1ー2 ジョブとステータス
とあるギルドの一室、ギルド長エネギス・クルーガーは一つの手紙を手に取り一人の冒険者のことを思い出していた。
第1級冒険者ゼノ・ガロア。彼は友でありライバルだった。若い頃はギルド内でトップを争う仲で、賭け事やクエストをこなした数は勿論、女にどれくらいモテるかなど様々なことで競い合った。そんな豪快な性格をした男は一人の女を娶ってからだいぶ角が取れ丸くなったのか、手紙という奴らしからぬものを送ってきた。その手紙の内容はこうだ。
《ようエネギス。元気してるか?俺は今のとこピンピンしてるぜ。きっとお前はギルドの業務のせいで頭の毛が薄くなってんじゃないか?だとしたら俺の勝ちだな。俺の頭にはまだフサフサの毛が生えてるぜ。報酬によっては分けてやってもいいくらいだ。
まぁお巫山戯はこれ位にして本題に入る。俺は昔お前にシアとの間に子は成せなかったと言ったが、バラカ村でいくらか歳を食ってから"孫"と言えるような子らに出会えたよ。二人共俺達のことを良く慕ってくれていてな、とても可愛らしい子達だった。そんな子達に護身用にと剣術やらを教えたんだが、開けてビックリ、あの子らは才能の塊だ。俺が教えることをすぐさま吸収していく。きっと将来かなり腕利きの冒険者になるだろう。だからあの子達が冒険者になる時は俺の"孫"として目を掛けてやってくれ。頼む。以上だ。
P.S.二人に何かあったらギルドごとぶっ潰す。》
「ゼノのやつめ…こんな手紙一つだけ残して逝きよって…」
何度も読み返し小汚くなった手紙を見て眉を顰める。手紙が届いてから12年。ギルドにゼノと関係のあるものは一切来なかった。さらに手紙を初めて読んだ時、エネギスはゼノが武術を教えてる相手が4歳だと微塵も考えておらず、12歳やそこらだろうと思っていたこともありギルドにその子らが来るのを既に諦め掛けていた。
(ゼノには悪いが、ここまでだな···)
ここらで潮時だろうと手紙を机に放り紅茶を啜る。そんな時、扉の向こうからものすごい勢いで階段を駆け上がる音が聞こえ、一気に扉が開け放たれる。そこには肩で息をして特徴的な尖った耳を若干赤く染めた興奮気味なギルド職員がおり、何事かと尋ねる前に答えは出た。
「ハァ···ハァ···ゼ、ゼノさんの···お孫さんが来ました···」
その言葉に飲み込みかけていたお茶を盛大に吹き出した。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
二人がギルドに入ると、目の前に受付がありその脇にクエストボードが設置されている。奥には木製の長椅子とテーブルが置かれており、かなりの人数がそこで談笑したり、次の仕事について話し合っていた。初めて見るギルド内を見回していると突如多くの鋭い視線が向けられる。ノアも視線に気付いたのか同じ方向、二階に目線を向ける。そこには一階にいる冒険者とは明らかにレベルの違う冒険者が値踏みをするように二人を見下ろしていた。圧迫感を感じ、自然と額に脂汗が滲み出る。二人が緊張から目を離せないでいると背後から声が掛かる。
「あの〜···本日はどのようなご要件で···?」
「···え?あぁ···ジョブを授かりに」
「そうでしたか、では受付までどうぞ!」
ギルド職員の声でハッと視線を戻し正面に向き直る。未だ視線は向けられているが、あまり気にしないようにしながら受付まで行く。そこにはさっき声を掛けてくれた職員が座っていた。さっきはよく見ていなかったが、目鼻立ちが整った綺麗な顔をしており、栗色のゆったりとした髪は肩まで伸びている。そしてエメラルドの目をして特徴的な尖った耳が髪の間から顔を出していた。
「ではこれからお二人を担当するフィリアと申します」
「わぁ!エルフなんて初めて見た!お婆ちゃんの話しで聞いたことはあったけどホントにすっごい美人なんだね!」
「ふふ···ありがとうございます。では早速説明に入らせていただきますね。こちらへどうぞ」
