第三十一話 いき過ぎた正気は狂気であり、いき過ぎた狂気は正しく害である
計13865文字です。
前回までのあらすじ。
ファールリーベさんとサイギルさんにちょっと助言をした。
P.S 『真理』にスカウトされたけど、今のところ何処にも所属する気はないので丁重に断った。
たまに顔を見せに来るファールリーベさんとサイギルさんを除けば、ハイルの部屋には基本的に人が寄り付かない。
それと言うのも、基本的に一日中部屋に篭って研究の毎日を送っていて交友関係があまり広くも無く、なおかつその友人もハイルのあまりのだらしなさに呆れて用事があるとき以外近づかないせいだ。
一応、高名な魔術師の一人でもあるので弟子がいたこともあるらしいが、僕の場合と同じく基本的に放任主義、学びたければ勝手にその辺の本を読んでいろ、というスタンスなので最初はハイルと同じ部屋で作業をしているのだが、結局は一人で研究してるのと変わらないのですぐに弟子をやめていってしまうそうだ。
そんなわけで珍しく弟子兼世話係兼助手として真面目に働いている僕はあまり人と接することも無く、知識の吸収に勤しんでいたのだが。
「拘束が解けた、ということは疑いは解けたと解釈してよろしいでしょうか?」
「そう思ってもらっても構わんよ。元々、さほど疑ったおったわけでもない。ただ身元が中々掴めなくてのぅ」
委託施設本部『主無き城』に呼び出された僕はこの老人、ファフニル・ギフトから移動の制限が解けたことを知らされた。
「そうですか。身元は掴めましたか?」
「いや、全くじゃな。王都『オルガナ』近くの街『リーガ』で君が登録されたのが最初でそれ以前は影も形も見えん」
だろうね。召喚されてから『リーガ』に着くまではなるべく印象に残らないように気を配っていたし、元より特徴的な容姿でもない平凡な容姿だから印象に残りにくい。王城以外で接触した人の中で印象が残りそうな人には軽く暗示をかけておいたから僕を覚えている人はいないだろう。
最も王城にいる人なら多少は覚えている人がいるだろうけど、僕は死んだことになっているし、僕に関しては緘口令がしかれているから情報が漏れることはないだろう。
「まぁ、家名を名乗らないことからも察していただけると助かります」
「ふむ。ナヴェル君を助けた功績もあるからの。とりあえずは信用してもいいだろうということで落ち着いたわい」
「とりあえずは、ですか」
「とりあえずは、だのう」
身元不明の相手に対してならそれが当然か。
「それで、僕を呼び出した用件は何ですか?」
「今、伝えたはずだが?」
「あれだけなら使いを出せば十分でしょう。あなたがわざわざこうして呼び出したのはあなた自身が僕に用があるからでは?」
僕は相手の真意を探るため正面から相手を見据えて観察する。
「・・・・・・ふむ。特に用というわけでもない、儂個人のただの興味じゃよ」
「興味、ですか」
・・・・・・・嘘はついていないか。
「うむ。君のその仮面の下にのぅ」
「あなたのようなお偉いさん相手には当然それ相応の態度をとりますよ」
「もっと深い部分のことじゃ。長く生きてきたが、君のような量りがたいものは初めて見たのでのぅ」
「僕のような平凡な人間は腐るほどいると思いますけどね」
「そう謙遜するでない」
「ッ!」
ファフニルは変わらずにただ話しかけてくるだけだが、明らかに空気が変わった。
まるで僕をそのまま押し潰そうとするのかという圧倒的な存在感が部屋を満たし、僕は反射的に服の内側のナイフに手を伸ばしそうになるのを自制する。
動揺も一瞬のうちに押し殺して、この威圧感を放つ存在に相対する。
「ふむ。不意打ちにも一瞬で動揺を殺して自制できるか。ヴァルスギア君あたりだと瞬時に襲い掛かってきそうなものだがのぅ」
「・・・・・・心臓に悪いことは止めてもらえませんか」
「何、互いに腹を割って話すにはこっちから仕掛けたほうがよいと思っただけじゃよ」
「・・・・・・『人龍』」
僕の言葉に満足そうに頷く、『人龍』ファフニル・ギフト。
初めて会ったときからその可能性は高いと思っていた。
