第二十七話 情報を得るにはある程度事の中心に近づく必要がある。
計14018文字です。
前回までのあらすじ。
指輪をユーマさん、改めケイトさんに届けた。
P.S 山塔からの脱出は多少は道に迷ったが、何とか問題なく出てくることが出来た。
『ケルビナ』の入り組んだ裏路地の奥にある少し前まで寂れた空き家だった家の扉の前に立ち、ノックをする。
「僕です。開けてもらえますか?」
声をかけると、鍵が開けられ僕は扉を押して中に入るとすぐに扉を閉める。
「ご苦労様」
「いえ、クリムゾン殿もお疲れ様です」
扉のすぐ傍に控えていた人物に声をかけると奥に足を向ける。
そのまま進んである部屋の扉をノックして、中から入室の許可がおりると扉を開けて中に入る。
「戻ってきたか。少し遅かったんじゃないか?」
「そうですか?」
部屋の中には椅子に腰掛けているナヴェルの他にナヴェルの護衛をしている人達が数人がいた。
「それで、どうだった?」
「元々『血の栄光』は組織としての質は低いけれど、数だけは多いですからね。やっぱり何人か見張りらしき人がいました」
「俺達の生存に気付かれたのか?」
「生きているかも、とは思っているでしょうね。何せ報告が上がってきませんから」
「誰かさんが完膚なきまでに皆殺しにしたせいでな」
『山塔』の内部から脱出した僕らはとりあえず、身を隠してナヴェルの傷が癒えるのを待つことにした。
見つかりにくい裏路地に入り、休める場所を探していると空き家を見つけ、そこを一時の隠れ家とした。
そして、この街の医者の家から道具を僕が無断で借りてきてナヴェルの治療を施した。
あれほどの深手になると僕が使える魔術では応急処置はともかく完治は難しいので、外科手術で治したほうが効率的なのだ。
まぁ、術後に回復魔術をかけているおかげで術後の回復は通常よりも断然早いけど。
この街の医者に見てもらうという手もあったのだが、深手を負っていたということは知られているので、もしもナヴェルが無事であった場合、医者を訪ねると予想していたのか医者のいる場所の近くにも見張りがいた。
僕がその可能性も考えて先に見て回って、見張りに気付いたから仕方なく僕が手術した。
ただでさえ不審人物扱いされてるのに医術まで使えることを知られたら更に何者かと疑われかねないので気は進まなかったのだが、見捨てるのも後味が悪かった。
案の定、疑いの眼差しは強くなったが意識が目覚めたナヴェルの言葉と僕自身、警戒心を解いてもらえるように友好的に接したため今ではさほど警戒されていない。・・・・・・ほんの僅かだけ意識誘導はしたけどそれくらいは許されると思う。
それからは僕は術後にケイトさんに会ったりして、ナヴェルが回復するのを待っていた。
「見つからずに出れそうか?」
「普通に出ようとすれば、この街の唯一の出入り口である転移魔法陣にも見張りがいますからまず見つかるでしょう」
で、今日はナヴェルの体も大分よくなってきたのでそろそろここを出ようということになり、僕が街に見張りがどれだけ残っているか見てきたところだ。
「なら、そこから引き離すか」
「それが妥当でしょうね。チンピラまがいの下っ端ばっかりですから、少し細工を施せば簡単に引っかかるでしょう」
「具体的には?」
「適当な人に金を握らせて、ターゲット達が酔いつぶれるまで飲ませる。次善策としては睡眠薬を仕込む、と言ったところでしょうか」
不意打ちで気絶させる手段もあるが、出来るだけ悟られたくない以上なるべく違和感をもたれないようにするために出来るだけ自然に遠ざけたほうがいい。
ナヴェルの体が大分回復してきた今なら多少の敵はどうということないのだが、連絡が行き渡って移動中つけねらわれるのは面倒極まりない。
というわけで、こっそり抜け出して『狩人衆』の本拠地がある『多種族連合』の首都『ギフトア』まで移動して残存戦力の確認、集結をすることにしたらしい。
『血の栄光』に対する方針は体勢を整えた後に決めるそうだ。
