第17話 帰らぬ修学旅行 2日目 ~1:28 T県立総合病院 院内
申し訳ありません。ミステリーと言っても全然本格的でも、すごいトリックがあるわけでもありません。
そういうのをご期待されている方は他の作家さんをお勧めしますので、どうぞブラウザバックしてくださいませ。
誰でも解ける、みすてりー、を目指してます。
結局、私はまた一人になった。
先生はマリちゃんのために血を採りに、藍さんたち二人は家族だからとマリちゃんの手術の説明を受けるために、この無機質な銀の扉の向こうに消えていった。
時々聞こえてくる何かの機械音、電子音。そして鼻をくすぐる薬品の臭い。
一人で手術室前にいると、不安になるし、なんだか少しみじめな気持ちにもなった。
私はそんな気持ちをごまかすために病院内を探検することにした。
と言っても、低学年の子じゃないんだから、入っちゃダメなところに潜りこむわけじゃないけどね。
こんな夜遅くに病院の中を歩き回るなんてめったにできることじゃないからね~。
でも……入院してる人のお部屋があるフロアはちょっぴり怖いので、1階までひとまず降りることにした。
エレベータを降りる。
薄暗いけど見えないほどじゃない。常夜灯があちこちに光ってるし、非常口への看板があちこちで光ってるしね。お家の豆球よりはずっと明るい。
目を凝らさなくても、目の前に大きな受付が静かに居座っていることは見えるよ。
さっきこの病院に着いた時には気にもしなかったけど、今改めて見ると大きな総合受付だ。上には①『総合受付』とか④から⑧まで『会計』とか書かれている。もちろん、今はライトが切れているので、うっすらと白抜きの字になってるだけだけど。
当然人もいないし。しんと静まり返っている。
不気味といえばそうだけど、それよりも特別感っていうのかな、まるで世界中の人がいなくなって、私だけ取り残されたような、そんな悲しさと変な興奮が混ざった特別感を得られたような気がした。
もしマリちゃんがこのまま目を覚まさなかったら、私の世界は……、きっとこんな感じになるのかも。
……ダメだダメだ! これじゃなんのために降りてきたのかわかんないや。
私は腰かけていた待合の椅子から飛び降りて、違う場所へと向かうための通路を探した。
すると、角から光が漏れている。
あれ? こんな時間でもなにかしている人がいるのかな?
角から顔を覗かせると、そこは売店だった。
あ、なるほどね。でもさすがにこの時間に販売はしていないよね?
店の出入口の前には看板が立っていた。営業時間のお知らせみたいだ。「朝は7:30から、夜は21:00まで」が営業時間みたい。
でも人影が……まさか泥棒さん!?
いや、でもそれも変かな?
売店っていっても、病院内の一角を、商品陳列の棚で区切ってる程度で、病院の外からは入店できない感じだし。
わざわざリスクを冒してまで侵入する価値がないよ。……ってマリちゃんなら言いそう。
だとしたら……お店の人かな? 片付けとかしてるのかも。
私は怖いもの見たさで近づいていく。まさか泥棒をする幽霊なんてことはないと思うし。
やっぱり人だ。ジーンズに茶色のダウンジャケット。短髪の後ろ姿は男の人っぽい。私には気付いてないのかな?
あの……――
「うわあああああああああああ!」
わああああああああああああ!?
「ああああああああ……ってなんだなんだ!? 幽霊じゃないのか?」
違いますよ! 私は生きてます! 縁起でもない……。
「はは、わりぃわりぃ、ついビックリしちまった」
もう、失礼しちゃうなぁ。
にっかりと笑うおじさんは、こんな寒い季節でも日に焼けた、無精ひげの似合う元気そうな人だった。お祭りの屋台で焼きそばとか売ってそう。
「いやこんな夜中に病院で、子どもの声で急に喋りかけられたら誰だって驚くだろ!」
……。
確かに。
おじさんが唾を飛ばして必死に訴えるのも無理はないね。
ていうか、おじさんどこかで見たことあるような……。
「ん? そうか? 俺もそんな気がするけどよぉ、まぁ副業でね、色んな所で色々やってるからよ、子供相手に。かっはっは」
そっか。すっごい似てるけど、さすがに県外だし違うよね? まぁいいや。
ところでおじさんは何をやっているの?
「ん? あぁ。商品の搬入だ。夜中の間にこうして置いておけば、明日の朝すぐにお店の人が商品を並べられるだろ」
おじさんの傍にはプラスチックのカゴが数段積み重なって置かれていた。
そーなんだ。あ、でも、一度だけお父さんと夜中にコンビニに行った時、そんな感じだった。
あれ何歳の時だったかな……。
その日はお母さんが出張で、お父さんと私しかいなかったけど、夜急いで出かけないとダメになって……その帰りに寄ったんだっけ。
夜のコンビニなんて行ったことないからはしゃいじゃったんだよね。その時、通路にたくさんのカゴが置いてあったなぁ。
「まぁここは24時間じゃないからな。それにおじさんは生モノ担当じゃねえから簡単だけどよ。ところでお嬢ちゃんこそなにやってんだ? こんな時間に……」
え、えっと……その……。
マリちゃんのことを勝手に話して良いものだろうか。
と、私が悩んでいると、おじさんが先に、
「あ……いいいいや、なんでもねぇ。幽霊じゃないならいいってことよ」
むしろ幽霊にでも遭ったみたいに、動揺しつつ急に話題を取りやめてくれた。
……気を遣ってくれたのかな?
