第三十話 人の生き方の価値を計ることは誰にも出来ない
計9464文字。
一部修正しました。
前回までのあらすじ。
ファールリーベさんと仲良くなった。
P.S 魔力って女性の方が多く持っている傾向があるらしいから必然的に魔術師は女性の方が多くなり、トップクラスの魔術師に憧れる女魔術師が多いんだとか。
無数の書物が積み重なった室内。
これらの書物はこの部屋の主の研究資料であり、古めかしい重厚なものが多く、これらの本が安物でないことが伺える。
そんなこの部屋の主はソファに身を預け、自身の研究のためにその優秀な頭脳を稼働させているべきなのだ。
「起きろ」
「ぷべらっ!?げぶっ!」
なので、このソファで毛布一枚をかぶり裸で横になって寝ている女性の腹の上に遠慮なくその辺に重なっていた分厚い本の一冊を左手で落とす。
女性にあるまじき悲鳴をあげて、更にソファから落ちる姿を見ながらテーブルに脇に挟んでいた衣服と右手に持っていたトレイを置き、窓のカーテンを開く。
「あ゛あ゛ぁあ゛ぁ~~~、まぶしぃ~~~。とけるぅ~~~」
「馬鹿やってないでささっと起きてよ。それとも水を頭からかぶってみる?」
有言実行するべく『水弾』の魔術式のイメージをくみ上げる。
「うぅ、水は嫌ぁ。凍らされるぅ」
一昨日、『水弾』の後に『氷路』を喰らわせて凍らせたのがよっぽどきいたらしい。
眼をこすりながらゆっくりと体を起こして、床の上にぺたんと座る形になる。
スタイルのいい彼女が毛布のおかげでほんの少しだけ肌が隠れている姿は年頃の青年には刺激が強すぎるのだが、僕はその程度は母さんで慣れているので動揺もせずに彼女を正面から見る。
「おはよう、ハイル」
「ん~、おはよ~、クリム君」
にへらと緩んだ笑みをこちらを見上げ首をかしげながら向けてくる彼女、ハイルティー・アマキナは人によってはその笑顔がクリティカルだろう笑顔を向けてくるけど、その程度は母さんで、以下略。
ハイルティー・アマキナ。『真理』のメンバーの一人で、『古物の魔女』の二つ名を持つ古代魔術の研究の第一人者の一人でもある。
十日程前、ファールリーベさんに出来れば古代魔術に詳しい人に弟子入りしたいとお願いしたところ紹介されたのが彼女だったのだが、現在では弟子というより助手兼世話係になっているような気がしてならない。
「まぁ、おはようって言ってももう昼なんだけどね」
「そうなの?」
「そうなんだよ。はい、というわけで、服を着る」
「きさ」
「自分で着てよ」
十日でハイルのパターンにも慣れてきているので彼女が言い切るよりも早くそう言うと、彼女はめんどくさそうに立ち上がって毛布をずり落とすとテーブル上にある僕が持ってきた衣服を着ていく。
何度言っても寝るときは裸になっているハイルは放っておくと同じ服を何日も使っているのでこうして僕が彼女の衣服を洗濯して持ってきている。
「お腹すいた。はむ」
ハイルは服を着終えると僕が持ってきていたトレイの上の食べ物に手を伸ばして、さっきまで寝ていたソファに腰を下ろす。
「はむはむ。ごきゅごきゅ」
淹れてあった紅茶にも手を伸ばしながら食事をしているハイルの後ろに僕は回って、無造作に伸ばされて乱れている髪を整え始める。
「はむ。ごきゅごきゅ。ん、ごちそうさま~」
「こっちも終わりっと」
ハイルが食事を食べ終える頃には僕は彼女の髪をおさげに編み終えていた。髪型はハイルが気にしていないので僕のその日の気分で変えている。
「う~ん、やっぱり一家に一人、クリム君だよね」
「君がだらしなくなかったらここまでする必要はないんだけどね」
顔を上に向けて僕に笑顔を向けるハイルに僕は肩をすくめながら言葉を返す。
「・・・・・・十日で馴染みすぎじゃありませんか?というか、熟年のコンビのような感じすらしますけど」
「というか、夫婦さね」
「それよりもクリムゾン君、ハイルさんの裸を見て顔色一つ変えないのね」
部屋の入り口でこの部屋まで一緒に来ていたファールリーベさん、クロ、そしてミルネスト・サイギルさんが僕が部屋に入ってからやりとりを見ての感想をこぼしていた。
