第0話 小学生マリちゃんの最初の事件簿 起
申し訳ありません。ミステリーと言っても全然本格的でも、すごいトリックがあるわけでもありません。
そういうのをご期待されている方は他の作家さんをお勧めしますので、どうぞブラウザバックしてくださいませ。
誰でも解ける、みすてりー、を目指してます。
「28割る4は7です」
おぉ~。とクラスが騒ぐ。
なんてことはない。ただの割り算なのに。
まぁ確かに、本当なら今日、これから習う4の割り算だから、驚くのも無理はないでしょうけど、私はきちんと予習をしてきてるのだから当然なの。
オーッホッホッホ!
「あー、もういいから、さっさと座りなさい」
と、先生は私を座らせると、またのらりくらりと授業を進める。
この小学校の先生の中では高齢なほうなので、良く言えば生徒もついていきやすいペース、悪く言えばじれったいペースなのだ。
特に、今日の私としては後者になるけど。
先生、お願い! 早く終わらせて~~。
こうしている間にも……。
私は、時計の秒針が一定の速度で回ることにさえ、イライラしていた。
あーもう! ぴゃーって回転してよ!
あーでも待って! あんまり急に早くなりすぎて、間に合わなくなっても困る……!
あと2分……。もう片付け始めてもいいかな?
今日はラッキーなことに、帰りの会は『先生会議の日』でなしの日だし、掃除当番は私じゃない。
まぁ掃除当番は最悪誰かに代わってもらうってこともできるけどね。
終わりのチャイムまであと1分……。
いい? まずチャイムがなると同時に挨拶をしながら、ランドセルの中に教科書をねじ込んで、背負うのもめんどくさいから、抱えてとりあえず下駄箱までダッシュよ。
ランドセルは後ろのロッカーじゃないのかですって?
ふっ、誰に向かって言ってんのよ。ちゃんと5時間目が始まる前に机の横のフックに引っ掛けてるわよ。まぁ多少邪魔くさかったけど、耐えられないほどではなし。
先生がなにか言ってたけど、気を付けますの一点張りで軽々突破よ。
誰に向かって答えてるかは私もわからないけど。
「あーそれじゃあ最後に、佐藤、問2、解けるか?」
な……なんだってえええええええええええええ!?
私の心の叫びをかき消すようにチャイムが鳴る。
なんでそんな終わり際に問題なんて出すのよ! 先生だって忙しいでしょ!?
「えーっと……うーんと……」
何やってんのよ佐藤! そんなの超簡単じゃない、1よ1! 4割る4なんて1に決まってるでしょうが! 授業中なに聞いてたのよ!
……ってそうだったわ。先生、授業中に寝たり遊んだりしてた子に、意地悪でわざと当てるのよね……。最低。もし誰でも簡単に世界中にこの状況を投稿できる手段とか発明されたら、この先生すぐにでもクビね。
「えっと……3、かな」
まだ答えてなかったんかいっ! 3なわけないでしょ! あーもう勝手に答えてやろうかしら。
「佐藤、授業中に落書きばっかりして遊んでるから、こんな簡単な問題も解けないんだぞ」
あーもうはいはい。先生が正しいことは、よぉぉぉおおおおおおおっく、わかりましたから、早く終わりましょ? ね?
「よし、それじゃあ今日は割り算という重要な計算方法だったからな。宿題をきちんとしてくるように。57ページから60ページの問3までだ」
≪えええええええええええええ!?≫
とクラス中がけだるそうな悲鳴を上げるけど、私としては、それでもういいからさっさと終わってほしかった。
とにかく、『起立気を付け礼!』の三拍子が終わったので、私はランドセルを机の上に躍らせると教科書とノートと筆箱をねじ込――みながら飛び出し――
「どこ行くんだよ? 今日掃除当番だろ?」
はぁ!? 私昨日やったでしょ!? ふざけんじゃないわよ佐藤……これ以上私から時を奪おうものならあんたの家にピザ10人前注文するわよ!
「朝のホームルームで今日の当番の山田が休みだから代わりって決まっただろ」
知らないわよ? そんな話。
「だってお前がトイレに行ってる間に決まったからな」
ふ・ざ・け・ん・じゃないわよおおおお!
「あ、あの、私変わってあげようか?」
と言ってくれたのはゆきみちゃん。優しくていつも私を支えてくれるのよね。
ありがとー! 今度ジュースおごるね!
「おい、勝手なことしちゃダメだろ」
うっさいわね! 授業中寝ててあんな簡単な問題も解けなかったあんたに言われたくないわよ!