あの円卓の間で気配を探ったときに感じた、他とは隔絶した気配。
魔族であるヴァルスギアや精霊であるルカルサと比較しても別種と感じられた、人間との純粋な力の差、種の差、存在の差。
魔族のように異質が混じった気配も感じず、精霊のように神聖な気配も少なく、人のような非凡な気配でもない圧倒的でただただ強大すぎる力の気配。
それを持つ可能性があるのは、『龍』という力の権化だと。
「儂もこうしているのだから、次は君の番じゃ。無論、まだ隠すなどという愚行はせぬよな?」
ファフニルは穏やかな顔でいいながらも、拳を握る。
・・・・・・掠っただけでも千切れ飛ぶな。
見ただけなら老人がただ拳を握っているだけ、しかし、この部屋を満たす威圧感と『人龍』である事実がその拳を圧倒的な暴力へと昇華させる。
・・・・・・今の僕じゃどう足掻いてもファフニルに勝てる見込みがない。なら、素直に従うしかないか。
「・・・・・・これが『人間』と『龍』の差、ですか。先が思いやられますよ」
言葉と同時にいつもは抑えている狂気を漂わせる。
周りに影響を及ぼしやすい狂気は日頃は抑えておかなければ、一般社会に溶け込むことなんて出来ないので平穏を望む僕は狂気のコントロールを重要視し、狂気を抑えるということに関してはそれなりに自信がある。
狂気のコントロールは『理解不能』のメンバーなら誰でも出来ることだが、いかに抑えていようともその身から湧き出る狂気は周りに多かれ少なかれ違和感を与える。
それを周りに違和感が感じられないレベルまで抑えられるのは、僕と僕がそういう風に教えこんだ蒼花と欺くことに関しては他の追随を許さない母さん、そして『救済』の狂気、罪を持つ他称『救世主』、僕曰く『平等に不平等な聖人』の四人くらいなものだ。
まぁ、父さんはそれ以前に常人にはそこにいることを認識できないという異常性から違和感を感じさせないけど。
「む・・・・・・。これは・・・・・・」
常人相手なら狂気は思想に感染し、意思を組み替え、価値観をすり替え、魂を穢し、存り方を歪め、人格を改変する。
しかし、ファフニルほどの存在ならそれもないだろう。
「これはまた、珍しい、いや、異質、かの?」
「同類が言うには『狂いに狂い過ぎて、歪みに歪み過ぎて、捻れに捻れ過ぎて、巡り巡って一回りして正しすぎて害悪にしかならない存在』だそうですよ」
「正しすぎて害悪にしかならない存在、とな?」
「『人間が集団で生きるにあたって、そのためにはどうあっても少なからず自分を殺して、集団が決めたルールという枠に収まらないといけない。集団として、種としてはそれはとても正しい生き方。しかし、個として見れば、自分の本能に抗い、欲求を押さえ、願望を叶えないことが正しい姿とは言えない。ゆえに、本能に従い、欲求を解放し、願望に邁進する我々の存在は集団の個に働きかけ、感化させてしまい、種として人間にとって害悪でしかない』、だそうです」
「ふむ。歪んだ結果が集団というしがらみから抜け出てしまい、個として正しいながらも社会にとっては害悪ということか。ああ、敬語はやめてくれて構わんよ。話を聞く限り敬意などとは無縁な人種じゃろう?」
「・・・・・・それでいいならそうさせてもらうよ。けど、一応僕は尊敬できる人には敬意は払うんだけどね。まぁ、僕の同類が敬意とは無縁であることは否定できないかな」
狂気まで晒したのに変に取り繕っても違和感しか与えないので敬語を止める。
「それで?君は何のために動いておる?ただ無意味に行動しているわけでもないじゃろう?」
「ただ己の望むままに、かな。別に誰かに害をなそうなんて考えちゃいないよ。僕の行く道の妨げにならなければね」
「その望みとは?」
「秘密だよ」
ファフニルから感じる威圧感が強くなる。
同時に僕も狂気を広げていく。
存在感が空気を圧迫し、狂気が空間を侵食する。
異常を放つ存在が二つ。物理的干渉力を持たないはずの二つの異常が異常な密度でこの狭い空間を満たすことでこの部屋の調度品が悲鳴を上げ、震えているような錯覚さえも覚える。
