第十七話 幸せの尺度は人それぞれ。
計10140文字です。
アンケート締め切りました。
量の割りには内容は薄いかもしれません。
前回までのあらすじ。
何とか勝利。
P.S 魔力がもう限界。
戦闘が終わって紅雪と入れ替わった。
死ぬかと思った!マジで危なかった!!
地面に伏している目の前の精霊を見て安心をして腰を下ろす。
あ〜、これ両腕がいかれてるな。右腕はひびいってるかも。全身にかなりの鈍痛がしてるし、両腕はぴくりとも動かない。
魔力も雷を任意のものに付加させて強化する『雷装』に残りをほとんど注ぎ込んだせいで枯渇寸前で、体が凄く重い。
魔力が回復するまでもう魔術は使えそうにない。
というか、水に対して相性がいい雷属性の『雷装』でナイフに多めに魔力を注ぎ込んで強化してなおかつ紅雪に投げさせたのに届かなかったのかよ。紅雪があの特殊投法を使えば厚くない鉄程度なら貫けるんだよ?それに加えて助走までつけて威力を増したから届くと思ったのに防がれるとは。・・・・・・ちなみに父さんがこの特殊投法を使うと厚い鉄でも貫ける。
それに『巨人呑み込む大波』って確か、水の上級魔術だったな。それを詠唱無しであの速さで発動したのは流石は水の高位精霊ってところか。
ナイフで波を貫いて、自身も『雷装』で強化してナイフで貫いたところと同じところに両腕を盾にしながら特攻して一気に接近、強化した両足で頭部を攻撃、もちろん、その攻撃の衝撃は徹して内側にもダメージが伝わるようにした、そこまでしたのに
「死んでないとはねぇ」
脳を壊すつもりでやったのだけど、意識がおちただけのようだ。
もう一戦したら?無理無理。勝てないって。
もうすでに僕は満身創痍だし、万全の状態でも相手が紅花の言葉にもう一度乗るか分からないし、一度意識がなくなって冷静さも戻ってるだろう。
冷静に対処されたら勝ち目なんかない。
というか、流石、紅花。言葉の端々やら仕草を利用して意識誘導や暗示を仕掛けるなんて僕には出来ない。そのおかげでうまく術中にはまって焦りを助長して冷静じゃなくなってくれたわけだし、一生ないと思ってたけど仕込んだ母さんに感謝だよ。
「クリムさん!!」
入り口のほうを見るとびしょ濡れの二人が床に溜まった水をはねながらこちらにやってきた。
ああ、『巨人呑み込む大波』の余波が随分遠くまでいったみたいだね。流石、上級魔術。
「何とか勝ったよ」
「勝った、んですか?」
「気絶させただけだけどね」
レイラちゃんが信じられない様子で気絶している精霊を見る。
「ちなみに、止めはさせないよ?僕、もう戦う元気なんか欠片もないし、両腕は動かないし、魔力も空寸前でダルイし、今なら『ギーナルの森』も突破できないよ」
「おにいちゃん、大丈夫?」
ルル君が心配してくれるのが嬉しい、というか、やっと懐いてくれた。
「両腕が動かない上に全身が洒落にならないくらい痛いぐらいは特に問題ないよ。両腕は痛いを通り越して麻痺してるけど」
「そ、それって大丈夫って言わないんじゃ、というか、よく平気でいられますね?」
だって、痛みをこらえる方法なんてとうの昔に習得してるし、今は平気そうに演じているだけだよ。
「まぁ、ともかく出口はこの先の二つのうちの通路のうちどっちかだから早く見つけようか」
立ち上がろうとすると二人が僕を支えてくれる。
二人に支えられながら移動して杖の向こう側、二つの通路の前に立つ。
「どっちが出口でしょうか?」
「ん・・・・・・、多分、そっちだね」
右側の通路を顎で示す。
「どうしてわかるんですか?」
左側の通路から血の臭いがするなんて言えないよなぁ。多分、こっちは研究室なんだろう。
そう考えながら二人から離れる。
「じゃあ、二人はそっちに行って、多分、魔力を流すか、血を垂らせば魔法陣が起動するはずだから」
「クリムさんは?」
「ちょっとこっちに用事がね」
左側の通路に足を向ける。
一応、裏づけやら何やらしたいし。
「私も行きます」
「僕も」
「こっちに行っている間に精霊が起きる可能性もあるんだよ?もう一度、戦うことになったら瞬殺されるよ?」
っていうか、この先にあるものを見せたくないし。
「じゃあ、クリムさんは死ぬつもりなんですか?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
