第三十四話 どっちが悪い?そんなことより、解決策を考えよう
計7000文字です。
前回までのあらすじ。
人造生命体の女性、エルジナを撃退。
P.S 彼女が目覚めると僕に襲い掛かってきたので、話を聞いてもらうために暴れられないように両肩の間接を外した。当然だけど、もの凄く嫌われている。
『ケトゥル古城』がある場所はその周辺が万年雪が振り続けていて、この雪が降る降雪地域ではその影響か、氷属性の魔法石が唯一産出される地域であり、その他にもこの地域独特の気候に影響された魔や素材が取れ、この周辺の村の特産物ともされている。
特に『ケトゥル古城』では純度の高い魔法石も取れ、もう一つの理由からも魔法石目当ての人間が時々、現れたりもするし、万年吹雪で閉ざされ、誰も入ったことがないという未踏の地さえ存在する。
現在、『ケトゥル古城』に一番近い村『ニニース』に向かって移動中で大分近づいてきているため、僕が歩いているこの場所も雪が降り積もり、雪を踏みしめ、白い息を吐きながら脚を進めている。
「・・・・・・その話を信じろ、と?」
「別に信じてもらわなくても構わないよ。ただ、逆らうならリトリル君がどうなっても知らないけどね」
僕の戦闘より前から疲れていたのか、つい先程まで眼を覚まさずに僕に背負われていたエルジナは眼が覚めるとそのまま僕に襲い掛かろうとしていたところを僕に投げられ、ついでに僕が四つの肩の関節を全て外し、更に押さえつけて動きを奪ったところで僕が彼女たちに対して害意はないと説明した。
眼が覚める前にあれだけやられて納得は出来ないだろうけど、この状態で抵抗しても無意味だと悟ったのか、生やしたままだった二つの腕は収納し、間接を外されている残りの二本の腕をぶらさげながら前を歩く僕の後姿を睨みながら歩を進めた。ちなみに、収納するときは肩とは別の部位を使うため収納に問題はないようだった。
僕が後ろを見せていることで隙を見て、逃げようとしたり、襲いかかろうとしたりしているがその度に声をかけて牽制していたので、行動に移せないでいるようだ。
そして、僕が起きた彼女に僕の目的を説明すると彼女が発した言葉が先程の発言だ。
「君たちにとってもそんなに悪い話でもないとは思うよ?僕の奴隷として振舞っていれば、堂々と人間王国内を移動できるんだから」
「・・・・・・それで、貴様に何の得がある?」
「それもさっき言っただろう?魔族帝国に入れば、リトリル君の『スレイブ』を僕に付け替える。そして、今度は僕が奴隷の振りをすることで僕が安全に魔族帝国内を移動するって」
『スレイブ』を外す方法は所有権を持つ者が自ら外すか、特定の素材と特別な術を使って外す二つしかない。リトリル君の所有権は僕が有しているため、取り外しは簡単だ。
何故、こんな方法をとるかというと、魔族帝国において、人間という種族は悪感情を抱かれていて、常に危険ということが原因だ。
その理由を説明するには、魔族帝国ひいては魔族の成り立ちから説明しなければならない。
そもそも、魔族とは何なのか?
