第二十話 『使える』と『使いこなせる』って結構差があると思う
計7128文字です。
前回までのあらすじ。
勝負をふっかけられた。
P.S 錬金術始めました。
逃げてもよかったんだよ。というかね、普通なら逃げるんだけどね。
フィリアちゃん、年上だけどなんかそんな感じがしないからフィリアさんじゃなくてフィリアちゃんって呼ぶことにしたけど、彼女の精神の精神面が幼すぎてさ、何か調子が狂うんだよな。
女性の涙って母さんが泣き真似するからそれなりに慣れてるんだけどさ、それでもそれなりにってだけでやっぱり苦手なのはどうしようもない事実なわけで、嘘泣きなら対処できるんだけど、本当の涙だと何だかねぇ?それに、何かフィリアちゃんって子供っぽいからさ余計に駄目なんだよね。
つまりは、何が言いたいかというと。
「負けないの!」
結局、素直にこうして決闘に応じちゃったんだよね。
現在、橋を渡って街道を外れた広い原っぱで彼女と向き合っている。
さて、この場合どうするのが正解なのか。
勝つべきか、負けるべきか。そもそも彼女の実力がどれくらいか分からない。
とりあえずは魔術だけで勝負して様子を見るか。
「開始の合図はどうします?」
「・・・・・・考えてなかったの」
何となくそうかなとは思ってた。
銀貨を取り出す。
「これを弾きますんで、地面に着いたらスタートということで。勝利条件は相手を戦闘不能にするか、降参させる。それでいいですか?」
「わかったの」
「では、いきます」
銀貨を弾いて空中に打ち上げる。
それを見たフィリアちゃんは杖を構える。杖には紫、赤、緑の魔法石が埋め込まれている。
長所を伸ばしてるのか、短所を補っているのか、どっちだろう。
そんなことを考えているうちに銀貨が地面に落ちる。
「【奔れ『風刃』】!」
初手に詠唱の短い風の魔術をもってきたか。数は八つ、特に問題もない。
「【清き水、汝、盾となりたまえ『水盾』】」
僕の前面に発生させて『風刃』を防ぐ。
「【我が従えしは炎『炎撃』】!」
「【荒ぶる怒りを我が敵に向けたまえ『水弾』】」
水の初級魔術である『水弾』でバスケットボールの二倍ぐらいの大きさの水の球を複数作り出して、飛んできた『炎撃』にぶつけて相殺する。
『炎撃』の数以上に作り出した『水弾』をフィリアちゃんに向かわせる。
「【領域を侵す輩を絡みとれ『雷域』】!」
雷の初級魔術『雷域』で自分の周囲に放電を行い、『水弾』を打ち消す。
「【閃きは刹那の間に、害意を持ちて空間を駆け巡れ『雷光の閃き』】!」
「【荒ぶる怒りを我が敵に向けたまえ『水弾』】」
彼女が電撃を射出する中級魔術『雷光の閃き』の詠唱に入ると同時に『水弾』を唱え、彼女の術が発動する少し前に大量に射出するが、それを突き破り三つの雷撃が迸る。
「ぐっ。【荒ぶる怒りを我が敵に向けたまえ『水弾』】」
多くの『水弾』を盾にして威力を減衰させたとはいえ、『雷光の閃き』は水に対して相性がいい上に中級魔術なため僕の体に当たり、傷を負うがそれを無視して詠唱をする。
一瞬でも詠唱を止めれば、一気に彼女にペースが傾くので苦悶する暇も無い。
「【奔れ『風刃』】!【焔よ、その雄々しき姿を示せ『朱柱』】!」
彼女は『風刃』を多く出して『水弾』を迎撃して、直ぐに任意の位置から火柱を発生させる初級魔術『朱柱』を発動させたので、僕は横に移動して僕がいた場所に発生した火柱をよける。
「【来たれ、風神の小槌『轟く烈風』】!」
「【清き水、汝、盾となれ『水盾』】っ」
空気の塊で殴り飛ばす中級魔術『轟く烈風』を『水盾』に魔力を多めに注ぎ込んで頭上に展開し防ごうとするも破られ、脳天から強烈な衝撃が襲う。
「ぐぅっ」
けど、威力は減衰できたようだ。
「【荒ぶる怒りを我が敵に向けたまえ『水弾』】」
懲りずに『水弾』を複数生成して射出する。
「【来たれ、風神の小槌『轟く烈風』】!」
しかし、『轟く烈風』で軽々と叩き潰される。
「・・・・・・どういうつもりなの?」
「何のことですか?」
「さっきから『水盾』と『水弾』しか使ってないの。真面目にやる気が感じられないの」