「だったら、大丈夫ですよ」
「・・・・・・正直、この先には見ないほうがいいものがあるよ?それでも行く?」
「クリムさんを置いていくなんて出来ないですよ。ね?ルル」
「うん」
まぁ、一人で歩くのも辛いから助かるのは助かるんだけど。
「辛かったらすぐに魔法陣に行ってよ?」
それを了承と受け取った二人は再び僕を両脇から支えてくれて、左側の通路を進む。
そんなに長くはない通路で一直線だったのですぐに目的地についた。
そこはこの神殿に入ってからここまで見かけなかった人の手によって作られた木で出来た扉があり閉まっていた。
「クリムさん、何か変な臭いがするんですけど」
ここまで来ると流石に二人も気付いたらしく、顔をしかめている。
「血の臭いだよ。扉が閉じているからこの程度で済んでるけど、中に入ったらもっときつくなるよ?中に入るのが嫌ならここで待ってていいよ」
「い、いえ、私も行きます」
ルル君も頷く。
それを見てドアに片足をつける。
「じゃあ、開けるから覚悟してよ?」
二人が頷くと足に力を込めて、ドアを押す。
すると、閉じ込められていた血の臭いが一気に溢れ出してきた。僕は残念なことに慣れているから血の臭いで気分が悪くなるようなことはないんだけど、二人はそうもいかない。
「うっ!?」
「っ!?」
レイラちゃんは顔を青くして口を僕を支えていないほうの手で口元を押さえ、ルル君は僕に抱きついて顔を僕の体に押し付けて耐える。
ルル君、頼ってくれるのは凄い嬉しいんだけど、怪我に響いて滅茶苦茶痛いんだけど。
「こ、ここは何なの?」
あまりの臭いで動転して敬語を使うことも忘れちゃったらしい。
まぁ、それも仕方ないか。ここから見ただけでも室内は尋常じゃない量の乾いた血痕で汚れていて、ホルマリン液のようなものに浸けられて瓶詰めにされている眼球、内臓、脳、腕、足などなど体のあらゆる部位が戸棚にたくさん並んでいて、白骨死体も幾つか転がっているから慣れてない人間にはきついか、むしろ、吐かないだけたいしたものだと言うべきか。
「実験室兼研究室だよ。この神殿にうろついていたゾンビはここで作られたんだ」
「い、一体何のために?」
「死者を蘇らせるために、だよ。大きすぎる愛は時として簡単に人を狂わせる」
僕の視線の先にはこの部屋の奥に唯一存在している氷で覆われたベッドとその上に覆いかぶさるように他の白骨死体やゾンビとは異なる服装の白骨死体がある。
僕がそれを気にしていることに気付いた二人は辛いはずなのに僕を支えながら進むのを手伝ってくれた。
「これは・・・・・・」
「レイラちゃんに聞かせてもらった昔話の主人公である二人、祈りもむなしく死んでしまった勇者と恋人との死別に耐え切れなかった巫女、アイエ・ゲーテス・・・・・・」
氷の中にはほとんど肉体の腐食が見られない一見眠ったような姿でベッドに横たわっている勇者の姿があった。
何時か蘇らせるときのために遺体の腐食を止めるべく冷凍保存をしたのか。
そして、最後は死の間際に自分の体を勇者の傍に置いて死に絶えた。
この白骨死体はアイエ・ゲーテスに間違いないだろう。
黙祷を捧げてから更に部屋を観察すると、少し離れたところに周りに膨大な量の紙が乱雑にちらかされた机があった。
あれが研究記録か。
それを調べようと二人に声をかけようと思ったが、やめた。
「・・・・・・随分、早い目覚めだね」
気配を感じて顔だけ後ろに向けてみれば、そこにはあの亀の姿をした精霊がいた。
二人もそれに気付き、精霊に向き直ったことで僕と正面から向き合うことになった。
精霊の大きさは何故か僕の腰ぐらいの高さまでに小さくなっているが、その力はたいして変わらないだろう。
「流石にご主人様の遺体の前で暴れる気はないよね?」
主人が死んでなおその主人のために尽くしてきた忠臣がそんなことはしないと思うが、もし戦闘になったら何度も言っているが勝ち目はない。
精霊は何も言わずに僕達の隣まで歩んできて白骨死体、アイエ・ゲーテスの成れの果てを見る。
「一応、僕が持つ情報から推測した事実はさっき言ったとおりだよ。けど、推測はあくまで推測だ。真実をはっきりさせておきたいんだけど・・・・・・、話してくれる?」
