始まりの日
あぁ、痛い。痛い。痛い。痛い。
私の体は、まるで煮えたぎるマグマに投げ入れられたかのようなとてつもない熱を帯びていた。実際に入ったことはないからあくまで想像だけど。
それに伴って、体のあらゆる部分が痛む。特に背中が酷い。もうぐちゃぐちゃになっているんじゃないかってぐらい。
周りは真っ暗で何も見えない。私、なんでこんなところにいるんだっけ?
確か高校から帰る途中で、トラックに轢かれそうな猫がいて、それで私は……
たぶん、助けようとして轢かれた。根拠は、かすかに残る記憶の断片とこの痛み。猫を抱きかかえるような体勢になったはずだし、だとすれば、特に背中の痛みがひどいのもうなずける。
ただ、こんなに考えを巡らせることができるほどに冷静でいられることが不思議で仕方ない。普通、もっとパニックに陥るもんじゃないのかな?
あぁ、夢か。これは夢だ。絶対に夢。だってこんなことあり得ない。早く覚めないかな。正直、見ていて気持ちのいい夢じゃない。
「夢じゃないよ」
そんな声が聞こえた。何、どういうこと?
「だから、夢じゃないんだ。残念だけど。夢だと思うならそれでもいい。受け入れてくれさえすれば」
すると、今まで何も見えなかった暗闇に一匹の犬が現れた。どうやら、さっきの声の正体はこの犬らしい。いや、犬はしゃべらないんだけど。
「いや、僕は犬じゃないから。今はこういう姿をしているけど、本当は死神なんだよ。知ってるでしょ?あの大鎌もってる、あれ」
全然理解できない。というか、したくない。だって、それってつまり私はもう死んでしまったってことでしょ?
「いや、まだ死んではない。ぎりぎりセーフ、ほぼアウト」
というか、さっきから普通に会話している自分が怖い。
でも、さっきから思ってるだけで、口は動かしてないんだよな。
「まず、動かないから。今の君の状態を教えようか」
この自称死神によると、今の私は次のような状態になっているらしい。
まず、口はきけない。さっき言っていたとおりで、動かそうとしてもぴくりとも動かなかった。
続いて、耳。これも機能してない。この自称死神は心に直接語り掛けているらしい。信じられないけど。
あと、この暗闇は目が見えないかららしい。じゃあ、この犬は何なんだって話だけど。
他も大体そんな感じで動かない。足やら手はもちろんのこと、神経の一部もやられているらしく、温度を感じることができない体になっている、とのことだった。
「ただ、このままじゃあまりにもかわいそうだと思ったから、条件付きで生き返らせてあげることにした」
はぁ、ありがとう。なのかな?
「君は猫を助けようとした。それは善行なわけだ。だったら、それに伴う損失は補償されるべきだろう。そこで僕たち死神が活躍するわけ。僕たち死神は、保険会社みたいなものって思ってくれて構わない」
死神ってそんなに良心的なのか。イメージと全然違う。
そういえば、条件付きって言ってたけど、その条件って何なんですか?
「命をレンタルするって考えてくれればいい。君はもう死んでしまった。この事実を変えるわけにはいかない。だから、与えられる命は七日間だけだ。七日目に君は死ぬ。不治の病にかかってね。ただ、いきなり病死っていうのも不審だ」
確かに。急死っていうこともあるだろうけど、私の年でそれは少し不自然だ。
「だから、一日一つ、体の機能を返してもらう。少しずつ今の状態に戻していくんだ。そうすれば、プラスマイナスゼロだろう?」
ほう、なんだか納得してしまった。つまり、目とか口とかの機能をレンタル料として払っていくわけか。ただし、その機能も借りものだから、実質私の損害はゼロ。借りたものを返しているだけだからね。
これなら、最後の別れくらい言ってこれそうだ。不審がられない程度にっていう制約はあるけど。
「どうだい? 乗り気になった?」
うん。どうせ死んでしまったなら、最後にちゃんと思い出を作っておきたいし。ただ、信用に足りるか、っていう問題がある。だって、死神のいうことだ。なんだか裏がありそうで怖い。
「そうか、信用か。ならこうしよう。僕が今まで言ったことはすべて真実だ。もし偽りがあったのなら、僕は自らの首を切って君を生き返らせよう」
そう言って、死神は何やら紙を取り出した。そこには今発言した内容がまとめられていた。そして、死神は自分の皮膚をひっかいて、爪に血を付けた。それをさっきの紙に一滴たらす。
すると、紙は炎に包まれあっという間に消えてしまった。
「これで契約完了。約束は守るよ」
私に不利益はない。約束も取り付けた。どうせ、これ以上失うものは何もないんだ。
お願いします!
目を覚ますとそこは、見覚えのある私の部屋だった。あぁ、本当に生き返っちゃたんだ。時計は十二時ちょうどを指している。あと七日、あと百六十八時間しかない。精一杯生きなきゃ。
こうして私の七日間だけの生き返り生活が始まった。