その存在が確認されたのは遥か昔のことである。
とある村のとある何の変哲もない夫婦が子宝を授かった。本来なら夫婦はもちろん、周囲からも祝福されるべき新たな命は生まれ出でると同時に忌避と軽蔑の対象となった。
人には有り得ない肉体的異常、異質と能力を持って生まれたその子供は、当時の医者や魔術師に見せてもその原因も治療法も分からなかった。
当然、そのような子は周りから迫害された。両親からは憎まれ、虐げられ、周囲からは軽蔑され、恐れられ、医者や魔術師からはモルモットも同然の扱いを受け、酷い時には殺されることもあった。
まだ魔族帝国が建国される前、このような仕打ちを受けて、死んだ魔族は少なくないと推測されている。
しかし、魔族達は身を護るために故郷から逃げ出したり、その能力で自らを殺そうとするものを返り討ちにしたりして生き延びた。
身を護るため少しずつ集団として行動を始め、隠れ里を作り、人造生命体精製の技術が確立すると蜂起を起こし、人間達から独立し、魔族帝国を建国した。
現在、虐げられていた当時から生存している魔族は長命であった極少数しか存在しない。しかし、どれほど人間に虐げられたか、どれほど同胞が殺されたか、どれほど辛酸を舐めたか、どれほど恐怖に怯える日々を過ごしたか、それは語り継がれ続け、そうでなくても先祖達の憎しみが魔族達の本能にでも刻まれているのか、魔族は基本的に人間を憎んでいる。
つまり、人間王国は魔族のことを目の敵にしているが、実はどちらかと言えば、被害者は魔族のほうなのである。
しかし、先祖が与えた憎しみのせいで滅ぼされることを人間がよしとすることを出来るはずもなく、人間は魔族と戦い、戦うことで死んでしまった者達を思い、憎しみは双方に積もっていく。
まぁ、大抵の人間は魔族の成り立ちなんてものは知らないし、知られても都合が悪いから積極的に広めることも許されていないから、一方的に魔族が悪いと決め付けている。
聖夜もこのことを知らされることはないだろう。知ることを妨げられる可能性も高い。
魔族は先祖からの恨みを、人間は理不尽に命を奪われる恨みを、そうして溜まっていった憎しみはどちらも止めることが出来ず、延々と魔族と人間は争い続けている。
だが、全ての魔族がそうというわけでもなく、人間への憎悪が薄い魔族は大抵、多種族連合に移り住んでいる。
魔族が人を憎んでいるなら、当然、彼らによって生み出され、彼らによって知能を与えられ、彼らに従う人造生命体も人間に好意的になるわけがない。
そんなわけで、人造生命体も魔族も人間に対して好意的でないのに人間が魔族帝国を闊歩するのは危険なのだ。
例外として、『境界無き商会』の商人だけは物資の供給にかかせないので、見逃されているが、絶対に安全というわけでもない。
なので、当初は多少の危険はあるが、僕も『境界無き商会』の商人に成りすまして行こうかと思っていたのだが、リトリル君をあのオークション会場で偶然見つけて、さっき言ったような方法を思いついた。
「自ら奴隷になるなど信じられるわけないであろう」
「奴隷になるとは言ってないよ。あくまでふりだよ」
「『スレイブ』をつけるというなら一緒だろう」
「いや、違うね」
疑惑に満ちた視線を僕に向ける彼女に向き直り、後ろ向きに歩きながら間違いを指摘する。
「『スレイブ』の所有権を得るためには『スレイブ』に血をつけないといけない。ここで問題です。何故、所有権を得るために血をつけなければいけないのでしょう?」
「それは、魔力を認識するためだろう?血というのは魔術的媒介として優れている。そして、魔力波長は個々によって異なるから血を接触することで魔力波長を認識し、その波長の持ち主を所有者とするのではないか?」
「正解、その通りだよ。血で読み取った魔力波長の持ち主を所有者とする。では、最初に『スレイブ』につけられた血が装着者の物であり、装着者の魔力波長を認識した場合はどうなるかな?」
「・・・・・・装着者が所有者になる、か?だが、そうなるとは限らないだろ?」
「いや、見たことがある実験記録でもそういう結果が出ていたから間違いないよ」
『古物の魔女』の二つ名を持つだけあって、ハイルのところに劣化遺物『スレイブ』に対する実験記録もあったため、ハイルの所有する資料に眼を通した僕はこのことを知ることが出来た。
「まぁ、そんな使い方をしても意味なんかないに等しいから知られてはいないけどね」
「・・・・・・『スレイブ』に関しては分かっただが、私達が周りに貴様が奴隷ではないと言ったらどうするつもりだ?」
「その点に関しては言わないでもらうしかないかな」
「ふん、貴様にそんな義理はない」
「ただで、というわけじゃないよ。僕が魔族帝国で用事を済ませたら、またリトリル君に『スレイブ』をつけて多種族連合まで連れて行ってあげるよ?このとき、『スレイブ』の所有権はリトリル君になるようにもするよ?」