「・・・・・・主は心優しき方だった。優れた回復魔術の使い手でもある主は慈愛の心をもって旅先でも多くの者を救っていた。我はそんな主に使われていることが誇りだった。主と此の者が恋仲になり主が幸せになった時は我も嬉しかった。主の幸せが我の喜びだったのだ」
精霊の独白を僕もレイラちゃんもルル君も黙って聞いている。
「しかし、此の者の死が全てを変えてしまった。主は此の者が生死の境を彷徨っている間、自分の無力を嘆きつつもこの湖に寝食も忘れ必死に祈りを捧げた。されど、祈りは届かず此の者は死んだ。主が絶望し自ら命を絶とうとしていたときだ、偶然この神殿の入り口を発見したのは。主は祭壇を発見したことで一縷の希望を見出し、神殿から脱出し此の者の遺体を運び込んだが蘇生を成すことは出来なかった。しかし、そのときに蘇生という言葉が主の頭に深く刻まれてしまったのだ。・・・・・・それからの主は神殿に篭り、外に出る時は食料の確保か、墓を荒らしに行くか、自ら死体を作りに行く時だけとなった。最後まで狂気に犯され続け研究に全てを注いだ。・・・・・・我は何も出来なかった。まだ中位の精霊であった我には主が絶望するのも、死を決意するのも、狂気に堕ちるのも、見ていることしか出来なかった」
言葉に隠しようも無い悔しさが滲み出ている。
「我が上位精霊となったのは主の死後、初めてこの最奥まで人間がやってきた時だ。その人間に持ち去られそうになったときにふと思ったのだ。この神殿の存在を知る者はいない。主もこの研究が禁忌であることを知っていて情報が漏れないように万全の態勢を整えていた。では、この者がここから出ればどうなる?と。ここの存在が明るみにされ、当然調査されるだろう。そして、この部屋のことを知られれば主の狂気が知らされることになる。主が死してなお貶められるのだ。その名が汚されるのだ。それが当然の報いと解っていても我には許せなかった。どうにかしようと無我夢中になっているうちに我は実体化して人間を殺していた」
想いの力、か。元々、この神殿によって高まっていた力がそれを引き金に進化を促したのか。
「それから我は主を傷つけぬため自らこの触媒の杖を先程の部屋に移し、主の秘密を、名誉を護る番人となった。それが何も出来なかった我が主のために唯一つ出来ることだった。幸いにも神殿の結界のせいか強き者が訪れることはなかった。・・・・・・今日までは」
「別に強いわけじゃない。手札が人より多いだけだよ」
真っ向から戦ったんじゃ勝つ手段なんてない。
「・・・・・・何だか私にはよく分かりません。ここで行われていたことはいけないことのはずなのに何故か私にはあまり彼女を責める気にはなれません。どうしてでしょうか?」
「まだ幼くても同じ女性として共感できる部分があるのかもしれないね。彼女はただ人を愛し過ぎてしまっただけなんだ。この勇者が寿命を全う出来たなら彼女にとってそれほどまで愛する人がいたその人生は最高のものであり、ただ偶然がそれを最悪の方向に捻じ曲げてしまったに過ぎない。・・・・・・狂ってしまうほどの愛が彼女の人生にもたらしたのは幸せか、不幸か。それは人それぞれの価値観によって変わると思うけど、少なくとも僕は幸せだった思う。そういう人と愛し合えていた至福の時があった、それだけで十分に」
「・・・・・・そうかも、しれませんね」
ルル君のほうを見れば、よく分からないようで首を傾げている。この子にはこういう話はまだ早かったか。
「幸せ、だったのだろうか?」
「僕の考えは今言った通り。あなたの考えはあなたで見つけ出すものだけど、あえて言わせてもらえば一度の深い絶望があっただけで不幸と判断するのはどうかと思うよ?あなたが彼女といた時間の中でどんな生き方、どんな気持ち、どんな表情、あなたの知る彼女の全てを持って判断するべきだよ」
「・・・・・・」
精霊は黙って目をつぶり、記憶を反芻しているようだ。
しばらくそうしているのを僕等も黙ってみていると、やがてゆっくりと目を開いた。
「・・・・・・我には分からぬ。ただ・・・・・・、優しき頃の主の顔は常に生き生きとして輝いていた」
「分からないというのも一つの答えだよ。少なくとも不幸だと断言できない、絶望と釣り合うだけの幸福があったってことでしょ?」
