第三十六話 大人しい人ほど意外な一面を持っている
計6725文字です。
毎度の事ながら遅くなって申し訳ありません。
前回までのあらすじ。
『ケトゥル古城』に到着。
P.S 帰りもあの雪道を数日かけて降りないといけないと思うと、面倒臭く感じる。
人気のない石造りの城内は長年放置されているわりには損傷が少なく、古びた感じがする割には掃除をすれば未だに使えそうな雰囲気だった。
何でもこの悪環境下でも使えるように、建設当時の最高レベルの職人を招き、この環境下でも頑丈で長持ちするように設計したので元々、丈夫であるし、ここまで登ってきた冒険者達が下山する前に休憩するために使うので、ここで暴れて建物を壊すような行動を慎むのでここまでいい状態であるらしい。
「ふぁ、おはようございます」
「おはよう。リトリル君、エルジナ」
「おはようございます」
僕らもこの城に着いてから、適当な部屋を使い、一夜を明かした。
起きてきたリトリル君とその後ろに付き従うエルジナに僕とジーナさんが挨拶をすると、リトリル君は席につき、用意された食事に手をつける。
その間に僕は武器の手入れを行い、ジーナさんは持ってきていた本に眼を通している。
「あれ?エルジナは食べないの?」
「私は既に頂きましたのでどうぞお気になさらず」
僕とジーナさんは既に一緒に食事を済ませているし、エルジナも僕がリトリル君とエルジナの部屋に彼の護衛として部屋にいた彼女の分の食事を持っていったので済ませたはずだから今、食事をとるのは起きてきたばかりのリトリル君だけになる。
自分だけということで多少居心地が悪そうになりながらもリトリル君は食事を続ける。
武器の手入れが終わると、ちょうどいいタイミングでリトリル君の食事も終わった。
「さて、じゃあ、行きましょうか?」
「そうですね」
ジーナさんも本を閉じて、立ち上がる。
「あ、あの!」
「ん?何かな?」
「僕も一緒に行かせてください!」
リトリル君が強い目で僕を見つめる。
「リトリル君、昨日も言ったけど、それはだめだ」
「リトリル様、私も賛成できません」
僕とエルジナに拒絶されてリトリル君は俯く。
「大魔が相手だと私達もあなたを庇っている余裕がないの。だから、安全なここで待ってて。我慢して。」
「・・・・・・うん」
本来なら昨日の内に『コキュートス』が発見された場の調査を終えて、今日から下山を始めるつもりだったのだけど、調査をしようと向かおうとしたときに問題が発生した。
『コキュートス』が発見された場には玄関ホールにある僕達が入ってきた城の入り口の反対側にある中庭に通じる扉を通り、中庭を抜けた先の小道を通ることで行くことが出来る。
少し休憩してから行くつもりだったのだが、先に少し様子を見に行こうと僕が扉に意識を向けたときに中庭のほうから大きめの気配を一つと小さな気配を幾つか感じとった。
中庭の様子を中庭に面している窓を見つけて、そこから覗き込むと案の定、中庭に魔が存在していて、その中心に大魔がいた。
大魔はアイススワンという氷で体が構築されていて人と同じくらいの大きさである白鳥の姿をしているもので、魔はアイスウィスプというサッカーボールぐらいの大きさである水色の光の球体だった。
ジーナさんと相談して、一日休んだ後に突破することに決定し、人手が少ないのでエルジナには参戦してもらうものの戦闘経験が皆無なリトリル君を参戦させるのは危険なので待機していてもらうことにした。
リトリル君を残し、中庭に通ずる扉の前に僕とジーナさんとエルジナが立つ。
「昨日、決めたとおり、僕が前衛で、ジーナさんが後衛、エルジナはジーナさんを護ることを優先するということで」
「はい」
「早々に片付けましょう。リトリル様をあまり一人にしておけません」
二人の用意が整っているのを確認する。
「いくよ」
扉を開けると後ろの二人を置いて、アイススワンに向かって駆け出した。
扉が開いたことでこちらに気付いたアイススワンが視線を向けたのと、ほぼ同じタイミングで抜刀し、剣を抜きながら進路の傍にいるアイスウィスプのうち一体を両断する。
更にアイススワンが羽ばたく体勢を整えるまでの間に二体のアイスウィスプを走りながら切り捨てる。
羽ばたき体が浮かび始めた瞬間に剣を持っているのと逆の左手で三本のナイフを投擲する。
両目と額に目がけて放ったナイフが直撃し、アイススワンが怯んだが大したダメージを与えられていないことを確認しながら、またアイスウィスプを一体、切り捨てる。
アイススワンが空高く飛び上がろうと上昇しているところで、跳躍して剣の間合いに辿り着いたのでアイススワンに剣を振り下ろす。