オークションに出されていたということは彼女達は人間王国内で捕まったはずだ。
魔族帝国内で同族を奴隷として売り出すわけもなく、多種族連合内でもあそこでは差別意識は薄い上に『訪れし種』による助け合いがあるので奴隷になるとは思えない。
そして、魔族が人間王国なんていう魔族にとって危険極まりない場所をいるのは多種族連合への移動するためだろう。
それなら、この条件には食いついてくると思うんだけど。
「・・・・・・貴様が私達を安全に多種族連合まで送り届けるという保証はない」
「そうだね。例え、『訪れし種』に君達を送り届けて、謝礼をもらったとしても微々たるものだろうし、それ以外で君達に要求できそうな対価といえば少し君達の体を調べさせてもらうぐらいだしね。それでも、君達を奴隷として売り出して得る利益に比べるとどうしても劣ってしまう。その辺は信じてもらうしかないよ」
「・・・・・・」
考え込むエルジナを尻目に僕は前に向き直る。
「ま、それはそのときまでにどうするかを判断してくれればいいさ。魔族帝国に着くまでは君達に何ら損はないんだからね」
「僕は、大丈夫だと思うよ」
「リトリル様?」
今まで会話に口を挟まずに黙々とエルジナの後ろを歩いていたリトリル君が口を開いた。
「何となくだけど、そう思う」
「しかし、あの男は人間で、魔術師です。油断をすれば何をされるか分かりません」
「うん。でも、大丈夫だよ、きっと」
「ですから」
「子供が何となく感じ取ったことはそう簡単に理由付けられるものでもないよ。子供だからこそ、大人のように余計な理由や根拠や情報に惑わせられることなく、直感で感じ取れるものだってあるんだから」
下手に考える力がついてしまっている大人には出来ない、子供ならではの純粋な感性は僕は尊いものだと思う。
特殊な環境下で特殊な育て方をされた僕はその感性を持つことがなかったから、その感性を持てる子供は大事にしたいし、庇護する対象だと認識している。・・・・・・妹の蒼花は純粋な感性は持っているのだが、その感性がズレていてるのが僕の悩みだ。
「ん、着いたか」
前方に雪のせいでよく見えないが微かに山らしきものとそれより手前の白い雪原の上に雪を被って白く包まれた家屋が見え始めた。恐らくあそこが『ケトゥル古城』の麓の村である『ニニース』だろう。
依頼の詳しい内容を知るために誰かと接触しないといけないんだけど、あの村で待っているのか、『ケトゥル古城』で待っているのか・・・・・・。
まぁ、行ってみればわかるか。
雪を踏みしめて、村へと足を進めていった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ふむむ。この式をこっちに持ってきて、ここを弄ると・・・・・・、駄目ですか。では、こちらの式にあれを挿入して、こちらの式と繋げて、順序を変えると・・・・・・。
「ふわっ!?わ、わわわ!ぎゃふっ!」
式が崩れて、乱れた魔力によって発生した衝撃で椅子ごと後ろにひっくり返って、頭を打ってしまいました。痛いです。
「いたた」
「・・・・・・ジーナ様」
「え?あ・・・・・・。な、何ですか。ノックもなしに入ってこないで下さい。ビックリするじゃないですか。失礼です」
見上げた視界の中にリデアさんの部下が呆れた顔で立っていたので、慌てて体勢をなおして注意しました。
「ノックをして声をかけましたが、返事がなかったので無礼とは思いましたが勝手に入らせていただきました」
「え?そ、そうですか?気付きませんでした」
また集中しすぎていたようです。反省です。
「それで、何の用ですか?」
「協力者が到着いたしましたので連れて参りました」
「あ、もう来たのですか。では、どうぞ通してください」
「はい」
珍しくリデアさんからの指示を受けて、久しぶりに『ニニース』にやってきましたが、協力者と事に当たって欲しいとのことです。初めてのことです。
仲間や部下といった人と行動を共にしたことはありますが、あのリデアさんが協力者と言った人は初めてでどんな人なのか楽しみです。
「失礼します」
「どうぞ」
ノックをした後でその人が入ってきました。
第一印象は・・・・・・、えっと・・・・・・、普通の人、です・・・・・・。意外です。
リデアさんからは食えない人だと聞いていましたが、そんなことを感じさせない人で特徴らしい特徴もない、強いて言うなら特徴がないというのが特徴の人です。
「初めまして、クリムゾンといいます。よろしくお願いします」
「ジーナです。こちらこそ、よろしくお願いします」
お互いに頭を下げて、挨拶をしました。
「失礼ですが、あの『王妃の杖』として王妃様に重用されているあのジーナ様でしょうか?」