「別にやる気がないわけじゃないですよ。ただ水の魔術が一番労力が少ないから使ってるだけです」
魔法石にも良し悪しがあって、質の悪いものは割りと簡単に手に入るが質の良いものになると金貨千枚単位になることもある。
僕が持ってる魔法石は腐っても高位精霊の一部であり、更には世界脈の影響をもろに受けている『ルサルカ』の一部のため少なく見積もっても金貨百枚の価値があるらしい。
つまり、割りと質の良い青の魔法石を持っているために僕は普通に水の魔術を使う半分以下の労力で術を行使できている。
「それでも初級魔術しか使ってないの」
「中級以上はまだ習得してないんです。昨日の錬金術は唯一の例外ですよ」
十分に扱いきれないものを緊急時でもない戦闘で使うなんて愚はしない主義だ。
「・・・・・・もっと強いと思ったのにがっかりなの」
「何故、僕が強くないと思うんですか?」
「初級魔術しか使えない魔術師になんか負けないの。私は上級魔術も使える凄い魔術師なの」
へぇ、それは凄い。僅か19歳で上級魔術を使えるのは確かにかなり優秀な部類に入るはずだ。
・・・・・・けど、慢心は頂けないな。
「一つ、『戦い』の先輩として忠告してあげます」
「何?なの」
「魔術を『使える』だけが強さを左右するわけじゃないですよ」
多分、今までは魔との戦闘やたいして強くない奴らとしか戦ったことがないのだろう。
実際の『戦い』は力押しだけが全てではなく、あらゆる手段を講じて自分の力を最大限に引き出せる者が生き残る。
それを知るのが命の危機に陥ってからでは遅い。なら、ここで教えてあげておいたほうがいいだろう。
「ここからは少し真面目に相手をしてあげます。全力でかかってきてください」
少し真面目、というのが気に入らなかったのだろう。不快そうに眉をしかめて杖を構えなおす。
「ボコボコにしてやるの。【閃きは刹那の間」
「【唸れ『風打』】」
「にぃッ!?」
詠唱を始めた彼女の喉元に威力を押さえた『風打』を発動させて詠唱を遮る。
「ゴホッ!ケホッ!」
「僕としては『風打』って対人、特に魔術師相手だとかなり有効だと思うんですよ。今みたいに詠唱を始めたら短い詠唱で瞬時に敵にダメージを与えて中断できますから。魔術師じゃなくてもこの攻撃までの早さ、任意の位置で直ぐに発動するこの術は厄介このうえないと思うんですよ」
特に今みたいに喉元を狙えばほぼ確実に詠唱を止めることが出来る。その気になって大量に魔力を注げば今ので喉を砕くことも出来ないわけではない。
「ケホッ!【ぅなれ『風打』】」
「自分で言った方法に屈するほど僕も馬鹿じゃないですよ」
かすれた声で彼女が発動させた『風打』は詠唱と魔力の流れを感じ取った時点で移動して回避する。
他の魔術師も僕のようにすればいいじゃないかとも思う人もいるだろうが、詠唱から術の発動までの速さから一般的に運動能力が優れているわけでもない魔術師にそこまで機敏な動きを求めるのは酷な上に、彼女が今やったのと違って僕のように詠唱に気を割いている詠唱中を狙って打たれたら回避は難しいだろう。・・・・・・まぁ、僕は詠唱しながらでも余裕でかわせるけど。
「まぁ、威力を抑えてもあまりやりすぎると喉がおかしくなりますから今回はもうこの手段は使いませんので安心してください」
格下と思っている僕に手加減されるのが屈辱なのか僕を睨んでくる。
「【我が従えしは炎『炎撃』】!!」
「【唸れ『風打』】」
「キャァっ!?」
『炎撃』が発生したそれぞれの場所の直ぐ前に『風打』をそれぞれ発生させる。
そうなると、発生とほぼ同位置で相殺されることになり、射出系という性質上、自身のすぐ傍で相殺された余波がフィリアちゃんを襲う。
「魔術師相手だと射出系も今みたいに抑える方法があります。本当に『風打』って便利ですよね」
「【赤の暴力の訪れは破壊をもたらし滅びの一歩を刻み付ける『赤爆破』】!!」
「【清き水、汝、盾となれ『水盾』】。【暗きより出でて従え『黒形』】」