「・・・・・・それが妥当か。アル、早速手配を」
「それならすでに済ましてきました。睡眠薬も渡してあるので次の魔法陣の起動の時間には酔い潰してもらう予定です」
ナヴェルが傍に控えていた部下の一人に命令を出すの僕が止めた。
「手回しがいいな。それで遅れたのか」
「手配は速いほうがいいと思いまして」
ナヴェルなら実行できそうならすぐに実行するだろうと思ったので、根回しは既に済ませてきた。酒を人に飲ませて酔い潰させるだけでお金が貰えるということで簡単に引き受けてもらえた。
「あ、代金は後でちゃんと徴収しますよ?」
「分かってる。お前は俺の部下じゃなくて協力者だからな。手配に使った金もそうだが、協力してくれた礼も本拠地に着いたら払う」
「その余裕があればいいですけどね」
「だな・・・・・・」
裏切りが計画されていて、それが一斉に発動しているのなら本拠地もただでは済んでいないだろう。
ナヴェルもそれが分かっているのか、沈痛な面持ちになっていた。
「けど、よかったのか?あの嬢ちゃんと一緒に下りないで俺らと行動して」
「元々フィリアちゃんとはここまでの約束でしたし、僕の目的地も『ギフトア』ですから気にしないで下さい」
フィリアちゃんも『ギフトア』までついていくと言っていたのだが、荒事に慣れている僕はともかく、これ以上彼女を巻き込んで危険な目に合わせるわけにもいかないので僕が説得して、ここで別れることになった。
ケイトさんに渡す分の『ミスリル』を確保した後、約束どおりフィリアちゃんに『ミスリル』を渡し、彼女を一足先に転移魔法陣で移動させた。
幸い、僕やフィリアちゃんの顔は知れ渡っていないらしく、試しに僕が見張りの前に堂々と現れても何の反応も示さなかった。その点もあったから見張りの捜索を僕がやっている。
彼らにとって重要なのはナヴェルの生死であり、他は気にも留めてないのだろう。
別れ際に、次に会うときは僕にぎゃふんと言わせる程の魔術師になってやる、と言っていたので、期待してるよ、と無難に答えておいた。
才能はある子だから次に会うことがあれば、そのときにはちゃんと成長しているだろう。
そんなことがあり、フィリアちゃんと別れたわけだが、僕がナヴェル達と行動を共に行動するのは目的地が一緒である他にもちゃんと理由がある。
「それに、気になることもありますから」
あの『魔獣召喚』の出所がどうにも引っかかるのだ。
ナヴェルに聞いたところ『狩人衆』にそんなものを使える魔術師などいなかったらしいし、僕が城の魔術の文献で見かけなかったことから恐らく古代魔術だと思われるあの術は状況から見て『血の栄光』に関わったことで伝わってきたものと考えるべきだろう。
古代魔術が伝わる方法は主に二つある。
まずは古代の遺跡などにある文献、壁画などから解読する方法。僕は使ったことはないけど、『ルカルサ』の『奇跡と生命の雫』はこれに当たる。
そして、もう一つが口伝。大体が親から子へと受け継がれていく。
古代の遺跡ともなれば、国に重要な場所として保護され、国の許可無くば調べることなど出来ない。
口伝の古代魔術は門外不出であるがゆえに基本的に知ることは出来ない。それに古代魔術はその希少性、有用性から国もその情報を集めているのだが、『魔獣召喚』なんて古代魔術を伝えている家系があるなんて城の記録にはなかった。
考えられる可能性は二つ。
一つは僕のように未だに未発見の遺跡を見つけた者が国に報告せずに秘匿している可能性。
もう一つは何処かの家系が誰にも悟らせずに隠しながら伝えられてきたという可能性。
他の僕の知りえない入手経路も可能性としてありえるが、可能性が大きいのはこの二つだ。
前者であるなら古代魔術、あるいは遺跡を国に渡すのを拒んでいるという可能性もあるのだが、後者であるなら古代魔術の情報を流出したことになる。
また後者の場合、今まで国にも悟らせなかったことから考えて、事故ではなく故意に流出させた可能性が高い。
もし、そうであるなら何故、『血の栄光』に情報を流したのか?