「そう、だな・・・・・・」
精霊がしばし何かを想って沈黙する中で、僕は話題を変える。
「それと話は変わるけど、僕はここのことを公表するつもりはないよ」
「え?」
「何?」
精霊とレイラちゃんが驚いたように僕を見る。
「僕は名誉や金なんていらない。僕が欲しいのは平穏、今はそのための知識だ。今ここで欲を出せば、間違いなくあなたにこの部屋を出た瞬間に殺されるだろうし、金や名誉なんかのために死ぬ気はさらさらない。それに僕は善人なんかじゃない。どちらかというと自分第一の悪い奴だよ。だから、僕は僕の勝手で美談は美談のまま、愛し合う二人は静かに眠っていてほしいのさ。・・・・・・まぁ、信じるか信じないかはあなた次第だけど。レイラちゃんはどうする?」
「・・・・・・一番、頑張ったクリムさんがそう言っているのに私がそれに反するような真似は申し訳なくて出来ませんよ。それに、私も二人を静かに眠らせてあげたいですから」
レイラちゃんは言いながら苦笑する。
「僕も内緒にする」
ルル君は話をちゃんと理解しているのかは分からないけど、黙っていてくれるようだ。
「何故だ?何故、そう言える?」
「まぁ、さっきの理由もそうだけど、それに加えて僕は下衆は嫌いだけど、外道は嫌いになれないんだよ」
「何が違うんですか?」
「あくまで僕の中の定義だけど、下衆はくだらない目的、理由でたいした信念、覚悟も持たないで悪行を行う奴、外道は確固たる目的、理由で揺るぎない信念、覚悟を持って人の道を外れてしまった行いをした人。そういう風にわけてるんだ。確固たる目的、理由で揺るぎない信念、覚悟を持ってそのために力を注いだ人間の生き様を受け入れられないことはあっても僕は嫌いにはなれない。それに、その定義にはめれば僕も外道。やってることの違いはあっても彼女を非難は出来ないよ。むしろ、そこまで人を愛せた彼女を羨ましいとさえ感じる人格破綻者さ」
あの外道な両親達に育てられた僕がまともな感性を持つわけもないし、人の道なんて人殺しに慣れた時点でとうに踏み外した。
「自分で自分を破綻者と呼ぶか」
「破綻して、まともな感性をしてないからこそ呼べるんだよ」
「・・・・・・おかしな人間だ」
「自分が一番そう思ってるよ」
それぞれの分野で『規格外』のステージに立つ両親達に囲まれて幼い頃から全てを叩き込まれて、降りかかる火の粉を払う為に人の道を外れた行為すら許容し、周りを欺くのに誰よりも平穏を望む。これが異常じゃなくてなんだと言うのだろう。
自分の異常さを再確認して苦笑していたときだった。
「っ!?」
「え!?何!?」
「わ!?」
いきなり新たな気配が湧き出てきて、床が、壁が、天井が、神殿自体が青白い光を強く輝きだした。
「これは・・・・・・」
「何か知ってるの?」
精霊が呟いたのを聞き返す。
「我も同じ光景を過去に一度だけ見たことがある」
「いつ?」
「主が一度だけ祭壇の力を使用したときだ」
それと同時に強烈な青白い光が視界を塞いだ。
光が収まって視界が戻ってくる。
眼を開けるとすぐ傍に人影があった。
「初めまして」
人型ではあるが、気配からして人ではないようだ。
蒼い髪を腰まで伸ばし、同じように蒼い瞳を持ち、青い和服のようなものに身を包み水の羽衣を携えた女性が優雅な動作で頭を下げて挨拶をした。
「・・・・・・初めまして、高位精霊様?」
しかも、そこにいる亀の精霊とは別格なのが肌から感じる気配で解る。
一日に二体の高位精霊との接触ってどんな運をしてるんだよ、僕は。
亀の精霊のほうも自分との格の違いが分かっているのか、頭を垂れてる。
レイラちゃん達なんかはその存在感に気圧されて、驚きの声を上げることすら出来ていない。・・・・・・それ中でも口を利ける僕はやっぱり普通じゃないなぁ。
「そんなに畏まらないで下さいまし。もっと気楽にしてくださいな」
おっとりとした笑みを浮かべながら話しかけてきているが、こっちはそれどころじゃない。
正体不明の高位精霊がいきなり出てきて、情報をかき集めてるのに必死なんだ。
さっきの亀の精霊の証言と現象から想像すると、
「この神殿自体に宿っているんですか?」
「はい。その通りでございます」
となると、彼女が本当のこの神殿の番人か。