振り下ろした剣は羽を切りつけたものの、アイススワンは手の届かないところまで羽ばたいていった。
着地と同時に上空のアイススワンから反撃で氷の羽が幾つも降り注いでくる。残っているアイスウィスプからも氷の矢が飛ばされてくる。
「【暗きより出でて現に叛旗を翻せ『黒形・斑』】」
空を含む、この空間に多くの黒い点が発生し、黒い点が向きを問わず長方形の形状となって出現する。
黒い壁に氷の矢や羽に阻まれるが、氷の羽は数が多く、威力も氷の矢より強かったため黒い壁が幾つか受けると壁は砕け散ってしまった。
しかし、壁を突破した氷の羽が向かう先にはすでに僕はおらず、空中に出来ている壁を足場にして跳び回りながら空を駆け上がっていく。
アイススワンが氷の羽の群れをこちらに向けるが、足場を利用して三次元移動をこなし、宙を跳び回る僕には当たらない。
僕が回避しながらもぐんぐんと近づいていくので、アイススワンが移動をしようとする。
「【波の如く押し寄せる脅威をもって、脅威に刃向かう我が敵を堕とせ『押し寄せる電光』】!」
しかし、そこにジーナさんの魔術が襲い掛かる。
雷属性射出系中級魔術『押し寄せる電光』は弧状の雷を五つ続けて打ちだし、当たったら若干麻痺させる効果がある。
僕の作り出した足場を壊しながら迫るそれを察知したアイススワンは翼を羽ばたかせて空を舞い、回避するが五つ目を回避できず、直撃し動きを止めている間に僕は一気に間合いを詰め、アイススワンの前方やや上の位置にある足場を蹴って、突撃し剣を振るって右の羽を斬りとばす。
次の足場に着地し、敵をうかがうと片羽を失い、バランスを崩しながら落下している姿があり、無詠唱で『炎撃』を十発を放ち、追撃をかける。
「流石にそううまくいかないか」
当たる直前に斬られた断面から氷の羽が再構成され、アイススワンは急に方向を変えて追撃をかわす。
氷の羽でこちらを攻撃してきたので、別の足場に移動するが、先回りするかのようにこちらに突撃してくる。
ぎりぎりまで引きつけて、足場を移動しながら頭を切りつけ、背中側から心臓目がけてナイフを体の捻りを最大限に利用しながら投擲する。
アイススワンは頭に大きな傷を負い、バランスを崩し落ちはじめたところにナイフが衝突し、その勢いに押され地面へと叩き落される。
「【暗きより出でて現に叛旗を翻せ『黒形・斑』】。【来たれ、風神の小槌『轟く烈風』】。」
壊され無くなってきた足場を再度、生成し、空気の塊を上から叩きつける。同時に『暗剣』、『炎撃』を無詠唱で生成する。
「【理を描き我、創造の使徒とならん。闇に掛けるは炎、成す型は短剣、創造の証となれ『錬金混成』】」
『暗剣』に炎を纏わせて放つ。
しかし、それはアイススワンが落ちた場所から発せられた冷気の風にぶつかると、凍てついて地面に落ちていきながら消えていった。
冷気の風はそのまま足場を幾つか凍らせつつ、僕に向かってきたので足場を移動してかわす。
アイススワンはまた空に飛び上がり、僕は飛び上がるアイススワンに『炎撃』を幾つか放つが、アイススワンはそれをかわしながら空に舞い戻ってきた。
アイススワンは傷つけたはずの箇所は再構成されていて、刺さっていたナイフも抜け落ちていた。
アイススワンはその硬度は『ケルビナ山塔』で遭遇した同じ大魔であるストーンゴーレムと比べると大きく劣っているが、代わりに一定以上のダメージを与えるまで再生する特徴を備えている。
まぁ、僕がやることは再生できなくなるまで攻撃して倒すだけだけどね。
空中戦になるので、多少面倒だなと思いつつ、再び、放たれた氷の羽をかわし、接近し始めた。
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「ふっ!」
右の拳でアイスウィスプを殴りつけて、打ち払う。
アイスウィスプはその一撃で空気に溶けるように拡散し、消えていく。
アイスウィスプに限らず、ウィスプ系の魔はとても脆弱であり、大抵は一撃で葬ることが出来る。
しかし、先程から何体も葬っているが、数はいっこうに減ることはない。
ウィスプ系の魔は脆弱である代わりに、一体減って少しすると一体出現するという特性があり、群れで行動し、一定の期間同じ場所に留まり、それが過ぎるとランダムで別の場所に出現するという性質も備えている。
このことからウィスプ系の魔はどちらかというと生き物というよりは現象としてとらえられることが多い。
アイスウィスプからこちらに向かって放たれた氷の矢を拳で叩き落しながら、上空に視線を向ける。
空を翔るアイススワンを追うように、黒い物体を跳び回り空を駆ける男が眼に映る。
あの男は何者だ・・・・・・?