一種の魔境と化したこの空間に今、入ってくるものがいれば常人なら一瞬で恐慌を起こし、廃人となるだろう。
「どうしても話せんか?」
「必要がないね」
両者無言のまましばらく対峙する。
「・・・・・・この国に害が無ければそれでいいがのう」
「今のところそのつもりはないよ。ん?」
気配を感じられる範囲にこちらの部屋に向かってくる気配を捉えたので狂気を収める。
「どうかし、・・・・・・ふむ。邪魔が入ったか」
ファフニルもそれに気付き、威圧感を収める。
僕から見ても大した擬態だなと感心を覚える。
ドアがノックされる音が響く。
「入れ」
「失礼いたします」
委託施設の職員の一人と思われる男性が部屋に入室してきた。
「何のようだ?」
「はっ。ご報告することがございまして・・・・・・」
職員が僕に視線を向ける。
「席を外しましょうか?話すべきことも話し終わりましたし」
「いや、構わんよ。君、彼を気にせず報告したまえ」
「よろしいのですか?」
「今、聞かれて困るような案件もあるまい」
「では、ご報告させていただきます。先程、受付のほうに『狩人衆』総隊長、フェイディアルト・フリスと思われる人物が現れました」
「本人と確定してはないのかね?検査器で調べればすぐに分かることじゃろう?」
「調べましたところ確かに魔力波長は登録してある波長と一致したのですが、その、本人が記憶を失っているようで、その上、現在いつものような容姿を隠す甲冑はつけていないのですが、それで彼女がハーフエルフだと判明いたしまして」
職員は困惑した様子で報告をする。
「ハーフエルフなら本人じゃろう。検査器も本人だと判断しておるし間違いないのぅ」
「は?」
「容姿は分からんでもハーフエルフだと推測できる要素はあるわい。彼女がそうだと推測してる者は儂だけでもないしのぅ」
「そういえば、総隊長さんは『魔導騎士』という二つ名まで持ってるらしいですね。そうなると、戦い方から推測できるかもしれませんね。『真理』の魔術師なら使う術から予想できそうですし、『訪れし種』の人ならエルフ系の人なら感じるところがあるでしょうし」
エルフやハーフエルフは魔術を使うにあたり、人間が使う魔術も使えるがエルフ、ハーフエルフのみが使える特殊な術がある。
『魔導騎士』と呼ばれるくらいなら何かしらの魔術のようなものを使うのだろうから、それがその特殊な術であっても不思議ではない。
「しかし、記憶喪失か・・・・・・。彼女は今、どうしてる?」
「彼女を保護したという人物達と共に別室で待機させております」
ファフニルが少し考えるような仕草を見せる。
「・・・・・・では、『自由の剣』に使いを出して、ナヴェル君を呼び出してくれたまえ。それと、『真理』から治療・検査が行える魔術師も呼んでくれたまえ」
「『訪れし種』と『境界無き商会』への使者はよろしいのですか?」
「記憶喪失の相手にいちいちトップの面々を集めんでもよかろう。後で情報だけ伝えればよい」
「はっ。かしこまりました」
「あ、『真理』のほうには戻るついでに僕が行きますよ」
「そうか。では、君はナヴェル君の呼び出しだけしてくれたまえ」
「かしこまりました。では、失礼します」
職員が礼を部屋から去っていくと同時に僕も立ち去るために腰を上げる。
「じゃあ、僕もそろそろ失礼するよ」
「うむ。儂もフェイディアルト君に会いに行くとするかの」
ファフニルも腰をあげてドアのほうへと移動していく。
二人とも部屋から出ると互いに向き合う。
「では、これでのぅ。何か機会があれば、また尋ねてきてくれたえ。君のような人間は珍しいからの茶くらいは出すぞい」
「機会があれば、ね。あまり国の中枢に関わる気はないけど、その必要もあるかもしれないしね。それじゃあ、失礼」
「うむ。またいずれ」
僕が礼をするとお互いに違う方向へと歩き始める。
施設内を移動する職員達と何度もすれ違いながらこれからどうするか考え始める。
僕の最終目標である世界間転移魔法陣手掛かりとなるはずの転移系の術の資料はハイルのところでもあまり多くはなかった。