質はともかく、数だけなら『狩人衆』の大半が寝返り、実質的に一番構成員の多いギルドとなった『血の栄光』に魔術師の数と技量次第で戦力が大幅に増加する『魔獣召喚』の情報を・・・・・・。
それだけの戦力になれば、国と戦うことも不可能ではない・・・・・・。
そして、現状、人間王国に対して敵対行動をとりそうな人物は僕の知る限り二人いる。
「気になること、ってのは俺たちには教えてくれないのか?」
「確証がもてませんからね。言って余計な混乱を招くのはどうかと思います」
「確証があれば、話してくれるのか?」
「確証を得て、事が起こる前にあなたに会えたなら」
二人のどちらかだと仮定した場合、僕の予想だと古代魔術の出所はグレゴリオだろう。
グレゴリオが国を疲弊させるためにわざとリベリス側に『魔獣召喚』の情報を流したことも考えられなくもないため『血の栄光』を率いているのは将軍リベリスか宰相グレゴリオのどっちだか分からないが。
僕の予想は十分な情報もない中での推測であり証拠も何もなく、魔術の性質とリベリスとグレゴリオの気質の比較からの予想である以上、軽々しく口に出して変に悩ませるべきではないだろう。
「そうか・・・・・・。アル、全員に撤収の準備をさせろ。次の魔法陣の発動で『ケルビナ』から下りるぞ」
「はっ」
護衛の一人、アルと呼ばれた人物が返事をして部屋から出て行く。
「追及しないでくれて助かります」
「お前の様子からするとで大事らしいからな。いずれ嫌でも耳に入ってくるだろう?」
僕はその問いには明確に答えず、苦笑を返す。
それが肯定だとナヴェルも分かっているだろう。
「けど、それがお前に関わることなのか?大事そうな割には随分と消極的なようだが」
「僕というよりは、僕の知人に関わることです。僕自身は事の結果がどうなるかにたいした興味はありませんから」
リベリスかグレゴリオの手に国が落ちるようなら所詮、王妃であるリデアさんはそこまでの人物だったというだけのこと。
僕は人間王国との繋がりを完全に断ち切って、変わらずに帰るための研究をするだけだ。
リデアさんとの関係は繋がりがあれば、何処かで僕の役に立つかな、ぐらいのものなのでなくなろうとも一向に困らない。
まぁ、あの人があの二人に劣るような小物であるとは思わないが。
・・・・・・聖夜も大変だろうな。リベリスはともかく、グレゴリオとリデアさんは『勇者』を利用しようとするだろう。
つくづく、『勇者』の肩書きなんて捨ててよかったと思う。確かに『勇者』という肩書きは大きな力を持つが、それに付随する義務や陰謀に纏わり憑かれるのは御免被る。
「では、僕も撤収の準備をしてきます」
そう言ってナヴェルのいる部屋から出て行き、僕に割り振られた部屋で時間まで武器の確認をしたり、体を休めたりしていた。
そして、時間になり魔法陣まで移動すると手配した人達はちゃんと仕事をしてくれたらしく見張りと思われる人間はいなかった。
「ちゃんと仕事をしてくれたみたいですね」
「だな。後は時間が来るのを待つだけか」
一応、『狩人衆』の副隊長として有名なナヴェルはフードつきのローブを着ていて、フードを深くかぶって顔を隠している。
見張りがいなかったとしても、何も知らない町民から情報が漏れたら困るからだ。
もうそろそろ時間になりそうになり、起動の準備が始まった。
僕がジッと起動を待っていると突如、後ろから何かが回転しながら飛んできた。
僕はそれをたいして苦も無く受け止めると後ろを振り返り、それを投げ飛ばしてきた魔法陣の外にいる人物を見る。
「敵ではないので安心してください。・・・・・・で、ケイトさん?何の御用ですか?」
いきなり物を投げてきた人物に警戒するナヴェル達を止めて、それを乱暴に投げつけてきたケイトさんに問いかける。
ケイトさんの格好は数日前と随分変わっていて、酔っ払った様子ではなく疲れが溜まり眠たそうにしていて飾り気の無い薄汚れた服装で後ろ髪を結い上げて、頬や腕には恐らく煤による黒い汚れまでついていた。
「何って、人の恋人の剣を勝手に持っていかせるわけがないでしょ」
「一応、断りを入れておいたはずですが?」
