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第二十三話   やっぱり巻き込まれてしまう。

計12725文字です。

前回までのあらすじ。


『ケルビナ山塔』に到着。


P.S 転移魔法陣には頂上と麓の大きな気圧差に適応させるための効果も組み込まれているらしい。まぁ、それでも急激な変化に耐えられない人がいるみたいでフィリアちゃんもその一人だった。





『ケルビナ山塔』の頂上に存在する街『ケルビナ』はその中央に麓と繋がる転移魔法陣を設置し、それを中心に街が作られている。


こっちに転移してきてからまずは委託施設ユニオンに向かい、『ミスリル』捜索の依頼を受ける。


フィリアちゃんの予想通り、複数人で行う依頼で常時受け付けられているそうだ。


次に集団で山の内部に潜り込むことになっているのは明後日ということなので、委託施設ユニオンを立ち去った後は宿をとった。


で、潜り込むまでの間の時間はフィリアちゃんは魔術の鍛錬をしたいのだろうけど。


「くんれん、なの・・・・・・」


「ここまで人の肩を借りてた人が何言ってるんだよ」


転移による急激な大気の変化で体調を崩したフィリアちゃんを宿のベッドに寝かして、それでもなお訓練と言い張る彼女に呆れながら大人しくさせる。


「幸いにも潜るのは明後日だし安静にして体調を整えてなって」


「うぅ、なの」


「僕は出かけるけどくれぐれも安静にしてるんだよ」


「どこ、にいくの?」


「準備やら情報収集やらやることは色々あるんだよ」


鍛冶屋や武器屋が多いみたいだし掘り出し物がないか探しにいきたい。


フィリアちゃんを残して部屋を出ると、僕らがとった部屋は二階にあるので一階へと下りていく。


一階は食事をしたり酒を飲んだりするスペースが確保されているのだが、今の時間は人が少なく人がほとんどいない。


特に用もないので素通りをしようと思っていたのだが、偶然カウンターに座る女性と目が合った。


「ちょっと、そこの坊や」


・・・・・・どうやら僕のことらしい。


人が少なく騒がしくないためたいして大きくもないその声も僕の耳に届いた。


「何か御用ですか?」


「ちょっとこっちに来て付き合いなさい」


片手に酒の入ったグラス、上気した頬、とろんとした眼・・・・・・、完璧に酔っ払いだ。


「いえ、僕はこれから用事が」


「何?私の酒が飲めないって言うの?」


・・・・・・駄目だ。こっちの話を聞きそうにない。


適当に話をして満足させて切り上げるしかないか。


溜息を一つついてから彼女の隣の席に座る。


「ほら、あんたも飲んで」


「まだ昼間なんですが?」


「そんなの関係ないわ」


持っているグラスを僕に突き出してきたので渋々それを受け取り口をつける。


酒はそれなりに飲み慣れてるから飲むことに抵抗はない。


飲み始めた僕を見て彼女は新しいグラスをマスターからもらおうとしたのだが、マスターがグラスを渡そうとしなかった。


「ユーマ、もういい加減にしたらどうだ?」


「客に酒を出さないつもり?」


「ちゃんと代金を支払う客になら出すさ」


「金ならこの坊やが出すわよ」


「僕は出しませんよ」


男のような名前の女性、ユーマさんがさも当然のように言い放つが何の縁も無い人の酒代を肩代わりする必要などないので冷静に否定する。


「ただとは言わないわよ?酒代出してくれたらイイコトしてあげるわよ?」


妖艶な笑みを浮かべながら僕の太腿に手を這わせてくる。


「遠慮しておきます」


「あら?いいのかしら?これでも私、この街ではそれなりに人気の娼婦なんだけど、そんな私に相手にしてもらえるのよ?」


まぁ、確かにスタイルは出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる抜群のプロポーションの上に顔立ちも美人といって差し支えないし色気も十二分にあり酒の臭いがその色気を更にかき立てているのだけど、その程度の誘惑では僕は動揺しない。


主に、母さんとか母さんとか母さんのせいでね!!


