第二十二話 たまにはのんびりとしてみる。
計5161文字です。
前回までのあらすじ。
『ケルビナ山塔』に向かうことにした。
P.S 戦闘中に背中からフィリアちゃんの視線を感じる。基礎の徹底だけだから特に学ぶことはないと思うんだけどなぁ。
道中は特に問題もなく、魔術を中心に魔を屠りまくってやってきた。
「はぁ〜、高いなぁ」
見上げれば頂上が見えないほどの高さの断崖絶壁の山。
天然で出来た山にも関わらずほぼ垂直に天へと伸びる山は塔という名がつくに相応しい。
こんな自然物は地球にはないなぁ。やっぱり魔力が原因だろうか。
「クリム、なの」
「どうだった?」
「次の起動時間までまだ時間がかかるの」
「じゃあ、どうにかして時間を潰そうか」
麓と頂上を繋ぐ転移魔法陣は常時発動しているわけではなく、決まった時間に魔術師が数人がかりで発動する。
そういうわけで起動まで時間を持て余してしまった。
ちなみに、口調はずっと他人行儀なのも面倒なのでここに来るまでの間に口調を崩した。
「鍛錬なの!」
「いや、少しのんびりしようよ」
熱心なのはいいけど、道中でも魔術をたくさん使って疲れているはず。
体を酷使して鍛えるっていう方法もあるけど、今彼女がしている基礎の徹底にはそこまでやると逆効果になりかねない。
「疲れている状態でやっても変な癖がついて駄目になるって」
「むぅ、なの」
「今日はもう休憩。わかった?」
「・・・・・・わかったの」
魔法陣の起動待ちの人のために少しだけ建物がこの辺には立っていて、そのうちの一つが酒場だったので不満そうなフィリアちゃんを連れて中に入る。
喫茶店やカフェのほうがよかったんだけど、こっちの世界にはそういうのはないので仕方なくここに入った。
飲み物を頼むと椅子に座って本を開く。
「何を読んでるの?」
「錬金術関連の本だよ。ちょっとこっち方面に力を入れてみようかと思っててね」
「・・・・・・難しいの」
本をフィリアちゃんに見せると彼女は眉を寄せた。
「錬金術師になるつもりなの?」
「別にそういうつもりじゃないけど、魔術装飾体って便利だし、使いこなせれば戦力的にプラスになるから覚えておくんだよ」
「それだけでそんな専門書を読むなんて変わってるの」
「何事も自分が納得するまで突き詰める性格でね」
超一流になれない僕は全てにおいて一流にならないと父さん達の居るあの高みに居られないので、そうすることが癖になってしまった。
不本意だけど、裏の世界に住んで居る以上、力が必要なのだ。でなければ、奪われるだけだから。
「ところで、ここには何の鉱石を探しに来たの?」
「『ミスリル』なの」
「『ミスリル』って・・・・・・、確かにそれを採るなら『ケルビナ山塔』しかないけどあれの採掘量を知ってて言ってる?」
「もちろんなの。年間を通してもほんの僅かしか採れないの」
「しかも、生きた迷宮って言われている山の内部を結構深い位置まで潜らないと見つけられない」
この山塔は古くから鉱石が採掘され続けているにも関わらず資源が尽きることがなく、この場所の最大の特徴とも言えるのが内部構造が変化することだ。
日が変わる時間に合わせて内部が変動して構造が変わるため最下層まで辿り着いたものは未だに存在せず、この奇怪な現象のおかげで『秘境区域』として認定されることになった。
そんな特殊な坑道の深部でしか発見されない『ミスリル』は金銭的価値は当然のことながら、魔術的にも素材的にも重宝され、一流の冒険者は皆、『ミスリル』製の装備品を持っている。
そして、『ミスリル』は今のところ『ケルビナ山塔』でしか採掘できることが確認されていない。
「何でそんなものをわざわざ採りにいくのかな?フィリアちゃんほどの魔術師なら『ミスリル』なんか用意しなくても良質の魔術装飾体を作れるでしょ?」
