第5話 帰らぬ修学旅行 1日目 ~12:46 ボート乗り場
申し訳ありません。ミステリーと言っても全然本格的でも、すごいトリックがあるわけでもありません。
そういうのをご期待されている方は他の作家さんをお勧めしますので、どうぞブラウザバックしてくださいませ。
誰でも解ける、みすてりー、を目指してます。
「なるほど、スリですか」
と一人の警察官さんが、おばさまに向かって相槌を打ちながら手帳にメモを取っていた。
「そうなんです!」
その化粧が少しお派手なおばさまは興奮が抑えられないみたいで、声を大きくして答えている。
「私が自動販売機でお茶を買おうかと思ってハンドバッグを覗いたらあら不思議! お財布が入っていないではありませんか! えぇ! 先程トイレの中でお化粧を直した時にはもってたんですの!」
「なるほど、トイレに行った時にはあったと……」
警察官さんも慣れた様子で必要なことだけをメモしていた。
「それであらっ! と叫んだ時には私の他にも叫び声が!」
「なるほど。それがお嬢さんだったんだね」
とここでやっと警察官さんは私に顔を向けてくれた。
はい。お友達がいきなり犯人に飛びついたんでビックリしちゃって……。
「なるほど。それで、飛びついたのは、あっちで三木松刑事が話をしている女の子だったんだね?」
あの時、マリちゃんが飛びついたのは私のいる方向に向かって歩いていたように見えた、ビニール袋を持った男性だった。
なんでその男性だったのだろう? そこから先は私にも分からない。
私たちはマリちゃんと、三木松刑事さんの許へ向かった。
この三木松刑事さんは私たちの知り合いで、何度か事件現場でお世話になった刑事さんなのだ。
そしてマリちゃんとももちろん知り合いだよ。
顔立ちは老けていないし、人によってはカッコイイと思うだろう目鼻立ちだけど、ちくちくとした無精ひげと、がさつな態度や言葉遣いがもったいない刑事さんだ。私は嫌いじゃないけどね。背丈は大きくて、今日も、ここがSAだから色んな人がいるけれど、その誰よりも背は高い。
その刑事さんが、なぜ偶然にもこんな所にいたのだろう。
「やぁ、菱島の嬢ちゃん! 偶然だなぁ」
こんにちは! なんだか随分久しぶりな気がしますね。色んな意味で。
「ははっ、なんだよそれ。でもまぁ、刑事に会うのが久しぶりってのはいいことだけどな」
たっはっはと笑い飛ばす刑事さんのせいで、今私の隣に事件の被害者がいることを忘れそうになる。
被害者のおばさまと警察官さんはキョトンとしていた。そりゃ無理もないよね。小学生が刑事さんと知り合いなんて誰でも不思議には思うだろうから。
こんな所で何してたんですか?
「今日は研修会があってね。こんな県境まで出張で、研修会場に向かっていたところさ」
あぁ、そっか。高速道路に乗ったからついそう思っていたけど、まだ私たちの住む県を超えていないんだったね。
「おかげで研修会の参加は中止だよ。まぁ面倒臭いだけだからいいけどな、はっはっ!」
おばさまがキッと睨んでいることに気付いてはいないみたい。
刑事さんはスリの事件は担当外みたいだけど、マリちゃんが捕まえたこともあって間を取り持ってくれたみたいだ。まぁそんなことしてくれなくても我らがマリちゃんは毅然と警察関係者に向かって意見するだろうけどね。
「なるほど。本官も助かりましたであります」
警察官さんはよくわからない答えを返した。
「して、そちらのお嬢様が犯人に飛びついたということですが……」
そこでマリちゃんに全員の視線が集まった。
「もうあちらの警察の方にはお話したんですけど……」
マリちゃんが言葉を控える。
えー、でも私も気になる……。
「なるほど。お話をしたくはないと」
「でも私も気になるわ!」
とおばさまが言う。「恩人にお願いするのもおかしな話ですが、是非教えてくださいませんこと?」
マリちゃんが私を含め、全員の顔を見渡し、ふぅ。と小さい息を吐くと、
「……あの時、自動扉は固く閉ざされていた」
確かにそうだった。その証拠に、マリちゃんが犯人に飛びついた時に反応して開いたもんね。ビュオォーって風が一気に吹き抜けたから、よく覚えてるよ。
「だけど、私が飛びついた男の人はこっちに向かって歩いていたでしょ? 自動扉の開閉速度はガイドラインがあるの。もちろん大きさにもよるから、必ずその通りってわけではないけど、開いた時の保持時間や閉じ速度も基準があったりね。でも基本的には閉じる速度は遅く作られているはず」
そっか。マリちゃんが飛びついて倒れたくらいで開く距離にいたなら、扉が完全に閉じてるのは不自然だもんね。
「でも偶然だよ。もし誰かが扉を開けていたら分からなかっただろうし」
確かにそうだけど、今回に限ってはそれが決め手になったね。
でも私が追いかけている時には私と同じ方向に進んでいたのに、おば様が叫ばれた時に急にこっちに向かって歩き出したから不自然だなって思ったのもあったけどね。とマリちゃんが付け足した。
「なるほど! 自分の方に向かってきている人間をスリの犯人とは疑わないわけですね」
「おば様の後ろを犯人が妙にぴったりと付いて歩いているのを見つけて……私の角度からだとハッキリとは見えなかったけど、途中で急におば様を追い抜いたから、怪しいなと思っただけです」
その後、「私の気が済まない!」とマリちゃんにお礼と言う名のお小遣いを渡そうとするおば様を必死になだめて(?)、私たちは修学旅行に戻った――
え!? あれ……? バスは…………?
