第十八話 古い時代の技術が凄いことはよくあること。
計5852文字です。
前回までのあらすじ。
神殿の管理者と契約をした。
P.S あれから毎日、自分に『小光癒』をかける日々が続いている。
あれから眼が覚めたら一夜が明けていたらしく、とりあえずあの亀の精霊は僕達のことを信用してくれたようで無事に外に出られた。・・・・・・というか、僕が寝ている間に契約した彼女が若干脅したりもしていたらしい。要約すると、人の縄張りで好き勝手やってた癖にやっと見つけた人の主人に手を出す気じゃねぇだろうな、的なことをやんわりとした口調で遠回しに威圧感たっぷりにじっくりお話したらしい。
で、彼女に協力してもらってアイエフィッシュを規定数確保した後、一旦街に戻り依頼の品を委託施設に納品して報酬をもらい、医者のところにいったり、二人のお母さんにも会ったりして、二人と別れたりして、一週間。
「ふぅん、そんなに珍しいんだ?」
「はい。紅月様のような魂を持つ方は私が生きた長い時の中でも初めてでございます」
その後にあの地下神殿に再び訪れて、祭壇の間の巨大魔法陣を本を片手に調べながら今は彼女と会話をしている。天井の湖の様子から時間をうかがうと既に四日は徹夜をしているようだ。
毎日、『小光癒』をある程度だけ魔力を残してひたすらにかけていたおかげか右手はまだ完治していないが、全身の鈍痛は治り、左腕はものを持てる程度には回復した。
彼女が僕の本名を呼んでいるのは別に僕が教えたわけでもなく、彼女と契約したせいで僕の名を彼女が知ってしまったからだ。流石に偽名で契約は出来ないらしい。それでも気を遣って周りに他の存在がいるときは名で呼ばずに御主人様で通してくれた。
「矛盾する性質を高純度に高め、歪ながらもそれすらも取り込み綺麗に整っている、魂の理想形でございます」
「矛盾する性質、か。・・・・・・環境のせいか、それとも『雪月花』のせいか?」
全ての技術を一人で全てを極めるには無理があると判断した僕が居候から培った知識と母さんから伝授された暗示、催眠術と父さんに鍛えられた意識の切り替え、精神鍛錬を複合させて自ら人格を分割し作り出した多重人格『雪月花』。
紅雪に父さんの殺人技能を、紅花に母さんの技術を担当させ、僕自身の比重は居候の知識、思考体系を重点に置いている。それでも全てのベースは僕であるので父さんと母さんの技能と技術は僕も若干は受け継いでいるが、それぞれ紅雪と紅花には及ばない。その代わり、紅雪は僕より母さんの技術が劣っているし、紅花は僕より父さんの技能が劣っている。
つまり、『僕』が万能型、『俺』が戦闘型、『私』が後方支援型と分けられる。
実際、紅雪が王宮で表に出ていればもっと大多数の人間に目をつけられていただろうし、紅花はこの前の高位精霊との戦闘の時は回避だけでもギリギリだった。
「紅月様は紅月様でございます。どのような要因があろうともその全てが紅月様そのものであるのでございますからあまり御気になさることでもないかと」
それもそうか。結局、『雪月花』は全て同一人物なわけだし、環境をどう受け止めるかも僕次第なわけだから僕が自分で矛盾する性質を持ち合わせたのか。
「まぁ、別に問題があるわけでもないし特に気負うこともないか」
「いえ、紅月様にはご注意して頂かなければなりません」
え?何か問題あるの?