現在、一般的に知られている無条件で稼働している転移魔法陣は『ケルビナ山塔』と魔族帝国の『奈落への回廊』と多種族連合の『イグニス火口』の三つだけ。
細かい使用条件などを含めて現在、使用できるのならもう少し数が増えるが主だったのはこの三つだろう。
『ルカルサ』の出入り口の転移魔法陣も調べつくしてはいるのだが、これは古代魔術全体に言えることでもあるが、やはり基礎的なところで式の構成が異なるらしく解析がうまくいかない。
となると、また別の場所で知識を仕入れる必要がある。知識の心当たりとしては妥当なところで魔族帝国の魔族、精霊領域のエルフ。難しいところで、ルカルサの口ぶりからして人間より遥かに知識を有していそうな精霊王。そういえば・・・・・・、あの神殿を作った名称、消息共に不明な種族もいたな。
しかし、そうなるとどの道、魔族帝国に赴くか、龍種同盟を通って精霊領域に足を踏み入れないといけない。
ファフニルに会って龍の脅威を知った直後で龍種同盟に足を踏み入れるのは気が引ける。
となると、次の目的地は魔族帝国、か。そこで文献探しと『奈落への回廊』の転移魔法陣の調査と地力の底上げだな。
それに『奈落への回廊』は高純度の闇属性の魔法石が取れる場所でもあるからこの先のことも考えるとそれを手に入れていたほうがいいだろうな。闇属性の上級魔術に『龍殺』もあることも考えるとなおさらか。
そうなると、魔族帝国までどうやって行こうか・・・・・・。西部地域『コーネリア』を通るか、東部地域『ヴィーグドル』通るか。
やっぱり、魔術的な資源が豊富な『ヴィーグドル』を・・・・・・
「外の依頼掲示板」
・・・・・・まぁ、その前に一仕事するのも悪くないか。
僕の進む方向から歩いてきて、すれ違いざまに僕に囁いてきた職員と眼を合わすこともなく、僕も職員も何事もなかったかのようにそのまま歩みを進めていく。
そのまま歩き続け『主無き城』から出て、正面入り口の脇にある依頼掲示板、委託施設の仲介がなく、貧しい人々が主に依頼するのに使う掲示板の前に立った。
前に使ったのは監視の目をかいくぐるときに利用したときか。旅をしながら改めて思ったけど、こっちの依頼を受ける人間はよっぽどのことがない限りいない。正直、意味があるのか疑問に思う。
「けど、こうして利用できるから僕等としては助かるか」
手に取った依頼の内容は『仕事を手伝って欲しい』としか書かれていない。
依頼主のところにはクリムゾン、つまり、僕の名前が入っている。下手に名指しすると不自然だから依頼主のところに僕の名前を使ったのか。
このままでは何処に向かえばいいのか分からないけど、紙にある不自然な空白があるってことは。
「・・・・・・『ケトゥル古城』、か」
あぶり出しか魔力に反応するかのどちらかだろうと思い、魔力を流し込んでみればその地名が浮かび上がってきた。
地名を確認すると『炎撃』を無詠唱かつ最弱の威力で使用して紙を灰にする。
『ケトゥル古城』は確か、西部地域『コーネリア』と北方地域『ゲードンム』の境辺りだったな。そうなると、『コーネリア』を北上して『ケトゥル古城』で仕事を終えたら、そのまま『ゲードンム』を通って魔族帝国か。
今後の予定を考えつつ、ファフニルに頼まれた連絡とハイルに出立を告げるために『真理』の拠点へと足を進めた。
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多種族連合首都『ギフトア』まで着いた私達は彼女の身柄を保護してもらうべく、まずは彼女が何者なのかということを知ろうと、委託施設本部で彼女の魔力波長を調べてもらいました。
「あの、何か思い出されましたか?」
「・・・・・・いや、全く。自分の名前を聞いて、それが私の名前だと何となくしっくりきたのだが、それ以外は」
判明した彼女の名前はフェイディアルト・フリス。
五大ギルド『狩人衆』の総隊長だと判明しました。
それに私達が驚いていると、同じように驚いていた職員の方が一度、奥に行って上司らしき方が代わりに現れて私達を施設の奥にあるこの部屋へと招き入れました。