「慣れです」
「・・・・・・」
きっぱりとした僕の発言にミルネストさんは労わるような視線を向けてくれた。
「あれ?ファーちゃんとミルちゃん、どうしたの?」
「あ、いえ、今日はハイルティーさんに用事じゃなくてクリムゾンさんに用事があって」
「で、僕が作業も先に進めたいから作業をしながらってことでここまで連れてきたんだよ」
「ふ~ん。ま、いいや。好きにしていって。私は顔を洗ってくるね」
ハイルはそう言うと部屋から出ていった。
魔術指導が三日もせずにハイルの作業の手伝いとかしたけど、まぁ、僕の目的は魔術の知識であるわけだから、こうして多くの文献を見れる作業に文句はない。
ハイルの作業は古代魔術の研究であり、僕が求めている知識も古代に失われた転移魔術のものなのでどちらかと言えば都合がいいとさえ言える。
ある程度は整頓してあるが、まだ人がくつろぐには十分とは言えない部屋なので適当に文献を移動させて、資料に埋まっている椅子をひっぱり出してきてファールリーベさんとミルネストさんが座れる場所を確保する。
これだけ聞くと、この部屋が散らかっているように聞こえるが、僕がここに来る前はもっと酷く、ドアからソファまでの細い道とソファ以外は資料と文献に乱雑に埋まっていたのだ。
先程、ファールリーベさん達が入り口で固まっていたのはこの部屋の変化に驚いたからだろう。
客人用のカップ(僕が買い揃えた)を戸棚(僕がここに来る前は本で埋まっていた)から取り出して、ハイルの食事と一緒に持ってきていたティーポッドから紅茶を淹れて客人二人の前に差し出し、僕は対面に座りながら近くの文献に手を伸ばして目を通し始める。
失礼な行為ではあるが、先に許可はとってあるので作業をしながら会話をすることにした。
「それで、僕に何の用ですか?」
「用、と言いますか、その、相談というか・・・・・・」
「愚痴のこぼしあいかな」
「愚痴、ですか?」
「そう。自身に向けられる好意についての」
「あなたもですか?」
僕の言葉にミルネストさんが頷く。
「私の場合は身内じゃなくて弟子なのだけど」
「同性の方ですか?」
「ええ。あなたぐらいの年の女の子」
「それで、同じ悩みを抱えてる、ということで色々と相談したり、愚痴をこぼしたりしてるんです」
ファールリーベさんの言葉にミルネストさんが頷く。
それから始まった二人の愚痴を聞いている間にハイルが戻ってきて、自分の前に資料を広げて、文献を手に取り、紙を広げて時折何かを書き込んでいる。
二人の愚痴はどんどん出てきているが、それに相槌を打ちながらも僕は文献や資料を読み進めている。
「クリムゾンさんはどうなんですか?」
「どう、と言うと?」
「何か愚痴りたいことはないか、ってことよ」
「そうですね・・・・・・。自分を大事にしろ、襲うな、働け、ぐらいですかね」
愚痴を言いだせばそれこそきりがないが、簡潔にまとめるとこの三つぐらいのものだ。
最初は妹の蒼花に、二番目は母さんに、三番目は居候に対してだ。
「それと、さっきから愚痴を聞いてると、あなた達がはっきりと拒絶しないことにも原因があるようにも思えますが?」
「それは、姉さんが何をしでかすか分かりませんので・・・・・・」
「ネーナが自棄にならないか心配で・・・・・・」
ネーナというのはミルネストさんの弟子の名前だ。
「そうやって甘やかすから何時までも解決しないんです」
「確かにこいつの言ってることも正しいさね」
「「・・・・・・・」」
僕の言葉と今まで黙って聞いていたクロの肯定に二人は黙りこむ。
「盲愛は一種の依存のようなものですが、それをはっきりと拒絶しないあなた方も愛されているということに依存があるように見えます。口では何だかんだ言っていても心の底では愛されたい、愛されていたいと思っているんじゃないですか?まぁ、それが特定の相手にか誰でもいいから誰かに、ということなのかは知りませんが」
「随分と辛口さね。自分はどうなのさ?」