「私はいいって言ってないわよ」
だからと言って、ただ働きは嫌である。指輪を見つけたのは偶然とはいえ、『ミスリル』を少し譲渡しているのだからこれぐらいは許して欲しい。
その辺はケイトさんも分かっているようで彼女は僕に投げたものを指差す。
「代わりにそれをあげるから、ユーマの剣は返してちょうだい」
そう言われて投げられた物、鞘に収まった剣を改めて見る。
「坊や、ナイフを使ってるっていうんだったらあまり大きい剣は使わないでしょう?だから、少し刀身が短めの物を作ったんだけど、ユーマのよりそっちのほうがいいんじゃない?」
鞘から剣を抜くと確かに普通の剣より刀身が短く、長さ的には小太刀ぐらいの長さの片手剣のようだ。
確かに僕の戦闘スタイル的にはあまり大きい得物は合わない。しかし、人間相手はともかくストーンゴーレムのような大きい相手にはナイフだけでは心許ないので剣を拝借したのだが、普通の片手剣であるユーマさんの剣よりこちらの剣のほうが僕的にはいいかもしれない。
剣としての出来はユーマさんの剣と比べても目劣りしない。
「・・・・・・そうですね。では、こちらはお返しします」
腰にかけていたユーマさんの剣を外して、フワリとケイトさんに投げて返す。
ケイトさんがそれを受け止め、大事そうに抱え込む。
「久々に剣を打ったから疲れてしょうがないわ。全く、徹夜で作ったんだから感謝しなさいよね」
「ええ。どうもありがとうございます。・・・・・・久しぶりに打ったわりには良い出来ですよ」
「感謝してるなら今度、酒をおごりなさい。あと、抱いて」
「随分、直球的な言い方ですね。まぁ、酒はともかく、抱くかどうかはお金さえ用意してくれればいいですよ」
恥じらいもなく抱いて欲しいと言うケイトさんに苦笑しつつも僕も平然と金で買われてやると返す。
「何よ、ケチね」
「あの時はケイトさんが落ち込んでましたし、僕も少し気落ちしてたので傷の舐め合いをしましたが、基本的に僕は死んだ恋人に操を立てているので、理由もなく抱きませんよ」
母さんは僕がそう言っても無理やり襲ってくるから仕方なくしてしまっているが、その辺はあの母さん相手だからどうしようもないと割り切っている。
たまに居候も襲ってくるが、それも仕方ないと割り切っている。いくら僕でも欲望と狂気に塗れた『第三世界』でも有数の狂人達相手では勝てない。恋人だったアリスもその辺は理解してくれると思う。
それ以外は商売や諜報、潜入など何かしら理由があってする程度だ。『第三世界』あるいは裏社会で生きている以上、そういうことも避けられない。
それでも、愛情だけで抱いたことはアリス以外にはない。彼女以外を抱いたときは何かしらの理由があり、ケイトさんのときも金はもらわなかったが、疼いた心の傷の舐め合いと溜まった性欲処理的な意味合いが強く、愛情なんてものはないに等しかった。
ケイトさんを抱かなかったら、そのうち金で娼婦でも抱いていたか自分で処理していたかと思う。
「・・・・・・坊や、恋人なんていたの?」
僕程度の若さでそこまで思える恋人がいるのかと思ったのか、それとも自分と同じく恋人を失った事にたいして思うところがあったのか、少し真剣な顔でケイトさんは問いかけてきた。
「僕は僕なりに本気で愛した人がいましたよ・・・・・・」
そして、僕が、僕の意思で、僕の手で、殺した・・・・・・。
余計な混乱を招かないために殺した、ではなく死んだ、と言ったがよくもそんなことが言えたものだと心の内で自嘲する。
「・・・・・・そう。なら、今度はお金を用意しておくわ」
「諦めてはくれないんですか?」
「あんな上手なのにそう簡単に諦められるわけないでしょう」
母さんのせいで無駄に鍛えられたせいか、あっちの世界でも本職の娼婦ですら虜に出来る程のものを体験したらそうそう簡単に断ち切れないか。・・・・・・あっちの世界ではそのせいで淫欲の狂人、他称『淫楽妃』、僕曰く『底なしの快楽中毒者』の相手までさせられたのは苦い思い出だ。
流石にあの人には敵わない。いつも僕のほうが先に根をあげる。それでも僕との行為は彼女も満足できるらしいため気に入られてたまに金で僕を買っていく。