「先程も申しましたように紅月様の魂は理想形でございます。それゆえにその魂を一度見れば、私のように虜にされてしまうことでしょう」
「けど、魂を見れるのは君みたいな高位精霊の中でも更に一握りの存在だけなんでしょ?」
「はい。だからこそでございます。紅月様には私のような高位精霊と接触しないように注意を払ってもらいたいのです」
「言われなくても、自分からそんな面倒なことになりそうな相手に会いに行きたくなんかないよ」
「それならよろしいのですが、紅月様はあまり望まぬことに巻き込まれる傾向があるように見えるので一応ご注意を」
・・・・・・否定できない。召喚されてるし、君と契約することになったし。
「それと、魂を見ることは出来なくとも精霊は魂には敏感です。魂から滲み出す臭いを嗅ぎ取って無意識に好意的に接してくるでしょう。ロップの信用を取れたことも僅かながらもそれが影響しているのです」
ロップというのはあの亀の高位精霊の名前だ。正確には宿っている杖がアイエ・ゲーテスにアクアドロップと呼ばれていたそうなので、名前をそのままあてがってそれを呼びやすいように後ろ部分をとってロップと呼ぶことにしたのだ。
「魂って臭いがあるものなの?」
「正確には雰囲気と言いますか、内側から滲み出る貫禄と言いますか、感覚的に感じ取るものでございます。ゆえに精霊でなくとも長い時を生きた生物や勘のいいものには何となく感じ取れます」
「・・・・・・そういうのって結構居るんじゃない?」
「そうです。だから、それも含めてご注意下さいと言っているのです」
だからなのか。あっちの世界に居たときも何か妙な人に気に入られてたし、近所のじいちゃん、ばあちゃんには妙に可愛がられてたし。
「それにしても、調べれば調べるほどこの神殿の異質さが分かってくるよ。こんな術式、現代に伝わってないよ」
王宮の書庫で調べ上げた知識だけで言っているので、魔術都市『ベグ・エイア』にいけばもっと魔術に関する詳しい書物があるだろうけど、それを加味してもこの術式は現代よりも遥かに優れていることから現代に伝わってないと考えていいだろう。
「強いて言うなら古代魔術が最も近いのかな」
現代でも詳しい解明がなされていない古より伝わる魔術のことを古代魔術と言い、その正確な魔術式はもちろんのこと起動条件も解明されていないため使える者も数えるほどしかいない。
代表的な物で言えば、古代魔装と呼ばれる剣と杖の二つ。共に謎の術式が刻まれたもので歴史上使えた者が何人かはいたそうだけど、使うための条件の解明やその術式の再現には至っていない。剣は王家によって保管され、杖は魔術都市『ベグ・エイア』に研究のため保管されていたのだが、盗み出されて行方不明になっている。
出所も当時、人が立ち寄らないような場所で発見したということであまりはっきりしていない。
そのことから遥か昔に魔術の優れた文明があり、それが何かしらの原因で滅び、その後に今の文明が栄えたとされている。古代語もこのときのものであり、今の言語が広まるまで使われていたそうだ。
「これもそれと同じものなのかな?」
「そうです。人間が言う古代魔術に分類されます」
「だったら、君は何で古代の文明が滅んだかも知ってる?」
「申し訳ありません。知ってはいますが、私にはそれをお話しする権限はございません。私がお答えできるのはこの神殿に関することと現在、人間が知りえている範囲のことだけです。魂のお話は選定の件に関連して話すことが出来たのでございます」
彼女の言動を制限できる存在と言えば、精霊王か。
さっきはああ言ったけど、現代の技術で元の世界に帰るのが無理な場合、古代魔術に関して調べるために精霊王に会う必要があるかもしれない。
「じゃあ、この神殿に関することで質問させてもらうけど、この神殿を作ったのは人間?それに使用していたのも人間?」
ちゃんと調べてみて気付いたのだけど、他の部分は何の違和感もないのだが、祭壇のあの階段だけ人間が使うには階段の段差が小さい。人間ではなくてその大きさが一人前と考えられている存在が祭壇の上で行う作業などのために自分たちに合わせて作ったと考えるのがしっくりくる。そうなると、この神殿を使用する種族と作った種族は別物ということになり、彼女の選定の基準が人間を主観にした視点でないことにも納得がいく。もしかすると、その両方が人間でない可能性もある。
「いえ、違います」
「じゃあ、誰が?」
「作ったほうはお教えできませんが、使用していたのはエルフでございます」
「エルフ?」
エルフは人間嫌いであり精霊を祀る種族で魔術に優れ、規律に厳しく、仲間意識が強いらしい。閉鎖的で精霊領域に住んでいるためその多くが謎に包まれている。多種族連合に移住している変わり者がいるにはいるようだが、精霊領域のことを話すことは禁じられているらしく誰も語ってくれないそうだ。
そうすると、古代ではエルフがこの辺に住んでいたのか?それに作ったほうは彼女が話さないことから考えると現代で確認されていない種族か。
「なるほど。それじゃあ、この神殿の名前は?」
「つけられていません」
「それはどうして?」
「エルフは精霊を祀る一族でございます。神殿に名をつけることはそこに宿る私に名をつけること。そんな恐れ多いことは出来ないと名をつけなかったのでございます」
「ということは、この神殿が出来たときにはもう宿っていたんだ?」
「はい。『水核』様はこの神殿の建造途中からこの力の大きさに気付き、私を派遣したのでございます。そして、完成と同時にこの神殿に宿り、事情を説明して選定者となりました」