「僕の場合は割り切ってますよ。迷惑はしてますし、文句もありますけど、僕がいくら諌めたところで聞きませんし、それでその人たちが不幸になるわけでも周りに迷惑をまき散らすわけでもありませんから矯正出来ればいいな、ぐらいに思いとどめてます。・・・・・・流石に父親になるのは全力で拒否しますけど」
愛してもいない女性との間に子供を作るのは僕の倫理に反する。
裏や欲望や狂気にいくら浸かっていようとも僕の基準は一般基準に近いものがある。まぁ、狂気の内に存在しながら普通であるからこそ僕は異常であり狂っているのだけど。
・・・・・・ただ気になるのが、蒼花の父親が誰なのか、ということだ。
物心ついた頃には既に母さんは僕に夢中であり、父さんと子作りしていた記憶がないのだ。
そして、その頃には既に僕は母さんに毎日のごとくそちら方面での刺激を受けていて、何を血迷ったか居候に薬を投与されて小学生の低学年の頃には既に精通していた。まぁ、精通したのがきっかけで自分の体に起こったことを調べているうちに疑問を覚えて母さんの『教育』という名の非常識に気付けたのだけど。
気付いてからは抵抗して、押し負けて母さんに何度組み伏せられようとも避妊には常に気をつけている。
そういうわけで、蒼花、現在九歳。僕が九歳のときに生まれた妹はきっと、僕の見ていない、気付いていないところで父さんと母さんが子作りに励んだのだと思う。・・・・・・だから、DNA鑑定をしないのはそう信じているのであって別に他意はない。・・・・・・ないったらない。
「それは苦労してるって言えるのかい?」
「苦労はしてますよ。心底嫌なわけじゃないですが、不本意なことであるのは間違いないんですから。ただ、人を変えるには余程のことがない限り時間がかかることですし、変えられない可能性も考慮しているだけです。ファールリーベさんのお姉さんであるレアさんとサイギルさんの弟子のネーナさんにも言えることですが、僕らから見れば困るような行為であっても、今の彼女達の側から見ればその愛は自分を支える重要な要素の一つです。それを変えるということは生半可なことじゃないですよ」
自分を支えるものを変えるということは恐ろしく難しいことだ。
それが自分を保つならそれを手放すことを無意識下で拒否する。
だからこその依存であり、偏愛であり、盲愛なのだ。
その点で言えば、家の人間は違うのだろう。
母さんは行き過ぎたところが多々あるが、僕が愛おしいから自分の気持ちに正直に愛でるのであって、それを感じられなくなったらあっさりと手を引くだろう。
蒼花に至っては僕に尽くすことが当たり前であり、在り方であり、狂気であり、罪であり、信奉であるがゆえに蒼花が蒼花という自我を持ち続ける限り僕のために尽くす。もしそうでなくなくなったら蒼花は蒼花の姿をした別の存在としての蒼花なのだろう。
僕がいなくても僕なら自分にどういう行動を望むか、僕の望みに沿うか、僕のためになるかを大前提に蒼花は行動をする。蒼花の恐ろしいところは僕の意思に反しても僕のためになると思えば行動をするところだ。
実際、アリスを殺した後、渦巻く感情をアリスの所属していた組織にぶつけて末端まで殺しつくして、落ち着いてきた頃に彼女を殺した事実に改めて塞ぎこみかけていた頃には蒼花は何度も僕を殺そうとしてきた。
当時六歳の蒼花が包丁片手に『兄さんが生きていたら兄さんが苦しむだけだから蒼が殺してあげる』と言ったときは流石の僕も肝が冷えたものだ。
そのときに蒼花が狂気に目覚めていることが判明して、育て方を間違えて蒼花まで狂気に堕としてしまったことにも悩み苦しんだ。
僕が復調していくと蒼花が僕を殺そうとすることはなくなったけど、蒼花の育て方に関して考え直させられることになった。
「まぁ、どれだけ言葉を並べようともあなた方が本気で嫌ならば、自然消滅するなり、何かしらの行動を起こして解決しようとするなりするでしょうからこうして愚痴を零すことで耐えられるなら差し迫った問題でもないでしょう」
