第12話 帰らぬ修学旅行 1日目 ~21:59 旅館『庵治美亭』
申し訳ありません。ミステリーと言っても全然本格的でも、すごいトリックがあるわけでもありません。
そういうのをご期待されている方は他の作家さんをお勧めしますので、どうぞブラウザバックしてくださいませ。
誰でも解ける、みすてりー、を目指してます。
マリが部屋の出入口から部屋の間のわずかな通路部分に座り込んで十秒ほど経っただろうか。私も聖奈も呆気に取られて、言葉をかけることも忘れていた。
「ど、どうしたの?」
「サキちゃんが……いない」
まだ座り込んだまま、からっぽな声で言う。
いないって……。
私も改めて部屋の中を覗いた。うん、確かに姿は見えない。
でも、それがどうしたっていうのよ? トイレとかじゃない?
「そうね」
聖奈が先に部屋に入り、中を眺める。
そして浅野たちに尋ねる。「ねぇねぇ、菱島さん知らない?」
「あたしたちが帰ってきた時にはもういなかったけど……てっきりマリちゃんと一緒だと思ってた」
胸の真ん中が少し沈む。
「いないの? 電話してみたら?」
「え、でもさっき菱島さんの鞄から着信音聞こえなかったっけ?」
胸の中を悪戯にかき回すような情報ばかりが耳に入ってきた。
聖奈が肩をすくめながら戻ってくる。
「でも、ロビーとか、それこそ誰かの部屋で遊んでるのかもよ?」
「それこそロビーからここに来た。ここまでは一本道しかない……」
よたりと、壁に手を着いて立ち上がりながら、それでも冷静な分析は変わらない。
「可能性があるとすれば、他の部屋へ行ってるくらい……。だといいけど」
吐き捨てた言葉尻は自信のなさを物語る。
でも正直に言うと、私も可能性は低いと思ってる。あれだけいつも「マリちゃんが――マリちゃんが――」って言ってるあの子が、一人でどこかに向かうって想像できないもの。
かといって、どこかに行ってるだけでしょ?――と、この時は思っていた。
それでも、私たち3人は手分けして、ひとまず別館の部屋を全て当たった。男女関係なく。
十分ほどして部屋の前にて落ち合った。
誰もサキを連れてくることは叶わなかった。
「いないどころか……」聖奈が露骨に声を沈めている。「目撃情報もなかったわ」
右に同じ、ね。
あんたはどうなの? と訊こうと思い、マリの顔をのぞく。
さっきみたいに、気力のない様子はもうない。むしろ、腕を組んで何か考えているその様子はいつもの彼女だった。
でも……どうなってるのよ、この旅館は!? 物がなくなるだけじゃなくて、人まで……って……
え…………
まさかああああああああああああああ!!!??!?
「ど、どうしたのミキちゃん!?」
ゆゆゆ、幽霊よ幽霊! そうよ幽霊だわ!
「ユウレイ?」
だってさっきの会議でも言われたでしょ!? 今日はきっとほら、あの……霊界から降りてきてるとか、そんな日なのよ! だから色々無くなって、サキもきっと……いけにえになったんだわ!
「な、何言ってるの!? 落ち着いて。冗談で言っていいことと悪いことがあるよ」
ジョーダンじゃないわよ! 本気よ!
「なるほど」
「マリちゃん!?」
「その話、詳しく聴かせて」
私と聖奈は、会議のことはもちろん、この旅館に来てからのことを彼女に伝えた。余計なことかなと思えるようなことも全て。教えてと言われるがままに。
彼女の、腕を組んで考える姿に変化はなかった。
やがてその腕を解くと、
「私、行ってくる」
え? どこに?
「サキちゃんを探しに。もしかしたら、ロビーで見逃していただけかもしれないし」
は? でもさっき――あ! ちょっと!
もう! 一人で先走っちゃって……!
「ねぇ、ミキちゃん」
聖奈がどこか気まずそうに言う。
「こんな時に言うのもアレかもしれないけど、……点呼までに戻ってこなかったらどうしよう?」
へ? あぁ!?
そうよ……22時の点呼で一人でもいなかったら草抜きの罰が……!?
22時まであと何分!?
「あと十五分くらい……」
ヤバッ!? と、とにかく、私も探してくる! ていうか、マリだけでも連れ戻さないと!