「そ、それとこれとは話が違う――」
「いいの。それにほら、今日はお母さんの大事な日だもんね」
さっすがゆきみちゃん、覚えててくれたのね。
「なんだよ、大事な日って」
いいのあんたは。ゆきみちゃん、こいつには教えなくていいからね。
「あ、あはは、うん」
「なんだよそれ……」
じゃ、私急ぐから!
たっだいまぁ!
私は結局、ランドセルを抱えたまま走って帰ってきた。そしてそれを玄関に投げ捨てた。
「こら! なんだ慌ただしい」
うっ……最悪……よりによって父さんがいるなんて……。
あ、はは……ただいま帰りました~、お父様ぁ。
「よろしい」
ちぇーっ。そんなのどっちでも一緒じゃん。
……って、そんなことはどうでもいいって!
どうなの!? っていうか、こんなところにいていいの!?
「慌ててどうとなることではない。こればかりは待つしかないのだからな。わかったら手を洗ってうがいをしてきなさ――」
……あのさぁ、なにやってらっしゃるのかな~、お父様は?
「わ、私は落ち着いて紅茶を嗜んでおるのだ」
確かに、ソーサを左手に持って、右手でカップをつまむように持ってるけど、それカップじゃなくて、私のぬいぐるみじゃない?
「む? はっ!?」
だっはっは! 自分だって慌ててるくせに。だいたい、玄関に出迎えに来るのに紅茶片手にっておかしいでしょ。
「し、仕方なかろう。母さんからは連絡があるまで来るなと言われているのだから」
そりゃ、カップとぬいぐるみを間違えるほど動揺してる人がいたら邪魔なだけだもんね。
「こらっ! 調子にのって――」
じゃあ私は連絡あるまで宿題してま――
ピリリリリリリリリリリリリリリ――
父さんの携帯電話が鳴った。遊び心のないデフォルトの音なのに、今日はなぜかすごくせかされている気がした。
私と父さん、そして父さんの部下である中里のお姉さんの三人は病院に猛スピードで向かう。
ちなみに、この時スピード違反で警察の人に怒られたのはいい思い出。
でも遅くなっちゃった。父さん、もっと上手に飛ばせなかったの!
「無茶言うな!」
「まぁまぁお二人とも今はそれどころでは――」
「病院ではお静かに!」
廊下を走っていたので、看護師さんに怒られちゃった。助産師さん? まぁどっちでもいいけど、学校以外の廊下も走ると怒られるのね。
看護師さんはきっと目を吊り上げていたかと思えば、怒鳴り終えたとたんに、目をぱちくりとさせている。まぁ無理もないけど、父さんと中里のお姉さんの格好を見れば、ね。
「それよりも分娩室はどこです!?」
勢いに負けた看護師さんに案内してもらって、いよいよ分娩室へとたどり着いた。
「よし、いよいよだぞ!」
ど、どうしよう、私いまさら緊張してきた。
「あの……」
「お嬢様、緊張する必要はございませんよ」
でもだって初めてだし!
「あのぉ!」
と、看護師さんが声を張り上げる。
私たちは盛り上がっていた気分を、一瞬のうちに抑えた。
「「「へ?」」」
「もう分娩室にはいらっしゃらないですよ。お母さんも赤ちゃんも別のお部屋です」
「……あら? もう来たの?」
そう言って私たちを出迎えてくれたのは、新たな生命を生んだばかりの、新米ママさんだ。
ベッドに寝てはいるけど、顔色もいいし、声にも張りがある。
思ったより元気そうだね、安心しちゃった。
「元気よ元気!」
にっこりと笑っている。両腕に力こぶを作って見せる。いや、産んだ直後なんだからそこまで元気でなくてもいいけど。
「奥方様、ご無事でなによりでございます」
父さんが、お屋敷の中での振る舞いを思い出したように、きりっとお辞儀をしてみせた。
「やめて~、もう。なんだか1週間くらい入院しただけなのに、そんな風に挨拶されると小恥ずかしいわね」
ねぇねぇ、ところで、赤ちゃんはどこ!? このお部屋にはいないみたいだけど。
「ここは私の入院してるお部屋だから。本当ならもう少し分娩室で休むみたいだけど、私が思いのほか元気すぎたみたいね、ふふふっ。赤ちゃんはね、新生児室って場所で今は寝てると思うわ」
見たい! ねぇ行こう?
