第2話 存在しない指定席
申し訳ありません。ミステリーと言っても全然本格的でも、すごいトリックがあるわけでもありません。
そういうのをご期待されている方は他の作家さんをお勧めしますので、どうぞブラウザバックしてくださいませ。
誰でも解ける、みすてりー、を目指してます。
★ ☆ ★
「はな。おはな!」
暖かい日差しが春の訪れを優しく、けれど一方的に伝えてくる。
「ねぇ、これなんておはな?」
その少女は野に咲く一輪の花を指さし、屈託のない笑顔を向けてたそう尋ねてきた。
少女の幼い疑問に答えると、少女は瞳を輝かせて、その花をより一層愛でるのだった。
☆ ★ ☆
マリちゃんがやめた方がいいと言った相手は、冷たい缶コーヒーを手にした男の子だった。
「――あったかい商品って売り切れになる時、実は1つ残ってるんだよね」
中学生が最初はやや驚きながらも、「なんか前にもこんなことあったな……」とか言ってるうちに、パトロール中のお巡りさんが偶然通りかかった。後は任せて私たちは現場を離れて再び歩き出していたのである。
「そうしないと補充してからすぐ買う人が冷たい物を手にすることになるから」
はぁ~なるほどね。いやぁ日本人は丁寧だねぇ。
でも先に買ってたたけやんさんは……なんか懐かしいなこの名前、じゃなくて。
先のコーヒーはちゃんとあったかそうだったよ? なのに次のコーヒーが冷たいのって変だよね?
「普通は次があたたまるまで売切表示が続くんだけどね」
へぇ~そうなんだ……。
んん? だとしたら余計に不思議だね。でもそれだけでよくあの自動販売機がおかしいってことに気付いたのはマリちゃんだけだよ。
「うん、でもホントはコインの投入口がおかしいなって思ったの」
マリちゃんが前髪を払った。
コインの投入口?
「自動販売機のコインの投入口って地面に対して平行、つまり横向きになってるんだよ。駅の券売機とは違って。スペースの確保とか色々理由はあるんだけどね。バリアフリーの自動販売機とかになるとまた違うけど、あの自動販売機はだいぶ型が古い物だった。風化している部分もあったし、何より『売切』って表記が古いし。今は温めたり冷やしたりしている時は『準備中』って表記になるのが主流だしね。だからとにかくあの自動販売機は不自然な点が多かった。設置主を調べて話を聞いてみた方がいいと思ったからそう言ったの」
たまたまあの缶コーヒーのところだけ調子悪かったとかは?
「それだったらそれでもいいよ。でも他の商品でも売切表示されていて、あのコーヒーだけ補充ってのは不自然じゃないかな」
結局、警察が調べたところ、自動販売機の持ち主が犯人だった。
なんでもほんの出来心というか悪戯だと本人は言っていたみたい。なんかちょっと売り切れただけで自動販売機を蹴ったりする若者を成敗するためとかよくわかんないこと言ってたとか。
すぐ死んじゃうような毒は入れてなかったみたいだけど、下剤が入っていたみたい。
実はここ数日、この近辺で腹痛の訴えが続いていたみたいで、病院や保健所から連絡があったから警察の調査も始まろうかとしてたみたい。って話を後日三木松刑事さんっていうちょっとした知り合いの刑事さんに教えてもらったの。
缶コーヒーが原因ってなるとすぐにわかりそうなものだけど、色んな飲み物に仕掛けてたみたい。
自動販売機で買った飲み物がいつ飲まれるものかということも人によって違うから特定が難しかったのかもねってマリちゃんが言ってた。
実にくだらないというか、あきれてものが言えないって感じ……。
さて、そんなくだらないことは忘れてしまわないと!
なんたって今日はHRでいよいよバスの座席を決める日だからね。
担任の次田先生がさっそくバスの座席表を黒板に書いた。
大雑把な先生なので、もちろんあの算数の授業で時々出てくる大きな定規など使うこともなく、横に長い長方形を書いたと思えば、歪んだ線で幅のまちまちな四角いマスを次々に作っていく。まぁ二人掛けの席が、真ん中にある通路を挟んで左右に並んでるっていう特になんの変りもないバスだよ。クラスの人数分は席があるから補助席は必要ないね。
一番端に5人掛けの席を書いて、そのすぐ近くに「後」、反対側に「前」と書いた。そして長方形の上には「山側」、下には「湖側」とも。それで終了。
……山と湖ってなんだろうね。
「バスの進行方向から見て初日に見える風景を書いてくれたんじゃないかな?」
なるほど。……え? マリちゃんその道通ったことあるのかな?
最初に次田先生が「もうめんどくさいからくじ引きでいいか?」とか言い出したので、浅野さんを初めとしてもうみんな大ブーイング!!! もちろん私だって例にもれずってやつで!
席替えならそれでもいいけどさ、せっかくの修学旅行でそれはないよ!