まずどこに来るか分からないので自分の四方を守るように『水盾』を配置、更に任意の位置を爆発させる中級魔術『赤爆破』が僕が『水盾』を発動している間に発動するための事前動作として赤い光を出した場所を瞬時に『黒形』で箱を作り出して密閉する。
そして、爆発したと感じると『黒形』が壊れる前に上部分だけを開けて、爆破した力を上へと逃がす。それでも力を逃がしきれはせず、『黒形』を破壊されるが火と相性がいい水属性の『水盾』で更に力を減衰し、僕のところに来る頃にはさほどダメージを受けるほどの力はなかった。
「確かにあなたは上級魔術を使えるのかもしれません。けど、一つ一つの術の習熟度、使い方では負ける気はないですよ」
さっきの『赤爆破』にしても魔力を多めに込めていれば僕にダメージを与えられただろうし、発動位置も少し離れていた。
「あなたは魔術を『使う』ことは出来るけど、『使いこなす』ことが出来ていないんですよ」
「【閃きは刹那の間に、害意を持ちて空間を駆け巡れ『雷光の閃き』】!!」
使いこなせればこんなことも出来る。
「【清廉なる水、汝、清き盾となりたまえ『水盾・純』】」
前面に厚めに作り出した水の盾は『雷光の閃き』を受けて水が弾け跳ぶが、水の盾を突き破るにはいたらなかった。
「なっ!?」
「通常の水は不純物を含んでいてそれによって雷を通します。しかし、不純物を含まない純水は雷を通しません。つまり、水でありながら雷にとって相性が悪くなります」
「自調律、なの・・・・・・」
「ええ、そうです」
一般的に使われている詠唱、魔術式は汎用調律と呼ばれる汎用性を重視したものであり、自調律とは詠唱、魔術式を自分が使いやすいようにアレンジしたもので、アレンジの仕方によっては発動が早くなったり、消費魔力が減ったり、威力が上がったり、性質が変化したりする。ただ、自調律は自分用に調節したものであり、他人が使おうとすれば元のものより発動が遅くなったり、消費魔力が増えたり、威力が下がったり、発動しなかったりする。
大体は使用者の名前を取り、〜〜調律と呼ばれるから僕のは偽名からとってクリムゾン調律ってところか。
ただ、この技能は優れた魔術師の中でも魔術式を理解できるほど魔術の知識が深くないと使えない。
今回は『水盾』に使われる水を全て純水にした『水盾・純』にした。
あくまでこれは初級魔術をいじっただけであり、中級魔術ではない。
「そろそろ攻めさせもらいますよ」
しかし、ものによっては中級魔術にも匹敵する。
この勝負、勝たせてもらうよ・・・・・・。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「【白き矢、我に仇なす敵を討て『光矢』】」
「【我が従えしは炎『炎撃』】!」
光の矢を飛ばす初級魔術『光矢』を『炎撃』で迎撃するの。
「【行く手を侵す輩を喰らえ『雷域・前』】」
「っ」
『雷域』の自調律らしき術、発動範囲を円状ではなく直線にして私に向かって放電してきたのを『雷域』で防ごうかと思ったけど、防げるか分からなかったから一瞬迷ったあと、回避を選択したの。
「【来たれ、風塵の小槌『轟く烈風』】!」
「【暗きより出でて従え『黒形』】」
『轟く烈風』は大きめの『黒形』に当たったかと思うと、目標地点とずれたところに当たったの。
「『轟く烈風』は空気の塊をぶつける術。いわば、大きな拳で殴られるようなものだから受け流すことも不可能じゃありません」
確かに理屈ではそうなの。
けど、それを成すのはとんでもなく難しいことなの。
私の術が発動してから術が向かってくる方向を確認して配置し、術が届くまでに速く力を受け流せるような適切な曲面を生成しなければならないの。
ただ壁を作るならまだしもそんな風に作るのは私も含めて高位の魔術師でも出来るか分からないの。
さっきの『風打』にしても喉元や術の発動点を確認し、戦闘中に正確に打ち込むことは速く、精密に詠唱をしないといけないからとても難しいの。少なくても私には出来ないの。
自調律も高位の魔術師が使うもので、私は使うことは出来ないの。
「【白き雨、巡り廻りて敵を討て『光矢・廻』】」
また自調律なの!?
