秋に煌めく銀の光
落ち着いた茶色い石畳の道の両側に、赤や黄色に染まった木々が並んでいる。それは地面にも落ちていて、そこを誰かが通るたびかさかさと音をたてる。
そんな道を、零哉たち三人は歩いていた。今回ばかりは、紗奈はあの不規則なリズムの歩き方をしていなかった。
ここ秋色の軍は、不意打ちの攻撃を得意としていて、ずっと気を張っているより直前に攻撃の気配を読む方がいいらしい。
「とにかく急に出てくるんだよ。部隊だったらまだいいんだけど、たまに大勢だからびっくりするよ!」
身振り手振りを交えて紗奈が種里に説明らしきものをする。種里自身は真面目に聞いているのだが、そのそばで零哉は半分「またか」と言いたげな表情をしている。
「みんな、できるの?」
「どっちかといえば能力かなー、秋色ってそういう能力者多いのかも。しかもそれ主軸にするからさー」
「連携がとれてる。個々の強さもそれなりだ。あんま目立たねーんだけどな」
秋色は流巡の中でも、他に比べ隠密行動に特化した軍だ。彼らが不意打ちで攻撃してきた時の成功率はずば抜けて高い。
それぞれの部隊長の能力はもちろんだが、他の軍より統率もとれているため、一定規模の戦闘ではかなりの強さを誇っている。
「ただねー、人少ないから領土あんまり奪れないんだよ」
秋色の弱点は、その所属人数の少なさにある。冬白に次いで人数が少ないのだ。
だからこそ、あまり数が多すぎる相手を攻められない。数が戦闘力を上回れば、秋色に勝てる確率は上がる。
「攻める相手も少人数ばっかになる。だから結果がちまちましてんだ。……っ?」
零哉が視線を向けた先で、さっと何かが通り過ぎた風が吹いた。零哉と紗奈がそれぞれ武器を手に構える。
「ちまちましてて悪かったな」
三人の前に、一人の少年が立っていた。
年は零哉と紗奈と同じくらいらしい。左の手首には、放射状に広がる花弁の赤い花――彼岸花がある。
「光季か。今日も一人なのか?」
「相手がお前らなら、こっちはおれ一人で充分だ。こっちに回すより、いろはにつける」
「そりゃずいぶん舐められたもんだな」
戦闘前に会話があるのは相手の隙をうかがうためと、損得勘定のギリギリのバランスの上に成り立つ情報交換をするためだ。
その中には、駆け引きも絡んでいる。口が上手い者だと、最初の会話によって相手の冷静さを失わせて、優位に立つこともある。
「んなことより一人増えたな、鳴神 零哉。新入りか?」
「そうだよ。種里ちゃんっていうんだ、よろしくしてあげてね? 光季くん」
「知らねぇよ。敵の仲間なんか」
ふてくされる様子は相手を突き放すようなのに、どこか子供っぽい。そんな目が、ふと好戦的な光を帯びた。
「相変わらず、無所属のくせにやたら領土持ってるよな。お前らは」
「鍛練の相手ぐらいにはなってやるよ」
走り出したのは、どちらが先か。おそらくは同時だった。光季の手には剣が、零哉は脇差が握られている。
「あーあ、始まった」
「……? 何が?」
少し呆れたように紗奈が呟く。零哉がそんなことを言うのは珍しくないのだが、紗奈が零哉に対してというのは種里は初めて見るものだった。
「光季くんね、強い人と戦うの好きでさ。零哉も相手するから、領土争いじゃなくて戦いの練習なんだよ、あれ」
かと言って、ふざけ合っているわけでもない。真剣勝負ではあるのだが、互いにどこか目的は領土ではなく戦うことそのものなのだ。
零哉も光季も、好戦的なものだが笑みを浮かべている。
ギンギンと、何度も刀と剣がぶつかり合う金属音が響く。交差し、弾き、秋の穏やかな光に鋭い銀が煌めく。
「仲間が女だけじゃ、苦労すんだろ。秋色にでも来るか?」
「思ってねぇだろ? んなこと。鍛練相手が減ってもいいのかよ?」
「それはよくねえけどな。でもおれは、秋色が強くなるならなんだっていいんだよ」
種里は二人の戦う様子を見て、こてんと首をかしげた。
「能力、使ってない?」
零哉の能力『かすみ草』は、非戦闘能力だと聞いている。しかしこれまでの発言からして、光季もそれなりの有力者――部隊長であるとわかる。部隊長ならば、必ず能力を所持している。そんな光季までもが力を使わない理由は何なのだろうか。
「あー、光季くんは零哉相手だと能力使わないんだよ。条件が対等なのがいいんだって」
「ふうん?」
「お互い、強くなりたい理由があるから……かな」
ふと遠くに目を向けた紗奈の瞳に何が映っていたのか、種里にはわからなかった。色々な感情が混ざり合ったその目は、種里には知り得ないものだから。
「強く……」
「そう。……光季くんはね、秋色軍隊長のいろはちゃんが好きなんだよ。本人隠してるつもりだけど、いろはちゃん以外にはバレバレ」
いつもの雰囲気に戻った紗奈が、おどけて種里の耳元でささやく。くすくす笑って、そのまま零哉と光季の戦いに視線を戻した。
「そんなにいろはのことが好きか?」
挑発的に零哉が笑う。
秋色軍が強くなれば、それは隊長であるいろはを守ることにもつながる。光季の行動は、ほとんどがいろはのためだ。
光季のように隊長を慕う者が、この流巡には多い。そういう情があるからこそ、その人のためにも戦うのだ。
「お前には関係ねえだろ! とっとと降参したらどうだ!?」
「オレだって退く気はねえよ!」
「そろそろ飽きてきちゃったな。今回、勝負つかなそうだし。じゃ種里ちゃん、ちょっと行ってくるねっ」
種里の返事を聞く前に、紗奈はひょいっと身軽に低い木の枝に飛び乗った。しなる枝を利用してあっという間に上まで行くと、今度は零哉と光季が交戦しているすぐ近くに飛び降りる。その風にあおられて、いくつかのもみじが地面から舞い上がった。
「はーい、そこまで! 雷鳴部隊は撤退します。文句は?」
紗奈が交互に見遣れば、零哉も光季もその迫力に圧されたのか、つまらなさそうにしながらも何も言わなかった。
「帰るよー、種里ちゃん」
ぶんぶん手を振って、紗奈が呼ぶ。
「サナ、強い」
「伊達に三巡もしてないよっ」
零哉の服の袖を捕まえて、紗奈はウインクしてみせた。