第8話 帰らぬ修学旅行 1日目 ~20:43 旅館『庵治美亭』ー本館
申し訳ありません。ミステリーと言っても全然本格的でも、すごいトリックがあるわけでもありません。
そういうのをご期待されている方は他の作家さんをお勧めしますので、どうぞブラウザバックしてくださいませ。
誰でも解ける、みすてりー、を目指してます。
一体何が気になったの?
私はマリちゃんにそう尋ねたかった。
だけど、三度訪れたフロントの賑わいに、私の疑問は隠れてしまった。
「私のマフラー知りませんか?」
「俺の靴下届いてないか?」
「僕のスマホの充電器が来てない?」
「テレビのリモコンがないんだけど」
と、次々とフロントへ紛失物を確認するためのお客さんがやってきて、ちょっとした騒ぎになっていた。
どういうこと? いくらなんでもこんなに……。
「修学旅行生徒の怨み……」
マリちゃんがポツリと呟いた。
え? ウソ……ま、またまた……。
「そう信じたいけどね。でもこれだけモノが無くなってる……きっとミキティがこの騒ぎを知ったら――」
「私がどうかしたの?」
いつの間にやらミキティたちがやってきていた。ふとフロント奥の壁にかけてある時計を確認するともう20時になっていた。
「もうすぐお風呂でしょ? 少し早いけど、念のため早めに来たの」
「私たち室長会議に出るから早めにお風呂終わらないとだし。交代の時間になったらすぐ入りたくて」
と会長が付け加える。
「で、何が『私が知ったら……』なの? またなんか変なこと考えてるんじゃないでしょうね?」
とミキティが詰め寄ってくるので、仕方がないからありのままを話してみた。
「ウソ……」
思いの外、叫ぶこともなく、ただただ蒼白い顔をしてその場に立ち尽くすミキティだった。ちょっぴり残念。またあの面白いミキティの顔が見れると思ったのに。
おーい、ミキティ? 大丈夫?
「だ、大丈夫じゃないかも……。や、やっぱり……さっきのはそうなんだ……」
?? さっきの? あぁ、あのトイレでのこと?
「ち、違うのよ。幽霊じゃなくて人間の話で……」
「あのぉ……」
紛失物の届けをしていた団体さんがいなくなったと思っていたら、またまた一人の女性がやってきた。
ミキティの話が要領を得ないことも理由の一つだけど、ついそちらに注意が向いたのは、その女性が妙に恥ずかしそうで、おずおずと、もじもじとしているからだ。トイレにでも行きたいのかな? と思ってしまうくらいに。
男性の受付係の人も小首を傾げながら「いかがなさいましたか?」と尋ねるけど、女性は照れくさそうに、下を向いてしまって、何も答えようとしない。
まるで、今から告白でもするのかな? と思っちゃうくらいのもじもじさだ。
と、そこでカウンターから目だけを覗かせたマリちゃんが何かを言ったみたい。なぜ目だけかと言うとマリちゃんの身長が低いからだけど。
受付係の人が何か納得したように、素早く裏手に入ると、すぐさま、今度は女性の受付係の人が出てきた。
「いかがされましたか?」
その私たちのお母さんと同じくらいの年齢であろう女性が語り掛けると、ようやく、もじもじしたままだったけど女の人が言った。
「あの……し、下着の……ブラジャーの落とし物って……届いてないですか?」
「なるほどねぇ」
ミキティが頭をわしゃわしゃと洗いながら唸った。「確かに、男性のスタッフだと私も恥ずかしいかも」
ぴっちりと体に巻き付けたタオルが、濡れてずり落ちそうになるのを、こまめに摘み上げて防いでいる。
「私はその日の下着によるかも」
会長が長い髪を絞りながら苦笑いをした。会長はあまり隠そうとはしない。腰回りにタオルを乗せてる程度だ。
うーん、私たちにそのご自慢のボディを見せつけたいのかな?
「きっとそうよ! 聖奈め~」
「ちょ、なに変なこと言ってるの!」
私とミキティが会長の体を睨みつけていると、さすがに会長も腕で体を庇った。
「まぁミキティもそのうち育つよ。年齢的に言って、これから二次性徴のピークに向かうんだし」
先に洗い終えていたマリちゃんが湯船に浸かって、窓の向こうの夜空を見上げながら言った。
え?
マリちゃんはどうなんだ? だって?
ふっふっふーん。私はお泊りした時に一緒にお風呂に入ったから知ってるけど、マリちゃんは小柄なのだけど、そのせいか無駄な脂肪はなくて、お腹とか超くびれてるんだよね。モデルみたいな。あと意外と、出るとこも出てくる予感をさせてくれる、そんな体つきなんだよね。
標準体型の私からしたら羨ましいやら、お母さんを無駄に恨みたいやら。
「うっ……わ、私だってこれから中学・高校とサクセスストーリーよ!」
どういうこと!?