「結構です」


「つまらない坊や」


ユーマさんは興ざめしたかのような表情で僕の太腿から手を放す。


「お客さん、すまないけど彼女を家まで送り届けてくれないかい?私はここから離れるわけにはいかないんだよ」


「何で僕が」


「そしたらその一杯はタダにするからさ」


「・・・・・・はぁ。関わってしまったのが運の尽きですか」


「すまないね」


たかだか一杯程度の金を惜しむつもりはないけれど、僕にたいした害が及ばない程度で困っている人を見捨てられるほど僕は薄情ではない。


グラスに入っている酒を一気に飲み干して、隣の彼女に手をかける。


「ほら、行きますよ?」


「やよ。私はまだ飲むの」


「お金がない人が何を言ってるんですか」


ぼやきながらポケット中から銀貨を三枚弾いてカウンターの上に転がす。


「それで酒瓶を適当に一本ください。あなたもそれで我慢してくださいよ?」


「はいよ」


「ん〜〜〜、仕方ないわね」


ユーマさんに肩を貸して立ち上がらせ、マスターから酒瓶を受け取ると彼女に持たせて宿屋を出た。


相当飲んでいるらしく足元が覚束ない彼女を支えながら街を歩いていく。


「まったく、こんなになるまで飲むなんて一体いつから飲んでたんですか?」


「ん〜?昨日、あの宿で男の相手をしてそのまま日が昇る前から飲んでたかしら?」


「完全に飲みすぎですよ」


「あんたに言われることじゃないわよ」


「それに、こんなのがよくあることみたいですね」


街を歩いていると僕と同じ冒険者のような男たちからは嫉妬の目で見られるが、この街の住民らしき人は何人か苦笑してこちらを見ていたし、彼女と同業らしき女性とすれ違った際にその人は『また』と言っていた。