「良質じゃ駄目なの。トップになるの」
「そりゃ、『ミスリル』を採ってこれればトップになれるかもしれないけどそこまで無理をしなくても大丈夫だと思うよ」
「『ミスリル』がないと無理なの。ティニーは『光の蜜』を採ってくるって言ってたの」
「『光の蜜』って、『ギオ・レンテス森林』の?」
「そうなの」
「それはまた随分と命知らずな人がいるなぁ」
『ギオ・レンテス森林』は『ヴィーグドル』に存在する『秘境区域』で木々が常に発光していて別名『不夜林』とも呼ばれている。
その深部に生息している『光の花』から採れるのが『光の蜜』だ。
『光の花』自体はそこから抜いたり地面ごと掘り返すと、ただの花へと変化してしまうため養殖などが出来ず、森の奥でひっそりと咲いている。
しかし、『光の花』から採れる『光の蜜』は何時までも輝きを失わない。灯りへの利用や素材としての価値も十分にある。
ただ、『ギオ・レンテス森林』自体が曲者で光が方向感覚、時間感覚などを奪い多くの冒険者を迷わせ、そこに住み着く魔もその環境下に適応したものが多く厄介なことこのうえない上に魔の中でも強力な者に分類される大魔、ユニコーンが生息している。
危険度で言えば『ケルビナ山塔』よりも上と言える。
ただ、『ミスリル』は発見することが難しいため『光の蜜』と同じくらい入手が困難になっている。
「ま、傭兵でも雇うだろうけどね」
「そうだと思うの。流石に一人で行くほど彼女も馬鹿じゃないの」
「熟練の冒険者でも油断すると命を落とす場所だから傭兵ギルド辺りを頼りにするのかな?」
「『狩人衆』に依頼するつもりって言ってたの」
傭兵ギルドの最大手、委託施設に登録されているギルドの勢力としても五指に入り、最も多く人員を抱えている巨大ギルド『狩人衆』。
その歴史は委託施設の設立当初まで遡り、最古参のギルドの一つとしても有名だ。
確かにそこなら安心か。ただ、『ギオ・レンテス森林』なんて難所相手だと依頼料がかなり値が張るだろう。
少なくとも中隊長率いる分隊、安心できて大隊長、というところだろう。
『狩人衆』はその巨大さゆえにギルド内で兵士、分隊長、中隊長、大隊長、副隊長、総隊長(ギルドマスター)と分けられている。
大隊長が十人、副隊長が三人、中隊長以下は部隊を指揮する大隊長の編成次第で数が変動する。
多種族連合保有の軍隊のようなものだ。
「そういえば、フィリアちゃんも『狩人衆』を雇うつもり?」
「違うの。雇われるつもりなの」
「どういう意味?」
「『ミスリル』を探すために人を雇っている人が上の街にはいるの。その人に雇ってもらって同じような人達と一緒に探すの」
「なるほど。お金ももらえて一石二鳥ってわけか」
『ミスリル』は需要が高いからそういう依頼も当然あるのだろう。
それに上の街はここから採れる鉱石を目当てにした鍛冶屋なども多いからなおさらだろう。
ちなみに、『光の蜜』は需要はそれほど高くはないのでおそらく依頼はないだろう。
そういえば・・・・・・、鍛冶屋といえば、このナイフの作者、K.Wはこの街にいるだろうか?
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不知火様らしき人物から手紙が届いて随分と時間が過ぎました。
手紙は指示通りに焼却して人目に触れないように処分しました。
一時とは言え、不知火様を護ることが出来ず死なせてしまった思い、ひどく辛い気持ちになった身としては手紙だけの簡潔な知らせに不満を覚えましたが、生きているようですし彼が言っていた『協力』というのはこのことだったのかと納得することにしました。
それからも私はお城で仕事を続けています。
あのネックレスは何となく常に身につけているようになってしまいました。
彼は今頃、どの辺りを旅をしているのでしょうか?