そう言うとフィーゼとノアはソファーとテーブルの置かれた部屋に通された。二人の向かいにフィリアが座り来る途中持ってきたのだろう羊皮紙と銀色のプレートと何かを包んだ布をテーブルに並べた。
「それではまず始めにこちらの羊皮紙にお名前の記入をお願いします。文字が書けない場合は私が」
「あ、大丈夫だ。字は書ける」
「うん、こんなのヨユーヨユー」
そう言うと二人はペンを取りスラスラと名前を書いた。それを見て驚いたのは他でもないフィリアだ。
「珍しいですね。村から来た人で字を書ける人なんて」
「あたし達はシアお婆ちゃんに字を教えてもらったからね!」
「シア···ですか?どこかで聞いたような気がしますが···とりあえず進めましょう」
フィリアは名前の書かれた羊皮紙の上にそれぞれ銀のプレートを置くと、プレートが輝き出した。すると同時に羊皮紙が青い炎を上げて消えていくとプレートに文字が浮かび上がった。それを見て二人は無意識に「おぉ…」と感嘆の声を発していた。
「これでプレートは完成です。あとはこの水晶にプレートを翳してください。そうすれば自分の天職がいくつか候補として出てきますのでそれを選んで終了となります」
脇に置いてあった何かを包んだ布の中から双四角錐柱型の水晶を取り出す。どうやってやったか分からないが水晶の中には魔法陣が埋め込まれていた。これでジョブを授かれると思うと、自然と気持ちが高揚し一つの達成感を感じる。
「やっとここまで来れたな、ノア」
「うん!これもパパやママ、村のみんな、それにシアお婆ちゃんとゼノお爺ちゃんのおかげだね」
「···ん?シアお婆ちゃんにゼノお爺ちゃん···?······まさか!?」
話を聞いていたフィリアは急に顔色を変え部屋を凄い勢いで出ていってしまった。二人は何かマズいことでもしたか、と互いに顔を見合わせていた。
冒頭の件があった後、フィリアはギルド長を連れ部屋に戻ってきた。フィーゼとノアは急に部屋を飛び出していったフィリアが連れてきた人物を直感的にギルド内で一番偉い人だと察して少々顔が強張り、汗が頬を伝う。
「私はギルド長エネギスというものだ。単刀直入に聞くが、お前達がゼノの孫か?」
「え、ゼノお爺ちゃんを知ってるの?」
「それより孫ってどういう…?」
「やはりそうなのか…まさかここまで若いとはな」
頭上に?を浮かべ、どういうことか質問をしようとした二人にエネギスは皺の多い掌を向けることで止める。
「ゼノやゼノとわしの関係など色々聞きたいこともあるだろうが、ひとまずジョブを授かって、それからにしようじゃないか」
「あ!そうだった!フィン!早くしよ!!」
今まで忘れていたのかノアは再度目をキラキラさせる。フィーゼも質問は後からでもできると思い提案に乗ることにした。始めに水晶にプレートを翳したのはノアだ。魔法陣が青白く輝き出し、それと呼応するようにプレートが光を帯びる。するとノアの目の前の空中にうっすらと文字が浮かび上がってくる。文字がはっきり出る前にフィリアがその文字についての説明をしてくれた。
「上から順に適性の高いジョブとなっておりますので、選ぶならそちらにすると良いでしょう」
「ほえぇ〜…」
聞いているのかいないのか、ノアは幻想的な光景に口を半開きにして見入っていた。うっすらと浮かび上がる文字は次第に線がはっきりしていき読めるようになる。そこにはノアの名前とジョブの名称が並んでいた。
ノア・クラウディオ
☆光 剣 士
・サムライ
・剣 闘 士
・ファイター
・家 事 士
「へぇスゲェなノア。色々あるぞ」
「うわぁ悩むなぁ〜どうしよぉ〜」
こんなジョブもあるのかと感心するフィーゼ、どれにしようかとニヤニヤした顔で自分の適性ジョブを眺めるノア、そして目をあらん限りに見開き「な···な···!?」と驚いているフィリア。
「ギ、ギルド長···これ···」
「うむ···。新ジョブだな」
「やっぱりーーー!!??」
「落ち着け阿呆」