本来の『光矢』より小さいのだけれどその分、数が多い上に迂回してくるものもあり、色んな方向から襲い掛かってくるの。
「【領域を侵す輩を絡みとれ『雷域』】!」
けど、一発の威力は低いみたいで簡単に防げたの。
「【氷の進軍に呑み込まれろ『氷路』】」
足元から対象に向かって段々と地面を凍らせる初級魔術『氷路』が向かってくるの。
動きたくても『光矢』は遠回りをしたものが時間差で襲い掛かってくるため『雷域』を解除できないのでそこから動けなかったの。
せめてもの抵抗に魔力を更につぎ込んでみたけど、彼も多めに魔力を注ぎ込んでいたようで『雷域』に削られながらも私まで辿り着いて私の足首を凍らせたの。
「これで僕が遠隔系の魔術を使えばさけようがないですね」
「・・・・・・」
この氷をどうにかしようと魔術を唱えているうちに彼に攻撃をされれば確かに防ぐ方法が無いの。
私の、負け、なの・・・・・・。
「しかし、最後に一回だけチャンスをあげます」
「チャンス?なの」
「はい。上級魔術をうってみてください。僕もそれ相応の対応をしましょう」
・・・・・・負けは負けなの。でも・・・・・・、悔しいの。
「・・・・・・【荒ぶる怒り我が意に応えよ『水弾・大』】」
人一人を軽く飲み込みそうな大きな『水弾』が彼の頭上に出来るの。
私も自分が唯一使える上級魔術を唱え始めるの。
「・・・・・・【天の慟哭響き渡り、」
「雷系ですか。【冷たき氷の軍勢の侵略に呑み込まれろ『氷路・界』】」
最初の詠唱だけで彼は何の術か理解しているらしいの。
それに対抗するために彼も術を唱えて、彼を中心に円状に地面だけでなく彼の頭上の『水弾』も凍っていくの。本来なら凍る速度も今より遅く、範囲ももっと狭いはずなのだろうけど辺りに大量に撒き散らされた水のおかげで速く、広範囲が凍っていくの。
・・・・・・最初に水の魔術ばかり使ってたのはこれが狙いだったのかもなの。
「空は嘶き、雲は怒りに澱み、大地は慄き、海は怯える。全ては一瞬の出来事、されど刻み付ける恐怖は永遠」
「【理を描き我、創造の使徒とならん。氷に掛けるは氷、型は球、得る意は強化、創造の証となれ『錬金混成』】」
凍っていたものが『錬金混成』によって先に『氷路・界』で凍っていた『水弾』に合成されるの。
二周りほど大きくなった凍っている『水弾』が出来たの。
「【強固なる存在、大地の如く『硬土』】」
「その存在、絶対なる物と知らしめろ」
彼は対象を硬化させる初級魔術『硬土』で凍っている『水弾』を更に強化したの。
「行けっ!」
「『天より降る剣』】!!」
空から轟音と目も眩む光を伴う雷が降り注いだの。
そして、大きな衝撃とともに私は意識を失ったの・・・・・・。
というわけで、今回は魔術がメインの話でした。私の乏しい想像力では中々術のイメージが湧き上がらず、ありふれた感じになってしまった気がします。
魔術の威力などに関しては確かに一般的には初級より中級のほうが勝ってはいますが、その術をどれだけ扱いこなせるかによって威力が変動してきます。その変動の差は術の難易度が上がれば上がるほど大きくなる、ということになっています。
自調律を紅月が使えるのは知識に関して言えば、書物を読み漁って習得し、技術は初級魔術だけならすでにほぼ完璧に扱いこなせているから使えます。紅月の場合、知識は既に高位の術者並にあり、居候の手伝いで開発、改良などの思考が鍛えられているため後は実際の魔術の経験だけなんです。
ご意見・ご感想は随時お待ちしています。