「そうだ!」
おじさんは平手を打った。
「退屈なんだろ? おじさんがひとつクイズを出してやろうじゃあねえか」
くいず?
「あぁ。なぁに、今回はそれほど難しいもんじゃあねえ」
今回?
「ん? あぁ、ついいつも色んな所でクイズを出してるからよ。気にすんな、こっちの話だ。まぁなぞなぞというか、推理クイズというか……でも、4歳の子でも解けたから大丈夫だ」
4歳の子? それなら楽勝だね! 舐めないでよね。この私を!
「あれ? 6歳だったか? ん……まぁいいか」
● ● ●
木林さんが家に帰り、玄関のカギを開けて中に入ると、泥棒に入られていることに気付き、急いで警察に連絡をした。
犬塚刑事が急いで駆けつけてきた。
家の中は酷く荒らされており、何が盗まれたのかすぐにはわからない状況だった。
木林「大切に保管しておいた私の宝石がないわ!」
そんな折、犬塚刑事の部下が野次馬の中から怪しい人3名を見つけてきた。
現場検証と木林さんは他の者に任せて、刑事はさっそく、3人を個別に呼び、話を聞いてみることにした。
一人目:輪二
「なんだよ? 俺は木林のおばさんの下の階に住んでるんだ。帰ってきたら騒々しいことになってて、人混みで入れないから困って野次馬の後ろでウロウロしていただけだぞ。
アリバイ? だから仕事から帰ったばかりだっての。朝出てから今帰ったところだ。運送業だからな、確かにずっと誰かに観られていたわけじゃないけど……。いや、独り身だからな、朝出た時間のアリバイもないけど……なにかあったのか? つーか俺を疑ってるのか!?」
二人目:宇佐美
「はい? あぁ、僕は隣の部屋に住んでるよ。大学の授業が終わってから、バイトに行く準備をしていた。一度家に帰ってきて、洗濯物を取り込んだり、夕飯の準備をしていたところさ。
午後5時から6時半まではずっと家にいたよ。特に怪しい気配はしなかったよ。僕自身も慌ただしくて物音を立てていたから余計にね。ベランダも仕切りがあるから、隣の様子だってそう見えないよ。向かいの建物も外装工事なのかな、足場と防音シートで覆われているから誰も犯人の姿を見てないかもね」
三人目:加畑
「え? 私は丁度真上の部屋。あの奥さん、以前私たちに宝石のこと自慢してきたわ。このマンションの住人の女性を集めてわざわざね。みんなその隠し場所は嫌でも知ってるわよ。『これくらいの宝石もってないと女としてダメ』とか言われちゃったわ……失礼でしょ!?
なにかあったの?……はぁ? 欲しくないわよ、あんなおばさんが付けてた宝石なんて。性格の悪さが移ったらイヤだもの。夕方パートから帰ってきて、17時頃まで寝てたけど。ちょっと買い忘れた物があって出ていたところよ」
犬塚刑事は頭を悩ませながら、みんなに話を聞いた後木林さんに家を留守にした時間を訪ねた。
木林さんは午後5時半から7時まで外出していたという。そして帰ってきて、荒らされたことを知り、急いで電話をかけてきたようだ。
警察が到着するまで、部屋からは誰かが出て行った様子もなかったという。
ベランダの窓の鍵が開いていたが、それはどうも奥さんが閉め忘れたようだ。
外部から侵入のために、ガラスを割ったとか、鍵をこじ開けた様子はないというのが鑑識の意見だった。
さて、犯人は誰だろう?
● ● ●
「難しかったか? まぁよく考えてな。そうすりゃ、余計なことは考えなくてすむだろ」
最後におじさんはそう言って、仕事が終わったらしく、関係者の人だけが使う通路から出て行った。
「ほらよ」と、あったかいコーンスープを渡してくれた。
……泥棒になりません?
おじさんはこけそうになったのを何とか堪えて、
「お代はレジの傍においてるっての! 明日連絡しとくから子供は余計なこと気にするな!」
私は頭を悩ませながら上に戻ることにした。誰かにヒントを貰わないと、私じゃ解けない。……うぅ、ホントに4歳の子が解けたの!?
3階へとエレベータがずっしりとたどり着き、空間ごと私を鈍く揺らす。
とろりとろりと扉が開き、また薄暗い通路へと戻ってきた。
待合スペースは、エレベータの出入口から向かおうとすると、一度角を曲がることになる。
私がその角を曲がった先に、二人の人影が立っていた。
……へ?