バスがない!?
「ん? あぁ、先に行ってもらったぞ」
と、途方に暮れた私の背中に向かって簡単に言ったのは三木松刑事さんだった。
ちょっと! どういうことですか!?
「いや、まだこれから供述調書もとらないとダメだし。色々とあるんだよ」
そうなのマリちゃん?
「うん……ごめんね。私のせいで」
マリちゃんが下を向いた。え? ウソ! そんなこと私は望んでないよ!
いやいや! 謝らないでよ。悪いのは犯人だからね。
えーでも、先生たちも薄情じゃない!? こんないたいけな少女二人を置いてそそくさと行っちゃうなんてさ!
「俺がそう言ったんだよ。他の生徒待たせる訳にもいかないだろ? 後でこちらでお送りするからって」
そ、そうなんだ……。
「でもほら、あの人が残ってくれてるぜ?」
へ? と刑事さんが指さした、SAの出入り口付近に立つ女性は、あのバスガイドのお姉さんだった。
私たちは高速道路を降りて管轄の警察署に向かった。
マリちゃんは調書を取るためにどこかへ連れていかれた。まぁ私も過去に何度も事件に巻き込まれたからその辺りは慣れている。……良いことではないけど。
私と刑事さん、そしてバスガイドのお姉さんは2Fにあった食堂で待つことになった。
「改めてよろしくね菱島さん」
私の名前……。
「担任の先生からよろしくお願いしますって言われて、二人の名前を教えてもらったの。私は新堂桜子って言います。私が付いてるから安心してね」
お姉さんは素敵な笑顔をみせてくれた。まるで私の不安でも解してあげようかと。
でもごめんなさい……。
私は実は興奮しているのだ!
だってなかなか警察署に入ることってないし! 知らない警察署はいいね、やっぱりいつもの警察署とは違う。
「別の署に来るとちょっと緊張もするけど楽しいなぁ」
お、刑事さんも同じ? 気が合うね。
それに、修学旅行に向かう途中で警察署に連行されるなんてそうそうできる体験じゃないよ!
「そ、そう……」
桜子お姉さんは苦笑を浮かべていた。
刑事さんはお姉さんなど意に介さず、
「ここの食堂、外部委託みたいだ。道理でメニューが豊富なわけだぜ」
確かに食堂って言っても、すごい綺麗だ。それこそ、さっきのSAの食事スペースにも負けないくらいだ。よく見ると、どう見ても警察関係じゃない人も座って食事を楽しんでいる。地域貢献みたいな意味合いなのかな?
「お詫びってことで特別だぞ」
と刑事さんが待ってる間に食堂のデザートを奢ってくれるとのこと。わーい! あ、でもあとでマリちゃんと一緒にね、とくぎを刺したよ。使い方合ってるかな?
