第四話 計画は綿密に、仕込みは万全に、脅しは大袈裟に。
誠に勝手ながら主人公の名前を変更しました。
前回までのあらすじ。
勇者と認められてしまった。想像以上に面倒なことになりそうだ。
P.S 王妃に目を付けられてかもしれない。不幸度指数が急上昇している気がする。
異世界二日目、とりあえずこの世界と向こうの世界を行き来する方法を探すことを僕の行動の基本方針にして、魔王のことは聖夜に任せようと思う。
「さっぱり分からない」
どうにか昨日、呼び出された部屋にやって来て魔法陣を紙に書き写しているのだけど何が書かれているか全く分からない。
これから魔法の知識を身につければ少しは理解できるのだろうけど、今の僕にはただの幾何学的で落書きのような文字にしか見えない。
「誰かに教えを請わないとなぁ」
しかし、誰に習うべきか。
この国の連中はハッキリ言って宛てにならない。誰の息がかかってるか分からないし、そもそも帰り方の研究をするためだと気づかれる恐れがある。自国の利益になる存在を簡単に手放すとも思えない。
ノインさんは協力してくれるだろうけど、彼女の場合はこれを使えるだけという感じがする。
本人にその確認を取ってもいいけど、彼女を味方に引き入れた場合そこから王達に情報が漏れないとも限らない。
巫女という立場もまた邪魔だ。目立つことは極力控えたい。
そうなると、理想としては魔法に精通していて、この国の連中の息がかかってなく、口が堅くて信用が出来そうな目立たない人物、ということになる。
その条件で探すとなると国外で見つけたほうが早そうだ。この国の監視下からも逃れたいしちょうどいい。
ずっと感じている視線が煩わしくてかなわないしね。
そんなことを考えていると部屋の外から足音が近づいてきて、この部屋のドアを開けた。
メイド服に身を包んだ赤い髪を三つ編みにし、首全体を隠すような大きな赤いチョーカーをつけた少女が部屋の中を覗いて僕を見つけるとホッとした様子で僕に近づいて来た。
紙とペンを懐に閉まっている間に少女は僕の元に辿り着いたが、僕の前に来ると困ったようにおろおろし始めた。
「どうかしましたか?」
僕が声をかけるとより一層焦りはじめた。
そして人差し指を僕に向けると指の先が光って空中に文字を書き出した。こっちに来て初めて見た魔法だったので少し感動したりもしたが、思ったほどでもなかった。文字を書いたところから見るとどうやら話すことが出来ないらしい。
「えっと、すみません。文字は読めないんです」
どういうわけか言葉は通じるのに文字は読めないらしい。せっかくなら読めるようにしてもらいたかった。
僕がそう言うと彼女は身振りで説明しようとしてくれたが、僕は別の部分を見て言いたいことを理解出来た。
『もう一人の勇者様があなたをお探しですので来て貰えますか?』
「そうですか。じゃあ、聖夜のところまで案内してもらえますか?」
『え?分かってくれたのですか?』
「無駄な特技の一つで声が聞こえなくても唇の動きで何を言ってるか理解出来るんです」
読唇術なんて普通は身につくものではないと自分でも思うが、まぁこうして役にも立っているからこれを仕込んでくれた両親に若干の呪詛と感謝を心の内で送っておく。・・・ちなみに読心術のほうも習得済み、というかこっちは両親の『教育』のせいで無意識のうちに使ってしまうレベルまでに達するようになってしまった。
「そういうことですから喋ってるつもりで口を動かしてくれれば大丈夫です」
『そうですか』
ちなみに、言語体系が違うにも関わらず何故分かるかというと、昨日のうちに発音と唇の動きを照合し終えたからだ。
「それはまた少々変わった特技ですねぇ」
入り口のほうから男の声が聞こえてきた。男は昨日見た宰相らしき男で僕のほうへと近づいてきた。
「それはそちらの世界では普通のことなのですか?」
「習得している人の方が圧倒的に少ないです。ただ両親が変わり者で僕にそれを教え込んだんです」
「では、もう一人の勇者様は?」
「使えません。あまり役に立つようなものでもありませんから」
男が僕を品定めをするように見ている。
「ところで、失礼ですがあなたのお名前は?」
「これは申し訳ありません。私はこの国の宰相を務めておりますキルニース・グレゴリオと申します。以後お見知りおきを勇者様」
「不知火 紅月です。こちら風に言えばアカツキ・シラヌイでしょうか。お役に立てるか分かりませんが微力ながらこの国の民のために尽力させていただきたいと思います。こちらこそよろしくお願いします、グレゴリオ様」
やっぱり宰相の役職に付いていたか。この男、僕が挨拶の中であえてこの国ではなくて、この国の民のためにと言ったがその意味に気づいているだろうか?