「いい女にいい酒はつきものよ」


「適量というものがあるでしょうに」


「飲みすぎてもいいじゃない。そのおかげであなたもこうして美人に密着しているんだから」


その豊満な体を僕に味合わせるように密着してくる。


「はいはい、役得ですね〜」


「・・・・・・馬鹿にしてる?」


「そんなことはありませんよ?」


不機嫌そうにする彼女をあしらいながらも足を進める。


「うぃ、ウィシュテルさん!」


「ん〜〜?」


突然、彼女が足を止める。


「ウィシュテルってあなたのことですか?」


「そうよ。ユーマ・ウィシュテル。そう名乗ってるわ」


ユーマさんはキョロキョロと周りを見ながら自分を呼んだ人物を探す。


僕も見渡すとこちらを見て、妙に緊張した様子で顔を赤くしている青年がいた。


「あ、ああ、あ、あの!こ、ここ、こんにちは!」


「えっと、あなた、誰だっけ?」


「じ、じ、自分は、か、カーティス・ウェントです!」


「カーティス・ウェント?・・・・・・ああ、いつも相手にしてあげる子だっけ」


「そ、そ、そうです!」


・・・・・・惚れてるのか、この人に。


何とも分かりやすい人だ。これだけ純な人は絶滅危惧種並みに珍しい。


「客の名前をいちいち覚えてるんですか?」


「そういうわけじゃないわよ。ただ、この子は常連の上に何かと声をかけてくるから覚えちゃっただけよ」


「その割には忘れていたようですが」


「その程度ってことよ」


彼女は僕があげた酒を一度飲んで、カーティスさんを見る。


「で?何の用?」


「あ、いや、そ、その、す、すす姿をお、お見かけしたので、あ、ああ、挨拶を!」


「いちいちそんなことしなくていいわよ。大体、あんたの仕事場こっちじゃないでしょう?そんな見え見えの嘘をつかないで素直に会いに来たっていいなさい」


「あ、そ、す、すいません!」


「別に謝って欲しいわけじゃないわ。本当に挨拶だけに来たわけじゃないでしょ?」


「はははい!こ、こここ、これ!どうぞ!」


慌しい手つきで何かを取り出すとユーマさんに差し出す。


「これは見事な銀細工ですね」


「そりゃそうよ。これでもこの子は今、注目株の鍛冶師よ。こういう細かい作業はもちろん、剣や鎧のほうもその繊細な作業から生み出された品は評判が高いのよ」


「へぇ・・・・・・。で、受け取らないんですか?」


「片手はお酒、もう片方はあなたの肩にかけて塞がってるじゃない。とって」


「お酒、持ちましょうか?」


「嫌よ」


だろうね。あなたが酒を手放すとは思わなかったよ。


僕がそのアクセサリーを受け取ると、一瞬の早業でユーマさんに装着させる。


「あら?器用なのね」


「ただの特技です」


「ど、どどど、どうでしょうか!?」


「そうね。悪くはないわ」


ユーマさんはつけられたアクセサリーを一瞥するとたいして興味も無さそうに呟いた。


けれど、カーティスさんには十分だったようで嬉しそうに笑顔になる。


「たいして喜ばれてなさそうだな、若造」


僕らの後ろから渋い声がかかる。


「そんなものよりユーマはこっちのほうが喜ぶぞ」


「分かってるじゃない。クラント」


クラントと呼ばれた大柄の男性が掲げた酒瓶をそちらに視線をやったユーマさんは嬉しそうに見る。


「ほれ」


「って、僕が受け取るしかないんですよね」


投げられた酒を僕がキャッチする。


「ウィズさん、鍛冶屋なら自分の作品で勝負するべきだと思います」


「ユーマ相手じゃあ、酒じゃねぇとなびかねぇよ」


カーティスさんはユーマさんと話すときは別人のように冷静にクラントさんと話す。


ん?クラント・ウィズ?・・・・・・雇い主じゃないか。


「街一番と言われた鍛冶屋がそんな情けないことを言っていいんですか?」


「ふん、若造がなめた口を聞くんじゃねぇよ」


何だか変な空気になってきたな。


「あ〜、あの人との関係は?」


「ん?クラントも常連よ。ただ、私のことが気に入ったみたいで本気で口説いてくるけど。酒をいつもくれるいい男よ?」


「三角関係ですか」


「二人の男に奪い合いをされる魔性の女。私って罪な女ね」


この飲んだくれ相手にねぇ・・・・・・。


酒を飲みながらこの状況を楽しんでいるユーマさんに呆れる。


二人はしばし睨み合っていたが、不意にクラントさんが視線をユーマさんに移す。


「ところで、ユーマ、今夜俺に買われないか?」


「なっ!?きょ、今日はぼ、ぼ僕がうぃ、ウィシュテルさんと、その、ぁの、」


「二人には悪いけど、今日はもうこの子に買われちゃったのよ」


そう言って僕に密着してくる。


「僕は買った覚えがないんですけど?」