お姉さん、先生には内緒にしておいてね。もちろん、クラスのみんなにも。
「え、えぇ。もちろん」
でも先生ったら心配じゃないのかな? あっさり置いていったけど。
「本当なら学校関係者に残って頂くのが一番なんですけどね」
桜子お姉さんが続ける。「最初は二人がトイレを待ってるだけだと思ってたの。だから少し待てばいいだろうと判断して、他のクラスのバスには出発してもらったの。時間に余裕はないし。生憎担任以外の、付き添いの先生がC組のバスには乗っていなかったから……。私が他の生徒全員の責任を持つのは難しかったから先生にバスに残って頂いて、私が二人の付き添いになったってわけ」
そっかぁ。まぁ仕方ないよね。私も別に次田先生にいて欲しいってわけでもないからまぁなんでもいいんだけどね。
「ふふっ。でも先生は二人のこと信頼していたわよ」
え? それはないんじゃないかな……。
「そんなことないわ。『あの二人なら大丈夫だろう』って言ってたもの」
……。
それ、どうせその言葉の最初に『まぁ』ってついてたんじゃない?
「え!? さ、さぁどうだったかしら?」
お姉さんは人差し指をアゴに添えた。
ふふっ。別に気にしてないよ。でも2年もあの先生のクラスにいたらそれくらい想像できるよ。
「そうなのね。じゃあ正直に言うと、確かにそう言っていたわ。『オレよりしっかりしてるから、誰も付き添いなんていらないくらいだ』ともね」
は、はは……。流石にそれは不味いよ……。
でも、私はともかく、マリちゃんがいるからね。私もマリちゃんがいるから、今もちっとも不安じゃないもん。
私と桜子お姉さんの二人でお喋りをしてマリちゃんを待っていた。途中での合流時間に寄るけど、滝は見ることができるんじゃないかという話とか、その後に向かう旅館の話とか。
「――でもねぇ、あいつが修学旅行とは……」
私たちが盛り上がるそばで、刑事さんがしみじみと、そして独り言のようにぽつりと言った。
「あいつがよく許したなぁ」
あいつ?
「ん? あぁ、会ったことないのか? 藍お嬢さんの方には」
もちろん会ったことあるよ。ていうか今朝も会ったし!
と私は胸を反らせた。
あぁ、でも相当不安そうにしていたよ。まぁマリちゃんは露骨に嫌がっていたけど。
「だろ? まぁあのじゃじゃ馬があれでも大人しくはなった方だぜ」
刑事さんも藍お姉さんのこと知ってるんだね?
「ん? まぁな……」
ん? なにその間は?
あ、もしかして……ホの字!?
「古いなおい……そんなんじゃねーよ」
えーでも顔赤いし! トマトみたいだよ?
「うっせー! ほら、もうスグ終わるだろうから準備しとけよ。俺は様子見てくるから」
あー逃げた……。
「でも、あの表情は……」
桜子お姉さんがポツリと呟いていた。
私は惚れてると思いたい。だってそうじゃないとするなら……刑事さんと面識あって……大人しくなんて……。
いや、考えるのはよそう! あんな面白いお姉さんを悪い人にする想像なんていらない! せいぜいちょっと昔ギャルやってて……みたいなもんでしょ?……それならある意味納得だけどね……。
その後、修学旅行中の小学生ということも考慮してくれて、普段の調書作成より急ピッチで作業をしてくれたらしく、2時間ほどでマリちゃんは解放された。
「明後日必ず来ますから」とマリちゃんが言っていた。確認作業とかもあるみたい。人助けも大変だね。
そして予告通り私たちはパトカーで観光地という名の現場に向かって急行した。まぁもちろん、サイレンとかは鳴らしてないけど。残念……。
「お土産期待してるぞー! 気をつけてなぁー」
と三木松刑事さんとはここでお別れだった。「まだいたんだ」とマリちゃんが厳しい言葉を突きつけた。
もう少し藍お姉さんとの話を聞きたかったけど、「勝手にあいつらの話をすると怒られるから、また今度な」とテキトーにかわされちゃった。ちぇーっ。でも怒らせたくはないから、そこは諦めることにしたよ。
運転してくれてるのはなるほど警察官さん。
「成山って言います。今日は色々とありがとうございました」
そこからさらに2時間くらいかかって、やっとみんなと合流できた!
と、思ったんだけど、みんなはもうすでに次の……お寺? だったっけ?
