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伝令の意味持つ花

 夢から目覚めた後というのは、起きたばかりであることを差し引いてもぼんやりするものだ。

 それが、自分に関係しているのかもわからないような曖昧な夢なら、なおさらだった。

 

 種里はぶるぶると頭を振って、眠気を追い払った。朝にはあまり強くないらしい。

 座ったところまではいいものの、結局こてんと頭が船をこぎかける。

 

「しゅーりちゃん。おーはーよ!」

「わ……っ。おはよう、サナ」

 

 がばっと抱きついてきた、自分よりわずかに背の高い紗奈を受け止めれば、種里はベッドに逆戻りする。だがそれすらも楽しいのか、種里はくすくす笑った。

 物理的な距離が近いのは、心理的な理由もある。本当の仲間になった種里を、紗奈も信用しているのだ。

 

「朝からうるせぇな……」

 

 種里以上にぼんやりした声で、零哉が呟く。未だ毛布をかぶっていて、種里とは違い起きる気すらないらしい。

 

「零哉ってば、朝弱いんだから。そんな子に育てた覚えはありませんよーってね」

「お前に育てられた覚えねーよ……」

 

 寝ぼけつつ答える零哉には覇気がない。そんな零哉を見て紗奈は楽しそうに笑う。

 いつもノってもらえないからか、今はささやかに、自分の方が上にいるような気分らしい。

 

「んじゃちょっと、見回り行ってくるね。朝は人そういないから、私一人で充分だよ」

「わかった。待ってる」

 

 ひらひら手を振って出ていく紗奈は、放っておけばそのうち零哉起きるからと言い残していった。

 

 カーテンのひかれた窓は、夜のうちに使う光が外に漏れないようにするためだ。少しだけ開けて、種里は外を見下ろす。ガラスは嵌まっていない。音から来襲に気づきやすくするためにだ。

 こうした窓一つとっても、零哉たちの秘密基地は工夫されている。

 

 晴れた朝の、眩しいけれど柔らかい光に、種里は心地良さそうに目を細める。どこか猫のような仕草だ。

 

「晴れ、気持ちいい」

「種里、あんま開けっぱにすんな。気づかれる」

「あ、ごめんレイヤ」

「外は誰もいなかったから大丈夫だよー。開けすぎはよくないけど」

 

 いつのまにか帰ってきたらしい紗奈が、種里に後ろから話しかけた。外まで行っていたわけではなく、見張り用の窓や部屋から辺りを見るに留めたらしい。

 

「零哉。目、覚めた? 頭の回転準備オッケー? 作戦会議したいけど」

「あー……? あと少し」

「はーい、文句は受け付けませーん。行くよっ」

「じゃあなんで聞いたんだよ……」

 

 がしっと今日は零哉の服の袖を掴み、紗奈はずりずり引っ張っていく。その後ろを、種里は楽しそうについていった。

 

 とた、とんとん。たんたん、とっ。

 街の中では、足音がよく聞こえる。それを尾行の確認に用いている者は紗奈をはじめとし、何人かいる。

 紗奈はまわりの足音が聞こえないことと、それが不自然に消されたものでないことから、敵はいないと結論づけた。

 

「作戦会議、外?」

「ううん。情報屋さんから、情報もらってからだよ」

 

 こてんと首をかしげて聞いた種里に、くるりと振り返った紗奈が答える。

 

「情報屋?」

「春芽 アイリス。単なる物好きだ。対価さえ払えば敵だろうと味方だろうと、構わず情報を売ってる」


紗奈に対する時とは、また少し違うため息を零哉は吐く。


「情報屋と能力を掛けてんだよ。アヤメの花言葉は『良き便り』とか、『伝令』とかだ。メッセージ関係なのはギリシャ神話が由来だからだな」

「あと、いっつも急に出てくんるだよねー。アイリスくーん、いるー?」

 

 くるくる回りながら、紗奈は辺りに呼びかける。種里が聞くと、この時間はこの辺りにいることが多いと、本人が言っていたらしい。

 

「はいはーい、呼びましたー?」

 

 曲がり角から顔を覗かせたのは、金に近い明るい茶髪の少年だった。紫色の少々変わった形の花――中心の花びらは上向き、外側は下向きになっている――アヤメが手首にある。

 零哉と紗奈よりは、少し年上に見える。二十代になったばかりというところだろうか。

 

「どこにいても呼ぶ人の声聞こえてるの? 神出鬼没だねぇ」

「いやー、自分情報稼業してますから、そこら辺は気ぃ遣ってるんですよー。雰囲気も大事ですから」

 

 うさんくせえ、と零哉が呟いたのを種里は聞いた。しかし種里は人を疑うということを知らないのか、淡い緑の目で不思議そうにアイリスを見るだけだった。

 そんな種里に、アイリスが一歩近づく。こちらも興味深そうに種里を眺めた。

 

「で、今日は何のご用で? 零哉と紗奈が、用もないのに自分呼ぶほど暇には見えないですからー」

「情報を売ってくれ。各季節軍の所属人数と、領土の獲得に関してだ」


 零哉は特に気にもせず、用件だけ簡潔に告げた。日頃あのノリの紗奈を軽く受け流しているだけある。

 

「対価は何だ?」

「うーん。じゃあ、その子のことを」

 

 アイリスは情報に対価を求める。それはたいていの場合領土で、彼はそうして領土を得ている、流巡の中でも特に変わっているタイプだ。

 

「種里ちゃんのこと? どうして?」

「だって新しい子でしょ? そういう子の情報は売れるし。足は早いですけどねー」

 

 ここが流巡でなければそれは犯罪だろうが、アイリスが言う『情報』は単なる名前――流巡では偽名を使っている者も多いので、あくまで呼び名に過ぎないが――と能力、所属部隊の情報だけだ。

 

「名前は種里、能力名はシャムロック。所属部隊は雷鳴部隊だ」

「ライメイ部隊?」

「私たちの部隊の名前だよ」

 

 各季節軍の部隊は、部隊長の能力に応じた名だが、零哉たちのような無所属の部隊はそれと区別をつけるために別の名前がつけられる。

 零哉たちの部隊は、零哉の苗字である『鳴神』からとって、雷鳴部隊と呼ばれている。

 

「所属人数は、春夏秋冬の順ですかね。領土は冬白、春芽、秋色、夏陽で広いですねー」

「そうか」

「毎度ごひーきにー。ありがとうございまーす」

 

 どこかうさんくさい笑顔を残して、ひょいっとアイリスは軽やかに塀に飛び乗り、低い屋根づたいにどこかへ去っていった。

 

「……次は秋色を攻めるか」

 

 アイリスが去って少ししてから、零哉が呟いた。

 

「了解」

 

 零哉と紗奈は顔を見合わせ、どちらからともなく好戦的な笑みを浮かべた。

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