「ちゃんと買われたわよ?」


ユーマさんは僕があげた酒瓶を見せる。


「安物の酒一本で体を売りますか?」


「十分よ。酒も飲めて、気持ちよくもなれる。文句なしじゃない」


「そうですか」


「そういうことじゃ仕方ねぇか。また今度にするか」


「・・・・・・」


クラントさんは特に気にした様子もなく去っていったが、カーティスさんは何処か恨めしそうに僕を見ながら去っていった。


そんなこともあって、それから何とか彼女の自宅まで足を運んだ。


「家まで来た男はあなたが初めてよ」


「カーティスさんやクラントさんも来たことがないんですか?」


「家を知られるとここまで押しかけて来そうじゃない。他の下心満載の男共も一緒」


「なるほど。で、鍵は?」


「そこの鉢植えの下」


彼女を一旦壁に寄りかからせて言われた通りの場所から鍵を取り出して扉を開ける。


再び、肩を貸して彼女を室内に連れて行く。


「そこの左の部屋。右の部屋には絶対に入んないでよ」


あまり物が置かれていないリビングに入り、左の部屋に入る。


その部屋にあったベッドに彼女を下ろす。


酒瓶を取り上げて脇に置くと部屋をざっと見てみるとさっきのリビングもそうだが、物が少ないことがまず目に付く。


女性らしいものもほとんど置いてなく、無骨ななものばかり置いてある。


ベッドの脇に置いてある棚の上に大事そうに飾ってある作りかけだが、見事なものと分かる指輪が一つ。


内側には『Y TO K』と刻んである。


「何見てるのよ?」


「いえ、綺麗な指輪だなと思いまして」


「大事な人からもらった私の宝物よ。それだけはどんなことがあっても手放さなかったわ」


表情から推測する限り本当に大切なものなのだろう。


「それじゃあ、僕は失礼します」


「待ちなさいよ。せっかくここまで来たんだからヤっていきなさいよ?昨日の客、下手だったから物足りないのよ」


「僕を誘ってたのはそんな理由ですか・・・・・・。でも、遠慮しておきます。これから色々と準備で忙しいもので」


「準備って・・・・・・、坊や、内部に潜るの?」


「ええ、まぁ。連れの手伝いで『ミスリル』を採りに」


「・・・・・・」


どうかしたのだろうか?先程と違い彼女は深刻な様子で黙り込んでいる。


僕が訝しげに見ていると彼女はおもむろに酒を一気に飲み始めて、全て飲み終えると瓶を適当に転がしてベッドに全身を預ける。


「・・・・・・坊や、冒険者始めてどれくらい?」


「半年も経ってないですが?」


「なら止めておいたほうがいいわ。坊やみたいな身の程知らずが無闇に踏み入ればすぐに死ぬわよ」


「それなりに腕に自信はあるから大丈夫だと思いますが」


「誰だってそう言うのよ・・・・・・。そして、死んでいく」


彼女はしんみりした声で呟いた。


「・・・・・・私が幼い頃、腕の良い鍛冶屋だった父が私の誕生日プレゼントを作るための材料を採りに内部に潜って、若い頃にいた私の恋人が婚約指輪の仕上げのための材料を採りに潜って、・・・・・・二人とも『ミスリル』を探しにいって帰ってこなかった」


婚約指輪というのはそこにある作りかけの指輪のことだろう。


「母は私を養うために身を粉にして働いて、ある日、比較的安全な仕事で内部に潜って不運の事故で死んだ。あそこは私から皆奪っていった・・・・・・。私に残ったのはこの家とその指輪だけ」


「・・・・・・今日が初対面の人間に軽々しく話すようなことじゃないですね」


何故、僕にそんな身の上話をするのだろう?僕を引き止めるためにしても僕とユーマさんはそんな親しいわけでもないからこんな話をする必要はないはずだ。


「そうね・・・・・・。けど、何となく話したくなったのよ。坊やにだって遇に人に弱音を吐きたくなることもあるでしょう?父と恋人のように『ミスリル』を採りにいくって言う、少し気にかかる関わり合いの薄い子がそこにいたから弱音を吐きたくなっただけ」


・・・・・・確かにそういう衝動にかられることはたまにある。僕の場合は遇にただみこと達を想って酒を飲むくらいのことしかしないが、誰かに弱音を聞いてもらいたいと思うことはある。


だけど、僕はその弱さを飲み込む。僕には、初恋の人を追い詰め、愛した人を殺し、最も親しかった人であるみことを救えなかった僕には彼女達を思って弱音を吐く資格などないから。


「・・・・・・僕を気にかけるなんて変人あるいは奇人ですか」


「ひどい言い草ね」


「僕を気にかける人にまともな人がいないので」


母さんを始め、父さん、居候、悪友、愛した人、それにみことも変人奇人狂人に分類されるし、それにどういうわけか世界中の変人奇人狂人集団の最高峰、『理解不能エゴイスト』のメンバーに気に入られてる。