「神殿の番人様が何の御用で?」
それが分からない。亀の精霊の反応を見るに過去の祭壇の使用、アイエ・ゲーテスが神殿を出入りして神殿を汚したときも姿は見せなかったようだから何のために今、ここに現れたのかが分からない。
「番人、というのは少々違います。私はこの神殿の管理者なのですよ」
番人じゃなくて、管理者?言葉の意味を考えろ。そこから答えを見つけ出せ。
少なくともここを護ることにさほどの執着は抱いていない。もし、そうならアイエ・ゲーテスの行いは到底許容できるものじゃない。・・・・・・過去の祭壇の使用のとき姿は見せていなかったみたいだけど、発光現象が起こったって事はそれには少なからず反応したってことだよな。この神殿自体があの祭壇のために作られたと仮定すると、その管理者の役割は?・・・・・・そういえば、さっき亀の精霊が、一度だけ主が祭壇を使用したときって言ったな。何で一度しか使わなかった?あれを利用しての蘇生術を作るほうが成功の可能性は高くなる。なら、使わないじゃなくて、使えなかったと考えるべき・・・・・・。
「・・・・・・祭壇の力の選定者、ですか」
「その通りでございます」
僕の回答に更に笑みを深くする。
世界脈を十二分に利用した回復魔術、それが事実だとしたら大きすぎる力だ。死者蘇生はならなかったけど、それでも十分に強大な力になる。なら、それを扱える者を選別してもおかしくない。
「となると、僕はあなたの眼鏡にかなったということでしょうか?」
「はい。あなた様にこの神殿の力、『奇跡と生命の雫』をお預けするためにこうして参りました」
「理由が分かりません。実力なら僕より優れている人はこの世界にたくさんいるでしょう。それを偶然、ここに現れた少し強い程度の人間にそんな力を預けていいのですか?」
「いえ、私はあなた様がこの力を持つに相応しいと思ったからお預けするのです。私が見定めるのはその御心。どんなに強き者でも卑しい心を持つ方、あるいは力に屈してしまうような弱い心を持つ方にはお預けいたしません」
「それならなおさら分かりません。どうせさっきの話を聞いていたのでしょう?僕は破綻者です。そんな人間に預けるべきではないと思いますが」
「だからこそ、お預けするのです。あなた様の仰る破綻というのは人間という狭い枠で見たお話。その枠組みの中での常識など私の選定の基準にはなりません。その御心は選定の基準を十二分に満たしております」
「では、アイエ・ゲーテスに一度だけ力を貸したのは何故です?」
僕の言葉に亀の精霊が僅かに反応する。
「彼女の心は一応は最低基準を満たしていましたが、その心はとても強く、とても弱いものでした。どういうことかあなた様ならお解かりですよね?」
「勇者、恋人がいれば彼のために心はどこまでも強く、逆に失えばどこまでも脆くなる、ということですか?」
「はい。だから、一度だけ力を貸し与えて、真に『奇跡と生命の雫』を預けるに足る人物か試したのです。彼の死に耐え、立ち直ることが出来たのなら力を預けようと」
「しかし、耐えられず狂気に堕ちた」
「大変、残念でした。しかし、あなた様はそのようなことはないでしょう」
「どうしてそんなことが言えるんですか?あなたがこの神殿そのものだとしても、池の周りでの行動も含み見定めるには早すぎる気がしますが?」
「御心を見定めるというのは魂を見ることと同義です。私のように位の高い精霊は魂を見ることが出来ます。魂というのは持つものの生きてきた経験、心情、信念、心の強さ、内面的な要素を全て内包しそれによって魂は形を変え、それぞれ同じものは存在せず、それを見ればどのような人物か大抵理解できます」
「へぇ、じゃあ、僕のはどんな感じなんですか?」
「それはそれはご立派なものです」
ん?あれ?この眼、どっかで見た気が・・・・・・。
「風のように捉えようがないと同時に土のように重厚に構え、水のように優しき気配を漂わせながら火のように苛烈でもあり、雷のように瞬間的に煌くも氷のように鎮座し、闇のように底を覗かせないのに光のように安堵を与える魂」
そうだ、この眼は・・・・・・。
「こんなご立派な魂を見せられたら嫌でも虜にされてしまいます」
母さんと同じ獲物を狙う眼だぁぁああぁぁぁ!?
