第二話 噂話と草木と悪霊退治
第2話 噂話と草木と悪霊退治
「……ほう。私の助手くんはまた面白い話を持ってきてくれたようだね」
「面白い話って……。そりゃあ、御代志さんにとっては面白い話かもしれませんけど……」
「最近の依頼では退屈していたからね、そういう話は大歓迎だよ」
そう言うと、彼、御代志さんはクスクスと笑いながら、校庭の隅にある花壇の花や草木に水を撒いていた。美化委員会と書かれた白いジョウロを持ったその姿はとてもシュールではあった。厳密に言えば、似つかわしくない。
イケメンが、美青年がやるから、とかではない。御代志安定という人物が、こうやって学校に対して美化委員の仕事をするという慈善活動をしているのが、鳥肌が立つほど似合わないのだ。
御代志安定。高等部二年生で俺の一つ上の先輩だ。
琥珀色に溶けた髪は透き通っており、翡翠のような目は眩い輝きを放っていた。最近お気に入りだと言う涙眼鏡というものがチャームポイントだと言う。
頭脳明晰、才色兼備である彼は先生からも生徒からも信頼が厚い。高身長で美形。実家は有名な神社で、その跡取り息子という、優良物件にも程があるという強運の持ち主。神様はこの人にものを与えすぎではないのか、と思っていたのだが、そこは神様流石です。この人にも弱点があった。
本人は気にしていない、というか自覚していないのだが、残念なのが男子高校生にまるで合わない喋り方とひねくれた性格である。一人称は俺でも僕でもなく、私だ。これは誰に対してもそう。
そして、何でもかんでも面白がり、上から目線で物事をいう。黙っていれば良いのに、口を開けば残念な部分がボロボロ出てくる。
よくもまあ、俺はこの人と一緒にいれるなぁとつくづく思う。
しかし、美化委員の仕事をやりたかったからやったとは言え……自分から進んで代わりたいとお願いするものかなぁ?
そう疑問に思いながら、俺は木陰になっている石畳に座り込んで御代志さんの行動を見つめていた。手伝いますよ、と言ったら、必要になった時にお願いしよう、と言われてしまった。
現在時刻、放課後。黄昏時にはまだ少し早い午後三時半頃だろう。
部活動をする運動部の声や、吹奏楽部の合奏が聞こえてくる。青春と言われれば、その姿を表しているが、俺としては青春なんてものはこの人に買い取られてしまったのだから無縁といえば無縁である。
この人と俺は【主従関係】にある。この人が俺の【雇い主】で、俺は【雇われ助手】である。きっかけは、半年前に遡るがその話はまた今度にするとしよう。この話をすると長くなりそうだから。
俺とこの人はただの先輩後輩ではない。あくまでも、【主従関係】にあることを認識していればいいのだ。
そんなことよりも、だ。今は依頼の方が先だ。話の続きをするとしよう。
「……それで、御代志さん?結局は依頼を実行するんですよね?」
「するよ〜。君だって、その為にお守り渡してくれたんだろう?ならやらなきゃいけないね〜」
鼻歌を歌っている。御代志さんがやけに乗り気過ぎて気味が悪い。ここまで機嫌がいいとサブイボが止まらない。
「私は御代志神社の息子、御代志安定だ。私に退治出来ぬ悪霊なんているわけないだろう?」
そう言うと、妖しげな笑みを浮かべる。琥珀色に染まる透き通った髪が風になびいた。
でも御代志さん、草をむしりながらそんなドヤ顔をされても全く格好がついてませんよ。
……そう、彼は御代志神社の息子だ。表は浄化と芸能を司る神を祀っているが、裏では悪霊退治を専門とした除霊の仕事をしている。
悪霊退治なんてそもそもこのご時世あるものなのか、と言われるが多い。しかし、上流階級御用達でもある御代志神社は、悪霊退治が表立って派手に騒がれてしまうと顧客を失うことになるのだ。そうなると困るので、裏で悪霊退治の仕事をしている。
まるで、日曜の朝にある戦隊ヒーローのようだ。そのうち、日夜我々は戦っているのだ!とか言い出しそうである。
御代志さん曰く、歴代で最も能力の高い除霊の力を持っているのだと言う。その実力は嫌ってほど目にした。
やっぱり、神様はなんでかんでもこの人に与えすぎだと思う。
「……というか、今更なんですけど、どうして美化委員の仕事なんです?」
「生きとし生けるもの、特に草木や花を大切にすると後に恩返しがあるんだよ」
「恩返し?」
「特に花たちは意外とお喋りだからね。いざとなった時には助けてくれるんだ」