正直、彼らに気にいられてもいいことと悪いことの比率が2:8という迷惑極まりない状態だ。


ちなみに僕の中で聖夜は天然フラグ乱立体質という奇人に分類される。


妹だけが唯一の例外。・・・・・・と言いたいところだが、どうも両親+αに毒されないように大事に大事に育てたのがいけなかったのか、ブラコンになっている節がある。


ただのブラコンじゃない。特に嫉妬するわけでもなく、甘えてくるわけでもなく、依存しているわけでもないのだが、何故か僕に生涯を捧げることが妹の中で確定事項として存在している。・・・・・・やはり環境のせいか生涯を捧げるという発想が出てくる辺りかなり早熟であることが分かる。


将来的に僕と結婚したいわけでもなく、僕の子供を生みたいわけでもなく、僕に抱かれたいのでもなく、僕を必要としているわけでもなく、ただ僕のために尽くしたいと言うのだ。


かと言って、妹が人形のように僕に従順であるわけでもなく、ちゃんと自分の意思や望みを持っていて、出来ることなら将来は僕に抱かれて、結婚して、子供も生みたいらしい。


妹曰く、『そうは兄さんに狂っている』とのことだ。


捕捉すると、妹の名前は蒼花そうか。自分のことはそうと呼ぶクールな子だ。


そんなわけで我が愛しの妹も十に満たない歳にも関わらず僕に狂った狂人なのだ。・・・・・・正直、何処で育て方を間違えたのだろうかと今でも後悔している。


「・・・・・・気が変わりました」


ベッドに転がっているユーマさんの隣に腰掛ける。


「ふふ、やっとその気になった?」


「ええ。僕のせいで嫌なことを思い出させてしまったみたいですから」


繕ってはいるが彼女の表情の中に寂しさが混じってしまったのは僕のせいだろう。


そのお詫びというか、僕もみこと達のことを思い出してしまい、傷の舐め合いにしかならないと分かっていてもこの虚しさを埋めてしまいたかった。


「じゃあ・・・・・・、忘れさせてくれる?」


「十分に満足させてあげますよ」


母さんの相手をしてるせいで不本意ながらそっちの技術は相当なものなのだ。


母さんを先にダウンさせないと子作りの最後の一線を越えさせられてしまうので必要に迫られて身につけたのだ。


妖艶な笑みを浮かべる彼女に僕はゆっくりと覆いかぶさった。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜






ゆっくり休んで、体調も元に戻って探索当日を迎えたの。


集合場所で他の冒険者達と合流して適度に挨拶をかわすと早速、山塔の中に入っていったの。


探索は特に問題もなく進んでいったの。


そして、これでもう何度目かの戦闘になり、薄暗い空間の中、前方に蠢くものに杖を向けるの。


「【我が従えしは炎『炎撃ファイヤ』】!」


生み出した炎が空間をほとばしり、目標であるネズミ型(エネミー)、ラットに襲い掛かるの。


小形犬ほどの大きさのラットは燃えながら絶命していくの。


クリムと旅をするようになってから自分の未熟さを痛感した私は基礎を丹念に鍛えなおしてきたの。


まだ目に見えた効果は出てはいないけどこの方法が間違っているとは思えないの。


「【断ち切れ『風刃・裂(カット)』】」


普通の『風刃カット』より倍以上の大きさである風の刃が宙を飛ぶコウモリ型(エネミー)、バット達を打ち落としていくの。


私よりも基礎を丁寧に鍛え上げた優れた魔術師であるクリムがこの鍛え方の先にある強さというものを示してくれているからそれに習い今は彼を越えることが目標なの。


術を放って直ぐにクリムは準備してきた弓を構え、離れたところにいるゴブリンの眉間に矢を打ち込んだの。


命中した矢は小さな爆発を起こしてゴブリンを殺したの。


彼が打ち込んだ矢は彼が魔術式を施した魔術装飾体アーティファクトで今のは爆発を起こす『爆式バーストシンボル』が刻んであったみたいなの。


クリムは今回の探索の準備で自身の錬金術で魔術装飾体アーティファクトを用意して持ってきているの。


数はあまり用意できていないみたいだけど、今みたいに時折試すように使用しているの。


あらかた敵を倒し終えると皆で手分けをして素材を剥ぎ、すぐに探索を再開したの。


「ん・・・・・・、この辺の構成が甘いのか?」


クリムは矢の魔術装飾体アーティファクトに刻まれている魔術式を見ながら改良するべく試行錯誤しながら歩いているの。


クリムの知識や思考は私にもいい刺激を与えてくれるので私はその様子を眺めながら足を進めるの。


「少しいいか?」


すると、何時の間にか近くに人が来ていて声をかけてきたの。


「何でしょうか?」


クリムは矢を背負った矢筒にしまいその人に対応するの。


「俺はナヴェル・ヘイズ。今回、この隊を率いてる。もっと早めに挨拶にこれりゃよかったんだが中々外せなくてな」


今回の依頼を同時に受けていたのは『狩人衆イェーガー』の部隊で私達はそれに付いていく形になったの。


「いえ、色々と忙しいのにわざわざ挨拶に来ていただけるだけで十分ですよ。僕はクリムゾンです。今回は連れてきていただきありがとうございます」


「私はフィリア・ヴァリルなの。よろしくなの。連れてきてくれてありがとうなの」


「何、礼を言われることじゃねぇよ。俺達『狩人衆イェーガー』は全体的に魔術師の数が圧倒的に少なくてな。今回の依頼にも魔術師は少ししかいないからよ、それなりに消耗することは覚悟してたんだが、お前たち二人のおかげで被害を思ったより抑えることが出来た」


それは私というかクリムのおかげなの。


私は敵を倒すことばかりを考えて術を使っているけど、クリムは味方に被害が出ないように的確な援護をしながら戦っているの。


「かなりの腕前とお見受けしますが、あなたの階級は?」


「副隊長をやらせてもらってる」


「ナヴェルは三人しかいない副隊長なの?」


「一応な。俺に指揮能力なんてないが剣だけが取り柄でそのおかげでこの座につかせてもらってるんだ」


「差し支えなければ、副隊長ほどの方が何故このような依頼をお受けしているのか教えてもらえますか?」


「さっきも言ったが俺には剣しか取り柄がなくてな。それで前線によく出張ってくるんだが、最近は依頼が少なくなってきて暇を持て余しているところにこの依頼があったんだ。ただでさえ、『ミスリル』回収はここのところ成果がよくねぇからその名誉挽回のために俺が来たっつうわけだ」


「そんなに暇なの?」


「俺の他にも大隊長が三人も来てるからな。戦力をそれだけまわせられるほど暇なんだよ」


よっぽど暇みたいなの。


「でも、どうして暇になっているの?」


「最近は『血の栄光(ブラッドグローリー)』の奴等が横から強引に依頼を掻っ攫っていきやがるからな。ろくな仕事をしねぇくせに仕事だけは持っていきやがる。おかげでこっちは暇でしょうがねぇ」


「ヘイズ副隊長!」


「わりぃ。呼ばれてっから行くわ。何か困ったことがあったら部下に言ってくれ」


ナヴェルはそう言って私達から離れていったの。


「副隊長なのに偉そうじゃなかったの」


「正式な軍隊じゃないからあまり上下関係に厳しくないのかもしれないし、あの人の人柄もあるんだろうね。ところで、フィリアちゃん」


「何?なの」


「今回は引き返さない?」


「・・・・・・いきなり何を言うの?」


何でそんなことを言うのか分からないの。


狩人衆イェーガー』の部隊、それも副隊長と大隊長三人の心強い味方がいるこの機会をふいにするなんてもったいないの。


「副隊長に大隊長が三人。いくら暇だからとはいえ、このメンツはこの依頼には明らかな過剰戦力。何時緊急の依頼が入るかも分からないんだ。必要以上の実力者を借り出すのは控えるべきだろ?」


「それは他にも副隊長、大隊長は他にいるからじゃないかと思うの」


「かもしれないけど、他にも気になる点がある。ここまでの戦い、魔術師が極少数しかいないのは見ていて分かったけど、魔術師だと思う人達のうち数人は何もせずに護られているだけだった」


