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現代のお話

君への贈り物

作者: 入江 涼子

私のあなたへの贈り物は何にしよう。


つい、考えてしまう。君はどう言うだろうか。私は今日も考えるのだった。


「圭人。また、スマホ見てる」

私が注意するとごめんと圭人は謝った。

「ごめん。ちょっと気になってさ」

私は本気で謝ってないとわかると彼が手に持っているスマホを取り上げようとした。が、圭人は気づいてさっとスマホを胸元に抱き込むようにする。

「あっぶねえな。何すんだよ、有希」

「あんたが見続けてるからでしょ。いい加減、スマホ見てないで私と話をしたらどうなの」

「…わかったよ。有希」

観念したのか圭人はスマホはズボンのポケットに入れて私の方に向いた。

私は有希(ゆうき)と言って彼氏の圭人とは同い年だ。私も圭人も大学生で年齢が二十二歳になる。学年は四年生で来年の三月で卒業となっていた。

今は五月で大学はゴールデンウイークで休みだ。圭人と待ち合わせして喫茶店でデート中だった。

「有希。それはそうと。夏休みになったらどこに行きたい?」

「…夏休みね。まだ五月なのに。気が早くないかな」

「まあ。そうなんだけど。俺は沖縄に行きたいんだ」

圭人はそう言いながらテーブルにあるコーヒーをテイースプーンでくるくるとかき混ぜた。私はため息をついた。もうとっくに決めてるんじゃんか。

「圭人。聞いときながら自分で決める事はないでしょ。私、まだ何も言ってない」

「悪い。実はそのためにバイトをやってた。夏休みになったら沖縄への旅費は工面できそうなんだ」

「まあいいけど。でも別に夏休みじゃなくてもいいんじゃないの。沖縄だったら夏真っ盛りだから本州よりずっと暑いでしょ」

私が何気なく言うと圭人はしまったという表情になった。あまりそういう事までは考えていなかったらしい。

私は圭人への贈り物の事を思い出した。彼の誕生日も近い。何故、忘れてたんだろう。そう思いながらも落ち込んでしまった圭人を宥めたのだった。



喫茶店を出ると割り勘で支払う。これは付き合い出した時から決めていたルールだ。圭人が支払ってから私も同じようにする。

店員さんはちょうどですねと笑いながら言った。そうですと返して出入り口に向かった。

「ありがとうございました」

店員さんの言葉に送られながら店を後にする。カランカランとドアについていた小さな鐘が鳴った。

アスファルトの歩道を二人で歩いた。圭人は無言で私の手を握ってくる。指を組むいわゆる恋人繋ぎでしばらくいたが。

私は気恥ずかしくて離してと言う。が、圭人はいう通りにしてくれない。

「俺ら付き合ってんのに。照れるとか今さらだろ」

「それでもよ。公衆の面前なのに」

「有希。室内だったら手を繋いでもいいわけ?」

「え。いいけど」

「ははっ。有希、今時だったら人前でキスをする奴もいるのに。考え方が昔風なんだよな」

しまいには笑われた。私は圭人をまた睨んだ。

「何よ。別に人前でイチャイチャするのを控えるくらいはいいじゃないの。私、圭人でまだ二人目なのに」

「わかったよ。そう怒るなって」

「怒りもするわよ。圭人、いつもだったら手なんか繋がないのに」

私が悔し紛れに言うと圭人は苦笑いする。

「まあそうだけど」

私はふんとそっぽを向いた。圭人はやれやれとため息をつく。

「有希。機嫌直せって。お前の好きなイチゴと生クリームのクレープ買ってやるから」

「…それでも私はごまかされないわよ。圭人、いきなりこういう事するのは。浮気とかしてるんじゃないの?」

じとりと睨みながら言った。すると圭人はわかりやすく慌てだした。

「な。浮気をするはずがないだろ。何を言ってんだよ」

「嘘だ。私、この間圭人が知らない女の子と歩いてるの見たんだから!」

「あれは。その…」

