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第三話 神祝町と御代志神社

 第3話 神祝町と御代志神社


 ……俺が住んでいるこの町は【神祝町】と言われている。神を祝う町と書いて【かみほうりまち】と呼ぶ。

 現代文明と昔ながらの伝統が調和した町とされている。都市部ながらも、自然と調和し、環境保全にも積極的な町として国から表彰されたこともある。

 一見、平和な町に見えるが、過去の文献からするに昔はそうでは無かったようだ。


 はるか昔、この町が様々な怪異に襲われた時期があった。作物は全て廃れ、疫病が流行り、その当時まだ村だった町は崩壊の一途を辿っていた。

 そんな中、一人の若者がこの村に訪れた。若者は町の人々の願いを聞き入れ、ありとあらゆる怪異を薙ぎ払った。そして、若者は『自分は神を従えている存在だ』と言い、彼は天からありとあらゆる分野の神様を呼び出した。

 そして、未来永劫、この町はその神々によって繁栄していったのだという……。


 いつしか、村は町となり、そこに住まう人々が神様に感謝し、神を祝う町として【神祝町】と呼ばれるようになった。


 そして、その若者の子孫が『御代志神社』の一族と言われているのだ……。


 御代志神社というのは、俺のマンションから遠い所にある、という訳ではない。

 学校からもそこまで遠くはないし、立地条件としては悪くない。

 変な言い方になるが、この町の全ての建築物が、御代志神社を中心に建てられていると想像するとしやすいだろう。


『御代志神社は、この町に無くてはならないもの』


『御代志神社が無くなると言うことは、この町の加護が消えることを意味する』


 この町の伝承だと御代志さんは話してくれた。俺はこの町に来てからまだ半年しか経っていないが、なんとなくその意味が分かるような気がしてきた。

 この町はほかの町とは違う何かを感じる。それは、何かに守られているという感覚だった。

 どこにいても、1人でいても、必ずどこかで誰かが見守ってくれているような、そんな安心感が。


 上手く言葉に出来ないが、無機質な冷たさが無いのだ。その町特有の治安の悪さや、鬱蒼とした影が全くない。まるで全て掃除されているかのように綺麗なのだ。

 排除、とも違う。だけど、この町に来てから俺の心が落ち着くようになったのは事実なのだ。


「……よし、これだけあれば御代志さんも文句言わないだろう」


 俺は額に出てきた汗を抜くって満足そうに頷いた。

 目の前には、漆塗りされた重箱が並んでいる。そこには、俺自信作の色とりどりおかずが敷き詰められていた。

 人参とベーコンの肉巻きに、魳の西京焼き、ツナたっぷりのポテトサラダ、御代志さん好みの出し巻き卵、俵型のゆかりのおむすび……。


 毎度のことのながら思うが、よくもまあ、この人の為にお弁当を作れるよな、ほんと。

 実際、一人暮らしが長いのだから一人分増えようが、料理を作る事くらい容易いことなのだが……どこか虚しいような悲しい気持ちになった。


 そう思いながら、時計を確認すると時刻はもう夜の6時50分。 もう日が落ちて、空は藍色の羽衣を身に纏っていた。

 この時間からは、夜の子たちの仕事だ。静かに見守っていようではないか、と御代志さんが言っていたのを思い出した。


「……さーて、面倒臭い主の元へと行きますか」


 そんな言葉を吐露しながら、大きな椿が描かれた風呂敷で重箱を包み、自分の家を後にした……。


 ……猛暑の中を自転車で漕ぎ、15分。

 夏の湿気の含んだ暑さが地味にまとわりつく。着替えた意味があったのか、後ろ髪に汗が染みるのを感じる。制汗剤を付けてきたはずだが、焼け石に水なのかもしれない。首から鎖骨に流れる汗を拭いて、俺は自転車を止めた。

 閑静な住宅街、そして、商店街を抜けたその先、突き当たりに開けたその空間に大きな鳥居があった。


 混じり気の無い朱に染まり、黄金色の装飾を身にまとったそれは、この町に充分な存在感を醸し出していた。鳥居の横にある石には【御代志神社】と彫られている。夜になると見づらいのだろう。ライトアップされて、文字をくっきりと浮かび上がらせていた。

 鳥居の周りは、四方を高い塀に囲まれいる。色鮮やかな様々な木々に囲まれ、風に吹かれては葉を枝から落として風に乗りながら舞っていた。


 夜風は冷たいなんて表現があるが、今は指の腹で触られたかのようにぬるりとしている。湿気はとにかく嫌いだ。早く御代志さんに会ってしまいたい。決して変な意味ではない。早く、この湿気から逃れたいからだ……。



「……おやおや、碧咲くん。そんなに無愛想な顔をして、どうかしたのかね?」


 御代志神社の境内に入ると、着物を着た御代志さんがそこに立っていた。狐と白菊が大きく象られた黒と緑のグラデーションが御代志さんの髪色をより一層引き立てる。

 朱色の羽織をして、手には紙垂(シデ:神社でよく見かける白いヒラヒラの紙のこと)が無数に伸びた狐のお面を持っていた。白銀の扇子を持ち、口元にあててこちらに妖艶な笑みを浮かべている。