「温存じゃないの?」


「それもあるかもしれない。けど、魔術師連中、特にその何もしなかった数人は様子がおかしい」


「気のせいかもしれないの」


「・・・・・・だといいんだけどね」


クリムはまだ納得はしていないようだけど無理に私を連れて帰るようなことはしなかったの。


それから少し進むと広い空間に出たの。


「何かあるの?」


その空間の中心に黒くて大きい岩のようなものがあって部隊の一人がそれを調べようとしたの。


「うわっ!?」


「う、動いた!」


突然、その岩が動き出して地響きを上げながら立ち上がったその姿は人の三倍以上はあるだろうという黒い霧を纏う巨大な人型だったの。


「ぐわっ!」


「うわぁぁ!!」


それが腕を振るうと近寄っていた人達が一気に吹き飛ばされるの。


そのあまりの威力に倒れ伏して動かない人もいるの。


「ストーンゴーレムっ」


「知ってるの!?」


大魔ギガエネミーだよ。だけど、出現する場所は主に遺跡だからこんなところにいるはずがないんだけど」


大魔ギガエネミーなの!?


前方では次々と斬りかかっている人達がいるけど、硬い表面に全部弾かれてダメージを与えられないの。


こうなったら私が魔術でどうにかするしかないの!


「【赤の暴力の訪れは破壊をもたらし滅びの一歩を刻み付ける『赤爆破ボム』】!」


左腕の辺りに赤い光が出現し、爆発を起こすの。


爆発によって少しだけどストーンゴーレムにダメージを与えることが出来たの。


もう一回いくの!


「【赤の暴力の訪れは破壊をもた】っ!?」


詠唱中に腕を引っ張られて邪魔をされたの。


その張本人であるクリムに文句を言うつもりで口を開いたの。


「何をっ!?」


でも、体のすぐ傍を何かが通り過ぎるのを感じて声を詰まらせたの。


「【闇の誘い、苦悶の声『暗剣ペイン』】」


「ぐわっ!」


「ぎゃあ!」


「ぐあぁっ!」


悲鳴が聞こえて周りを見渡してみると私達の周りで『暗剣ペイン』で負傷した人達がいたの。


そして、驚いたことにそのうちの一人がさっきまで私がいたところに剣を振り下ろしていたの。


「ああっ!くそっ。何でまたトラブルに巻き込まれるかな」


「ど、どういうことなの?」


私達の周りにはこちらに武器を向けてくる部隊の人達がいたの。


何が何だか分からないうちに大きな魔力の流れを感じたの。


「「「「「【我が呼び声に応えろ、我に隷属せし魔よ。その忌まわしき力の楔、我が意思をもって解き放たん。災厄となりて現れろ『魔獣召喚デモンズ』】!!」」」」」


複数人が共同して聞いたことのない魔術を使用すると黒い霧がそこら中から沸き起こったの。


その霧は徐々に集まっていき、それが形になっていくとそこにはたくさんのエネミーがいたの。


「え、エネミーがこんなになの!?」


「召喚魔術・・・・・・。魔術師どもの様子がおかしかったのはこの瞬間を意識していたからか。しかし、使い魔ならともかく、エネミーを大量召喚?古代魔術ロストの一種か?」


クリムはどうしてそんなに落ち着いていられるの!


私は何が何だか分からないの!