案内してくれた方はここで待つように私達に言って、部屋から出て行き私達は訳も分からないまま指示に従い、部屋で待機しています。
「それにしても、あなたが『狩人衆』の総隊長だったなんてね」
「ティニーとアイシャは知らなかったのか?五大ギルドのうちの一つのトップなら顔くらい有名なんじゃないか?」
「まぁ、普通はそうなんだけどね。彼女は例外。いつも全身甲冑か何かで顔も隠してるせいで声で女だとは知られてたけど、素顔を全然知られてないの。代わりにその甲冑が目印みたいなものだったのよ」
聖夜様の疑問にティニーさんがフェイディアルトさんを見ながら答えます。
「多分、ハーフエルフであることを知られるのが嫌だったんだと思う。偏見は少ないけど、少なからずは存在するから変な問題を起こしたくなかったんじゃない?」
「そうなのだろうか・・・・・・」
フェイディアルトさんが自分のことなのに自分が分からないために、少し気落ちした声を発して俯いてしまいました。
私達がその様子を見て、声をかけようとしたときドアがノックされ人が入ってきました。
入ってきた老人は部屋の中にいる私達を一通り眺め、一度フェイディアルトさんに視線を固定した後、私達に視線を向けました。
「ふむ。君たちがフェイディアルト君を連れてきてくれたという者達かね?」
「ああ、そうだ」
「まずは礼を言わせて貰おう。フェイディアルト君を救ってくれて感謝する。儂はファフニル・ギフトという者じゃ。『円卓』と議会の繋ぎ役と言えば、儂の立場が分かるかの?」
聖夜様が老人、ファフニル様の問いに答えると、頭を下げて感謝を述べて自己紹介をしてくれました。
『円卓』と議会の繋ぎ役、ということは、この方は多種族連合の最高権力者の一人ってことですよね。
それに気付き、私と同じく気付いたらしいティニーさんが急いで居住まいを正しました。聖夜様とフェイディアルトさんは分からないらしくそのままです。
「なぁ、アイシャ、『円卓』って」
「せ、聖夜様、説明は後でしますので。今はとりあえずこの方が凄い偉い人だということだけは理解してください」
ファフニル様を前にして、いつもの態度のまま私に疑問をぶつけてくる聖夜様に慌てて重要なことだけを伝えます。
「そんなかしこまらんでもよい。儂はただの『円卓』と議会の使いっぱしりじゃて。実質的な権力もなければ、能力もないただの老いぼれだわい」
「それでいいなら、俺もこっちのほうが楽だからこのままで話させてもらう」
聖夜様・・・・・・、肝が据わっているというか、度胸があるというか。
軽く目眩を感じつつ、変わらず態度がいつも通りな聖夜様を見る。
ティニーさんも冷や汗を流しています。
許可が出たとしても、偉い方なんですからもっと礼節を持って接して頂かないと、・・・・・・あれ?そういえば、王様や王妃様達の前でもこの調子のままだったような。
不知火様は・・・・・・、ちゃんと礼節を持って接してましたね。
今になって王様達の前で聖夜様がどれだけまずいことをしていたのか理解した私は後で聖夜様にその辺をみっちりとお話しすることを固く決意しました。
「とりあえず、座って話でもしようかの?」
ファフニル様に促されて、皆がそれぞれ椅子に座ります。
「さて、まだ名前を聞いておらんかったな」
「あ、はい!私は第142代宮廷付巫女アイシャ・ノインと申します」
「私は魔術都市『ベグ・エイア』の魔術師養成学校『ドラグロア』の学生ティニー・ヒルミクスと申します」
「俺は光 聖夜。今のところは勇者見習いってところだな」
「私は」
「フェイディアルト君はよい。君の事は知っているからの」
私達に続いて、フェイディアルトさんが戸惑いながら自己紹介をしようとしたところをファフニル様に止められました。
「しかし・・・・・・、『勇者』とはのぅ」
「信じられないか?」
「いや、巫女も付いておるようだし、本物じゃろうて。それに『勇者』が現れたという報告は受けておる」
「報告ですか?一応、今の段階では『勇者』のことは人間王国でも機密事項のはずですが」