私を待ち構えていたのは、藍さんとマリちゃんのおじいちゃんだ。
ただ、先程までの謎のスノーボーダーの格好から一変して、いわゆるメイド服と、黒のスーツ姿に代わってしまっていた。
藍さんの服は、濃紺のワンピースに白いエプロン。スカートはコスプレみたいに不必要に短いものではなく、気品あふれる丈の長さ。エプロンも最低限のフリルだけ。
おじいさんの方は、どこにでもありそうなシンプルなスーツだ。もっとも、その生地の素材はきっと高級なんだと思う。
私は開いた口を閉じようともせず、一歩一歩踏みしめながら、二人に近づく。待合室はそれなりに照明がついているので明るいからこっちからは見えるけど、通路は最低限の明りしかないので、私に気付くのが遅れたのかな? いくつか歩いてると、やがて二人は私に気付いたらしく、背筋を改めて伸ばし、
「「お帰りなさいませ菱島様」」
と声を揃えた。
菱島様!?
お辞儀……というより、まるで機械のように上半身を折りたたむしぐさは、もはや芸術的だったよ。
ど、どもども……。
私が呆気に取られていることを知ってか知らずか、二人は顔を上げて優しく微笑んでくれた。
それは嬉しかった。けど、いや、もう私よくわからなくなってきたよ!?
あの……藍お姉さんと、マリちゃんのおじいちゃん……ですよね?
「いえ、」
藍お姉さんがゆっくりと首を左右に振る。「私どもは、マリお嬢様にお仕えしております、一メイドと執事にございます」
……はぁ。
え……冗談……とかではなさそう……だね?
「常日頃、菱島様にはお嬢様と仲良くしていただき、我ら感謝の念で感無量でございます」
おじいちゃん……いや、マリちゃんの執事さんがそう言って、改めて頭を下げてくださった。
改めて見ると、おじいちゃんというのはやはり失礼なのかも。最初に会った時も思ったけど、髪の毛こそ白いけど、肌とか、目とかが若い。
ていうか、その菱島様って言うのがちょっと……恥ずかしい!
「かしこまりました。菱島様の呼称につきましては、またお嬢様とご相談させていただきます」
うん……、いや菱島さんとか、サキちゃんでいいんだけど……。
いや、あの……なんていうのか、まだよくわかっていないんですけど、どうしたのその格好は?
「菱島様には、私どものことをきちんとお伝えしなければならないと考え、正装に着替えた次第でございます」
た、確かに絵にかいたようなメイドと執事の姿だけど……。
「執事は燕尾服の印象がお強いかもしれませんが、実際はスーツでの行動が多いのです」
いや、そこは大丈夫ですよ?
と、その時、エレベータの開く音がする。
革靴の足音。こっこっ……とせっかちな音が聞こえてきた。
「あ、おーい!」
と駆け寄ってきたのは、三木松刑事だった。
刑事さん、しーっ!
ほら……偶然通りかかった看護師さんが睨んでるよ……。
「ちぇっ、ついてねーな俺も」
かっかっかと笑い、
「どうだ? マリお嬢ちゃんの様子は?」
すぐに本題に戻る。忙しい人だ。
おじいちゃん……執事さんが「はっ」と小さな会釈をして、
「血液は担任の先生がご提供くださるので、一安心です。その後の感染症や、副作用の心」
ふと、その不自然に会話が途切れた瞬間、大人たちの視線が私に集まる。
「菱島様、ご安心を。今は病院の先生たちを信じて待ちましょう」
藍さんが優しく微笑んでくれたけど、その目の奥で鈍く光る不安な色は隠せてないよ。
複雑な心境ってやつだね。生意気なのかもしれないけど、自分が気を遣われているってわかると、子どもであることが、少し悔しい。
「まぁ一緒に待ってやるから安心しな」
刑事さんがあっけらかんと言う。
はは……どうも。ところで、刑事さんはどうして?
「あぁ、こいつに連絡を貰ってな」
とアゴで指したのは藍さん。
「刑事様、善良な市民に対して、その仰り方。いかがなものかと思いますが」
藍さんが今度は口だけニッコリ笑って、刃物のような目つき、そして指すような語気で刑事さんを諭した。
「あ、あぁ……悪かったな」
刑事さんは青くなって頭をかいた。
刑事さんは藍さんともお知合いなんですね。
マリちゃんと、最初に学校に来た時も、知り合いみたいだったけど。
っていうか、マリちゃんのお父さんとお母さんはまだ来ないの?
「……」
「……」
藍さんと執事さんが目を合わせている。
そして、やがて二人は小さくうなずき合うと、
「菱島様、よろしければ、私……少しお話をしてもよろしいですか?」
隔週日曜日更新していきたいと思います!
回答編と次の事件は同じ話数に記載予定です。