ここまでの道中、何度も頭の中でよぎった疑問が再び浮かび上がる。
これでも私はそれなりに実力のあるほうだと、自負している。それは何の脚色もない事実であり、今はここにいない私の主人も認めていることだ。
だが、私は敗北した。それも完膚なきまでに。
私よりも強いものがいないと驕っているわけではないが、人間王国の近衛騎士だろうと、多種族連合の自由の剣や狩人衆の大隊長格だろうと遣り合える自信はあり、無名の者に一対一で負けることはないと思っていた。
あれほどの実力がありながら、全くの無名の人物。考えられる可能性としては、裏側の人間。
それも徹底して表舞台に出ない存在であるということ。
人間王国か多種族連合の暗部だと思っていたが・・・・・・。
「【我は請う、我は願う、我は祈る、ただここに破邪の光あれと!『浄化の印』】!」
光の球が五つ出現し、様々な軌道を描いて空を滑るようにかけていく。
光属性の射出系中級魔術『浄化の印』を打ちながら無詠唱で初級魔術を使い、周りのアイスウィスプをけん制している女に視線をちらりと向ける。
ジーナという名前と、聞いた覚えのあるこの容姿で魔術師ということは恐らく人間王国で『王妃の杖』と呼ばれている人物だろう。
彼女と一緒に行動することになったということはあの男も王妃の配下か?
そういえば、『王妃の杖』には何かあったような・・・・・・。
考えながらも体を動かし、近づいてくるアイスウィスプと攻撃で放たれた氷の矢を拳で迎撃を続ける。
「ちょこまかとっ」
苛立った声を上げたジーナの視線の先、アイススワンに襲い掛かった五つの光球は三つに減っていて、空を巧みに飛ぶアイススワンはジーナがコントロールし、襲い掛からせている三つの光球を回避し、一つに氷の羽を何個もぶつけて相殺していた。その隙にあの男が近づいて胴体を横一線に切り裂いたが、また再生し、あの男に冷気を浴びせかけるようとするが、あの男は次の足場に移動し回避した。
男が回避で移動しているうちに、Uターンしてアイススワンにもう一度、襲い掛かろうとしていた二つの光の球に冷気を当てて無力化する。
「だったら、これで!【苛烈なる咆哮をもって我が前に立ち塞がる敵を焼き貫け『灼炎の暴食』】!」
炎の渦が足場を壊しつつ、アイススワンに向かってほとばしる。
しかし、アイススワンはそれをひらりとかわすとこちらに氷の羽を発射してきた。
私は射線の間に割って入り、ジーナに当たりそうなものを叩き落した。
その間にあの男はアイススワンに接近し、雷を纏った膝を喉に叩き込み、放電。続いて、蹴った反動で空中で回転し、首筋にこれまた雷を纏った後ろ回し蹴りを叩き込み、放電し叩き落すが、アイススワンは途中で飛行を再開し、あの男から距離を離す。
「鳥風情がっ!調子に乗るんじゃないわよ!【告げます。敬虔なる信徒にして、慈悲深き告発人がお伝えします。哀れなる無知な生命が如何ほどに罪深いか諭します。神聖なる教えに沿って与えるべき冷たくて残酷な刑罰を宣告します。『理不尽な異端宣告』】!!」
アイススワンに近づいていた男が慌てて、アイススワンから急速に離れていくと同時にアイススワンを中心において、人の三倍ほどの大きさで純白の十字架が一瞬現れたかと思うと、次の瞬間にはアイススワンの腹部に触れる程度の位置で拳大に集束。
「っ!」
そして、光が破裂した。
咄嗟に地に伏せて、目をつぶったが、それでも目を晦ますほどの光が溢れ、強烈な音と衝撃が襲った。
衝撃が収まると、体を起こして眼を開ける。
あまりに強力な光だったため、目がよく見えない上に耳も耳鳴りがしてうまく聞こえない。
よく見えない目で周りを伺うと、さっきの『理不尽な異端宣告』でアイスウィスプは一掃されたようで、今は一時的に全滅しているようだ。