勇者は何かしら功績を立てるまで国はその存在を公表しません。
だから、今現在『勇者』が現れたことは知られているとしても噂で流れている程度のものなのであまり信憑性のあるものではありません。
「いくら友好的とはいえ情報収集は怠っておらんということじゃ。そちらからとてこの施設に間諜を忍ばせておるしの。・・・・・・それにしても、君が『勇者』ということは、もしかしたらフェイディアルト君を君達が保護したというのは運命だったのかもしれんの」
「どういうことでしょうか?」
ファフニル様の呟きにティニーさんが問いかけると、ファフニル様の顔から先程までの朗らかな表情が消え、真面目な顔になりました。
「単刀直入に言ってしまえば、フェイディアルト君が率いていた『狩人衆』は壊滅状態じゃ。現在、生き残りの十数名が『自由の剣』の傘下に入っているが、それ以外はどうしているか分からん」
「「『狩人衆』が壊滅!?」」
驚きのあまりあげた叫びが同じように驚いたティニーさんと重なりました。
驚く私達にファフニル様は現状を説明してくださいました。
『狩人衆』の大半の人員の裏切り、『血の栄光』の勢力の増大、また他の多くの各ギルドでも少なからず同じように裏切りが起こったこと、それによる被害、そして、戦争の可能性・・・・・・。
そんなことがあったなんて・・・・・・。いえ、それよりも、『血の栄光』の一件を解決したとしても、五大ギルドの一角、それも魔の討伐などを手広く受けていた『狩人衆』が倒れたとあっては今までのパワーバランスが崩れて、混乱が続くことは間違いありません。
「そんなことがあったからの。事情聴取のために総隊長であるフェイディアルト君の身柄を捜索していたのだが・・・・・・、記憶喪失になっておったとは」
「申し訳ありません」
「仕方のないことじゃ。気にするでない」
フェイディアルトさんが気まずそうに頭を上げると、ドアからノックの音が聞こえました。
「入ってよい」
「「失礼いたします」」
ファフニル様が声をかけると、男性と女性が入ってきました。
男性はフェイディアルトさんを見ると、驚いた表情になって次に嬉しそうにして近寄ってきました。
「フェイ!無事だったか!?」
どうやら親しい間柄のようで、彼女の無事な姿を見て喜んでいます。
しかし、フェイディアルトさんは困惑していました。
「すまない・・・・・・。君は、誰だ?」
「ッ!?」
フェイディアルトさんの一言に彼は表情を硬直させました。
「ナヴェル、彼女の容態は聞いていたでしょ?」
「っ・・・・・。ああ、そうだった、な」
「御前をお騒がせして申し訳ありませんでした」
男の方、ナヴェルさんがさっきよりも落ち着いた様子でフェイディアルトさんから離れると、一緒に入ってきた女性がファフニル様に頭を下げました。
「気にせんでもよい。生死不明の幼馴染の無事な姿を見たら誰でも嬉しくなるものじゃ」
「幼馴染・・・・・・。私と、君がか?」
「・・・・・・ああ。ナヴェル、お前の幼馴染のナヴェル・ヘイズだ。故郷の『アルプフェア』に住んでた頃からの仲のな」
「ナヴェル・ヘイズ・・・・・・、『アルプフェア』・・・・・・。・・・・・・すまない」
フェイディアルトさんは何も思い出せないことに申し訳なさを感じてナヴェルさんに謝罪しました。
「いや、無理に思い出そうとしなくてもいい。お前が生きていてくれただけでも十分だ」
「・・・・・・思い出せないが、その二つ、君と私達の故郷だという場所、両方とも大事なものだということは何となくだが感じている」
「そうか・・・・・・」
ナヴェルさんはそれを聞いて嬉しそうな穏やかな表情になりました。
「さて、ミルネスト君で合ってたかね?」
「はい。『水舞の魔女』、ミルネスト・サイギルでございます」
「早速だが、彼女を診てもらえるかの?」
「はい」
女性、ミルネストさんがフェイディアルトさんの傍に移動しました。
「ナヴェル、ちょっとどいててもらえる」
「ああ、頼んだぞ」