「神社って言って差し支えないけど、昔は神社とお寺が一つってのも珍しくなかったからね」
そうそう、そこに向かったみたい。そこの広場でお昼を食べ始めてるみたいなの。
すぐにバスだけ戻ってくるらしいから、私たちはここでお昼ご飯を食べて待つことになった。初日のお昼だけはお弁当なんだよね。
二人だけなのでちょっと寂しいと言えばそうなんだけど、まぁどっちにしろマリちゃんと食べてたと思うからまぁいっか。
お姉さんと成山さんが駐車場で待ってくれるみたいなので私たちはさっそく湖の方へ向かった。湖も観光地の一つなのだ。
成山さんは運転が終わったのだから帰ってもいいと思うんだけど、「確かにそうです。しかし、私も署を代表して先生にお礼とお詫びを申し上げなければならないと思いますので」ということらしいよ。意外と律儀だね。
湖の近くは少し寒いけど、今日はお天気もいいので気持ちはいい。
湖面にはのんびりと漂う手漕ぎのボートが何艙か浮かんでいた。周囲の山の景色もいいよね。
「日本ロマンチック街道なんて名前がついてるくらいだからね」
とマリちゃんが説明してくれた。駐車場からここに来る途中には大きな鳥居があったけど、あれはなんだったんだろ? またあとでマリちゃんに訊いてみよう。
あ、でもこういう時はバスガイドのお姉さんに訊く方がいいのかな?
まだ修学旅行が始まって数時間だけど色々あったねと二人でお話しながらお弁当を食べる。
公園みたいな広場で食べるのもいいけど、それは遠足でもできるしね。これはいいね。
「――ここの湖も素敵だよね。でも、せめて滝だけは観たいな」
うん。私もそう思ってたの! 次田先生も乗ってくるみたいだから頼んでみようよ。
「そうだね。もうそろそろ来る頃かな?」
と私たちは自然と駐車場があった左の方に視線を向けた。とは言ってもここからだと立ち並ぶ木々なんかで見えるか見えないか、ギリギリだけどね。
だけど、次の瞬間、私たちの視線は強引に湖へと戻されることになった。
ザバーン!
湖面が大きく跳ねていた! 水しぶきがふわりと舞ったかと思えば、雨のように湖面に降り注いでいた。
え!? 何が起きたの!? まさか誰か落ちた……って私が考えている暇なんてない。
だってマリちゃんが走り出すに決まってるんだから。
私も急いでお弁当を片付けて、やっぱり走り出したマリちゃんのお弁当も片付けて、私とマリちゃんの分のリュックを持って追いかけた。
ボートの係留地にはずぶ濡れのカップルが二組戻って来ていた。
どうやらボート同士でぶつかってしまい、幸い転覆とはいかなかったけど、4人ともが湖に落ちてしまったみたいだ。
陸地に上がりながらずぶ濡れの青年同士が何やら言い争っている。
落ちたことを気にしてやってきた係員さんが間に立たされて困惑した表情を浮かべている。
「大丈夫ですか!?」係員さんが安っぽいタオルを渡しながら「どうしたんです?」
「どうもこうもないよ!」
濡れて群青色になったダウンジャケットを着た青年が言った。「イキナリぶつかってきたんだ。おかげでこんな目に……」
と群青さんが言いきる前に、もう一方の濡れてワインレッドになってる赤いコートの青年が言葉を差し込む。
「何言ってんだ! そっちがぶつかってきたんだろ!」
「ぶつかるもんか! 僕たちはもう戻ろうとして、最後に景色を眺めていたんだ! 今でも覚えてるさ、左手に見える山が綺麗だったし、遊覧船が走っていたから彼女がなんとか写真を撮っていたのに! どうしてくれるんだよ!」
「そんなのこっちだって同じだ! 俺たちも戻りながら、景色を楽しんでいただけだ。そんなの俺だって覚えてるよ! 山や鳥居が見えてたこととか!」
うわぁ……。車の事故みたいだね。でもドライブレコーダーなんてもちろん付いてないだろうし。どうすればいいんだろ?
それぞれの彼女はというと、一人は寒さに震えてぐったりしているし、一人はパニックで今一つ思い出せないとか。
「ワタシも交代で今来たばかりでその瞬間を見てないものですから……」
と係員さんが困り果てている。
「どっちが先にぶつかったか、なんて証明は難しいだろうね。目撃者でもいない限り」
だね。私たちも湖を見ていたけど、その瞬間は見ていないし。
「だとしたら、故意があったかどうかを知るしかないね」
コイ?
「わざとぶつかったのか……それともわざと道を塞ぐように留まっていたのか」
マリちゃんは腕を組むと、人差し指で前髪を払った。
「この船着き場を基準に考えると、駐車場は船着き場と同じく方角。私はあの発言が気になるね」
マリちゃんが言う、あの発言とは誰の発言だろう?
ちなみに言っておくと、成山さんや桜子さんじゃないよ? え? 当然分かってるって? あはは……。
隔週日曜日更新していきたいと思います!
回答編と次の事件は同じ話数に記載予定です。