たちまち、圭人は黙りこんでしまう。私はますます確信を深めた。

「答えられないって事は。本当なんだ。信じらんない。最低!」

私が侮蔑の意味で叩きつけると圭人の顔からは表情が抜け落ちた。青ざめた顔色で私を見つめる。

彼を見つめながらも少しずつ後ずさる。圭人は追いかけてはこない。それが今の私たちの距離のようだった。

「圭人。ごめん。私達、別れた方がよさそうだね」

「…有希。俺は」

「これ以上は聞きたくない。その、新しい彼女さんとお幸せにね!」

私はそれだけを言うとパンプスだという事を忘れてその場から駆け出した。

圭人はやっぱりというべきか追いかけては来なかったのだった。



自宅に帰ると門を開けてドアの鍵を開けた。玄関に乱暴にパンプスを脱いで上がる。

カバンを持ったまま、二階の自室に向かう。両親や兄はまだ外出先から帰って来ていないようだ。私はそれをいいことにドアを乱暴に開けて閉めた。

カバンを椅子に放り投げてベッドにダイブする。じわりと涙が出てきた。

ひっくとしゃくり上げそうになるのを我慢しながら起き上がった。テイッシュを取るために立ち上がる。箱ごと手に取った。

(うう。我ながらバカ過ぎる。何でろくに話も聞かずに逃げ出すんだか。子供っぽすぎる…)

自己嫌悪しつつもテイッシュを出してちいんと鼻をかんだ。少しすっきりした。何度か鼻をかんだりほろほろ出てくる涙を拭いたりした。

小一時間ほどは泣いていただろうか。すっかり日も暮れていて部屋の中がオレンジ色に染まっていた。まだ、両親や兄は帰ってこないようだ。

仕方ないので顔を洗おうと自室を出る。一階の洗面所に行き、前髪をピンで留めた。そうした後でクレンジング剤を取り手の平に乗せた。顔全体に塗りこんでファンデーションなどを浮き上がらせた。

蛇口をひねってぬるま湯になるように調節する。顔をすすいでクレンジング剤を綺麗に落とす。タオルで水気を拭き取ってから洗顔フオームでもう一度洗った。

念入りにすすいでタオルで丁寧に拭いた。ふうと息をつく。今日着ていたワンピースが濡れてしまったが。洗濯すればいいかと開き直る。

タオルを元の引っ掛けていた場所に戻して二階の自室に戻った。カーテンを閉めてからクローゼットを開ける。薄手の長袖のシャツとスエットを出した。

両方とも薄いグレーだ。

私はすっきりとした気分で出したシャツとスエットに着替えた。もう圭人の事は考えるまい。そう思ったのだった。



「ただいま。あ、有希。もう帰ってたのね」

一階に下りると母さんが帰ってきた。両手にはスーパーのナイロン袋が下がっている。

「お帰り。買い物に行ってたんだね」

「そうよ。ちょうど夕飯に使うお豆腐とかがもうなくて。ついでにレトルト食品も少し買ってきたの」

「ふうん。今日の夕飯のメニュー決まってるの?」

私がきくと母さんは頷いた。

「うん。お味噌汁と豚のしょうが焼きと。後は野菜サラダよ」

「そっか。じゃあ、サラダは私が作ってもいい?」

「いいわよ。何、手伝ってくれるんなんて。珍しいわね」

「今日は手伝いたい気分なんだ。そういう時もあったっていいでしょ」

「まあいいけど。じゃあ、手を洗ってきて」

「わかった。手を洗ったらまた台所に行くね」

そう言ったら母さんはお願いねと笑いながら台所に行った。私は洗面所に向かったのだった。



手を洗い、台所に行った。母さんは既に夕飯の準備をしている。今はお味噌汁を作っているようだ。

私は冷蔵庫の野菜室を開けた。中からキャベツとミニトマト、きゅうりを出した。後はレタスや玉ねぎも出して流し台に置く。

野菜を全部水洗いして汚れを取る。そうしてからまな板にのせてキャベツの葉をむしった。

包丁を握って芯の部分を切り取った。そうしてから千切りにする。ある程度したらキッチン棚にしまってあるザルを出した。切った分を入れてまた千切りをして。それを四回は繰り返したらザルがいっぱいになる。