「そう言われても診るだけなのだけどね。【清浄なる素、穢れを嫌い、唾棄する者よ、内に潜みし穢れを我等が前に浮かび上がらせ給え『潔癖なる水面』】」
詠唱が終わると、フェイディアルトさんの体を薄い水の膜が包み込みました。
水属性の中級魔術『潔癖なる水面』。
水の膜で被った対象を走査する術であり、優れた術者になると水の膜を大きな対象物、土地や建物に指定することもでき、探知系の魔術としても使える術です。
「どうかね?」
「・・・・・・これといった問題は見当たりません。記憶を失くしたのは恐らく、襲われたときに頭部を強打したか、血の流しすぎで一時的に脳の機能に障害が生じたためかと思われます」
「治るかね?」
「記憶を失っている以外に肉体的、精神的に異常はありませんので、薬や魔術でもどうしようもありません。何もしなくても明日には記憶が戻るかもしれませんし、一生記憶が戻らないかもしれません。正直に言えば彼女の運任せです」
「何か手はないのか?」
ミルネストさんの診断を聞いたナヴェルさんが彼女に問いかけました。
「確実な対処法、というわけではないけど、彼女の記憶を刺激すればその刺激で記憶が戻るかもしれないわ」
「具体的には?」
「彼女に縁のある土地、人を訪ねること、かしら」
「それなら、顔見知りの奴に片っ端から会わせりゃいいんだな?」
ナヴェルさんの言葉にミルネストさんが溜息をつきました。
「そう簡単にいかないわよ。彼女と縁が深いあなたでも彼女の記憶を呼び起こすことは出来なかったのよ?関わりの浅い、顔見知り程度の相手で記憶を取り戻すとは思えないわ」
「じゃあ、誰に会わせりゃいいんだよ?」
「ふむ・・・・・・。肉親かの?」
「はい。それが適任かと思われます」
ファフニル様は顎に手を当てて、何かを考えてからナヴェルさんに視線を向けました。
「ナヴェル君、フェイディアルト君の母親の名前はラクーシャではないかの?」
「ああ、そうだ。けど、ラクーシャさんか、あの人まだあの村にいるのか?全然、連絡とってねぇから分からねぇな」
「彼女なら『アルプフェア』におる」
「爺さん、あの人のことを知ってるのか?」
「ヴァルスギア君からの報告での。危険を避けるために異種族の者を『ギフトア』に集めておるが、どうにも彼女があの村から動いてくれず、困っているそうじゃ」
「あ~、あの人、自分の意思を曲げない頑固者だったからな」
「しかし、今はそれが幸いしたの。故郷と母親、この二つの刺激を同時に受ければ記憶を思い出すやもしれぬ」
「ラクーシャ・・・・・」
フェイディアルトさんは自分のお母様の名前を聞いて、何か感じるものがあるみたいでその名前を呟いていました。
「そうと決まれば、早速フェイを連れて『アルプフェア』へ」
「待たんか」
意気込むナヴェルさんをファフニルさんが制しました。
「何だよ?」
「まさか、君が行くつもりはなかろうな?」
「当然そのつもりだ」
「馬鹿者。今の君の立場が分かっておらんのか?『自由の剣』の傘下に入っているとはいえ、フェイディアルト君がこの様子では今の君は実質的に『狩人衆』のリーダーなのだぞ?そんな人間が自分勝手に行動することなど出来んわい。それに『血の栄光』に寝返った大半である『狩人衆』を裏切った者達による被害の責任も少なからず『狩人衆』のトップ、今の君に降りかかるのだぞ?現状では君を自由にすることは国としても許すことは出来ん」
「ぐっ・・・・・・。じゃあ、どうするんだ?」
「現状、こっちにまわせる余力はないの。どこも今回の騒ぎの収束、犯人たちの捜索、街の警戒などで忙しいからの」
「・・・・・・じゃあ、俺達が連れて行こうか?」
今まで黙って事の成り行きを見ていた聖夜様がそう提案しました。
「ふむ・・・・・・。それは、こちらとしては助かるが、よいのかの?これだけの騒ぎになれば、人間王国から『勇者』に何かしら連絡が来るやもしれんが?」
『勇者』という言葉にミルネストさんとナヴェルさんが少し驚いた様子で聖夜様を見ます。
その視線の先で聖夜様はゆるゆると首を横に振られます。