「ふむ・・・・・・。【唸れ『風打ブラスト』】」


クリムが辺りを見渡し、術を発動すると破裂音がそこら中から響き渡り、その少し後に物が落ちる音が大量に聞こえたの。


「な、何なの?」


私が周りを見てみると手を押さえて武器の剣などを取り落としている人達が一杯居たの。


「移動するよ。【奔れ『風刃カット』】」


「「「ぐあぁ!!」」」


「え?あ、ま、待ってなの」


クリムが『風刃カット』で武器を向けてくる人達やエネミーを攻撃しながら移動するので慌ててその後についていくの。


「な、何がどうなってるの?」


「現状から何となく予想はつくけど、とりあえずは味方になってくれそうな人の救出をしようか。フィリアちゃんはとりあえず僕の邪魔をさせないようにして」


「わ、分かったの」


「【暗きより出でてうつつに叛旗を翻せ『黒形・斑(トランス)』】」


広間に多数の黒点が浮かび上がり、黒点は黒い壁へと変化して様々な場所で人と人の間で遮蔽物となるの。


「邪魔をするんじゃねぇ!」


一人がクリムのしたことに怒って攻撃を仕掛けてきたの。


「【唸れ『風打ブラスト』】!」


「ぐぁ!」


「【白き雨、巡り廻りて敵を討て『光矢・廻(アロー)』】」


私が『風打ブラスト』で牽制をしているうちにクリムが上に向かって術を放ち、文字通り光の雨となってエネミーや人に降り注ぐの。


「【焔よ、我が意思に従え『炎撃・追(ファイヤ)』】」


「くっ!何!?ぎゃぁぁ!!」


クリムが炎を放って、放たれた人達はよけようとしたけど、炎は軌道を変えて襲い掛かってよけることが出来なかったの。


「【氷の進軍に呑み込まれろ『氷路フリーズ』】」


「っ」


「ちっ」


「・・・・・・」


クリムの足元から三つの氷の道が出来ていき、その先に標的だったはずの三人は戦っていた相手に攻撃するのをやめてかわしたの。


「っ!はぁっ!はぁ!」


攻撃を受けていた人は三人が放れたことで余裕が出来たので荒い息を整えようとしているの。


「大丈夫、じゃなさそうですね」


「お前たち、か。すまん、助かった」


三人がかりで攻められていた人はナヴェルだったの。


ナヴェルは腹部から血を流し、右目も縦に傷が出来て、痛みに顔をしかめながら脂汗を大量に流しているの。


「ナヴェル副隊長!」


「ナヴェル様!ご無事ですか!?」


「副隊長!」


そこに十人程の人達が駆け寄ってきたの。


「俺は、大丈夫だ。お前らも、無事か?」


「私達は突然のことで危ないところでしたが、先程の黒い壁と光の雨と炎のおかげで何とか助かりました」


「他の奴らは?」


「・・・・・・私達以外の者は突然の裏切りとエネミーの攻撃で・・・・・・」


「そう、か・・・・・・」


報告した一人の沈痛な声にナヴェルも一瞬、表情を暗くするもすぐにさっきまで戦っていた人達を睨むの。


「貴様ら、これは、どういうことだっ!!」


「どういうことか?まだ気付かないのですか?」


好青年風の一人が細身の剣の先端に血を滴らせたまま答えるの。


「もうテメェに従う気はねぇってことだ、ナヴェル」


巨斧を肩に担いだ大男が笑みを浮かべるの。


「俺達は『狩人衆イェーガー』を脱退させてもらう」


血で濡れている剣を持った黒い長髪の男が宣言するの。


「何、だと?」


「私達は『狩人衆イェーガー』に見切りをつけたのですよ。そして、別のギルドに身を寄せることにしました。私達が身を寄せたギルドの名は―――」


好青年風の男が芝居がかった口調でそこで溜めを作って言い放ったの。


「―――『血の栄光(ブラッドグローリー)』」


後に、きっとこのときに人間王国ミッドガルズが激動する事件の歯車が本格的に動き出したのだと思ったの。




というわけで久々の更新です。最近は私生活が忙しくて中々更新できず、申し訳ありません。前半部と後半部を書くにあたって時間を空けてしまったため不自然な点があるかと思いますがどうかご容赦下さい。

 さて、内容のほうですが少し速く感じますが今回の内容を多くして内部に潜るところまで進めてしまいました。これはダンジョン内部でのやりとりが特に思い浮かばず、先の構想ばかりが次々と浮かんできてしまい展開を進めるためこういう形になりました。

 読者の皆様にはあからさま過ぎて呆れてしまう方もいるかもしれませんがK.Wが登場しました。この人物は紅月の武器方面の関係でちょくちょく出そうと思っています。

 今後も私生活を優先して更新が遅くなるかもしれませんがどうかお許し下さい。

 ご意見・ご感想は随時お待ちしています。


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