「で、でも···!」
何やら騒がしいと思い耳を傾けると新ジョブという言葉が耳に入る。
「まぁ騒ぐのも無理ないだろう。新ジョブなど、百年以上前にあったっきり今まで一度もなかったからな」
「えっと、新ジョブだと何かあるのか?」
「ジョブの情報をギルドに届けることで多額の報酬金が入るのだよ。スキルの内容次第で値段は左右するが最低でも1回の報告で100万フラメは出るな。まぁ逆に言えば、金が出るだけでジョブの性質は特に変わらんよ」
フラメとはブラド大陸の流通貨幣だ。鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨の6種類で全てに聖火の印が彫られている。
1フラメ=鉄貨1枚
10フラメ=銅貨1枚
100フラメ=銀貨1枚
1000フラメ=金貨1枚
10000フラメ=白金貨1枚
つまり、今回の報酬で貰えるのは最低で白金貨100枚である。
その話を聞いたノアは目の色を変え身を乗り出し金の亡者となっていた。
「そんなに出るの!?ならあたしそれにするよ!どのジョブ!?」
「ひ、光剣士だ」
「わかった!で、どうすればジョブに就けるの!?」
「は、はひ!?ジョ、ジョブの名前を指で横になぞっていただければジョブに就けます!」
さっきまで騒いでいたフィリアもどっしり構えているエネギスも急変したノアに度肝を抜かれ、引き気味に答えており両者とも顔が若干引きつっていた。が、そんなことを気にも止めずノアはジョブの名前を勢いよくなぞっていた。すると浮かんでいた文字は消え、ノアの手元にあるプレートにジョブの名前が浮かび上がりその下に数字の羅列が出てきた。
「この数字って何?」
「それはノア様のステータスですね。ステータスはジョブの加護を受けていない者には存在しないのですが加護を受けた後には発生します。ですが普通はステータスは見えないのでこちらのプレートへ数値化しているんです。」
「へぇ〜ギルドってホントに凄いんだねぇ」
「数値化が可能になったのはこちらのギルド長エネギス様がステータスの数値化に成功してからです!」
「おじちゃん見た目より結構凄いんだね!」
「娘よ。それはわしをバカにしておるのか···?」
わしってそんなに何もできないように見えるのだろうか、とエネギスが落ち込み出した時にフィーゼも水晶にプレートを翳す。ノアの時と同じように名前とジョブの名称が浮き出てきた。
フィーゼ・ツァイト
☆時 使 い
・ストライカー
・ウォーリアー
・ブレイカー
・農夫
ノアとは違ったジョブが出てきたことで再び感心するフィーゼ、フィンのジョブもなかなか面白そうだねと楽しそうに話しかけてくるノア、そして目をあらん限りに見開き「な···な···!?」と驚いているフィリア。完璧なデジャヴである。
「むぅ···一日に二つも新ジョブをお目にかかれるとはな」
「もうなんなの···この人たち···」
感心するエネギスの横でフィリアは既に半泣きだった。なんかすごい申し訳ない気分になったので後で一応謝っておこう···。
「で、どれが新ジョブなんだ?」
「時使いだな。名前からなんとなく連想できるがもしそうだとしたらとんでもない事になるぞ」
「え?なんで?」
「時を操れるなど国家レベルで取り合いになるはずだ。時を操ることが出来たなら寿命を伸ばしたり若返らせたりすることも可能かも知れんからな」
「なるほどな···でもまぁ問題ないだろ。俺もその新ジョブにするよ」
フィーゼはジョブをなぞりプレートにジョブと数字刻んでいく。
「よいのか?狙われるかもしれんぞ」
「新ジョブなだけにその内容が分からないうちは手を出してこないだろうし、それに新ジョブの情報自体をギルドが発表しなければいいだろ?ゼノ爺ちゃんから頼まれてる事だしさ」
「···ふっ、まぁ仕方ないな。今回の新ジョブの報告はしないでおいてやる。他ならぬゼノの頼みだしな。」
その発言に食いついたのはフィリアだ。