彼女のことは嫌いではないし、商売としての関係なので問題はないのだが、毎回限界まで搾り取られるのは少し辛い。
「それと、名前。何時までも坊やって呼ぶわけにもいかないでしょ」
「そういえば言ってませんでしたね」
準備が終わり、時間になったらしく魔法陣が起動し始める。
「クリムゾン。そう名乗っています」
わざとケイトさんと同じ名乗り方をすると、ケイトさんが意表を突かれてポカンとした表情になり、その表情を見ながら僕は『ケルビナ山塔』から転移していった。
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ここまで意外と順調に旅をしていた俺らだが、ここにきて少し足止めを喰らうことになった。
「あ〜っ!もうっ!何で『狩人衆』の人が誰もいないのっ!」
「お、落ち着いてください。ティニーさん」
『宵闇の宝箱』最後のギルドマスター、バロック・フレシテルの財宝を探すことを決めてからバロックが財宝を隠したといわれている場所を二、三箇所回った。
どれもハズレだったが、俺が戦いの経験を積むには丁度いい敵がいたので決して無駄だったわけではないと思う。
「もう一週間だよ!?無駄に人数がいるくせにどうして一人もこの町にいないし、来ないのよ!」
「ぐ、偶然、そういう時期だったんじゃないでしょうか?」
あまり気が長いほうじゃないティニーがイライラして、その赤い髪を掻き回しながら、地団太を踏む。
アイシャは騒ぐティニーをなだめようと恐る恐る話しかけているが、ティニーが落ち着く様子はない。
俺は触らぬ神に祟りなしということで傍観している。まぁ、ティニー程じゃないが今の状況には俺も少しストレスが溜まっている。
ティニーが探している『光の蜜』がある『ギオ・レンテス森林』の近くの町『フェル・エグ』まで来たのはいいのだが、俺達の実力では攻略が難しく、『狩人衆』っていう傭兵ギルドから人を雇おう、という話になったんだが、肝心のその『狩人衆』の人間がいないらしい。
聞いたところによると構成員は多く、大抵は街に何人かがいるはずらしい。
「大体、何でこの街に『狩人衆』の連中が一人もいないの!?『ギオ・レンテス森林』が近くにあるんだがら、どの時期だろうと最低でも五人はこの街にいるべきでしょう!」
「そ、そうですね。どうしてでしょうか?」
八つ当たり気味に怒鳴られて、ティニーに詰め寄られたアイシャがのけぞりながらも同じように疑問を浮かべる。
「いないのがそんなにおかしいのか?」
「はい。『ギオ・レンテス森林』のように危険な場所で、なおかつ『光の蜜』のような貴重な物が採れる場所では傭兵の需要も他の場所より多いですので、普通はいるはずなんですけど・・・・・・」
俺に声をかけられて、ティニーから離れる口実が出来たのでホッとした表情を浮かべながら、ティニーから少し離れて俺のほうに近寄ってアイシャが説明してくれる。
「そう!普通はいるはずなの!なぁ〜のぉ〜にっ!!」
「いない、か」
相変わらず騒がしいティニーの後を引き継いで俺が呟くと、ティニーは更にイライラとした様子で部屋の中をウロウロし始める。
「う・・・・・・」
日が昇っている時間にも関わらず部屋にあるベッドで眠っていた人物から声が漏れた。
「ティニーさん!」
「あ、ゴメン」
アイシャが小声で叫ぶという器用な真似でティニーを叱ると、ティニーもそれに気付いて声を潜める。
俺がベッドの隣まで移動し、傍の椅子に座って声をかける。
「悪い、起こしちまったか?」
俺の呼びかけに薄っすらと目を開けた女性は、その左の目が碧、右が茶色であり、今は毛布で隠れているが引き締まったスレンダーな体の長身で、そして最も特徴的なのが人よりも長い耳だった。
長い耳と碧眼はエルフの証であるらしく、片目だけ碧眼ということは人とエルフの間に生まれたハーフエルフであるらしい。
「・・・・・・ひ、かり?」
「ああ、そうだ。覚えててくれたか」
酷く弱弱しい声で俺の名前を呼ぶと女性はゆっくりと首を動かして、アイシャとティニーを視界に入れる。
「ノイン、とヒルミ、クス、だったか?」