「無愛想は余計ですよ、御代志さん」


 そう言いながら彼に近づけば、彼はふふっ、とまたどこかで訳の分からない笑いをした。


「君のいい所は私に従順な所と、愛らしいその顔しか無いのだから、そのいい所を潰してはいけないよ?」

「……ご忠告、感謝致します」

「そう、素直な所も君のいいところだ」


 そう言って満足そうにうなづく。どこか鼻につく言い方だが、それでも憎めない。あまりにもこの人といる時間が長すぎたからだろうか……。


「……ところで御代志さん、この時間まで『占い』ですか?珍しいですね」

「ええ。本来ならば君が来るまでに終わらせているつもりでしたが、オフレコでして欲しいとのことで、仕方なくですよ」

「……御代志さん、時間外占いはお嫌いですもんね」

「まぁ、時間外でも構わないのですが……なにせ残業代つかないですからね」

「何気にそこですか……」


 御代志さんは扇子を開いてその下でため息をつく。周りのお客さんが静かにその仕草を見守っている。特に女性客。喋らなければ、何をしていても絵になるのだからこの人は本当にずるい。

 実際は、時間外勤務がどうとか残業代がどうとか、グチグチとうるさい人なのに……。出来ることなら声を大にして、この人はこういう人だと言うことを叫びたい。


「……お兄様、占いの準備出来ましたわ」


 不意に、どこから凛とした透き通る声が聞こえた。振り返ると、そこには自分よりも背の小さな女の子が立っていた。巫女の格好をし

 、白銀の扇子を折りたたんで二本、手に持っていた。提灯の淡い光に反射した艶のある黒髪を赤い組紐で一つにまとめている。翡翠色に染まった目の色は、まるで本物の宝石かのように、見たものを離さない魅力があった。

 絹のような肌に映える小さな紅色の唇がそっと動く。


「早く終わらせてしまいましょう。これだから……せっかちな男は嫌いなんですの」

「駄目だよ、『伊澄』。いくら貴方が男嫌いでも、お客様はお客様だ」


 お前がそれを言うか、と言いたくなった言葉を、俺は無理矢理押し込んだ。すると、伊澄と呼ばれた女の子は頬をぷくっと可愛らしく膨らませた。


「ですけども、お兄様?私は、心に決めた殿方以外には優しくするつもりはありませんの」

「そうだったね。貴方は碧咲くんしか興味が無いんだったね」

「ええ、私には鳴沢様以外は目に入りませんわ」


 そう言うと、俺がいた事に気づいていたのか、ニコッと笑って袖を持ってゆっくりと手を振ってくる。嬉しそうに頬を染めて、ふふっ、と笑っていた。普通の男性ならこんな顔を向けられたらイチコロだろう。実際に、俺も何度もこの笑みを向けられたことがあるが、未だにドキマギしてしまうのは事実なのだ。


「……だ、そうだ碧咲くん。これで伊澄からの愛の告白は、通算35回目になるね」

「……あはは、嬉しいなー」


 俺が乾いた笑いを見せると、御代志さんはその反応が面白くて仕方ないのか、笑いを堪えながら肩を震わせている。

 仮にも伊澄さんは『妹』だと言うのに、そんなに俺が貴方の妹にモテてるのが面白いですか。


 俺がそんな風に不満そうに御代志さんを睨みつけていると、「ふふっ、仲が良くて羨ましい限りですわ」と伊澄さんは楽しそうに笑っていた。伊澄さん、これが楽しそうに見えると思うのなら、その考えはやめた方がいい。


 彼女は、伊澄さん。本名、御代志伊澄。御代志さんの妹さんで俺と同い年の高校一年生。隣町の女子高に通いながら、家の手伝いとして巫女をしている。

 御代志さんに負けないくらいの美貌の持ち主だが、性格がまた難ありというか……。

 勝ち気で負けず嫌いで、その上男性が大の苦手。その為、男性に対しては塩対応を通り越して氷対応だ。

 それなのに、俺だけは何故か彼女に嫌われず、むしろ好かれているという現状だ。もちろん、最初から好かれていたわけではないが、『とある事件』をきっかけに彼女は俺に心を開いてくれたのだが……。


 心を開いた後の変貌ぶりが凄まじい。恋は盲目と言うか、好かれるにも限度があるのではと思ってしまう……。俺なんかのどこに惚れたのだが……。


「……本日も、お仕事があるんですの?お兄様」

「うん。申し訳ないけど、君の愛する碧咲くんを借りることになるけどいいかい?」


 ……おい、いつからそうなったんだよ。笑ってるの見えてんだからな。


「危険な目に遭われてしまうのか心配ですけど……お兄様の頼みでしたら、致し方ありませんわ」


 どこか残念そうに首を振って寂しそうな顔を俺に向ける。あはは、大丈夫ですよー、と適当に返すと伊澄さんはそれで満足なのかニコッと微笑んだ。ああ、つくづく女心は分からない……。


「……それじゃあ、碧咲くん。占いが終わるまで暫し待ってくれないかね?」


 そう言うと、御代志さんは狐のお面を被った。紙垂が風になびいて音を立てる。羽織の袖が風の上を歩くように小さく揺れた。


「……ああ、そうだ。ついでだから、久しぶりにうちの占いを見ていくといい」


 狐のお面を被った占い師は、そう言って妖しく微笑むとその場を後にした……。












お待たせしました!

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