「わ、わかったわ! 私は最悪の事態に備えるわ」
私は急いで階段を駆け下りた。すれ違った他クラスの生徒たちなどがどんな顔をしていたのかなんてわからないくらいに。
そして、ロビーに辿り着くと、予想外の光景を目の当たりにした。
それは、先に辿り着いてたはずのマリにとってもそうだったのか定かではないけど、彼女も立ち尽くしていた。
ガシャガシャと軽い金属音が鳴り、ごろごろとカラカラと何かが回転する音、人が走る音、何か情報を言い合う声が聴こえる。
ロビーに張り巡らされた窓から、赤い光が一定のリズムで差し込んでくる。
周囲の野次馬に阻まれて、私たちからは誰が運ばれていくのかは見えない。
ただ、誰かが救急搬送されて行く……。それだけは分かった。
大人たちが見送っていく中、マリがさっそく行動に移る。
野次馬の後ろの方で背伸びして見送りしていた一人の仲居さんの後ろから袖を引く。明るい茶髪のその仲居さんは他の方に比べても随分若い印象を受けた。
「――え? あ、はい? なんでしょう?」
一瞬気が付かなかったのだろう。首を左右に振ってから、ようやく視線を落とされた。
「誰が運ばれたんですか?」
ぶっきらぼうに、無駄のない質問だ。
「あ、実は、当館の仲居が一人、倒れまして……」
「倒れた?」
「まだはっきりとは私も知らないんですけど、つい先ほど階段の所で倒れていたみたいで、頭を打って気を失っていたみたいです」
随分と簡単に教えてくれるなと思ったけど、やはりご自分でもそう気づかれたのか、
「あ、えっと……私から訊いたってことは内緒にしといてくださいね」
し~っ! と鼻っ柱に指を立てるけど、もう手遅れだと思う。
「大丈夫です。秘密にしておくので、また後程」
とマリは気になる締めくくりでその人から離れた。
「わっ!」
とマリは驚いている。どうしたのかしら?
「ミキティ、いたの?」
いたわよ! ずっと前、誰かが運ばれていく時から!
絶対わざとよ……今までどんな時もそんなベタな驚き方しなかったくせに……。
「あ、あなた!」
と言ったのは先程の仲居さん。
……あ、やばっ!
私たちは、お互いに今頃になって気づいたようだ。
「そう……。同じ学校の生徒さんだったの。全く、元気が有り余ってるんだから。もう入っちゃダメよ。それにあなた――」
あ、あはは……ごめんなさい。
私は気まずくて強引に言葉を遮りそそくさと離れる。
するとその傍をマリが同じように歩き、声を潜めて、
「あの人がさっき言ってた人?」
えぇ、そうよ。
っていうか、あんたどこに行くのよ? もうじき点呼なのよ? 一旦部屋に戻るわよ。
「戻らない。偶然転がってきたチャンスは、当然今しかないんだから」
と言い、マリはフロントの脇にある、従業員出入口へと向かう。
あ!?
という間に彼女はするりと潜り込んだ。
幸い……と言っていいのかわからないけど、みんなの注意は玄関口に集まっている。搬送先が決まらないのか、玄関口に停まったままの救急車が気になるみたい。
私も怖い物みたさというか、マリについていくことにした。あの子放っておいたら、何しでかすか分からないもの。
通路の中をのぞくと、もう既にマリの姿はない。
でも恐らく、私の話を参考にして動いているなら……と、私は女子従業員更衣室へと入った。
やっぱり……!
私が入ってきたことに気付いていないのか、マリはじっとロッカーを調べている。
何やってんのよ! 怒られるわよ。
「そうだろね」
と素っ気ない。私の顔を見るでもなく、ロッカーを開けずに、じろじろと手前から順番に眺めている。
ちなみに、ロッカーはどこにでもある、グレーの長方形、スチール製のタイプだった。ちょうどマリの視線の少しだけ上に開閉用の取っ手がある。
そうだろねって……あんたねぇ……。
「怒られたら謝ればいいんでしょ?」
そうだけど……そうじゃないでしょ。
「今は少しでも情報が欲しいから。その為なら私たちが怒られることくらいどうでもいい」
あなた……そこまで友達のこと…………って、私たち、ってなによ!? たちって!
「ありがとう、ミキティ」
いやちょっと待って……そりゃ私も心配になってきたけど、ひょっこり帰ってくるかもしれないでしょ? まだ何もそこまで乱暴にならなくても……。ていうか、先生に言った方がいいんじゃない?
「あった……」
私の話は全く聞いてないみたいだけど、その言葉によって芽生えた好奇心にイライラは押しやられた。
一体なにがあったの?