玉ねぎはオニオンスライスにした。レタスも一口大に手でちぎった。食器棚からサラダ用のお皿を出して重ねた状態でまな板の側に置く。

お皿を一枚ずつまな板に置いて千切りにしたキャベツなどを丁寧に盛り付けていった。レタスやオニオンスライスした玉ねぎ、最後にミニトマトといった順にする。

母さんはお味噌汁ができたらしくて次に豚のしょうが焼きに入っていた。時計を確認したら六時半を回っている。

父さんと兄さんはまだみたいだ。

「母さん。サラダができたよ」

「あら。ありがとう。綺麗に盛り付けたのね」

「うん。後は豚のしょうが焼きだけだね」

「そうね。あ、有希。キャベツの千切りにしたのまだある?」

母さんが不意にきいてきた。

「えっと。全部サラダに回しちゃったけど」

「そう。じゃあ、悪いけど千切りをもう一回やってくれるかしら?」

「わかった。四人分だったらザル一杯で足りるかな?」

「十分よ。ごめんね」

いいよと言いながらまた包丁を手にキャベツの千切りをする。仕方ないかと思ったのだった。


夕飯ができあがったのはそれから一時間経ってからだった。

母さんと二人で豚のしょうが焼きの他に父さんと兄さんの好きなだし巻き卵を作った。合計して五品が仕上がった。

「ただいま。良い匂いだな」

父さんが帰ってきたらしく台所のドアを開けて入ってくる。

「お帰りなさい。夕飯ができたから手を洗って着替えてきて」

母さんが言うと父さんは頷いて二階に上がっていった。少ししてから兄さんも帰ってくる。

二人が着替えてきてから夕飯になった。全員で椅子に座りいただきますと手を合わせる。お箸を取ってまずはお椀に入ったご飯を口に運んだ。母さんの実家から送られてきたコシヒカリでなかなかに美味しい。

ふわりと炊き上がったご飯の次に豚のしょうが焼きも食べた。ちょうど良く焼けていてしょうがのピリッとした辛みと醤油の味が合わさっていた。ほっぺたが落ちそうなほどに美味しい。

「うまい。今日のしょうが焼きはなかなかだな」

「そうかしら。いつもと味付けは同じよ」

「サラダも綺麗に盛り付けてあるし。母さん、気合い入れたな」

わっはっはと父さんが機嫌よく笑った。

「お父さん。サラダは有希が作ったのよ。他はわたしがしたんだけど」

「あ。そうだったのか。すまんすまん」

父さんは慌てたように母さんに謝った。兄さんが呆れたように二人を見ていた。そんなこんなでこの日は過ぎていったのだった。



翌日に私は大学がまだ休みだったので歯磨きと洗顔をすませるだけにした。一応、入浴はすませているから着替えはしなくていいか。そう思いながら自室を出る。

「あ。有希、起きたのか。もう九時だぞ」

「わかってるよ。今日は休みだからいいでしょ」

「あのな。せめて着替えはしろ。髪だってボサボサじゃねえか」

ちなみに怒っているのは兄さんだ。名前を幸人(ゆきと)といって年齢は二十六歳である。

「別にいいじゃん。家でくらいラフな格好でいたって」

そう言ったが。兄さんはため息をつく。

「わかってねえな。いきなり、圭人がうちに来たりしたらどうすんだよ」

「…それはないよ。圭人とはついこないだに別れたから」

「な。別れた?」

兄さんが驚いたらしく聞き返してきた。私は黙って頷く。

「マジかよ。圭人、一体お前に何したんだ。お前ら、確か付き合って二年は経っていたよな。ケンカでもしたのか?」

「ケンカはした。圭人、普段だったら自分から手なんか繋いでこないのに。昨日デートしてたらいきなり繋いできて。あり得ないと思って。つい、浮気でもしたのかって問い詰めてしまったの。そしたら圭人黙っちゃうし」

そこまでいってまた涙が出てきそうになる。我慢しながら続きを言おうとした。が、兄さんは呆れたといわんばかりにげんなりとした表情になる。

「…お前な。勝手に疑って圭人を問い詰めちまったのか。で、あいつは何も答えなかったと。有希、話も聞かずに疑ったお前も悪いが。ちゃんと説明しなかった圭人も悪いな。明日でいいから圭人に会って話をしてこい」

「でも」

「でもも何もないだろ。まずは別れる前に話し合えよ。お前ら、完璧にすれ違ってる。圭人の話をちゃんと今度は聞いてやれ」

兄さんはきっぱりと言った。確かにその通りだ。私ってば、勝手に疑って早合点して。誤解したまま、逃げてしまった。

それに気づいたらもやもやしていた気持ちが落ち着いたような心持ちになった。

「兄さんの言う通りだね。圭人に明日会えるか訊いてみる。別れるのはそれからでも遅くない」

「たく。手のかかる奴だな。有希、はっきりと自分の気持ちを言えよ。早とちりはしないように。落ち着いた状態であいつの言い分を聞け。そうしたらどうしたらいいかわかるはすだ」