女性の問いかけに二人が頷くと、女性の目も段々と覚めてきたのか上体を起こそうとする。
「くぅっ」
「っと、あんまり無茶するなよ」
痛みを堪えながら体を起こそうとする女性の体を支えて、上体をベッドの先に寄りかからせる。
「すまない」
「いいって、怪我人が遠慮するもんじゃない」
女性の体は体中に包帯が巻かれていて、見ただけでも重傷を負っていることが分かる。
彼女はこの町に来る途中、ティニーが近道をしようと言い出して街道を外れて森の中を歩いていると森の中の川を通りかかったところで魔に囲まれながら血まみれで倒れているところを発見し、すぐに助けるために魔を退治して助け出したのだ。
しかし、傷が深すぎてアイシャの魔術では応急処置程度にしか効かず、街の医者に急いで見せる必要があるということで魔の素材を剥ぐ時間も惜しんで急いで街に運び込んだ。
急いだ甲斐もあり、一命は取りとめた。
アイシャがベッドを挟んで反対側にある椅子に座る。
「それで、その、・・・・・・どうですか?」
「・・・・・・すまない。何も思い出せない」
「い、いえ、お気になさらないで下さい」
頭が痛んだのか女性が頭を押さえ、アイシャは自分の問いかけのせいで痛がらせてしまい申し訳無さそうにしている。
彼女は一命は取りとめたのだが、その代わりに一切の記憶を失っていた。
何故あんなところで死にかけで倒れていたのか、自分が何をしていたのか、自分の名前が何なのかも。
起きた女性とそれから数分、言葉をかわすとまだ体が衰弱している彼女は再び眠りについた。
ベッドから離れたテーブルの椅子に俺達は腰掛けながら小さい声で今後の話を始めた。
「『ギオ・レンテス森林』は今は諦めたほうがいいんじゃないか?」
「そんなっ、って言いたいところだけど、傭兵も雇えないし、あの人をこのまま放っていくって言うのも気が引けるしね。しょうがないか。けど、そのうちまたここに寄ってよ?私だって期限までに材料を手に入れて作品を提出しないといけないんだから」
「分かってる」
「記憶が戻るまで、とは言いませんけど彼女の知り合いを見つけるぐらいはしてあげたいのですが・・・・・・」
ティニーが溜息をつきながら『ギオ・レンテス森林』に行くのを諦めると、アイシャが寝ている女性に心配そうな視線を送りながら提案をする。
「そうだな。それぐらいはしてあげないとな」
「けど、あの人、絶対に厄介事抱えてるよ?」
最初は魔に襲われたのかと思っていたのだけど、医者に見せたところ彼女の傷はその大半が人の手によってつけられたものらしい。
「ハーフエルフ、だからでしょうか?」
「ハーフを毛嫌いしてるのはエルフだけ。それも『精霊領域』にいる奴らだけ。元々、こっちにいるエルフは変わり者だし、人間じゃ自分たちとは違う生き物だと思っていても傷つけるほど差別感情があるわけじゃないよ。どちらかというと珍しさのほうが大きいんじゃないかな?」
「あ〜、そうなのか?」
俺はこちらの世界の事情はよく知らないので、この世界に来てからよく質問していたアイシャに聞いてみたのだが彼女は答えに詰まっていた。
「えっと、私も文献などに載っていることは知っていますが、基本的に巫女という立場なので王宮から離れることはないのでそういうことは分からないんです」
申し訳無さそうにしているアイシャに対して俺はアイシャでも知らないことがあるんだな、とホッとしていたりしていた。俺だけいつも知らない立場なのでアイシャが同じように知らない側に立ったことで少し安心していた。
で、俺は質問の答えを求めてティニーに視線を送ると、アイシャもそれにつられてティニーに視線を向ける。
「まぁ、そうなんだよ。だから、もっと具体的な理由があって襲われたんだと思う」
「何か思い当たることはないか?」
「う〜ん・・・・・・。希少価値、かな。エルフ自体、人間と一緒に生活している数は少ないし、人間とエルフの子供のハーフエルフになるともっと数が少ないから、売られそうになったんじゃないかな」
「売られる?」
「奴隷にされそうになったってこと」
「なっ!」
ティニーがさらっと言った言葉に俺は絶句し、怒りが湧き上がってきてテーブルを叩いた。