「いくらなんでも私も立ち上がるのは今は無理よ。中ちゃん、一緒に行ってあげて」
「は、はい。あ、それと」中里のお姉さんがバッグを持ち上げて、
「こちらにお着換えなど洗濯いたしましたものをお持ちいたしました」
「ありがと~。助かるわ。そのソファの上にでも置いといてくれる?」
「かしこまりました」
ねぇ、早く行こう? お医者さんにどこかに連れていかれるかもよ?
「えぇ!? わ、わかりました!」
私は中里のお姉さんの腕をちぎらんばかりに引っ張って、個室を後にする。
「無事お生まれになってなによりです。ところでうちのは?」
「たぶん入れ違いになったわ。あれこれと持ってきてってお願いしたから。ところであの人は?」
「は、お館様でしたら今こちらに向かわれて――」
新生児室というところには、電子ロックが掛かっていて、私たちは入ることはできないけど、ガラスの向こうにいっぱい赤ちゃんが並んでいた。
「今日お生まれになったお子様ですね」
え? この子たちみんな!?
「も、もちろん、数日前に生まれたお子様もいらっしゃいますけど……あ。ほら、あちらのお子様」
中里のお姉さんが指さしたベッドを見ると、柵のところに白いプレートが備え付けられていて、黒くて太いマジックみたいなので色々と書かれている。
『鈴木太郎ちゃん 10月4日』と書いてある。
今日の日付だ。
時間は朝の4時!?
「夜通しお母さんが頑張ったんですよ」
そうなんだ……私って何時に生まれたのかな? 今度聞いてみよう。
って、それはともかく、どこにいるのかな?
「あ、あちらではございませんか?」
え? どれどれ……。
あ、ホントだ! ベッドの名札に『大宜見ベビー』って書いてある!
あらら……足の裏にも……真っ黒になっちゃってるよ。
「簡単に入れないですけど、それでも万が一間違いが起きないように、すぐにマジックで名前を書いておくのです。今はタオルケットで隠れてますけど、お腹とかにも書かれているかもしれませんね」
なるほど。でも、苗字だけ……あ、よく見るとリナさんの名前が書かれてるね。
「あ、また奥方様をそのようにお呼びして……おおお、お叱りを受けますよ?」
私より震えてるじゃん……。大丈夫よ、今は父さんもいないんだし。
中里のお姉さんは、ここで私に厳しく言えないことにもどかしさを感じているのだろうけど、ふぅと息を吐いて、声の調子を整えると、
「おそらく、お名前はまだこれからお決めになるのではないですか? お館様も随分と悩まれていらっしゃったので」
まぁそうよね。子供の名前ってホント決めるの大変だろうなぁ。最近は色々すごい名前つけられてる子がいるみたいだけど。まぁお館様とリナさんなら間違いはないんじゃない?
「ふふっ、そうですね。藍様のお名前も素敵ですよ」
なによ急に……。そう? でもすぐ間違えられるんだよねー。『愛』の方に。でもそっちじゃなくてよかったとは思うけどね。そんな乙女チックな名前、恐れ多くて名乗れないし。
「思い出します、柚羽様お二人で随分と悩まれていましたから。お二人とも高齢でお産みになったので、自分たちのセンスで名付けて、名前が古臭いといじめられたりしたらダメだって。50個くらい候補があったように記憶しておりますよ」
ふーん……そうなんだ……。
って、いいわよ、私の話は。
私は照れ臭くなって、強引に話を切り、新しい命に集中した。
ぱっと見ただけではどれも同じ……。私はどうせそう思うだろうと思っていた。ほら、よく言うじゃない。お猿さんみたいに見えるとか。
ちっともそんなことはなかった!
切れ長の目はお館様にそっくり。早くその瞼を開いて欲しい。リサさんに似た繊細な口元から泣き声も聞いてみたい。その小さい手をきゅっと握り合ってみたい……。
私は、初めて人が始まる瞬間を目の当たりにして、子どもながらにいろいろなことを思った。そしてやはり子供だったのできれいにまとめるような言葉は思いつかない。
だけど、この素敵な出会いの瞬間を、一生、忘れたくても忘れることはないだろう。
そう思っていた。
だけど、この子が生まれたことで、私を取り巻く環境は次第に、そして大きく変化していくことになるのを、この時の私はまだ知る由もなかった。
隔週日曜日更新していきたいと思います!
ですが、今回は来週更新いたします。
なお、今回より、回答→出題→回答→・・・という流れが不規則になりますので、
あらかじめご了承くださいませ。