「マリィ?」
『あ、も、申し訳ございません。何か御用でしょうか?』
ボーっとしているところに声をかけられ、慌てて空中に文字を描きます。
目の前の方は不知火様のような特殊な技能を持っていないので、失礼ながらもこうして字を書かなくてはなりません。
声を失った私が唯一使える中級の魔術『光の導』、本来は対象に印をつけ、対象の発見や印への魔術の誘導、迷宮などでの道標に使うものですがそれを改造して自調律『光の導・字』として消費魔力を抑え、魔術式も簡単にして本来の機能をほとんど捨てて字を書くためのものにしました。
「少しボーっとしていたようだけどどうかしたかしら?」
『いえ、何でもありません』
「そう。ならいいのだけど。紅茶のお代わりもらえるかしら?」
『かしこまりました。王妃様』
あの後、変わったことがあったといえば私の立場でしょう。
何時の間にか私は王妃様付の侍女の一人になっていました。
本当に何時の間にかでした。
いつものように仕事を毎日、繰り返していると何かと理由をつけては様々な場所に回されて、転属の理由もちゃんとしたものだったので特に気にすることもなく仕事をしていたら最終的に今の立場に落ち着きました。
聞くところによると私がたらい回しにされたのはいきなりの異動を疑われないようにするために王妃様がこっそりと手を回したせいのようです。
何故、私のような者を欲しがったのか聞いたところ、こんなところにも不知火様が関わっていたようです。
不知火様に私の保護を頼まれた王妃様は彼が信用した者なら大丈夫だろうと思い、保護のついでに一人でも味方が多いほうがいいだろうと考え勢力の小さい自分の味方に私を引き込んだとのことでした。
ここで不知火様の言うように王妃様も王様に対して含むところがあるのだと改めて認識しました。
王妃様の話をお聞かせもらって私も王妃様の味方になることを自分の意思で決めました。
それにしても王妃様に気に入られて、その上信用まで得ているなんて本当に彼は何者なのでしょうか?
『ロイ様はいかがでしょうか?』
「いや、私は結構だ」
常に王妃様の傍に控えているロイ様は私に思うところがあるようです。
ロイ様に何か粗相を働いてしまったのではないかと困っていた私に王妃様が教えてくれたところによると正確には私を紹介した不知火様のようですけど。
いきなり現れた不知火様を王妃様が気に入られて嫉妬しているのだとか。
王妃様がそう言ったときにロイ様が動揺したのを見ると事実のようです。
実際、私を嫌っているわけではなく、呪いさえ解ければ戦力として期待しているとロイ様に言われました。
当然のことですが、私の経歴を調べて魔術師養成学校で主席であり当時、飛び級までしていて天才と呼ばれていたことも知っているようです。
呪いに関しては今は任務でお城にいらっしゃられない、ジーナ様に解呪の方法がないか探ってくださるように仰ってくれるようです。
「失礼します」
ノックの音と共に部屋に王女様がやってきました。
大半の王妃様の部下もそうですが王女様も不知火様のことを知らないようなので王妃様の命の通り彼のことは黙っています。
「母様、あのことはお聞きになられましたか?」
「ええ、もちろんよ」
「では・・・・・・、」
「でも、今の私たちじゃ手の出しようがないわ。今は静観しましょう」
「・・・・・・」
王女様は悔しそうにしていますが、王妃様の言うことを聞くようです。
何のことだかは気になりますが、流石に自分でも好奇心旺盛と認めていても国のトップの方々の会話に割り込む勇気はありません。
「それではジーナの方は?」
王妃様は首を横に振られます。
「進展なしよ。幸い、宰相のほうも未だに手掛かりが見つからないようね」
「もう少し部下を動員したほうがいいのでは?」
「ジーナを動かしてるだけでもギリギリなのよ?今は彼女の性格から宰相もあまり気に留めていないようだけどそこに部下を動員すれば私が背後にいることに感づかれるわ」
これもまた何のことでしょうか?
少し前までこの国は平和なほうだと思っていましたが、予想外にこの国は相当不安定なようです・・・・・・。
というわけで、今回はたいした進展はありません。ただ、これからの伏線を張るための話になりました。と言っても、私は伏線を張るのがあまりうまくはないのでバレバレな展開の上に直ぐに消化してしまう可能性が高いですが。
聖夜達が『ギオ・レンテス森林』に行くのはもう少し後になります。ここで出したのは大魔という存在を出したかったからです。この先の構想を考えているうちに紅月に対してそれなりに脅威になる敵が絞られてしまうことに気付き、中ボス的な感じでこういう設定を後付しました。私の甘い設定のせいでこのような後付が今後もあるかと思いますが、どうかご勘弁下さい。
久しぶりにマリィを出してみました。王宮のほうの様子もちょくちょく挟んでいきたいとは思っていたのですが、戦闘の要素や新たな発見のようなことは入れることが難しいのでどういう風にしたものかと悩みこのようになりましたが、いかがでしたでしょうか?
ご意見・ご感想は随時お待ちしています。
 