「ありがとう。兄さん」

「礼はいいって。お前が別れたりしたら圭人の兄貴に殴られかねない」

兄さんらしいなと私は笑った。ちなみに圭人は幸人兄さんの友人で同い年の研太さんの弟でもある。研太さんは小学校から大学まで空手をやっていたらしい。おかげでケンカは強いと聞いた。

性格は穏やかな人なんだが。私には親切にしてくれている。

とりあえず、兄さんにもう一度お礼を言って自室に向かったのだった。



自室にてスマホを使い、圭人にメールを送った。内容は簡単に「いきなりごめんね。明日、話をしたいんだ。もし良ければ会えないかな?」とだけ書いた。文章が変になってしまったが。まあ、圭人だったらわかってくれるだろう。そう思って送信したのだった。



二時間経って圭人から返信が来た。短く、「いいよ。俺も話したいし。明日の午後二時頃に待ち合わせな」とあった。

(良かった。断られるかと思ってたから)

ほっと胸を撫で下ろした。翌日のために入浴をすませて寝たのだった。



「あ、待たせたな。もう来てたんだな」

圭人がにこやかに笑いながら私に近寄ってくる。私はぎこちないながらも笑顔を浮かべた。カバンの中には待ち合わせの場所に向かう前に買ったクッキーの詰め合わせが入っている。おしゃれなケーキ屋で買ったのだが。

圭人は甘いものが好きだから気に入ってくれるはずだ。そう思いながら首を横に振った。

「ううん。そんなに待ってないよ。少し早かっただけだから」

「そうか。じゃあ、いつもの喫茶店に行こっか」

「わかった。圭人、後で渡したい物があるんだけど。いいかな?」

「構わないけど。いきなりどうしたんだ」

「いや、ちょっとね。一昨日のお詫びというか」

そう言うと圭人はわかったらしく、ああなるほどと納得顔になる。

「そっか。お詫びか。いいよ、喫茶店の中で受け取るよ」

「うん。じゃあ、早く行こう」

二人して頷きあう。急いで喫茶店に行ったのだった。


喫茶店の中に入るといつもの窓際の席に座った。この喫茶店は店名を絵留という。マスターは四十代の男性で渋い感じのかっこいい方だ。コーヒーが美味しくて圭人と付き合い出してからはよく来ていた。

「で。渡したい物って結局何なんだ?」

「うん。今から出すね」

頷いてカバンから綺麗にラッピングされたクッキーの詰め合わせを出した。

水色の袋に同じ色のリボンである。男性に渡すにはちょっと可愛い過ぎるか。

そうビクビクしながらもテーブルの上に置いて圭人の方に押し出した。圭人は不思議そうにしながらも詰め合わせの袋を手に取る。

水色のリボンをほどいて袋から中身を出した。

「…あ。これ、ケーキ屋のフオンシェの紅茶のクッキーだよな。へえ、他にもチョコクッキーとかも入ってる」

「そうなんだ。圭人、クッキー好きだったなと思って。友達にフオンシェの場所を聞いといたんだよね」

「ふうん。ありがとな。後、この間はごめん」

圭人から謝ってきた。私は来たと思って身構えた。

「…私の方こそごめん。勝手に勘違いして疑って。後で兄さんに話を聞いてもらったんだけど。ちゃんと話を聞かない私もいけないって怒られた」

「まあ、ちゃんと説明しなかった俺もダメだよな。あの。一昨日言ってた女の人なんだけど。あれ、俺の姉ちゃんなんだ。一緒に彼氏にプレゼントする物を選べって言われてさ。仕方ないから付いて行ったんだ。決して浮気じゃないからな」

意外な答えに私は拍子抜けした。

「え。あれ、圭人のお姉さんだったの?!」

「そうなんだよ。言ってなかったっけ。俺ん家、三人兄弟でさ。姉ちゃんが一番上で兄貴が二番目。で俺が三番目で末っ子なんだよ」

私は自分の間抜けさに呆れてしまった。どんだけ、圭人の話聞いてなかったんだ。

その後、圭人にお姉さんに対する愚痴などを聞いた。お姉さんは優奈さんと言って美人だけどなかなかに気が強いらしい。学生時代はケンカが強い事で有名で豊原兄弟は敵に回すなという暗黙のルールがあったとか。

道理で兄さんが研太さんを怖がるはずだ。そうして私は圭人と仲直りできたのだった。

終わり

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[良い点] 日々というか人はいつか その状況や境遇 付き合いに慣れて いい加減な思考に偏った自分本位な考えで相手を見てしまう それが所謂停滞な気がする それが自然な流れで 主観として描かれているので …
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