ぶっちゃけた話、僕の予想通り、内部分裂を起こしているならそんな国は一度滅びるべきだと思う。誰が統べるにしても国の上層部がこんなにばらけていては何処かしらで歪みが出ているだろう。なら、一度革命でも起きて一掃したほうが民のためになるはずだ。
「勇者であるアカツキ様にそう言ってもらえるだけで我が国の民は活気付くでしょう」
「そんな大袈裟ですよ。僕は皆様と変わらないただ異世界から来ただけの一人の人間なんですから。人間にはそれぞれ分相応というものがありますから民を励ますなんてとても僕には・・・、それこそ民を真の意味で励ますことが出来るのは王族の方々だけでしょう。我々はそれぞれの身の丈にあったなすべきことをなして国の民のために尽力するだけです」
お前には王は似合わない、大人しく宰相をやってろ、と言外に言ってみる。
革命には賛成だが、こいつやもう一人の男が玉座につくようじゃ意味が無い。しいて応援するなら僕は王妃派になるかな。
「・・・どうやら私と少し意見の違いがあるようで」
「そうですね。・・・ところで、僕は聖夜、もう一人の勇者に呼ばれてるのでこれで失礼してよろしいでしょうか?」
こんな分かりやすい思惑に気づかないほど馬鹿でもないらしい。若干、警戒するような顔つきで僕を見ている。
「・・・どうぞ」
「では、失礼します。・・・行きましょうか」
僕が声をかけると少女はグレゴリオに礼をして先に歩き出した。
「・・・」
後ろからグレゴリオの視線を感じながら部屋を後にした。
すると、同時に纏わり付いていた視線が消えたことからあれがグレゴリオの手の者だと判断した。大方、僕の行動の報告でもしているのだろう。
「無駄なことを・・・」
怪しい奴の前でボロを出すほど僕は馬鹿じゃない。精々、元の世界に帰る方法を模索してるくらいのことしか分からないだろう。
グレゴリオなら妨害のためではなく僕を引き入れるための交渉のカードになるくらいの情報だ。王にばれない限りは気にすることでもないだろう。・・・それに、監視から抜け出せばどうでもいいことだ。それまで僕の目的が王に悟られなければいい。
うまい具合に警戒心も刷り込んでおいたし、僕の思うとおりに動いてくれよ・・・?
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「無駄なことを・・・」
私の後ろを歩く勇者様の呟きが聞こえてきました。
先程までグレゴリオ様と会話をなさっていたのですが、何処か拒絶しているような印象を受けました。
グレゴリオ様もそのことを察して最後には剣呑な空気になっていました。
あの部屋で初めて見たときはただの青年に見えたのにあの会話を経た後だと何か違和感を感じます。
『あの』
振り返って話しているつもりで唇を動かします。
「どうかしましたか?」
『失礼ですが、グレゴリオ様に何か思うところでも?』
聞かなくてもいいことだとは思いましたが、昔から好奇心が旺盛なところがあり、それが祟って声を失った今でもこうして首を突っ込んでしまいます。
「・・・」
『あ、失礼しました』
「・・・いえ、少し考えてただけですから。それより、あなたはこの城の内情に詳しいですか?」
『?これでも宮廷に仕える身ですのでそれなりには』
「派閥って今、どうなっているか分かりますか?」
『・・・お恥ずかしい話ですが、王様を中心とする血統主義の君主派と将軍を中心とする実力主義の軍事派に分かれています』
「君主派と軍事派、ですか・・・」
いずれお知りになることだろうと思い、正直にこの国の内情を話しました。しかし、私は知らぬ間にこのとき新たな運命に身を委ねてしまったのでした。
「表立ったのはそれだけですか」
『え?』
「僕が見た限り、君主派、軍事派、そして、宰相様中心の派閥、王妃様と王女様中心の派閥の四つにこの国はわれています。仮にグレゴリオ様のところを革命派、王妃様と王女様のところを真血統派と言いましょうか」
『グレゴリオ様に謀反の意思があるということですか!?それに王妃様と王女様まで!?』
「信じるかどうかはあなた次第ですけど、僕の見立てだと十中八九そうだと思います。まぁ、グレゴリオ様は狡猾に物事を進めてギリギリまでなりを潜めているでしょうし、王妃様達に限っては気づかないうちに体制を入れ替える可能性もなきにしもあらずと言ったところでしょうか。・・・何にしろ近いうちにこの国は変化を余儀なくされるでしょう」
た、たたた、大変なことを聞いてしまいました!だ、誰かに知らせないと・・・!!
「ああ。誰かに知らせようとするなら止めて置いたほうがいいですよ。信じてくれるとも限りませんし、下手をすれば不敬罪で処刑。いえ、その前にその情報を揉み消そうとして暗殺されるかもしれません」
しょ、処刑!?暗殺!?
「ま、心の内に留めて今まで通り過ごすのが最良ですよ」
こ、こんなことを知ったら今まで通りなんて無理です。
これからの心労を思うと気が重くなり、落胆しているとふと思いました。
『どうしてそれを私に?』
「・・・僕も思うところがありまして協力者が欲しかったもので。まぁ、悪いようにはしませんから安心してください」
『何で私なんですか?』
「人を見る目には自信がありますし・・・、あなたは口が固いでしょう?」
固い、じゃなくて話せないというのが正確です。
悪戯っぽい笑みでそう言った勇者様を見て、また好奇心が災いしたと後悔しました。
ご意見・ご感想などどんどん送っていただけると幸いです。