マリは答える代わりに、そのロッカーを開けた。鍵は掛ってなかったのかしら。
特に変わった様子はない。
着替えがハンガーに吊るしてあって、その下のラック部分にはバッグが置いてあるだけだ。女性のロッカーらしいと言えば、らしい。
一番下のカゴの中にティッシュとか、衛生用品らしきものが乱雑に詰め込まれていた。まるでぎゅうぎゅうに詰めていたから反動でぼん!っと自然と弾けたみたいに。
「ミキティスマホ持ってる?」
え? えぇ。あるけど。
「ちょっと写真に撮って。全体と、それから……」
マリは開いた扉の裏側をじっと眺めて、
「こっちも」
私は慌てて取り出し、スマホのロックを外すと、さらに急いでカメラアプリを起動した。
言われた通りに撮影し、さらに持ち物までアップで撮影。
廊下の血痕も後で撮るように言ってくる。ホント見かけによらず人使い荒いわね。
これって犯罪じゃないの?
「さて、最後は……」
マリは扉を閉めると、「表と名前……」
名札には、『沢田』と書かれていた。
「それとここね」
最後に指さしたのは取っ手だった。
最後の一枚を取ったその時――
「こらっ! あなたたち!」
先程の仲居さんだ。
説明の必要なく怒っていることがわかる。
「気付いたらいなくなってたから気になったのよ……さぁ! もう許さないわよ! 先生に言って注意してもらうからね!」
ヤバい……校長先生がいるってのに……これじゃあ点呼しなくても草むしり決定……!!!
「まったく、さっきのことも言っておかないと! 危ない悪戯なんてしちゃって……あなたたち優秀そうなのに、人は見かけによらないってことね」
うぅ……どうしよう……。
「ちょっと待ってください」
マリが言った。
それは決して許しを請うような弱い言い方ではなく、堂々と、むしろその仲居さんを追い詰めるような迫力さえあった。
「悪戯ってなんですか?」
へ?
「確かに、ミキティは二回も入ったからもう言い逃れはできないかもしれないですけど、」
ちょっ! 何人のことを売ってんのよ! あんたも同罪でしょうが!
「悪戯ってどういうことですか?」
そそ、そうよ! し、してないわよ悪戯なんて。ちょっと興味本位で忍び込んだけど……。
「よく言うわねあなた。こんなもの落としいて……」
その仲居さんが扉近くのロッカーを開く。どうやら彼女のロッカーみたいだ。
つまみ出したのは、鼠色をした、四角いもの。ぱっと見ただけではなにかはわからない。つい首を傾げた。
「まぁ、白々しい。あの時、この部屋の中に落ちてたのよ、こんな危ない物!」
掌に載せてずいと見せつけてくる。
私たちは近づいて目を凝らした。
何これ? カッターナイフの欠けた刃みたいだけど……それにしては大きいわね。でもこの一辺だけギラついた感じは……刃物、よね?
「私が知りたいです。もう、拾う時に危うく指を切りそうになったでしょ!」
「ミキティ、これも写真に撮って」
え? あ、うん。
「ちょっと! なにのんきに撮影なんてしてるのよ。インスタとかにあげないでよ!」
どこの心配してるんですか……。こんなの映えないですよ。
「さて、ここで調べたいことはだいたい終わったから、次に行こう」
そうね。
「ちょっと! あなたたち――」
「私がここに入っていたことはどうぞお好きに報告してくださったら結構です。特になにも盗ってませんし」
「は、はぁ!?」
「でも、その刃は私たちとは無関係です。ただでさえ、従業員の秘密を勝手に語り、無実の罪をなすりつけた……そちらが報告するのであれば、私たちも報告させてもらいます」
「お、脅すつもり!?」
「ただの交渉です」
「交渉?」
「ちょっと仲居さんにもご協力してもらえたら、こちらも秘密を守ります」
「ひ、秘密って……私はアナタたちの悪戯を――」
「何度も申してますけど、そんなことを告げられてもこちらは痛くもかゆくもないです。痛みやかゆみで終わらないのはそちらでは?」
ひ、久しぶりに聞いたわ……この子の交渉……。
いつの間にか立場が逆転してることに、この人、今気づいたのかしら? 開いた口が塞がってないわよ。
それにしても、いつにも増して力強いわね。
「きょ、きょ、協力って……何をすればいいのよ?」
さて、マリは一体なにを頼むのかしら?
……あ、ヤバっ! あと1分で22時!?
隔週日曜日更新していきたいと思います!
回答編と次の事件は同じ話数に記載予定です。