「へ~……」
精霊的ななにかでも宿っているのだろうか。さっきから御代志さんは軍手を汚し、汗を流しながら花や草木の間に生えた雑草をすべて取り除いている。純粋に仕事をしているのだが、この人のことだ、きっとなにか意味があってこういうことをしているのだろう。
「……それで?私の助手くんは、助手くんなのだから、それなりに情報は集めてきたんだろう?」
そう言うと、御代志さんは意味ありげに俺の方を見る。それなりに。この言葉を使う時は仕事開始の合図だ。俺は、鞄からメモ帳を取り出し、今日、ここに来るまでの間に調べてきた情報を御代志さんに話し始めた。
……殆どが、新聞部からの受け売りだけど。それは、この人もわかっているのだ。
「……あの遊園地に幽霊が現れるようになった、という噂は元々、デマだったみたいなんです」
「ほう……デマだった。それはなぜだい?」
「誰が流したのか分かりませんが、何かと見間違えてか、あの遊園地には幽霊が現れる、なんてネットに書かれてそれが拡散してしまったみたいなんです。そもそも、あそこは廃園だったわけですし」
だが、それはあくまでも当時はデマだったのだと言う。それは当時の遊園地のオーナーもそういう風に話していたと新聞記事に書き込まれている。
しかし、悪ふざけでその地を訪れた何人かの若者が、実際に幽霊を見たなどと書き込みをしていたらしい。
ある話では、肝試しがてら、大学生のグループでその遊園地に行ったら実際に友人が何人か行方不明になったと言う。
行方不明と言っても大体三日ほどして帰ってくるのだが、帰ってきたかと思うとみんな精神を病んでしまい病院送りになってしまったという。
「……なお、今もその入院してる患者たちは退院はしたものの、通院は続けているらしいです。警察では、原因究明を急いでいるようですが、何せ物的証拠がないので迂闊に手が出せないそうです」
「なるほどね~新聞部にしてはかなりいい所まで集めてるね。それっていつごろの話かな?」
「ちょうど、半年前にデマが流れたので……実際に事件性に発展したのは二ヶ月ほど前になりますね」
「……ふーん、なるほどね~。その遊園地に関連性がありそうな事件とかはあった?」
「関連するものは特にありませんでしたね……。あったとしても、どこかの政治家の不祥事のニュースくらいでしたね」
「……うん、おっけ。上出来だよ、助手くん。情報収集がだいぶ上手くなったじゃないか」
「褒め言葉として受け取っておきます」
え〜、褒めてるんだよ〜!と頬を膨らませてぶーぶー文句を言った。女子高生ですか、あなたは。
「それにしても、あれですね。身から出た錆と言うんですかね、デマだったことが、実際に起こるなんて……少し皮肉なものですね」
そう言ってノートを鞄にしまうと、御代志さんは雑草を取り終わったのか、土を取りながら草を袋に詰めていると、その手を急にやめた。
「身から出た錆……確かにそう言えばそうだけど、実際はそんな生易しい話じゃなかったりするんだよね〜」
「……というと?」
「最初の、幽霊の書き込みのことだよ。こういうのは、何か明かされたくない秘密を隠すためにすることもあるんだよ」
そう言うと、袋を縛ってふうっと一息ついてこう言った。
「……例えば、今回の場合だと遊園地を廃園にした理由を誤魔化すために悪い噂を流す、なんてことも考えられる。逆を言えば、逆恨みで幽霊が出ていたんだ、などと言って追い込むってこともあるけどね」
そう言うと御代志さんの目はいつもとは違い、鋭い目つきで考察していた。
「……元々の幽霊騒ぎの書き込みが、自作自演の可能性もあると?」
「さあ?どうだろうね?あくまでも、幽霊のせいにして真実を隠そうとした例があるってことだよ」
少なくとも私は、何件かそう言うのを見てきたからね〜、と言うと、倉庫の鍵を空中に投げては取り、投げては取りを繰り返していた。
宙に浮いて太陽の光を受け、その光を校庭の地面に反射していた。
「まっ、真実かどうかなんて。実際に見に行けばわかることなんだけどね」
そう言うと、ぴょんっと立ち上がり、雑草がいっぱい入った袋を肩に支えニコッと笑った。
「……さて助手くん。今日の夜、予定は空いてるかい?」
……ああ、やっぱり、こうなるのか。
本日のバイト業務が確定してしまったようです……。
俺の心の悲痛を応援(?)するかのように、吹奏楽部のトランペット演奏がやけに心に響いたのだった……。