「人が金で売り買いされてるって言うのか!」
「せ、聖夜様。声が」
アイシャに言われてハッとして、口を押さえて寝ている女性の様子を見るが、どうやら起こさなかったようだ。
「奴隷ってそんなことが許されてるのかよっ」
今度は声を潜めながらも抑え切れない怒気が滲み出てくる。
「いいえ、そんなことありません。人の売り買いはもちろん、奴隷も法律で禁じられています」
「けど、法律で禁じられてもそれを犯す奴等はいるんだよ。そもそもそういうことをする奴等がいるから法が必要になるんだから」
「国も厳しく取り締まってはいるのですが」
アイシャが憂いを帯びた表情でそう言うと、ティニーが溜息をついた。
「アイシャ・・・・・・、ああ、そうだったね。聖夜は異世界から来た勇者だからともかく、あなたも王宮育ちの世間知らずだったんだよね」
「・・・・・・どういう意味ですか?」
「何で奴隷の売買が未だに国で蔓延してると思う?」
「それは犯罪者がうまく隠れているからで」
「違うよ。そもそも奴隷を推奨しているのが貴族達だからなの」
「「な!」」
俺とアイシャが驚き、アイシャはすぐに怒りを吐き出した。
「そんなことありません!国は奴隷を推奨してなんか!」
「アイシャ、声」
ティニーがそう言うと、アイシャは言葉を止めるが納得いかないようでティニーを睨みつけている。
「確かに国は認めてないよ。けど、貴族にとって奴隷という存在は都合がいいの。例えば、税が払えない家、その家族に領主はどんなことをすると思う?」
「税が払えないなら徴兵、労働、懲罰のいずれかを与えます」
「法の通りならね。実際はまずは人を差し出さないといけない。好みの女性がいたなら自分の物として屋敷において慰み者にするし、好みの女性が居ない、あるいは男しかいないなら奴隷として売り飛ばされるの。・・・・・・こんなの十歳の子でも知ってる常識」
「そんな、」
「そんなことがあるんだよ。これは大半の貴族がやってること。ひどい領主になるとありもしない罪をでっち上げてその人を自分の奴隷にしたり、売り飛ばしたりしてる。それをやってるのも一人や二人じゃない」
「・・・・・・本当、なのか?」
「残念だけどね。法の通り統治をしている領主はそれこそ数えるほどしかいないよ」
俺が感情を抑えた低い声で問うと、ティニーは嘆かわしいとばかりに溜息をつく。
「実際、売り飛ばしたほうが奴隷商から得る利益で領主にしてみれば得だし、貴族達にしてみれば自分の所有物として自由に扱える人間を手に入れられるから奴隷という存在はなくなって欲しくないの。だから、貴族が奴隷商を支援しているし、貴族が奴隷商の元締めっていうところもあるっていう話。法で禁じられている以上表立って言えることじゃないから王宮には当たり障りの無い報告しか渡さないんだよ」
「「・・・・・・」」
俺とアイシャは知らされた現実に言葉を失い、重苦しい沈黙が漂うことになった。
ティニーがその空気をどうにかしようと明るい声で本来の話題に戻す。
「え、えっと!聖夜が反応したから話が凄い逸れたけど、あの人がそうされそうになったかもっていう可能性はそんな高くないかなぁって思うよ」
「どうしてだ?」
俺もこれ以上、この話題を避けるために少し明るい声で聞き返す。
「もしそうなら殺しちゃったら元も子もないじゃない?傷物にしてもあまりよくないし、もしそうなら薬で眠らせた隙にとか、権力で無理矢理とかそっちのパターンが多いから。さっきのは一番、最初に思いついた可能性を言っただけ」
「だとすると、何で彼女は襲われたんだ?」
「う〜ん、それは分からないけど、さっきも言ったように何かしらの理由で明確な殺意を持って襲われたんだと思う。そうなると、そいつらがまだこの人を探しているかもしれない」
「そうなると、迂闊にあの人を適当な人に預けられないか。知人のふりして近寄ってくる可能性もあるからな」
「そうだね。そのためにまずあの人が何者か知るのが一番だと思う」
「何か方法があるのか?」
「もしあの人が委託施設に登録してるなら施設で彼女の魔力波長をチェックしてもらえば誰だか分かるはずだよ」