早めに来たこともあって、お風呂はゆっくり入ることが出来た。次第に人が増え始めたのをきっかけに、私たちはお風呂場を後に……。
マリちゃん?
……どうしたの?
マリちゃんは脱衣カゴがはみ出て並ぶ、蓋のないロッカーを眺めている。もちろん、今は私たち時乃瀬小学校の生徒たちの衣服がねじ込まれて、全て使われているけど。カゴが空になるのを待つために、ベンチに座っておしゃべりをしている生徒もいるくらいだ。まぁもっとも、予備のカゴがロッカーの隅に置かれているからそれを使えばいいのだけど、なんとなく嫌なのだろう。少し気持ちは分かる。
「うん、ちょっとね」
脱衣所と浴室への行き来は大きなガラス張りの開き戸一つだけ。あ、あと『関係者以外立入禁止』と札の貼られた引き戸も傍にあるけど。
そこから少し離れた所にトイレのドアも。
後は洗面台が7台。
……くらいかな。サウナの出入口は浴室へと入った先にあるしね。
「それほど変わった点はないね」
そうだね。でもスーパー銭湯とかみたいに、お風呂のロッカーに鍵とかついてないんだね。ほら、あの腕とかに付ける、びよ~んってなるやつ。
「昔ながらの造りを大切にしているのかも。お風呂の桶とかも古かったし」
黄色いプラスチックのやつだね。そこに書いてる文字が掠れて読めないのがほとんどで、跡形すらないのもあったし。
座る椅子も……木で作られて、ふ、風情はあるけど、ちょっと……黒かったり、ね。
「その分部屋のロックはカードキーだったり、金庫もあるから、貴重品は保管してくださいってことなのかもしれないけど」
もし持って来てしまった時用に、そこに鍵付きロッカーも4つだけあるもんね。あの百円入れて鍵かけて、再度取り出した時には百円戻ってくる、少しお得な気分になるアレ。
「そうだね……」
マリちゃんは腕を組んだままそう呟くと、ミキティ達が髪を乾かしている間、なにか考えるように脱衣所内を眺め続けていた。
私たちがお風呂場を出ると、会長が「他の子たちの部屋に行ってくるね」と言った。
というのも、さっきお風呂に入る前、私たちの部屋のメンバーが書き上げた宿題、他の部屋のC組の子たちが書いているのか気になるんだって。
相変わらず真面目だなぁと思う、それは尊敬の意味で。
二手に分かれることになるねと、女湯の出入り口前で話をしていると、
「――おぉ、富田、ここにいたか」
やってきたのは次田先生だった。
「先生、どうかしたんですか?」
「女子の入浴覗きに来たとかないですよね?」
ミキティがニタリからかうと、先生は「何言ってんだ」と軽くあしらう。
「お前たちは今風呂に入ってたから、貴重品は金庫に入れてきてるな?」
どの部屋にも備え付けられているという貴重品入れ、つまり金庫がある。泊った人が自由に4桁の暗証番号を設定できるものだ。
お風呂に入る前に会長が声をかけてくれたのでみんなお財布とかスマホとか入れていた。中にはスマホだけは持ち歩くという人や、自分で管理するって言って、どっちも持ち歩いてる子もいるけど、一応修学旅行中の決まりでは、金庫に入れておくことになっているよ。
「富田、悪いがそれを徹底するように別館の女子の部屋に言いに行ってくれ。男子は俺が行く」
「は、はい!」
珍しく先生に余裕がない感じが伝わってか、会長もしゃきっとした返事をする。
「他のクラスの奴も見かけたら声をかけてくれ。元会長のお前なら話が早いだろ」
「わかりました!」
「私も行くわ」
とミキティも一緒に、会長は、まずはお風呂場へと引き返したのだった。
結果、私とマリちゃんの二人だけになった。
どうしたのかな? 随分と慌ただしかったけど。誰かお財布でも落としたのかな?
「……私たちも行こう」
マリちゃんは真っ直ぐに宙を見つめていた。その言葉には、何かを決意した力強さみたいなものを感じた。
うん。でも私たちで、同クラならともかく、他の子たちは言うこと聞いてくれるかなぁ?
「うぅん、あっちは二人に任せておくよ」
あ、そうなんだ。
え? じゃあどこに?
「もちろん、物を失くした人たちの話を聞きに、ね」
えぇ!? なんのために?
「幽霊を退治するため、かな」
え……ホントに言ってるの? あんなの、確かに異様に多いとは思ったけど、偶然じゃないの?
「もちろん本気だよ。その可能性も否定できないけど、一つだけ気になるし」
でも、どこの誰だかなんてわかんないよ? 顔を見ればわかるとは思うけど。
「多分あの人はすぐに見つかると思うから」
マリちゃんの言う、あの人とは、どの紛失物の持ち主だろう?
ていうか、気になるってどれのこと?
隔週日曜日更新していきたいと思います!
回答編と次の事件は同じ話数に記載予定です。