え!?何これ!?空気的にこのままシリアスに進むんじゃないの!?
「本来ならばあの巫女のように湖に祈りを時間をかけて捧げた者を私が選定するのですが、先程のあなた様の話を拝聴して興味を抱き、選定をさせて頂きました。そして、そのご立派な魂に魅せられてこの力をお預けしたいと思いました」
彼女が一歩近づいてきたので、気分的には下がりたいのだけど怪我のせいでろくに言うことをきかない体のせいで逃げられない。
「えっと、拒否権は・・・・・・」
「あなた様に限ってはございません」
やっぱり?何だかね、もう逃げられない気がするんだよ。
「力をお預けするためにあなた様には私と契約をしていただきます」
「ちなみに、その方法は?」
本の知識を引っ張りだすと、契約と一口に言っても幾つか方法がある。
彼女は頬に手をあて、困ったような仕草をする。
「本来ならば契約の言葉と私にあなた様の魔力を頂くことで契約を完了するのですが、困ったことに久しく契約をしなかったことで契約の言葉を忘れてしまいました」
うん、嘘だね。ちょっと笑ってるし。
「そういうことなので臨時の手段を取らせていただきます」
何でそんな艶のある笑みを浮かべてるのかな?ああいや、分かってるんだけどね。認めたくないというか、ちょっとした逃避?助けを求めようにもルル君は状況自体をよく分かってないみたいだし、レイラちゃんもどんな手段だか分かってないみたいだし、亀の精霊にいたっては解っているはずなのに視線を逸らしやがった。
彼女が更に一歩近づいて、僕の両頬に手を添える。
「では、契約を。んっ」
やっぱり、キスですか。
若干、投げやりになりながらもなけなしの魔力を彼女に流す。
「ん、んぁ。ふぅ、これで契約は完了です」
何故に頬を上気させていらっしゃいますか?
「やっぱり魔力も上質なのですね。ふふふ、病み付きになってしまいそうです」
お願いだからそれだけは勘弁して。
「不束者ですがこれからよろしくお願いいたします、御主人様」
その言い方は止めてくれ。
なけなしの魔力を搾り出したことで魔力が尽きて視界が暗転していく。
一人旅を始めて早々、役には立つけど不本意な状況で力を手にいれちゃったりした・・・・・・。
この先、大丈夫だろうか?
というわけで、今回は紅月の視点のみになりました。視点を変えるタイミングやら誰視点にするやらそれらがなかったのでこういうふうにしました。
内容的には今回は気に入らない人が多いのではないかと思ったりもしています。まずは亀の精霊の独白によっての事実の裏づけ、ここで退屈した方もいたかもしれません。次に紅月の価値観の記述、この辺には賛同できなかったり、よく分からなかった方がいたかもしれません。そして、強大な存在との契約、テンプレに多く見られる展開で快く思わない方もいるかもしれません。しかし、私はこの展開でいかせてもらうのでご了承下さい。ちなみに、契約した彼女の出番はあまり多くはなりません。単に紅月に『奇跡と生命の雫』の力を使えるようにしたいという私の勝手な思い付きから発展し急遽の登場ですから。
アンケートのほうですが、CのK.W(ナイフの作者)の登場ということになりました。ご投票してくださった方々には改めてお礼を言わせてもらいます。
ご意見・ご感想のほうは随時お待ちしています。