「『水核』様?」
「人間で言う精霊王のことです」
・・・・・・水の核ってことは。
「もしかして、精霊王って複数いたりする?具体的には八人」
「それはお答えできません」
人間はそこまで気付いてないから答えられないか。けど、可能性はかなり高い。
「それで、紅月様。お願いがあるのですが・・・・・・」
「・・・・・・拒否権は?」
「ございません」
やっぱり?契約の時と同じ眼をしてるからそうかなぁ、とは思ったけど。
「で、そのお願いって?」
「私に名をつけて頂けないでしょうか?ここに来る前は名など必要もなく、ここに来てからも私に名は与えられませんでした。私を指す名がなければ、紅月様も何かと不便でしょうからどうか名づけて頂けないでしょうか?」
「・・・・・・一応、聞くけど、魔術的に名付けるという行為がどういう意味を持ってるか分かってるよね?」
僕は意味を理解しているので頬が引きつっている。
「名付けられた物の存在の強化、名付けた者への忠誠、両者の絆の強化でございます」
存在の強化というのは、例えば新しい魔術を作ったとすると、その術に名前をつけて行使したほうが、していないときよりも効果が上がる。無銘の剣に名をつけることで切れ味が上昇する。と言った具合のもので、世界にその存在を名をもって確定させることでそのものの特性を個体差はあるが強化する。
名付けた者への忠誠は名付けた者に名付けられた者に従うこと。これは誓い的な意味合いが強く、強制力はない。
絆の強化は召喚魔術を行うための魔力の減少化、別々の場所にいながらの常時安否の確認という効力を持つ。
魔術的な名づけというのは双方の同意のもとで行われるものであり、親から名前を与えられるのはこれに当てはまらない。
僕が頬を引きつらせたのは二番目の意味、忠誠のせいだ。
高位精霊、それもかなり位の高い人を従わせるってとんでもないことである。
「私は紅月様のものになるのなら本望でございます」
ものすげぇ嬉しそうだね。
というか、僕が本望じゃなくても拒否権はないんだよねー。
ふぅ・・・・・・。
「・・・・・・ルサルカ。君の名前はルサルカ。そして、この神殿は古代神殿『ルサルカ』。それでいい?」
「ルサルカ・・・・・・。確かに受け賜りました。ありがとうございます」
彼女、ルサルカはさっきとは違う清楚な笑みを浮かべて本当に嬉しそうにする。
まぁ、この笑顔を見れただけでよしとするか・・・・・・。
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『ルブ・ポルガ遺跡』から指定の物を取ってきて、ランクもDに上がった。
そして、今回の成果はもう一つ。
「せ〜いやっ。今、暇〜?」
「ん、まぁな」
「じゃあ、一緒に街に行こ〜よ〜」
『ルブ・ポルガ遺跡』に住み着いている人形型魔、ゴーレムから取れる素材である動力核を取りに来た彼女、ティニー・ヒルミクスが危ないところを俺たちが助けて、それから一緒に行動して仲間になった。
ティニーは赤い髪をサイドポニーにして、黒を基調とした制服のようなものを着ていてミニスカートに黒いニーソックスを履いている。
何でも魔術都市『ベグ・エイア』にある魔術師養成学校の生徒であり、服はそこの制服で素材を使い魔術的に丈夫に作られているそうだ。そこの卒業研究のための材料集めの一環であの遺跡にまで来たらしい。
今のところ、決まった目的地も無く、実力を鍛えるために旅をしている俺たちは彼女の素材集めを手伝うことにした。
「そうだな。気分転換に行くか」
「やった!じゃ、早く行こ」
「おい、そんなに引っ張るなよ」
ティニーが急ぐように俺の腕を引っ張る。
何で急ぐのか分からないがなすがままに連れて行かれ、宿から出ようとしたとき。
「聖夜様、ティニーさん、お出かけですか?」
「ああ、少し出かけてくる」
「・・・・・・」
アイシャが俺たちを見かけて声をかけてきた。
「それでしたら、買出ししたいものもあるので私も一緒に行っていいですか?」
「俺は別にいいぞ。ティニーもいいよな?」
「・・・・・・うん。いいよ」
何で不機嫌そうに俺を見るんだ?
そして、ティニーがアイシャを見ると何だか二人で睨み合っている様な気がするんだが、気のせいか?
その後の買い物も微妙な空気の中で行われた。
女性達と買い物すると向こうでもいつもこうだから、こっちの世界でもそれは変わらないのか、などとちょっとした共通点を見つけることが出来た。
というわけで、今回は人外に対してのフラグ立てと多重人格『雪月花』の説明のつもりで書いてみました。ちなみに、この『雪月花』は両親+αの『規格外』達の技術を一身に受け継いでいる紅月だから作れるものであり、一つの分野に特化した両親たちがやってみようとしても出来ません。
聖夜はその容姿、性格、雰囲気から人を惹きつけたりしますが、紅月に関しては両親+αによって『教育』されたせいで妙に達観したというか、成熟しているというか、そんな精神になっていてそれが人外あるいは年を重ねたものになると何となく感じ取れて関心をよせられるという設定のつもりです。
ルサルカの命名に関しては最初はウンディーネにしようかとも思ったのですが、少し考えがありましてウィキペディアで他の水関連のものを調べて、こちらを採用しました。
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