「アハハハハハハハハ!!」
徐々に回復していく目と耳のうち、耳が高笑いを拾った。
声の発生源を見ると、ジーナが心底愉快そうな笑顔で笑っていた。
「たかが鳥が私に刃向かうんじゃないわよ!身の程知らずもいいところよ!アハハハハハハ!勝てるわけも無いのに!無駄なことをして馬鹿よねぇ!アハハハハハハ!」
そこで私はさっき、思い出そうとしていたことを思い出した。
『王妃の杖』ジーナ。王妃の腹心にして直属の優秀な魔術師。しかし、戦闘時になると沸点が低くなり、上級魔術を放つと極度の興奮状態に陥るトリガーハッピーであり、興奮状態になると人が変わったように加虐思考となる。
「あら?まだ生きてたの?」
振り向けば、ジーナの視線の先でアイススワンが粉々になった状態から再生をしているところだった。
しかし、先程よりも再生速度が遅く、弱っているように見える。
「ふふ、フフフフフ。いいわ。嬲ってあげる。悶えなさい、苦しみなさい、足掻きなさい!!アッハハハハハハ!【我は請う、我は願う、我は祈る、ただここに破邪の光あれと!『浄化の印』】!」
光球が十個生成され、アイススワンを上下左右前後を囲うように配置される。
「ほらっ!」
囲んでいた一つが再生途中で動きの鈍いアイススワンを打つ。
「ふふふ、ほら!ほら!ほら!」
アイススワンを囲んだ光球が嬲るように次々と打ちつけられていく。
「アハハハハハハハ!どうしたのっ!もっと足掻きなさい!そら!そらっ!」
弱弱しく飛んで、囲いからどうにか逃げ出そうとするのだが、光球がそれを許さずにアイススワンの体を打ち据えて、檻の中へと押し戻す。
何度も何度も打ち据えられたやがて飛ぶ力もなくし、地面へと堕ちていく。
堕ちていく途中も容赦なく打ち据えていく。
そして、力なく頭から地面に墜落した。
すでにアイススワンは下半分が欠けていて、翼も穴だらけのボロボロであり、顔も右目の部分がなくなっていて、それ以外のところも傷ついていて傷が無いところがない状態だった。
「もう終わり?・・・・・・仕方ないわね。ふふふ、最後は派手に吹き飛ばしてあげるわ。ふふ、アハハハハハハ!【惨劇よ、ここに到れ、地を這うあらゆる塵を天空へと解き放て。】」
「待て!」
再び、ジーナが集め始めた強大な魔力で上級魔術を放つことを察し、止めようとする。
敵はあんなに弱っているのに必要以上の大技を使い、無駄に回りに被害を与えられても困る。
「くっ」
しかし、無詠唱の初級魔術をけん制で一旦、下がらざるを得なかった。
「【この地に根付く全てを天空へと捧げ、大地は原初へと回帰する。】」
その僅かなロスで詠唱を止めるのは不可能になってしまった。
せめて、自分への被害を最小限にしようと私が身構え、ジーナが愉悦に染まった笑みで術を完成させようとしたとき。
「【無力を知れ『築きしもの」
「それはやりすぎです」
「あぐっ!?」
気配も無くジーナの後ろから現れたあの男が彼女を取り押さえた。
というわけで、第三十六話をお送りしました。やっぱりただ登ってイベントを消化するだけでなく、戦闘も入れておいたほうがいいかなと思ったのと、ジーナの変わった性格を出すために戦闘となりました。
なんだか戦闘の描写の質が落ちている気がしないでもないですが、忙しさの合間をぬってちょこちょこ急いで書いているのでその点はどうかお許し下さい。同様の理由で感想に対する返信もあまり書けないで申し訳ありません。
返事は返せないかもしれませんが、ご意見・ご感想は随時お待ちしています。出来る限り、更新はゆっくりでもしていこうと思っているのでこれからもどうかよろしくお願いします。