「聞いた限りじゃ、今回の事件は相当な大事だ。悔しいが、今の俺じゃ力が全然、足りない。召喚されて大して時間も経ってない俺が何か出来るとは誰も思わないさ。・・・・・・だから、今は俺に出来ることをしながら、もっと力をつけなくちゃならない。今はまだ、『勇者』の肩書きを担えないんだ」
聖夜様・・・・・・。
真剣な凛々しい表情でそう告げる聖夜様にこの部屋の皆の視線が集まります。
「今、目標にしてることはあるけど、それも大した手掛かりもない現状じゃどうしようもない。だから、彼女を故郷に連れて行くぐらいお安い御用だ」
「・・・・・・私も賛成です。私は目の前に困っている人がいるのに見捨てることなんて出来ません。私達で手伝えることがあるなら手伝いたいです」
「・・・・・・ここまで彼女を連れてきましたし、ここまでくれば『アルプフェア』に行くのも大した差はありません。乗りかかった船ですし、最後まで彼女の面倒を見たいと思います」
聖夜様に続き、私、ティニーさんも聖夜様の意見に賛成しました。
ナヴェルさんとミルネストさんはファフニル様のほうを伺い、ファフニル様が頷きました。
「では、彼女のことを君達に頼もうかの。委託施設からの正式な依頼として、依頼の完了、彼女を『アルプフェア』まで連れていき、無事に連れて戻ってくることで報酬を支払おう。更に、ラクーシャ君も連れてくること、フェイディアルト君の記憶を取り戻すこと、それぞれが成功するごとに報酬を上乗せしよう」
「そ、そんなことをして頂かなくても結構です!」
私は報酬とか、そういったことは全然考えていなかったので慌てて遠慮しました。
私はただ、彼女の助けになりたいだけですから・・・・・・。
「何、こちらからの感謝の気持ちと思ってくれたまえ。こちらの手を動かせない代わりに行かせてしまう上に、仕事まで代行させてしまうのじゃからな」
「しかし、」
「儂が言っておるのに、受け取らないというのは逆に失礼になるとは思わんか?」
「・・・・・・分かりました」
「うむ、では頼むぞ」
「ああ、任せてくれ」
「「お任せ下さい」」
私達が依頼を受諾すると、ナヴェルさんが私達に頭を下げました。
「俺からもフェイのことをよろしく頼む」
「ああ、俺がナヴェルの代わりに彼女を守りきってみせるさ」
「・・・・・・頼もしいな」
「・・・・・・光、ノイン、ヒルミクス」
フェイディアルトさんに呼ばれて彼女のほうに視線を移します。
「・・・・・・ありがとう」
見ず知らずの自分にここまで親切にしてもらっていることに感謝しているのか彼女は私達にお礼を言いました。
でも、
「気にすんなって、俺達、仲間だろ?」
「そうですよ」
「聖夜の言う通りよ」
ここまで一緒に旅をしてきたフェイディアルトさんは既に私達の仲間です。
その発言に、彼女は少し驚いた後、綺麗な微笑を浮かべて
「ありがとう・・・・・・」
もう一度、お礼を言ったのでした。
というわけで、第三十一話でした。正直、最近はレポートとかで忙しく執筆の時間が中々取れないため更新が遅くなってしまい、約一ヶ月ぶりの更新になりました。遅くなってしまい、申し訳ありません。これからも更新が遅めになってしまうと思いますが、どうかご容赦下さい。
今回は今まで所々出てきた狂気というものの説明を入れました。これがうまく読者の方々に伝わっているか不安ですが、能力に関しては別になりますが、要は馬鹿と天才は紙一重という言葉から発想を得て、いき過ぎたものは一周して戻ってくるけど、本質的に違うみたいなことを言いたかったのですが、伝わったでしょうか?分かりにくい方がいたら申し訳ありません。
後半はアイシャ視点ですが、どうにも紅月以外の視点になると、状況の描写ばかりになってしまい、うまくいきません。ご不満に思う方もいらっしゃるかと思いますが、これが今の私の限界ですのでどうかお許し下さい。
後半、特に最後のほうは更新が約一ヶ月近く空いていることもあり、急いで作ったため少し違和感を感じる方もいるかもしれませんがご容赦ください。
ご意見・ご感想は随時お待ちしています。