「十日間一緒に過ごしてて感じたけど、クリム君って容赦がないっていうか、厳しいよね~。そこにある本取って」
ハイルが求めた本を投げ渡す。
「僕が甘いのはまだ若い子、特に子供だけなんだよ。いい大人が年下の男に甘えてどうするんだよ」
「でも、何だかんだで面倒は見るんだよね」
「堕落しない程度ならやぶさかじゃないってこと」
「・・・・・・さっきから気になってたんですが、クリムゾンさんはハイルティーさんには敬語じゃないんですね」
とりあえず、僕の言ったことは後で一人でじっくりと考えようとでも思ったのか、ファールリーベさんがちょっとした疑問を投げかけてくる。
ちなみに、この部屋にいる四人の中では僕、サイギルさん、ファールリーベさん、ハイルの順に若い。
「ええ。この手の輩は遠慮をするとすぐにつけ上がりますので」
「二日目にはもうこの調子だもんね」
「裸で文献に埋もれている姿を見て遠慮は無用と判断したんだよ」
怠け者は甘やかすな。
居候から得た教訓だ。
居候、エリー・新神が作り出した汎用広域殲滅戦兼局所制圧戦兼電子戦対応特殊合金製自己進化学習機能付人工知能搭載型メイドロボNo.1、通称壱さんとの共通の標語でもある。
壱さんはエリーが自分の身の回りの世話と降りかかる火の粉を振り払うべく珍しく本気で作り出したアンドロイドであり、各種オプションを駆使すれば単身で小国を攻め落とすことも可能だ。
壱さんに使われている技術はどんなものでも確実に一世紀以上先のものであり、物によってはこれ実現するのか?と思うようなものまである。
人格面においては身近で僕が信頼する人トップ3に入る良い人?なのだが、そういう行為も出来る体であり、エリーが襲ってくるときは一緒になってやってくるのが傷だ。
「まぁ、私は別に構わないけどね。世話をしてくれるし、仕事も出来るしで大助かりだから」
「・・・・・・そう言えば、さっきから凄い速さで本を読んでるわね」
サイギルさんが僕の手元でパラパラとめくられている本に視線を向ける。
「それ、古代語の本、ですよね?」
「この部屋にあるのは半分以上がそうですよ」
古代魔術に関わる文献だけあってその多くが古代で記されたものであり、現代語で書かれているのは発見された古代魔術に関する考察や利用するためにどういったアプローチを仕掛けるべきか他の魔術師達が書いた論文だけだ。
「その子、間違いなく天才だよ。昨日までにここにある資料は一通り目を通したんだよ?」
「古代語の文献が多いのにこの量の資料を全部!?」
「代わりに七日間徹夜しましたけどね」
そのせいで今日は僕が起きるのが遅くなってしまい、ハイルを起こすのも遅くなってしまった。
「それに僕は天才なんかじゃありませんよ。天から与えられた才能ではなくて、人によって与えられた才能です。まぁ、僕と同じ環境下で同じように育っても同じようになるかは分かりませんが」
生まれた時から狂気によって育まれたからこその能力であり、決して僕に元から才能があったわけではない。
僕の狂気は才能ではなく、在り方あるいは思考に付与するものであるから狂気に至ったとはいえ、それが能力に大きな影響を与えることはない。
もし狂気が才能に付与するものであれば、間違いなくそいつはバケモノになる。
例をあげれば、父さん、母さん、エリーが才能に付与するものであり、僕と蒼花が思考に付与するものだ。
しかし、やはり潜在的に狂気を秘めてなければ、まともな感性を少しでも持つ人間にはあの異常を通り越して悪夢とも言える『教育』を耐え切ることは出来ないだろう。そういう意味では狂気も一種の才能と言えるのか、・・・・・・いや、才能というよりも人の業であり、罪なのだろう。
「あんた、どんな生き方をしてきたのさ?」
「そこはあまり詮索しないでもらえると助かります。まぁ、碌な生き方はしてきませんでしたし、これからもそうなるでしょうね」
この世界では大抵の『人間』が姓と名を持っている。
姓を持たないということは何かしらの事情を抱えているということを示している。