「はぁ。わかったわかった」
先生はいかにも面倒くさそうに口を歪めた。
「その代り、5分で決めろよ。他にも説明することとかあるからな。それとケンカになったらすぐにくじ引きだ」
えぇー!?
と、またクラスみんなで声を荒げたけど、今度は先生も諦めない。「はい、はじめ」と一方的に開戦(?)の合図として1発手を鳴らした。
そうなると小学生とはやはり単純なもので、みんな席を立ち急ぎ席を決めていく。
とは言っても、私とマリちゃんのように、予めバスの席を隣同士になろうと約束している子の方が断然多い。特に女子はね。クラス中のみんながわらわらと小さく集まっては誰とどこに座るか作戦会議中だ。
マリちゃんはというと、私の後ろでじっと座ったままである。中にはすでに黒板に向かっている子もいる中で。マリちゃんはいつものようにクールでいいかもしれないけど、誰もマリちゃんのことを誘いにこないのかな? と一人私は不安になっていたけど、
――あんたたちは二人で座るんでしょ?――
と、ミキティがお昼休みに言っていたのをふと思い出した。まぁもちろんそうだけどね。ミキティは会長と一緒に座るみたいだね。
マリちゃん、どこがいい?
「私はどこでもいいよ。サキちゃんの好きなとこで」
よしっ! そうと決まれば!
……まぁ私もどこでもいいんだけどね。
とりあえず私は一人黒板へと向かい、なんとか名前を書くことができた。
一番後ろの席は男子が座るだろうと思って少し前の方にした。あんまりうるさいのもちょっとね。でも一番前は酔いやすい人が書きたいだろうから空けておいたよ。
みんなも順番に書いてってる。あ、今回は女子が一番後ろの席を書いたのか。それだったら後ろのほうでもよかったけど……まぁいっか。降りる時楽だし。
マリちゃん、あそこで良かった?
「うん、途中でトイレに降りる時とか楽だし」
あ、一緒の考えだ。ははは。
「――先生、みんな書きました」
男子クラス委員の長束君が、教室の後ろで腕を組んで眺めていた次田先生の所へ報告に行く。
「おぉ、ホントに5分以内にできたな」
と先生は笑っていた。もう! そっちがそうしろって言ったくせに。とむっとした子は私だけじゃないと思う。
先生が教壇に戻っていった時だった。
「わっ――」
先生があろうことか教壇の段差に躓いたのだ。
咄嗟に先生は手を着いて転倒を免れた。
けど……!
「あぁ!?」とどこからともなく声が響いた。
先生が手を着いた場所は、黒板――座席表の丁度中心部だった。
先生の手形が綺麗に座席表の上に押され、さらに多少こすれたせいもあって、中心部の数席分、名前が消えてしまった。
山側
□ □ □
後 通路 前
□ □ □
湖側
消えた座席は6組分。
「すまん……」
いつも気だるそうで、あまり表情を変えない先生だけど流石にこればかりは申し訳なさそうだ。
「誰か覚えてるやついるか?」
と問いかけてきたが、短い時間で慌てて書いたから、自分の席くらいは覚えてるけど、他の人の席までなんて覚えてないよぉ。
「一先ず、名前が残ってない人たちに出てきてもらったらいいんじゃないですか?」
と長束君のアイデア通り、6組の人たちが出てきた。
それぞれが自分たちの記憶を辿って、情報を出そうとしているが、不思議とどこも自信がないようだ。それも次田先生のせいだよ。
ちゃんと綺麗な線で書いてなかったから曖昧だし、数字とか書かれてたわけじゃないからね、もう。
1組目は宮崎・高畑さんペア。
「私たちは海側だったと思うわ。前の席は女子だったと思うけど」
2組目は林・進藤さんペア。
「私たちの通路を挟んで反対側には河合君たちがいたよ」
3組目は設楽・日村君ペア。
「この中じゃ一番前じゃね?」
4組目は河合・代々木君ペア。
「こっちはこの中だと一番後ろだったね」
5組目は本田・豊田さんペア。
「私たちは山側だったと思う。隣には宮崎さんがいたわ」
6組目は中尾・池上君ペア。
「全然覚えてない。けど俺たちの後ろには林がいたぜ」
みんな意外と記憶が曖昧だね……。どうなんだろ。もう、スマホのカメラとかで撮っておいたら楽だったのにね。
ポケットに入れてたけど、流石にそんな風には使えないし……。
「……」
マリちゃんがじーっと黒板を眺めている。
何かわかったのかな?
「あの6組の中で、1組だけがウソついてるかも」
とマリちゃんが呟いた。
……えぇ!? そんなことわかるの!?
「あの席が男子か女子か気になるけど、多分ね」
マリちゃんが気にしてるのはどの席だろう?
ん? スマホが震えてる……ショートメッセージ? 非通知だ。なになに……。
「□は一つで2席だと思ってください? まぁ特に影響はありませんが。」……なんだこれ。削除しよっ。
隔週日曜日更新していきたいと思います!
回答編と次の事件は同じ話数に記載予定です。