「!?そんなことをして良いのですか!?」
「責任はわしが取る。お前は知らなかったことにしろ」
「で、ですが···」
フィリアが言葉を続けようとした時、キッとエネギスに睨まれると、言いかけた言葉を飲み込み、横に突き出た耳を垂れ下げ縮こまってしまった。そんなフィリアは庇護欲を掻き立てられる姿だったが、やはりそこはギルド職員だけあって立ち直りと言うか割り切るのが早かった。はぁ···と小さく溜息を吐いたあとなんとか笑顔を作っていた。
「それでは次に移ります。当ギルドでジョブ授かった人のステータスを記録していますのでプレートを見せてください。公表は致しませんのでご安心を」
フィーゼとノアはフィリアの指示に従いプレートを渡した。だが、プレートをフィリアに渡した途端、フィリアが笑顔のまま固まってしまった。どうしたのだろうと半ば心配していると
「あなた達一体どうなってるのよ!!!!????」
物凄い剣幕で耳を塞ぐような大声を発した。隣にいたエネギスはやれやれといった様子で耳を塞ぎながらフィリアに同情の眼差しを向けていた。
「なんですかこのトータル1000オーバーって!?見たこともないスキルならまだしも、なんなんですかこのステータスの値は!!!」
この後フィリアを落ち着かせるのにだいぶ時間がかかった。
「はぁ···フィリアはギルドに勤め始めて日が浅い。もう少し手加減してくれんか?」
「あ、あははは···そんなこと言われても···」
「まぁよい。とにかく本題に入ろう」
そう言うとエネギスはプレートをフィーゼとノアに返しながら話を続ける。
「二人共、一度自分のステータスを見た上でわしの話を聞いてくれ」
二人はエネギスの指示に従ってステータスに目を通す。
フィーゼ・ツァイト
Job:時使い Lv.1
MP:350
A:290
G:190
S:280
total:1130
【パッシブスキル】
時系魔法のMP消費量激減
時系魔法の詠唱短縮《スキル名により発動》
時系デバフ無効《任意》
【アクティブスキル】
アクセラル···対象の行動力・速度を上昇
ディセラル···対象の行動力・速度を低下
ノア・クラウディオ
Job:光剣士 Lv.1
MP:200
A :280
G:190
S:400
total:1070
【パッシブスキル】
剣装備時S50%上昇
攻撃:属性付与《光》
アンデッドキラー
【アクティブスキル】
「これのどこに問題があるの?」
「問題はお前達のステータスの値は勿論、スキルにもある。言っちまえば全部問題だ」
「フィリアの反応からヤバイとは思ってたが、想像以上にヤバそうだな···」
エネギスの話によると、基本スペックが段違いに高いらしい。まずジョブを授かったばかりの非戦闘向きジョブのトータルが平均180、戦闘向きジョブでもトータルの平均が480程度である。如何に馬鹿げた数値をたたき出しているかわかるだろう。ギルドはS〜Fの7段階にランク付けをしているのだが二人は既にDランクの上位あたりに位置している(そう考えると第1級と呼ばれるSランク冒険者がどれほど化け物じみた存在かがわかる)そうだ。
次にスキルだ。フィーゼのパッシブスキルで特定の魔法に関しての驚異的なアドバンテージは、特定の魔法以外機能しない点を除けば凄まじいものである。さらに初めて見るアクティブスキル『アクセラル』に『ディセラル』もスキルの説明からして恐ろしいものだ。いくら躱すのが上手い者も、鋭い反射神経で敵の攻撃を防ぐものも動く速さを落とされてしまえば躱すことも防ぐことも出来ないだろう。それを踏まえるとBランクに入れるレベルだ。
ノアの場合、パッシブスキルの威力が壊れている。剣装備時のスピードの上がり方が半端じゃないことから、対人戦であればこの値のスピードはかなり有利に働くだろう。そしてアンデッド系の魔物に対してのキラー+弱点である光属性攻撃だ。これだけでも相当な火力が出るのにジョブのレベルは1。レベルアップしたらと考えると恐ろしい。さらにまだアクティブが空欄であるからレベルアップすることで新しいアクティブスキルが増え、更に強くなるだろう。