僕は何かしらの事情を抱えていると思わせて、こちらに踏み込まれないようにわざと姓をつけなかった。
でも、碌な生き方をしていないのは事実だし、これからもそうであるのは事実だ。ただ、死に方は普通に死にたいとは思っている。
小さくて、普通の願いだけど、『第三世界』に身を置く僕にとってどれだけ難しいことか。
その願いを叶える為にも元の帰る手段を確保しなければならない。
そんなことを考えながら、手に入れた知識を整理して帰る手段を見つけるために思案にふけるのだった。
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薄暗い廊下を一人歩き続ける。
遠くから騒ぐ音がするが、ここではそれも日常のこと。気にかけることもなく、足を進める。
「エクジス」
「・・・・・・何の用だ?アルテ」
かけられた声に足を止めて、声の主へと振り返る。
「随分な御挨拶じゃない。同じ裏切り者同士、仲良くしましょうよ」
レイピアを腰に差した俺と同じ元『狩人衆』大隊長、アルテ・ヒューリがこちらへと足を向けてくる。
「馴れあう気はない」
「冷たいわね」
「何も用がないなら俺は行くぞ」
踵を返して立ち去ろうとした。
「あなた、何でこっちに付いたの?」
「・・・・・・どういう意味だ?」
踵を返すのをやめ、正面から向き合う。
「あなた、フェイ総隊長とナヴェル副隊長と仲が良かったわよね?私は後から入ったから直接知ってるわけじゃないけど、聞いた話だと『狩人衆』に入る前から仲らしいじゃない」
「だからどうした?」
「その肝心の総隊長は生死が不明で、捜索してるけど目印だったいつもあの人が着ていた全身を覆う甲冑は脱ぎ捨てられていて、素顔はこっちに付いてる誰も知らない。・・・・・・あなたを除けばね」
そういえば、フェイは『狩人衆』に入った時から甲冑を着ていたわけではないが、自分がハーフエルフであることでいらぬ面倒が起こらないように特徴が出る頭部は隠していたな。
だから、あいつの素顔を知ってるのはその前からの付き合いの俺とナヴェルくらいなものだ。
「だから、俺にあいつの人相を教えろ、と?」
「そういうわけじゃないわよ。あなたもう同じ事をザイオ副隊長に頼まれても断ったんでしょ?それなのに私ごときが言ったところで聞かないのは百も承知よ。けど、その頼みを断ったことで元々あなたは信用がないんだけど、さっき来た報告によるとナヴェル副隊長が生きていたらしいのよ。そのせいで早速開かれた会議であなたが実は裏切ったふりして内通しているんじゃないか、って疑ってる連中が前にも増して増えたわ」
さっきからまとめ役の連中の姿が見えないのはその報告を受けて、俺を除いた会議をしていたせいか。
「疑うなら好きにするといい。周りにどう思われようとも俺には関係ないことだ。・・・・・・しかし、ナヴェルが生きていたのか」
あの傷でエスティとマグナ、それに大魔を掃討できたとは思えないが・・・・・・。
「『ギフトア』に現れたそうよ。今は『自由の剣』の指揮下に入ってるみたいだけど」
「手出しは出来ない、か」
「ええ。それに何を考えてるのか各地に残している諜報役も少なすぎるから碌な情報も入ってこないわ。私達は情報も規制されて言いように踊らされるしかないのよ」
「身の自由がきくだけでもまだマシだろう」
アルテの向こう側から所々破けた服を着た見覚えの無い一部を除けば整った顔立ちをした金髪の男が不機嫌さを隠そうともせずに顔をゆがめ、苛立ちを込めた声を発しながらやってきた。
「誰だ?」
「知らされてないの?あぁ、信用されてないんだったわね。こちら、不幸な魔族さんよ。名前はえっと、」
「・・・・・・カナリスだ」
魔族は身体的に人間に近いものが多いが、その全員が多かれ少なかれその体に異質を宿している。
この男、カナリスの場合は右頬を頭部の右側面を覆う緑色の蛇の鱗のようなものと蛇のような右の眼に現れていた。
「そうそう、カナリスよ。何でも魔族帝国から多種族連合に亡命するために人間王国をひそかに移動中に私達のお仲間に遭遇したらしいのよ。それも総隊長を捜索中だった副隊長達とエルフに」