「はい。一応、そういう風に呼ばれていたりもします」
重用されているというよりも、一番、彼女と仲がいい魔術師が私だというだけですが。
「そのような方と共に任務につけるとは身に余る光栄でございます」
「はぁ」
ますますこの人がリデアさんからの紹介というのが不思議でしょうがありません。
この手のタイプの人はあまり好んでいないと思っていたのですが。疑問です。
「この場にはいませんが、私の同行者が二名ほどいるのですが、任務に同行してもよろしいでしょうか?もちろん、あなた方に不利になるような行動はさせません」
「大丈夫ですよ」
そんなたいした事をするわけでもないですから大丈夫だと思います。
「ありがとうございます。それで、任務の内容は何なのでしょうか?私は詳しい内容を聞かされていないので、申し訳ありませんが、ご説明頂けないでしょうか?」
「あ、そうですね。ご説明します。えっと、目的地である『ケトゥル古城』に関してはどれくらいご存知でしょうか?」
「昔、王族の方が道楽で建造された城であり、現在は魔が住み着いていて、かつ秘境区域であり、城の建造以前には古代魔装氷杖『コキュートス』が発見されたということぐらいは存じております」
基本的な知識は大丈夫なようです。安心です。
「今回の仕事は『血の栄光』が『ケトゥル古城』に潜伏してないかの調査、というのが建前ですが、この村で聞き込みをした結果、その可能性は薄そうです。なので、本当の目的は『コキュートス』の捜索のみとなると思います」
まぁ、それも建前で本当は彼と私の顔合わせが目的らしいですけど。
「『コキュートス』の捜索、ですか?しかし、ここはあくまで発見された場所であり、それに、既に調べつくされているのでは?」
「あまり知られていませんが、この村『ニニース』は一番『コキュートス』盗難の疑いが濃厚なバロック・フレシテルの生まれ故郷でもあるんです。『コキュートス』盗難以後、この村の近くに彼が現れたという話はありませんが、『コキュートス』が保管してあった魔術都市『ベグ・エイア』にある研究所の厳重警備を潜り抜けたのなら、こっそりと『ケトゥル古城』に行くことも不可能ではありません」
「そして、『コキュートス』を『ケトゥル古城』に隠した、と?」
「この辺りの地域は氷の魔力が強いですから、『コキュートス』を隠すのにもうってつけです。ですので、既に調査し尽くされていますが、確認の意味もあっての今回の捜索です」
私の言葉を聞いて彼は少し考えているようです。
「・・・・・・しかし、その捜索を今になって行うということは。宰相様か将軍様が『コキュートス』の捜索に動いている、ということですか?」
「っ!は、はい。そうです」
私達に協力している以上、将軍リベリスさんと宰相グレゴリオのことは知っていても、不思議ではありませんでしたが、どちらかが動いていることに勘付かれてしまうとは、驚きです。
「以前から宰相派の人間が密かに捜索に動いていたのですが、最近、その動きが活発化してきたんです」
「そうですか・・・・・・」
また何か考えているようです。何でしょう?
「・・・・・・では、出発のほうは明日の朝でよろしいでしょうか?」
「はい。あの、何か考えていたようですが」
「たいしたことではないのでお気になさらないでください。では、明日の朝、村の出口で落ち合うということで」
「はい。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いいたします。では、私は失礼致します」
彼が部屋を出て行くと、肩の力を抜きました。
最後に何か考えていたことを何食わぬ顔で隠したところとリデアさんが協力者と認めたことを考えると、彼もリデアさんと同じ秘密主義者なのでしょう。ようやく納得です。
しかし、誰かと一緒に仕事をするなんて何時以来でしょうか?
ずっと一人で旅をしてばかりでしたから、少し懐かしく思います。同時に不安です。
「大丈夫でしょうか?」
無事に終わればいいのですが。やっぱり不安です。
第三十四話を更新しました。今回は説明が中心の話になりました。あまり面白くなかったかもしれませんが、次回へのつなぎの回ということで、どうかご容赦ください。
この少し後に魔族帝国にいくので、魔族よりの説明になってしまいました。何故、人間を襲うのか、能力的に優れた魔族と長い間、争い続けていた理由などをそろそろ説明したほうがいいかなと思ってこうしました。
後半はいきなり、初登場のジーナ視点でした。物語の進行速度の都合上、彼女の視点にしないとどうしても遅くなってしまうので、初登場ですが彼女の視点となりました。今のところは普通の人物ですが、やはり一癖ある人物です。
ご意見。ご感想は随時お待ちしています。