「···とまぁこんな感じだ」
「うわぁ···あたし達相当やばいんだね···」
「まぁプレートに書かれているステータスは自由に隠すことが出来るからそうするといい。ただアクティブスキルに『魔眼』を持つものには看破されるから気をつけろよ」
自分達の異常性を叩きつけられ俯くノアの肩に優しくフィーゼの手が置かれる。ノアがフィーゼを見るとフィーゼはいたずらっ子のような笑顔を向けた。
「いいじゃねぇか。冒険者なら強くてなんぼだろ?だったらなんも問題ねぇよ。楽しく行こうぜ?」
さっきまでのノアの暗い表情は嘘だったかのように消え去り、太陽のような眩しい笑顔で頷いた。
「うん!」
「はぁ···お前らはとことん冒険者向きだな」
笑顔を向けてくる二人にエネギスは肩を竦め笑う。
「じゃ、手続き済ませちまうから。フィリア後は流石に出来るよな?」
「はぅ···頑張ります···」
こうして二人にビビっているフィリアは若干及び腰になりながらもなんとかギルドの手続きを済ませている間にゼノの話を聞いた。ゼノの若い頃に成し遂げた偉業、ゼノがエネギスに仕掛けた悪戯に対しての悪態や、ゼノの人として尊敬できるところなどを聞くことができた。途中ゼノしでかしたことを思い出し、その怒りの矛先がフィーゼ達に向いたが何とかなだめることが出来た。話を終える頃にはやっと終わったとばかりにフィリアがソファーに身を投げていた。自分達のステータスや新ジョブの隠蔽などが大変だったのだろう。そう思うと罪悪感が生まれる。なんか、ホントにゴメンナサイ···。と心の中で謝るのにとどめた。
「これで晴れてお前達も冒険者だ」
「ぅーーーっやったーーーーー!!!」
「宿をとる時間もなかっただろうからわしが先に取っといたぞ」
「何から何までありがとうなジっちゃん」
「おう、なにか困ったことがありゃいつでもいいえよフィン。できる限り助けてやらァ。ノアちゃんもおかしな冒険者に絡まれたら俺に言えよ?一瞬でそいつの冒険者資格取り消してやるからよ」
「うん!ありがと!エネじい!」
ゼノの話をしている間に仲が深まりいつの間にやら「ジっちゃん」と「フィン」、ノアにはちゃん付けで、更には「エネじい」というなんとも地球に優しそうな渾名で呼び合う仲にまでなっていた。そんな三人をフィリアは生暖かい目で見守っていた。そんなこんなで二人はギルドを後にした。
時刻は夕刻を過ぎ辺りを闇が支配する時間になるのだが、都市ブラドは夜を迎えることで活気が増すことをフィーゼとノアは宿屋に向かう途中に知るのだった。
街民の姿は少なく、替わりにというように冒険者で溢れかえっていた。昼間は喧騒の中に女性らしき声が多分に含まれていたのだが、今は野太い男の声が勝る。夜にも関わらず明るく、とても賑やかで、特に冒険者が多い場所だと軒並み酒場が並んでいて、そのひとつひとつから笑い声や誰かを囃し立てる声、怒号まで聞こえてくる。更に大通りには料理のいい匂いが二人の空腹感を刺激する。隣のノアのお腹から『ク〜···』と可愛い音が鳴る。
「あぅ···こんなの反則だよぉ〜」
「そうだな。ここら辺でなにか食べるか」
「さーんせーーい!」
周りの露天を見ると、昼間は都市近くの村から来た人達が村の野菜や森で狩った動物の肉を売っていたが、一変して酒や摘みの類だけに留まらず意外とガッツリしたものまで売っていた。フィーゼ達はまだ未成年なので酒には触れず、食べ物を見て回った。塩胡椒でシンプルに味付けをした牛肉の串焼きや、サクサクの衣をつけたコロッケ、鶏肉のソテーにハニーマスタードをうっすらと塗った物などどれも美味しそうで目移りしてしまう。が、そんなフィーゼを他所にノアは「あ!あれ美味しそう!」と言うと片っ端から食べていた。所持金に大打撃を受けそうな勢いであったが、露店の店主が「可愛い嬢ちゃんだねぇ!負けてやるよ!」と言って値段を下げてくれたり、一つ多く貰えたりした事でお金の問題は解決した。ただ、行く先々でフィーゼに親指を立ててくる店主たちへの疑問が残った。