そこで俺はカナリスの首に嵌められている首輪に目をやった。
「ということは、その首輪はフェイにつける予定だったやつか?」
「そう。フェイ総隊長につけるはずだった劣化遺物よ」
古代魔術が施された物である古代遺物。それを現代の技術で出来る限り復元して古代遺物よりは劣るが性能を発揮する劣化遺物というものだ。
カナリスがつけている首輪、『スレイブ』は装着者を装着させた者の命令に従わせ、装着させた者の意思一つ次第で装着者を苦痛を与えることも殺すことも出来る。
『スレイブ』の元となった古代遺物『ドール』は装着者の意思すらもコントロールし、完全に操ることが出来るらしい。
『ドール』は王国の所有物として厳重に保管されているのだが、『ドール』の研究に携わっていた誰かが悪用したらしく、劣化遺物である『スレイブ』が裏市場に出回り、奴隷の首輪として流用されている。
「フェイ総隊長が見つからなかったから偶然出会った魔族の彼に使ったらしいわよ。あなたもナヴェル副隊長用に一個預かってたんでしょ?」
「ああ。しかし、あいつは言いように使われて不本意なことをやらされるくらいなら死を選ぶような男だ。使う気は元々なかった」
「・・・・・・私は別に人間の国がどうなろうと知ったことじゃないが、偶然で自由を奪われ、命を握られているのは気に食わないことこの上ない」
カナリスが苛立ちや怒り等を言葉に乗せる。
「で、お怒りのあなたが何の用?」
「お前を呼んで来いと言われただけだ。会議を抜け出してきたらしいな」
「別に私の意見なんて聞きゃしないくせに。あそこにいても退屈なのよね」
アルテが嫌そうに溜息をつく。
「で、戻る前に最初の問いの答えを聞きたいんだけど、何でこっちについたわけ?」
「・・・・・・復讐だ。『狩人衆』の生温い空間にいては出来ないと思っていたところに都合よくうまくいけばそれが果たせそうな集団が近づいてきたから利用するために協力している」
服の上から服の下に隠れている胸元にある首から提げたロケットを握り締める。
そう・・・・・・、『狩人衆』に入り力をつけたのも、『狩人衆』を裏切ったのも、全てはそのため・・・・・・。
「ふ~ん・・・・・・。そう、そういうこと。疑問が解けてスッキリしたわ、教えてくれてありがと」
「待て。お前は何のためにこっちについた?さっきの話しぶりだとあまり好ましく思ってないようだが?」
「そりゃ、死にたくないから。それだけよ。裏切ってなきゃ私も殺されていた可能性が高いでしょう?もっとも、こっちについても最後まで無事にいられるかは怪しいけどね」
嫌そうに言葉を吐き出すとアルテは去っていき、それに続くようにカナリスも去っていった。
俺は踵を返して、二人が行った方向と逆の方向に歩き出した。
薄暗い道を独りで、ただひたすらに胸の内に燃え盛る憎悪を宿しながら歩いていく・・・・・・。
やっとのことで三十話です。相変わらず物語が進まなくてごめんなさい。すぐに『ギフトア』を出たら何をしに『ギフトア』まで来たのか?ということになってしまうと思い、物語は進みませんが『ギフトア』に紅月を留めたまま話を書かせていただきました。
今回は紅月側に関しては紅月が『ギフトア』まで来た甲斐もあって、魔術の知識を手に入れるというぐらいの進展しかありませんでした。申し訳ありません。しかし、元々魔術に関しての知識を求めて師を探していたので、師という形にはなりませんでしたが、これで紅月が『ギフトア』に来たことに意味があったということにします。どうかご容赦ください。
今後の『ギフトア』での紅月の拠点というか、住処というか、そういう感じのところはハイルの部屋を中心になります。けど、『真理』には入りません。
そして、今回、別視点にエクジスを使ってみました。聖夜は『ギフトア』に移動中というだけで特にイベントも思いつかず、王宮も前話で出してしまったので思い切って彼にしてみました。
ご意見・ご感想は随時お待ちしています。