日曜日更新していきたいと思います!
回答編と次の事件は同じ話数に記載予定です。
※修学旅行編では予定を変更する場合があります。予めご了承くださいませ。