「ん〜おいひい〜」
「口の中のもの無くなってから喋れよな···」
ノアは両の手に食べ物を持ち、片方食べてはもう片方を食べを繰り返していた。さっきからかなりの量を食べているが一体食べたものはどこに行くのだろうか、とノアを見ていると不意に右手に持っていた牛串を差し出された。
「これ美味しいからフィンも食べてみなよ!はい、あ〜ん」
「ほぅ、ではお言葉に甘えて。あーん」
「どうよ?」
「うん、美味いな」
「だよね〜!」
普通ここらで照れるのが一般男子なのだが、二人は幼馴染みということもありこういうのには慣れていたので特に何とも思わず自然な流れでカップルによく見る光景を作り出していた。本人達にその気は無くとも周りからは「チッ···リア充が···」という嫉妬と少量の殺意がこもった視線を向けられるのだった(主にフィーゼに)。
フィーゼの背中を嫌な汗が伝いながらも宿屋に着いた。宿はコロンバージュ様式で建てられておりクリーム色の壁と焦げ茶色の木の色が綺麗なコントラストを作っており、ローテンブルクのような街並みにぴったり溶け込んでいる。早速中に入ると猫耳と尻尾を生やした小さい女の子に出迎えられた。
「いニャっしゃいませ!猫の休息所へようこそニャ!お二人様かニャ?」
「ゼノの紹介できたんだ」
「あぁ!ゼノ様の!分かりましたニャ!ではではこちらへ!!」
そう言うと、なかなか広い部屋に案内された。内装はなかなか小洒落た作りになっており、所々に猫のシルエットが描かれていたり装飾に軽く配われていたりして見ていて飽きない。窓からは街が一望でき、遠くに見える街の灯りがなんとも綺麗だ。こんなにも素晴らしい場所に問題があるとすれば、何故かベットがキングサイズで部屋が一つしか用意されていないことだろう。
「ではごゆっくり〜♡」
「え!?ちょっ!?」
弁明する余地もなく獣人の従業員はニヤニヤしながら部屋を出ていった。
(エネじいの野郎ぉ···!)
「うわぁ綺麗な所だねぇ···!」
従業員の反応もフィーゼのエネギスへの怒りも全く気付いていないのかノアは興味津々にキョロキョロと部屋を見回していた。フィーゼはそんなノアを見て、ノアが楽しめてるならそれでいいか、と肩を竦めながら心の中で囁くのだった。
一段落付き、シャワーを浴び終わった二人は、灯りを消し既にベットに入っていた。部屋の灯りを消した後も月の青白い光によって薄らと部屋が照らし出されていた。
「えへへ···フィンとこうして寝るの、なんか久しぶりだね」
「そうだな。10歳以来じゃないか?」
「あの時は色々あったしね···」
ノアの顔に憂愁の影が差す。せっかく楽しんでいたのに何思い出させてるんだ、とフィーゼは後悔するが、ノアは頬をほんのり赤く染めフィーゼに笑いかける。
「でも大丈夫っ、フィンがずっと一緒にいてくれるって言ってくれたからっ」
フィーゼはノアの言葉に少し目を見開いたが、すぐに微笑みノアのことを抱き寄せる。こんなにも自分はノアの支えになれていたのだと知り、ノアだけは絶対に悲しませないと再度堅く覚悟を決め応える。
「俺がずっと一緒だ。絶対にお前のことを一人になんかしない」
「ふふ···ありがと」
その後安堵と疲労からか、ノアはすぐに寝息を立て始めた。フィーゼはノアのサラッとした髪を撫で、自分も寝ることにした。フカフカのベットに遠くから聞こえる小さな喧騒が子守唄のようでフィーゼはすぐに微睡み、意識を手放し今日が終わった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次回予告と少しズレた気がします。。
アレもいいなコレもいいなと付け足した結果こうなりました。すいませぬ。
次の回はダンジョンに向かわせたいです。