そうなのか?俺にはよく分からないが、そういうことなのだろうと納得しておく。
「けど、それで登録していない可能性もあるだろ?」
「うん。まぁ、どっちにしろとりあえずは多種族連合に行くべきだと思う。エルフにしろ、ハーフエルフにしろ住んでいるのは多種族連合の何処かのはずだから」
「じゃあ、次の目的地は多種族連合だな」
「うん」
話が一区切りついたところでティニーと俺は視線をそっとさっきから喋っていないアイシャに向ける。
「・・・・・・」
アイシャは俯き気味に暗い表情でジッと沈黙を保っている。
「アイ」
「すみません。ちょっと外の空気を吸ってきます」
俺が声をかけようとすると、アイシャは急に立ち上がってそそくさと部屋から出て行ってしまった。
「・・・・・・あちゃ〜、マズかったかな?温室育ちの愛国心の強いお嬢様には辛い話だったよね。あんまり関係のない話なのにちょっと喋りすぎちゃったな」
「いや、知っておいてよかったんだろ。俺もアイシャもそういう薄暗い面とは何時かは向き合わないといけないときが来る。それが早いか遅いかの違いだ。今のうちから知って心構えをつけておいたほうがいい」
ティニーは意外そうな顔で俺を見る。
「あれ?さっきは相当怒ってたのに随分冷静に受け止めてるんだね?」
「冷静?・・・・・・いや、これでも結構心の中で荒れ狂ってるさ。ただ、それを表に出さないだけだ」
怒りと困惑と疑念など自分の中でさっきの話がまだ整理が出来ずに渦巻いている。
「ただ、前に親友に言われたんだ。『怒るのも混乱するのも悲嘆に暮れるのも君の勝手だ。けど、それに囚われて周りを見れなくなるようじゃ駄目だ。君の大切な人の中に同じように怒ってる人がいるかもしれない、同じように混乱してる人がいるかもしれない、同じように悲しんでる人がいるかもしれない。君は皆に頼られてる。そんな君が一人で感情のままに閉じこもって、大切な人を支えられないでどうする?考えるのも閉じこもるのも後で出来る。そもそも一緒にいることで怒りを鎮められるかもしれない、冷静になれるかもしれない、悲しみが薄れるかもしれない。一人、感情に囚われて閉じこもることは状況を悪化させることはあっても、改善することはない。まずは周りに目を向けてみるんだ。それが多くの好意を受け取っている君がなすべき事だ』ってな」
あのときは大きな事に巻き込まれて、色んな感情がごちゃまぜになって考えることをやめていた。
そのときに紅月にぶん殴られてこれを言われて、目が覚めた。いや、はっきりと目が覚めてはいなかったけど、ともかく周りに目を向けてみた。そのおかげで何とかギリギリで大切なものを失わずに済んで、皆と話したりしたことで何とか整理をつけることが出来た。
あの件ではあいつには感謝してもしきれない。
「へ〜。けど、親友ってことは聖夜と同じくらいの歳でしょう?それなのに、そんなこと言えるなんて変わってるね」
「そうだな。すげぇ変わった奴だよ。けど、同じくらいすげぇ良い親友だよ」
苦笑しながら椅子から立ち上がる。
「んじゃ、俺はアイシャの後を追ってくる」
「ん。まぁ、今回は私のせいだしね。今回はアイシャに譲るよ」
「何のことだ?」
「気にしない、気にしない。じゃ、アイシャのこと、よろしくね」
ティニーを部屋に残して、俺はアイシャの後を追った。
というわけで、裏切りのその後的な話になりました。何となく書いてるうちに何時の間にかストーリーは進行していないのにこんなに長くなってしまいました。
今回は紅月の思考や奴隷の話など本筋とあまり関係ないところが長くなってしまいました。これは私の文才の無さのせいですので、読者様に余計な労力をかけてしまい申し訳ありません。
フィリアとの別れのシーンは書きませんでした。私の文才では特に重要なシーンでもないのに、うまく書けない上にぐだぐだ長くなりそうだったので省かせてもらいました。納得いかない方には申し訳ありませんでした。
聖夜に言った紅月の言葉が何だか長くなってしまいましたが、私にはあれ以上うまく表現できないのでこのような形になりました。どうかお許し下さい。
ご意見・ご感想は随時お待ちしています。




